1-30『派閥の顧問』
俺たちは交渉成立後、間髪入れずの決闘を主張した。
もちろん、相手側にこれを断る理由は存在しない。
決闘を仕掛けてきたのは相手の方、その相手が交渉時に決闘をいつ行うかについて言及しなかった場合、仕掛けられた方が開催時期について一方的に主張できる。
彼女たちにしても、条件や勝者の権利の交渉において戸惑いがあったにせよ、本来決闘の準備自体はできているはずだから。
「顧問の先生への連絡はすでに済んでいます。さあ、行きましょう」
「こちらも、立会人の先生にはすでに了承を得ています。では、参りましょうか」
颯爽と先頭を歩くジャネット先輩とその横にぴったりとつくメイドさん。
それに続く俺とリバー。
レミとブルートも俺たちの後ろに続く。
あたふたしていたジェシーと幹部たちも俺たちの動きを見てすぐに、こちらを追ってきて、残るメンバーも続いて一団は長い行列となった。
「それにしても……お見事でしたわ。ノーウェ君、それとリバー君」
「なんのことですかね?先輩」
「はて?」
「後ろにいるあの子たちは今、貴方に負けた際のペナルティのことで頭がいっぱいです。何としてでも貴方に勝たなくては、と思っていることでしょう。そのおかげで、肝心の決闘の内容について注意深く考えることを却って怠っています。どうやって貴方を叩きのめすかは考えているかもしれませんけど」
「分かりましたか?」
「ええ。よく考えたらおかしいと分かると思うのですけどね。『多く魔法を当てたほうが勝ち』などという条件は。ジェシーはともかく、あの子たちもまだまだですね……」
「ははは。でも、まあこれは先輩の手法を参考にさせていただいたのでね」
「私の?」
「はい。『勝者の権利』の方に目を向かせて自分に有利な条件をすっと入れる。どんなに自分に利益が大きくても勝負に勝たなければ仕方ありませんから」
「うふふ。その通りです。正直、派閥の長としては、問題が一気に降りかかってきて頭の痛い話なのですが、ノーウェ君の魔法を『戦闘方式』の決闘で目にすることができるのはいち魔導師としては僥倖です。とくと観察させていただきますわ」
そう言うと、先輩は前回の決闘の時のような、肉食獣の瞳に変わった。
ジャネット先輩は、どうやら派閥のことなんかよりも、俺との再戦の方が大事らしい。
同じ魔導師として、そんな先輩の姿勢はむしろ好ましく感じるし、実際に先輩本人は裏表のない良い人なのだろう。
でもなあ、もう少し、幹部たちの教育と後進の育成を先輩自ら主導してもいいんじゃないとは思うなあ……口には出さないけど。
「ところで、先輩のご実家の領内で魔物はたくさん出ますか?」
先輩のご実家の領地がどこにあるかわかっていない、しがない村人です。
「私のですか?ええ。奥地に行けばそれなりにいますし、私も魔法使いですから、家族で良く狩りには出かけておりましたけど……」
「そうですか……それなら、これから面白いものが観られるかもしれませんね」
「???」
本当は、先輩が俺に勝てば教えるという約束だったけど、ヒントぐらいなら教えよう。
再戦しても、俺は負けるつもりはないし。
俺たちは、寮の廊下を出て、玄関ホールとは反対側の階段のある方に向かい、突き当たりの左側にある扉から外に出た。
リバーが土の階段を作っていたテラス付きの庭の端に出る。
そこからまっすぐ、木々が連なった林を進むこと数分、屋根が巨大な1階建ての建物に辿り着いた。
「ここが私たちの『稽古場』です。どうぞお入りになって」
土足で大丈夫らしい。
玄関を進むと、その先は正方形の石畳が並べられた四角い闘技場を中央に置いた大部屋であった。
中に華やかな感じの女性が1人、腕を組んでこちらが近づくのを待っている。
「ジャネット、決闘の見届け人とは、どういうことだ?私は忙しいのだぞ!?」
「あら、先生。薔薇の入浴剤の香りが致しますわね。ご入浴中の所、お呼び立てしてしまって、大変申し訳ございませんでしたわ」
「くっ、まったくこいつは……」
どうやら、この人が顧問の先生のようだ。
赤紫の髪が若干濡れていてやけに艶っぽい感じを出しているのは、今まで入浴していたからなのね。
なるほど。
こういう女性に近づいてはいけないと村長の奥さんからよく言われていた。
あんたは真面目に生きなきゃいけないよ、と。
こういう女性は一見すると蝶のように華やかに見えて、その実、巣を張って獲物の小さい虫を待っているのよ、と。
その論理でいうと、あんたの旦那さんや息子は小さい虫ってことになるけども……
とりあえず、俺は育ての親である村長の奥さんの言うことを信じる。
「紹介します。こちら、我々【魔花】の顧問をしていただいているイトヤ=ラクシナ先生です。先生、こちらが今回ジェシーと決闘しますノーウェ君です」
「ほう、お前が……」
ギラリと鋭い目線を女郎蜘蛛に向けられた。
なんだろう、最近受けた視線……あっ、先輩のやつと同種のものだ。
「ノーウェ=ホームです。ただの村人の『紫魔導師』です」
「ホーム……だと!?」
あれ?変な所に引っ掛かったようだ。普通は皆、称号の方に気が行くはずなのだが。
それに、何か同じことが前にもあったような……
「早速ですが、決闘の準備をしましょう。立会人の先生がいらっしゃったらすぐに開始しますよ」
「ふん……」
引っ掛かったあと、特に反応はなかったようだが、何か気まずい。
顧問の先生は急に何やらぶつぶつ言い始めている。魔導師の性分ってやつかな。
「やあやあ、お待たせノーウェ君。君、前回、私がした忠告をちゃんと聞いていた?」
だいぶ聞き慣れた声の主が稽古場内に入って来た。
クローニ先生だ。
そして、いきなり説教された。
「すみません、先生。これは不可抗力ってやつでして……それより、そちらの方々は?」
「ああ、せっかくだからギャラリーを連れて来たよ」
「「え?」」
俺とジャネット先輩の声が重なる。
クローニ先生の後ろには、先生より少し年下に見える黒髪ロングの眼鏡をかけた女性。
学園の職員かな。それとも教師?
