3-82『不意のブルート』
こうやって……こうっ!
こうやって……こうっ!
こうやって、こうやって……
こうやって……こうっ!
……いったいあいつは、何をやっている!?
優雅なものをこよなく愛する魔導師、フルール=ニーツクは、目の前で起こっている光景にその目を疑っていた。
「春の選抜決闘 本選第1回戦」という、学園でも選ばれし者しか立てない大舞台で、その対戦相手は、『水鮫』に乗って踊っている。
こうやって……こうっ!
こうやって……こうっ!
こうやって、こうやって……
こうやって……こうっ!
いや、実際に魔導師本人が踊っているわけではないが、空中での『水鮫』と連動したその動きがまるで踊っているように見えるのだ。
空中で大きな弧を描いたり、8の字を作ったり、あるいは自身が上下に回転したり……縦横無尽に動くその様は、空中の舞台で踊る鮫と人のショーに見えて仕方ない。
しかも、その水鮫は、なんの意図があってか、やたら腰をくいっ、くいっとくねらせるので、フルールからすれば、その所作が軽薄で下品なものに見えて仕方ないのだ。
軽妙でポップなノリと「風雅」は全然違う……!
フルール=ニーツクは、そう声を大にして叫びたくてしょうがなかった。
自分の方がよっぽど優雅で滑らかに魔法を使って踊れると……
対抗して、もっと滑らかな扇子の動きを見せてやらなくては……
……いや、そんなことを考えている場合ではなかった。
ここは「品評会」の舞台ではない。
「戦闘方式」の決闘なのだ。
相手に惑わされてはいけない。
あんな決闘にも魔法の発動にも関係がない、意味のない踊りを気にしている場合ではないのだ。
『流風』のフルール=ニーツクは、改めて『領域』を展開し直した。
相手の過去の戦いは充分に研究し尽くしている。
過去の【咬犬】との派閥間決闘において、青髪の魔導師は、中堅どころの3年生、『熱風牙』のスナップ=アノーイの作る熱風の領域を、周囲に『水鮫』を泳がせることで取り込みながら自身の領域を作っていた。
我田引水……
それも、相手がそこそこ止まりの実力だからできた芸当であって、さらに上のクラスであるフルールのような『領域』使いには通用しない。
フルールは、細心の注意を払って、その『領域』内にセンサーを張り巡らせ、カウンターとなる魔法、あるいは相手の隙を突くための魔法の両面からの発動準備を始めた。
一方のブルート=フェスタは大真面目に踊っていた。
いや、自身の操る『水鮫』をくねくねと泳ぎながら踊らせていた。
もちろん、意味があっての行為である。
弧を描いているのも、8の字ダンスも、実直な彼なりの魔法の試行なのである。
自身が回転したことは単に失敗しただけだ。
ブルートが何の意図をもって、このような試技に興じているのか……
これは、彼がイメージする戦法が形になるための中継地点である。
相手を馬鹿にしているわけではないが、眼中にないといえば、ない。
人々はノーウェ=ホームのことを生意気で不遜な男だとしばしば話しているが、ブルート=フェスタも魔導師としての傲慢さでは負けず劣らずなのだ。
いや、もしかしたら傲慢さでは上を行くかもしれない。
大事な決闘の最中にも、対戦相手ではなく、自分の魔法と向き合っている男なのだから。
「ふ、ふんっ、お遊戯会は終わったのかい?あ、危うく君の子供じみた振る舞いでこちらがペースを乱されるところだったよ」
シュルシュルシュルシュル……
「『水膜鮫鰭』」
シャーー……
「なっ!?」
フルールの言葉が耳に届くとほとんど同じタイミングで、回転する扇子がブルートに襲いかかった……はずであったが、まったく違う方向に身体を向けていたはずの『水鮫』とその上に乗る男は、周囲に水膜を張りながら空中を疾走し始め、その攻撃を難なく躱してしまった。
不意打ちをしたはずが、あっさり避けられたフルールが呆気に取られている合間に、『水鮫』は右手側に高速に移動する。
「お楽しみはこれからだぞ?『大鮫咬』」
くいっ……シャーーー……!
「うっ……!『軟扇子』」
移るや否や、その身をくいっと曲げた『水鮫』から牙が放たれる。
フルールは、慌てて大きな水を帯びた扇子を生み出す。
面と向かってでは、切られてしまう……
斜めに構えて……
ザバーーーン……
その牙が当たる直前で……
パンッ……!
いなすっ!
