1-27『青と赤』(後編)
部屋に戻ると、リバーは早速、棚からお茶の容器を出して紅茶を入れてくれる。
「今度、食品もお持ち致します。紅茶にミルクやレモンを入れるとまた違った味わいがしていいものですよ」
「へえー。それは色々な味を試せて面白そうだな」
実は紅茶で十分楽しめている自分がいる。
村では基本的にお茶と言えば大麦を煎った麦茶かゴボウやトウモロコシの余りで作るお茶だったから。
たまに、緑茶という生の茶葉を乾燥させたものを行商が売りに来ていたけど滅多にでなかったな。
麦茶やトウモロコシ茶も美味しいけどね。今度振舞ってみよう。
紅茶はとびきり上等なやつを村長の奥さんが飲んではいた……
リバーはティーカップを4つ用意する。
なぜだろうと思っていると、しばらくして彼の幼馴染がやって来た。レミだ。
「おう、久しぶり!」
「えー、さっきまでみんなでいたじゃん!?」
「食事中に色々ありましてね」
「へえー、何があったの?」
俺とリバーでフードパークでの顛末をレミに説明する。
ブルートは相変わらず暖炉の前のロッキングチェアに全身を預けている。
ハーブティーを零しても、背中から落ちて頭を打ちつけても、そこを陣取る姿勢だけは褒めたい。
「なるほどね。じゃあ、いよいよノーウェ君のマスボの出番ってわけだね」
「え?これ?」
目の前のテーブルの上に置かれた大辞典サイズの石板。
持ち運べないし、もうインテリアとしての機能しかないかと思っていたが、このビッグマスボが何か役に立つのだろうか?
「このマスボは遠い昔にソナタ商会の然る人物が作った特注品です。通常の薄型コンパクトサイズとは全く違う機能がいくつか搭載されています」
「違う機能?」
「論より証拠だね」
レミが俺に手をかざすように勧める。
マスボは、登録した本人の指紋と魔力による反応によってのみ起動する。
安全対策ということらしい。
仮に誰かがこれを盗んだとしても、俺の指紋がなければ起動することはできない。
魔力の方は誰のでもいいらしいが。
指紋を取る技術でもない限りは悪用されることはないだろうから安心だ。
……と思ったら、光魔法で簡単に指紋も取れるらしい。気をつけよう。
一度、起動してからは誰でも操作が可能。
レミが画面に映るいくつかの絵柄からリンゴのマークを押すと、画面がたくさんの色とりどりのリンゴのような果実が成る木に変わった。
「これは『知恵の実』と呼ばれる機能だよ。みんなのマスボにも入っているものだけど、この赤い実の所を指で押すとね」
「おおっ!!」
急に石板から立体的な絵が飛び出してきた。
これはこの寮内の立体地図か?
「これはね、私が『この寮内の地図が見たい』と思いながら実の部分を押したからこれが出てきたんだよー」
「え?そんなことできるの?」
魔道具ってすごい!
レミが手をかざすと寮の立体地図は消えて、今度は元の木の立体絵に変わる。
「普通のマスボではこのように立体図で見せるような機能は搭載されていません。このマスボだからこその性能でございますよ」
「え?そうなの?お前すごいやつだったんだな!?」
おみそれした!
俺がそう言うと、木に成っているリンゴのような実の赤の色がさらに濃くなりフルフルと揺れた。
「あ、褒められて喜んでいるね。このマスボの特徴のもう1つは感情があることだよ」
「へー、すごいな。持ち運びのできない使えない奴だと思って悪かったよ……」
俺がそう言うと、木はピタリと止まり、葉は萎れ、実が青くなった。
見るからに凹んでしまったようだ。
「あーあ。こうなっちゃうと、3分は再起動しないから、あんまりこの子の機嫌を損ねちゃだめだよー」
「あ、すいません……それにしても2人はこのマスボにも詳しいんだな。たしか、そんなに数がない品なんじゃ?」
「はい。このマスボは帝国内でも数えるほどしかございません。私とレミが詳しいのは、私の実家にこれと同じタイプのものが置いてあったからです。商会で1つ保管しておりますので」
「そうか。実家はソナタ商会だもんな!?」
でも、リバーの親は役員だったっけ?偉い人なのはわかるけど、会長ではなく、役員が所持しているんだな。
「私の先祖がこれを開発した魔道具技師の上司で彼を新人の頃から目を掛けて育てた人物だったためですね。そのハーフエルフの魔道具技師が、原料となる特別な石材をかの魔帝ビートのダンジョン探索に同行して見つけてきたといわれています」
「はえー」
「そのハーフエルフの名工が造ったこのマスボは世界に10点しか現存しておらず、帝国内では5つのみです。内2つを帝国政府と皇族、2つを魔法学園、1つをソナタ商会がそれぞれ所持しています。ちなみに、私共が持っている薄型のマスボはすべてこのタイプのマスボの疑似品でございます。これが造られてからすでに300年が経過していますが、いまだに技術的には及んでいません」
え?