「どうも、フィッティ=シールズと申します。学園の事務局所属の職員です」
「あ、どうも。初めましてノーウェ=ホームです。新入生です」
すごく不機嫌でぶっきらぼうなご様子。
なんでこの人がここにいるのかは知らないけど、面識ないから俺のせいではないな。
そして、その後ろにはずらりと10数名の学生たち。
全員こちらを見て何やら目を輝かせている。
顔に見覚えがあると思ったら、今朝の食堂にいた新入生たちだ。
「リバーさん、どういうことですか?」
「《《私共、ノーウェ様の友人》》でございます。ジャネット様。代表者間交渉の前に確認したでしょう?」
「うん。そう言っているね」
立会人であるクローニ先生が、交渉時にレミが撮影したマスボの映像を確認している。
記憶ではそんなことを言っていたような気もするけど、俺もおそらく先輩と同じく、友人ってあの場にいるリバー、レミ、ブルートのことだと思っていたよ……
「ノーウェさん、頑張ってください!!」
「私たち、応援していますっ!!」
「ははは……」
なんで?
キラキラ目の新入生たちに声を掛けられる俺。どういうことなのだろう?
何の期待なのか、謎だ。
皆、ジェシーか【魔花】のメンバーたちに何かされたのだろうか。
「やられましたわ……」
「申し訳ございません」
「いえ、まあ、先ほどお話した通り、非公開にしたいのは撮影の方なので、多少ギャラリーが増えようが構いませんよ。もう諦めました」
「さすが、懐の深い御方だ」
仮面を被った2人の策士の図。
そして、正直ここに来てリバーの真意が読めなくなっている俺。
闘技場の奥では【魔花】のメンバーがジェシーを囲んで何やら話をしている。
作戦会議かな?今さらだと思うけどね。
その横で、顧問のイトヤ先生が片腕を伸ばしながら大あくびをしている。
「よし、確認できたよ。それではこれより決闘を始めますよ。ノーウェ君、ジェシー君。稽古場の中央に来てください」
「「はいっ!」」
俺はゆっくりと四角い石畳の中央に向かった。
ジェシーはすでに中央付近で立ち止まっている。
あ、この他と色が違う石畳が開始位置なのね。
天井は5mあるかないかだな。道場にしては高いけど、2階建て分というほどではない。
「ではこれより決闘を始めます。制限時間は3分。一応、1分と2分の経過時間は知らせるね?その間、多く魔法を当てた方が勝ち。いいかな?それでは、はじめー!」
あっという間のアナウンス終了。
出稽古形式だからだろうか。
ジェシーは早速体に炎をまとわせ始めている。腕と足にだな。
「卑怯者の鼠野郎!今すぐにこの炎の拳でヤキ入れてやるっ!」
策を講じることを卑怯というのであれば、俺は卑怯ということなのだろう。
だが、それの何がいけないのだろうか?甚だ疑問である。
「『ウインド-ステップ』」
ジェシーが鬼の形相で炎の拳を振りかぶってこちらに接近してきたので、こちらは風魔法を使って躱し、距離を取る。
「猪口才なっ!!」
殴っては避け、殴っては避け、その繰り返し。
猪口才と言うが、猪突猛進なのはそちらの方。
ああ、猪口は猪とは関係ないのか。まあ、いいや。
ひらりひらりと躱していく。
「くっ、ならばっ!!」
ジェシーの足にまとった炎が強くなる。
というか、この石畳は相当丈夫なんだな。
炎だろうが、風だろうが、ちょっとやそっとじゃ壊れないみたいだ。
ジェシーがこちらに向けて前傾姿勢で勢いよく向かってきた。
飛んできた、という表現の方が正しいか。まあ、これも想定通りではある。
「『ハイウインド-ステップ』」
『ウインド-ステップ』の上位互換である魔法。周囲に大きな風を作り、相手の動きを弱めつつ大きく移動する。作戦会議をしていたみたいだけど、これは想定できたかな?
「く、ちょこまかと逃げやがって。やっぱり、お前は卑怯者だ!どうせこの3分間、逃げに逃げて私に数発当てれば良いとでも思っているのだろう。攻撃もできない紫鼠がっ!」
ちょこまか動く猪口才ですいません。
うーん。これは挑発なのだろうか?
それとも素直な気持ちの発露なのだろうか。判断に悩む。
どっちでもいいけど。
「攻撃ならもうしているよ?」
「は??」
「『魔の森』で小さな魔獣や魔虫以外で一番弱い魔物って何か知っている?」
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
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ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




