1-23『学年1位』
トラスカムとの決闘を終えた俺はブルートと共に、マゼンタ寮に向かっていた。
足取りは重い。原因は決闘によるものではない。
傷は十分に癒えた。いや、癒してもらった。
俺の身体を回復させてくれたモモエとは、噴水の場で別れた。
彼女は猫を安全な場所に連れていくそうだ。
猫はいなくなったかと思ったら、元いた噴水周りの石畳で日向ぼっこしていた。
2度もひどい目にあった茶トラの猫の傷もすっかり癒えており、モモエと別れる際に、猫は俺の足元に自分の背中を何度も擦りつけてきた。
もう誰かにいじめられることがないことを心から願う。
ちなみに、この猫、ブルートのことはまるっきり無視していた。
「なあ、あのままで良かったのか?」
猫に無視されたブルートがそう俺に問いかける。
片手でマスボをいじりながら。
ながら歩き、ながら喋りなんぞしおって。案内人の分際で。
「何がだ?」
「わかっているだろう?あの子のことだよ」
あの子とはおそらくモモエのことだ。たぶん……
「……」
「お前はあの子を救った気でいるかもしれないが……いや、救ったことには違いがないだろうが、何というか猛獣に遊ばれていた檻の中から傷ついた猫を出してあげたような状態だぞ?むしろ、より過酷な環境に放り出したというべきか」
嫌な例えだな。実に嫌なことをいう奴だ。
そして、それに言い返せない俺が、そのことに半分同意しているのも嫌になる。
ブルートにこんな事を言われるのもまた傷つく。
「俺にどうしろ、と?」
「……お前も自分の派閥を作ればいいじゃないか」
「そう言われてもな……」
昨晩も言ったが、俺はただの村人。
知り合いも多くないし、特別な伝手もない。
まだ2戦しか正式に決闘をしていないわけで、その相手も、片やすでに派閥を持っている上級生で、片や派閥になど絶対に加えたくないゴミだ。
これからメンバー集めに10戦以上こなすなんて、無理筋だろう。
1日平均2戦はしなきゃいけないんだぞ?……ん?……
「まあ、考えておくよ」
「……お前ってやつは」
そんなことをぐだぐだ喋っているうちに、俺たちはマゼンタ寮へと辿り着いた。
時間を食ったのは、背中に背負っていたものが重すぎたということもあるが、途中ヤキソバまんの屋台のおっちゃんに声を掛けられて長話になったせいもある。
ブルートときたら、馬鹿丁寧に応対するし。蒸し上がるまで待つし。
ありがたくいただくけども。
いやー、しかし、事務棟からここまで、随分長い道のりだった気がする。
「やっほー」
「お待ちしておりました」
「あれ?」
ブルートが入口の門を開けようとした時、内側から扉が開いて見知った顔が2つ、俺たちの帰りを迎えた。
レミとリバーだ。
「2人はどうしてここに?」
リバーの応対があまりに主の帰りを待つ執事然としているから錯覚してしまうが、別に俺はここの寮の主でも彼の主人でもないはず……?
「中で込み入った状況になっているようですので、ノーウェ様を外から直接お部屋にご案内しようと思いまして」
「込み入った状況?」
「ええ、かなり不穏な……」
ああ。察してしまった。
きっと、あの俺のことを呪い殺さんばかりの視線の持ち主たちのことだろうな。
今の所、それ以外に不穏な状況に巻き込まれる事情はない。
え?ゴミ?
この寮には関係ないよね。ジャネット先輩が定期的に大掃除しているみたいだし。
「うーん、それはありがたいけど、何だか悪いな」
「いえいえ。それにマスボは手に入ったのでしょう?」
「う、うん……」
「でしたら、その使い方を教えて差し上げますよ。マスボは我が商会の主力製品ですので、私もその使い方は心得ておりますので」
え?じゃあ、あの大辞典マスボもリバーの父が務めるソナタ商会が作ったのか?