今度は俺が固まる。
何だってそんなものがただの村人の俺の部屋に?
いや、借り物だけど……何ならこの部屋も調度品も全部借り物だけど……
「私たちが驚いた理由がお分かりいただけましたか?」
「う、うん」
「びっくりしたよねー」
「しかし、何だってあの人は俺にこんな大層なものを……」
あ、実が急に赤く色づいて動き出した。
木の幹が太くなって、少し反り返っている気がする。
きっと、これは胸を張っているんだろうな。
「その辺りの事情は測りかねますが、相当目を掛けられている、いや目をつけられている……ことには変わりないでしょうね」
まあ、つけられているのが目ぐらいだったらまだいいかな。
マスクでなければ!
「そろそろ始めないか?」
お、今まで黙っていたブルートがしびれを切らしたようだ。
椅子の上で膝を組んでいたが、今は片足をぴんと伸ばしている。
ああ、あれは載せていた右足の方がしびれたんだろうな。
「そうだね。では、早速、ノーウェ君。今度の決闘について思い浮かべて実に指で触れてみて」
ジェシーという女子学生との決闘についてだな。
想像がつかないが、とりあえず決闘を吹っ掛けられたフードパークのことや、ブルートの幼馴染であること、学年4位であることなどを思い返して、指で実の部分を触った。
俺が赤い実に触れると、汗だらだらで頭を下げるジェシーの立体絵に変わった。
「これはまた……」
「すごっ!」
「複雑な気分だ……」
俺も。でもイメージ通りと言えばそうなるかな。
ジェシー絵の脇にいくつかの情報が書かれた石板の絵が出てくる。
なになに?
ジェシー=トライバル
プラハ学園所属
学年 1年生
戦績 16勝5敗
学年ランキング 4位
評定ポイント 83ポイント
所属派閥 【魔花】
称号 『炎格』
魔法技 『炎鎧』『炎拳』『炎蹴』『炎足気憤』
ずらずらーっと情報が駄々漏れしている。
自分のだけではなく、他人のも見れるんだ……
特に魔法技なんてバラしちゃいけないんじゃないのかな?
ひょっとして、俺の魔法も全部バレているってことか?
「こ、これはまた……驚きですね」
「こんな機能あるんだ?」
「いえ、さすがにそこまでの機能はないというか、原理が分かりません」
ん?どうやらこのマスボでだけ分かることなのかな?
「あ、当たっている……!」
石板の情報を見て、驚くブルート。
その顔が驚きから苦悶へと変わる。
あ、急に足を床につけたからだな。わかるぞ。
「ブルートが言うからには確かなことなのでしょうね。しかし、不可解です」
「何が?」
「他の情報は、どれも学園が共有しているデータなのですよ。称号にしても、戦績にしても、評定ポイントにしても、です。ですが、技の名前など本来秘匿にされるデータですし、このマスボがいくら優秀な機能があるからと言って外部から得られる情報ではありません。私は、せいぜい、彼女がこれまでに行った決闘の映像記録を映し出す程度だと思っていました」
それも、すごいんだがな。
すると、頭を下げていたジェシーがその場を動かずに、炎を全身にまとったり、拳に炎を乗せてパンチの連打をしたりし始めた。
炎を膝から下にまとってキック。
足首から下だけに炎をまとってダッシュ。
おお、飛び上がったりもできるのか。
「驚愕ですね。はたして、このマスボの特性なのか、あるいは、ノーウェ様を介した特性なのか……」
「俺の?」
顎に手を置いて唸るリバー。
「はい。私にもよく分かりませんが、そうとしか現状考えられません。どちらにせよ、これで戦略、戦術の幅が大いに広がります。まさか、相手の技を『見破る』なんて……!」
「……まあ、でもこれで、交渉時の戦略と決闘時の戦術を考えて、こちらの対応策を考えていけばいいんだな?」
「はい」
「そういえば、お前の魔法は一体なんなのだ?いい加減教えろ!?」
ブルートがズカズカとこちらにやって来て聞いて来る。
何だか、少し恥ずかしそうだ。別にブルートの技が暴かれたわけじゃないのに。
これも幼馴染の距離感というやつなのだろうか。
「ああ。じゃあ、3人にはそろそろ教えてもいいかな」
そう言うと、ブルートとレミとリバーの3人はこちらを向いた。
別に姿勢を正さなくても……と思うが、話を続ける。
「俺の魔法は……『青』と『赤』だよ」
「「「???」」」
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
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ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