ふわりっ……
扇子によって滑らされた牙は、攻撃の角度を変えられてしまい、ゆっくりと舞を舞うように、半身に動いたフルールには直撃せずに、そのまま後方に通過していった。
「ふっ、どうだい?この優雅な振る舞い……」
「まだまだ……」
シャーー……
くいっ……シャーーー……!
聞けよっ!
心の中でツッコんだフルールであったが、そんなことをしている場合ではなかった。
今度は背中側……
「くうっ、『軟扇子』」
ザバーーーン……
再度、その牙が当たる直前で……
パンッ……!
いなすっ!
ふわりっ…
だいぶ慣れてきた。
「こっち、こっち」
シャーー……
くいっ……シャーーー……!
さらに移動する『水鮫』……
「『軟扇子』」
ザバーーーン……
パンッ……!
いなすっ!
ふわりっ…
赤と青……
2つの色の半球の中で踊る……いや、踊らされている。
赤いローブを着た優男……フルール=ニーツクは、その状況に焦りつつも、なんとか状況を打開する策を思案する。
シャーー……
しかし、それを青いローブを着た青髪の魔導師が邪魔をする。
くいっ……シャーーー……!
「これならどうだ?『大鮫咬』」
移動した距離はこれまでと等間隔であるが、今度は斜め上から……
「う……『軟扇子』」
ザバーーーン……
パンッ……!
防戦一方。
思考する時間を、相手の攻撃のアレンジが与えてくれない……!
「球中の舞」は、すでに1回転してしまった。
縦横無尽……左右自在……
なぜ、『領域支配』をしている自分がこうも振り回されているのか?
フルール=ニーツクは気づいていない。
ブルート=フェスタもまた『領域支配』を実に効果的に運用していることを……
よりコンパクトな範囲で水膜を張り、『水鮫』と連動させながら、絶えずその『領域』が動いている。
これが巨大な『領域支配』であれば、同じことをするのはかなり難しい。
より広い範囲を網羅している『領域』を力づくで動かさなければならないわけだから、当然、燃費が悪くなる。
だが、ほんの自分の周囲僅かであれば、運用が可能。
ブルートは、「水」をベースにした『領域』内に絶えず「風」を送りながら軽くして、自在に動かしていたのであった。
『領域』を作りながら、鮫による攻撃のベースとなる『水』と『風』を循環させる。
その豊富な魔力量と、練り込まれた魔力、天性の勘どころを掴む意識外の技によって、青髪の魔導師は、フルール=ニーツクの支配する領域の周囲を泳ぎ回り、絶えず牙の攻撃を続けていく。
それは、『領域支配』の発展形とも言っても過言ではない攻撃。
『領域支配』を纏いながらの攻撃……
ブルート=フェスタは、古い型を跳び越えて、本人も知らず知らずのうちに、新しい型を会得しているのであった。
こうやって……こうっ!
こうやって……こうっ!
こうやって、こうやって……
こうやって……こうっ!
シャーー……
くいっ……シャーーー……!
ザバーーーン……
パンッ……!
シャーー……
くいっ……シャーーー……!
ザバーーーン……
パンッ……!
独特のリズムによって行なわれている攻撃に、未だ翻弄されているフルール……
彼は、温故知新ではなく、旧態依然としてその場から動けずにいるだけであった。
「くっ、ならばこれなら……『固門扇子』」
ババババババババババ……
それでも内部の変革を試みる。
「炎」と「水」の球体の膜側を扇の形に変える。
亀の甲の紋様のようになったフルールの領域は、その表面の扇を反撃の足掛かりとする。
さらに……
「『扇翔・軟扇子』」
『領域支配』の内側に、少しずつ新たなる大きな扇を作る。
くいっ……シャーーー……!
ザバーーーン……
パンッ……!
くいっ……シャーーー……!
ザバーーーン……
パンッ……!
攻撃を受けながらも、なんとか、少しずつ……
さあ、準備は整った。
ここからは、反撃だ……
「頃合いかな……」
「え?」
なんの話だ?
そちらの不意打ちはおしまい。
これからの時間は、こちらの演舞の番だとフルールは心の中で呟いた。
「『大鮫咬』」
くいっ……シャーーー……!
ザバーーーン……
パンッ……!
今だっ!
まず、避ける。
ザバーーーン……
パンッ……!
いなすっ!