なんだって、こんな重いものを……
「ま、まあ、それならお言葉に甘えておこうかな」
俺に独学でこれを使いこなす自信はない。
「それは何よりです。では、こちらへ」
リバーの案内で俺たちは寮の側面へと移る。そこにも庭があり、芝生にいくつかの白いテーブルと椅子も置かれている。
天気の良い日にここで日向ぼっこしながら紅茶でも飲むのはありだな。
その一角、芝生と煉瓦の外床の境目あたりから、2階部屋のバルコニーの手すりにかけて、土でできたと思しき階段が造られていた。十中八九、リバーが拵えたものだろう。
即席と思われるが、足場がしっかりしていてちょっとやそっとじゃ壊れそうにない。
リバーたちの案内のままに、俺は階段を上り、自分の部屋にバルコニーから入った。
窓の鍵はどうしたのか?と思ったら、レミが魔法で開けたとのこと。
ふーん。
……え?そんなこともできるの?
テキパキと動くレミとリバー。椅子に座る俺。
ブルートは暖炉前のロッキングチェアが定位置となったようだ。
そして、当たり前のように淹れたての紅茶と茶菓子が出てくる。
……ここ、俺の部屋だよな?
何か、自分がお客様な気さえしてくる。
「はい、準備できたよー。ここに手を置いて!」
レミが俺の目の前に大辞典サイズのマスボを置いてくれた。
何やら、最初の設定というのを行うらしい。そのやり方はすべてのマスボで共通のため、リバーが紅茶を用意している間にレミが設定準備をしてくれていた。
2人がこのマスボを目にした時の第一声は……なし。
ただ黙って目を丸くしていた。
こういった魔道具に詳しい2人であっても、滅多に目にするものではないのだろうか?
型が古すぎるとか、か?
まあとにかく、この学園で覚えておかなければいけないことはたった2つ。
このマスボは、俺しか使っていない。
あと、決闘で絶対に身体の中の酸素が足りなくなるほどのダメージを負ってはいけない、だ。
「よし。じゃあ、ここに手を置いて~」
レミの言うままに俺は大辞典サイズのマスボに手を置く。置く場所は中心。
ブルートの持っているサイズのものは掌よりも小さいので、指の第1関節までの指紋で事足りるらしい。俺は手形。
レミとリバーのものも、当たり前のようにコンパクトサイズであった。
まあ、そうだよね。
よく見るとレミのマスボはブルートやリバーのものより一回り大きい。
2人のものよりも古い型なのかと尋ねるといやいや、むしろ最新機能が搭載されている試作品で、なんと、光の魔法を取り込んでかなり遠くからも撮影ができるものだそう。
こんなに薄いのにそんなすごい機能が入っているなんて恐ろしいな。
こんなに薄いのに。
「はい、これで初期設定は完了したよ。入学許可時に学生のデータは取られるから、名前も称号もすでに記録されているんだ。だから、個人でマスボを設定したらすぐにデータが入るんだよ」
「はえー」
ということで、早速、レミに仕様を教わりつつ、自分のデータを見てみることにした。
ノーウェ=ホーム
『紫魔導師』
第1学年
今年度決闘戦績:2勝0敗
評定ポイント(個人):505
学生ランク:888位
学年ランク:1位
派閥:未所属
……
…………
二度見した……
え?おかしい…………
「これ、壊れていない?」
「え?普通に動いているよ」
もう一度画面を覗き込んだ。
「いや、だって俺の点数や順位がおかしいことになっているし」
「え?そんなことないと思うけど、ちょっと待ってね」
そう言って、レミは彼女の携帯を操作し、しばらくしてから俺に画面を見せてくれた。
画面には学年ランク一覧が載っており、1位の場所にノーウェ=ホームとあった。
評点は505点。2位のトラスカム(ゴミ)が89点とあるのでランキング自体は間違っていない模様。
「トラスカムはあと1人に勝てば100点に達していたからな。間違いないぞ」
火のついていない暖炉の前で解説をするブルート。
トラスカムの決闘前の評定ポイントは95。
俺との決闘に負け、モモエとの決闘が無効になったことでマイナス6点が加わり89点が現在のポイントとなったそう。
つまり、見せてもらったランキング一覧はエラー表示されているわけではないということみたい。
「え?じゃあ、この505点というのは、正しい表示ってこと?」
「うん」
「ノーウェ様は、かの『殿上人』のジャネット様に、『探索方式』とはいえ、完勝なされましたからね。当然の数値かと……」
「え、でもあの時……」
「負けても大事にはならないという説明ではありませんでしたか?ノーウェ様が勝った時のポイントについて詳しく説明を受けられましたでしょうか?」
うーん、そう言われれば、あの時はジャネット先輩もクローニ先生も決闘の結果が大事にはならないとしか言っていなかった気がする。
これは大事ではないんかい?
「現在、学生ランキングについて、個人が自分のランクを知ることはできる状態ですが、ランキング一覧を見ることができません。『調整中』とだけ出ていますね」
そう言って、リバーが俺のマスボを操作して、学生ランキングの欄に画面を移した。
あ、本当だ。学年ランキングは見れても学生ランキングは見れないようになっている。
「おそらく、入学式までこのままにしておくのでしょう。これが、大事にはならないという意味だと考えられます」
意味が分からない。なんでそれが大事でないかも分からないし、ジャネット先輩になぜそんなことができるのかもさっぱり分からない。
というか、2日で505点ってどういうことだよっ!?
もう1年まるまる何もしなくても進級できちゃうじゃん!?
「まあ、遠い目になることも理解できますが、問題はそこではありません」
「え?」
「このままだと、十中八九『春の選抜学園決闘』の個人戦に出場することになります」
「え?何それ?……『春の選抜学園決闘』?個人戦?」
「はい。『春の選抜学園決闘』は、学生ランキングの上位者によるトーナメントで、派閥部門と個人部門がございます。派閥部門が上位32チーム、個人部門が64人です」
「え?それじゃあ、俺には関係ないような」
俺の学生ランクは888位。学年ランクが1位とは言え、全体ではまだまだ下の方だ。
選抜される理由がない気がするのだが。
「ところが、です。ランキング上位者であればあるほど派閥の長になっていたり、有力派閥のメンバーになったりしておりますので、派閥部門に参加されます。したがって、派閥に属していない個人で申しますと、ノーウェ様はすでにランキング上位者となっている可能性がございます。学生ランキングが現状閲覧できないので何とも言えませんが……」
「そ、そういうこと?」
「『春の選抜学園決闘』は本来、2年生以上の大会ですので新入生が参加することはほぼ前例がありませんし、個人部門ではおそらく初です」
「前代未聞だよねー」
「は、はあ……」
驚きはしたが、学園の強者が集まる決闘に出ること自体はむしろ良いことな気がする。
しかも、それを1年生の内から体験できるのは貴重だ。うん、そんな気がしてきた。
「選ばれるメリットは、実力のある上級生と戦えることと、名が売れること、そして、ランクアップが狙えること。この大会もマイナス加算はありません」
「うん」
こちらの心情を察したかのようにリバーが説明してくれる。
「ただし、デメリットもございます。大きくはふたつです」
そう言って、リバーは指を2本挙げる。
「ひとつは、個人戦の出場を狙う上級生や派閥の長に大会の参加者確定までつけ狙われる可能性がございます。いえ、間違いなく狙われるでしょうね」
「え?派閥の長も?」
派閥は派閥部門に出るのではなかったか?
「個人部門の参加者は学生ランキング上位の500ポイント以上取得している者から選ばれます。ポイントによる足切りをしておかないと、新入生が選ばれてしまいますからね。そして、この足切りポイントまでに個人で活動しているランク上位者の数が64人に満たない場合、派閥部門の方に参加できなかった派閥の長が選出されるのです」
俺のポイントは505。
何てことだ。これははたして偶然なのか?
「お分かりですね?ノーウェ様が足切りギリギリのポイントであることがこの場合問題になってきます。学生ランキング一覧では生徒の名前とポイントが確認できますから、ノーウェ様が個人活動を行うランキング上位者であると分かれば、決闘の申し込みが殺到する事態になりますね」
おお、それは何とも面倒くさい。
まあ、でもそれはそれで、案外刺激的な学園生活を送れるのではなかろうかなどと思ってもみたり……
大事か?と言われればそこまで大事とも思っていない自分がいたりもする。
「うーん……ん?もう1つのデメリットは?」
「実は、こちらの方が深刻です。個人戦でベスト8、つまり8位以内に入らなければ、無条件で夏休みまでの『従軍体験学習』が決定いたします」
「じ、じゅうぐん?」
「はい。帝国軍のいずれかに体験所属し、軍隊での生活を余儀なくされます」
一大事じゃないか!?
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