ふわりっ…
そして、反撃……
「『疾来栖扇子』」
ブンッ、ブンッ、ブンッ、ブンッ、ブンッ……シュルシュルシュルシュル……
移動しようとする相手に表面の紋様として貼付いている扇子が集まり、左右から交差するように相手に向かって放たれた。
「おっと、『蛇咬』」
ブルート=フェスタは、大量の蛇の牙によって、Xの、線の形をした攻撃の片側を潰しつつ、『水鮫』を泳がせて逃れる。
「ちっ……」
上手く対処されたが、こうして追い詰めていけば……
「終わりだぞ」
「え?」
不意のひと言。
いったい何を言っているのか理解が及ばない。
「……まだ分かってないんだな。あんたの『支配』はもう終わったんだよ。こっちは闇雲に泳ぎ回っていたんじゃないからな」
「さ、さっきから何を言っているんだ?」
ピシッ……ピシッ、ピシッ……
何かが裂ける音……
……
…………
………………
「ま、まさか……!?」
ピシッ……ピシッ、ピシッ、ピシッ……
ぎこちない動きで首を左右に振るフルール……
反撃の糸口として表面に張り巡らせている扇子の一部が縦に、斜めに裂け目を作っており、球体全体に亀裂が生じはじめている。
……それも、全方位が。
あれだけ動き回って、様々な方向から斬撃を放っていたのはこのためだったのか……?
「風が揺れている……」
「は?」
「波が唄っている……」
踊りの次は……今度は、何を急に吟じているんだ、この男は?
「聞け!鼓動を『波浜声動』」
ヴワァー、ヴワァー、ヴワァーーン……
ピキピキピキピキ……
ブワッシャーーン……!
ブワーー……ゴォーー……バリバリバリ……パァーーーーン……シュワワワーーー
ブルート=フェスタの放った、「水」と「風」がもたらす巨大な『波の振動』が、フルール=ニーツクの造り上げた『領域支配』に襲いかかり、すでに幾度とない牙による斬撃を受けて亀裂を生じさせていたその球体は、中から全体に無数のひび割れを起こし、ついには、破裂音とともに、内部崩壊してしまった。
「炎」を纏った半球は、「水」の波動によって蒸発し、「水」を纏った半球は、「風」の波動によって震え飛ばされてしまう。
「ぼ、僕の『領域』が……」
「領域支配」を失えば、残るのはただのローブを着た魔導師……
「『蹴尾鮫』……「鷹飛」」
コツンッ……シャーーーー……ブワッ……!
ブルートフェスタは、正面の位置から、その『領域』を剥がされた生身の魔導師に向かって『水鮫』本体の攻撃を繰り出す。
「まだだっ!こんなところで、『水』しか使えないやつに……『疾来栖扇子』!」
『領域』はなくとも、その両手で魔法を発動させれば良いだけのこと。
幸い、相手も仕上げのつもりか、自らの乗り物であった『水鮫』を手放した……いや、足蹴にした。
で、あるならば、それ以上の攻撃を返し、改めて『領域』を展開すれば良い。
交差はその身体の直前となるように照準を絞り、両手から「炎」と「水」の『扇子』を発動させ、縦回転させ、向かわせる。
ブンッ、ブンッ、ブンッ、ブンッ、ブンッ……シュルシュルシュルシュル……
スカッ……
……だが、その場にはもう、青いローブの魔導師の姿はなかった。
「ここだぞ」
「え?」
フルールが恐る恐る声のする方向である真上を向くと……
手からすでに『水龍』を発動させているブルート=フェスタの姿がそこにはあった。
「う、うわぁーーー」
「水」しか使えない魔導師など、もうそこにはいない。
ブルート=フェスタは、『水鮫』を蹴り放った直後、『風鷹』を作って、その足を掴み、上空へと舞い上がっていたのだから。
「『水天龍』」
ザバーーーン……ゴオォーー……
突然の、空からの大放水……
それは、まるで何もないところから降り注ぐ大滝……
天からの不意のプレゼント。
ザワーーー……ゴツンッ!!ガンッ、ガンッ、ガンッ……!
まだまだ、あいつには及ばないかもしれないが……
それでも、また1つ、自分の武器を尖らせることができた……!
「そこまで!勝者、ブルート=フェスタ!」
「春の選抜決闘 本選第1回戦(ベスト16)」
【紫雲】ブルート=フェスタ VS 【粋座真】フルール=ニーツク……
ブルート=フェスタの勝利!
【紫雲】、「本選2回戦(ベスト8)」進出!!
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
踊りのモデルは笑〇の小遊〇師匠。
伝統芸能……有名な尻文字ですね…‥笑
無事に2回戦(ベスト8)進出!
次回、『紫雲城』のメンバーたち……
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




