3-75『ある教師の特別業務 其の3』
緊迫しています。
「春の選抜決闘」の運営委員会の議場は、沈黙に支配されており、重苦しい雰囲気になっております。
あ、私、クローニ=ハーゲルね。
一応、まだ運営委員に名を連ねているよ。
誰も何も喋らない……
それどころか、音すら立てない……
ここで放屁の1つでもしようものなら、非難轟々の大ブーイングになること間違いなしだね。
屁だけにね。
……雰囲気関係ないかな。
オナラの場合は。
お腹が鳴る程度なら許してくれるだろうか?
腹の虫がおさまらない彼らであっても。
さっさと話を進めればいいのにとも思うのだけれど、一向に進まないのは、皆が真剣に悩んでいるフリをしたいからなんだ。
べつに、それで事態が好転するわけではないのだけれど、彼らからしてみれば、あのとき苦難を共にしましたね、というような空虚な実体験の共有のために、こういう無駄な時間を一緒に食い潰して、負の連帯感を養っているのだろうね。
食あたりを起こしそうだよ。
つき合わされる方の身にもなってほしいな。
こういう、下らない大人の作法も、学生に教える必要があるんじゃないかと、ふと思うことがあるよ。
貴族や商会の子息子女たちには、これが養われていることが往々にしてあるけれど、それ以外の子たちにはなかなか分かりづらい文化だから、事前に触れることも大事だと私は思うのだけれどね。
ただ、教え方が難しい。
大人の世界はクズによる足の引っ張り合いだよ……
言葉尻1つで実力も成績も素質も弾けた泡のように消えてしまうことがあるんだ……
会議の初意見殺しという諺があってね?最初の意見を皆で踏み台にすることがあるのだよ……
一緒に高め合っていこうなんて全体会議の場では禁句なんだ。それを言って良いのはその場で1番偉い人だけ……
……
…………
………………
なーんて、教えてしまうと、多感な学生たちは大人の世界に絶望し、腐ったものを見るような目になってしまいかねないからね。
さて、どうしたものか……
「クローニ先生はどうすればよいとお考えですか?目下、議題となっている学生は、先生の担当する学年の生徒だ」
腐れモーリッツが質問をしてきたよ。
まるで鬼の首でも取ったかのようにね。
「どうすれば……とは?」
こういう場合はね?
質問返しをして相手に問題がどこにあるのか、を逆に明示してもらうんだ。
こちらと意識のズレが起こらないようにね。
うっかり先回りをしてこちらから答えようものなら、最終的に責任を押し付けられたりしかねないからね。
この人のこういった質問にこうお答えしたまでです、という姿勢が大事!
ただし、言い方には気をつけた方がいいよ。挑発と受け取られることがあるからね。
……今回は、もちろん挑発しているんだけど。
「私が何が言いたいかはとっくにご存知でしょう?先生が目を掛けている新入生、ノーウェ=ホームの光るローブのことですよ。先のコイン=ドイルとの決闘でも着用していた……」
ここに、彼の問題意識が明確になったよ。
彼らが頭を悩ませている振りをしているのは、ノーウェ君が着用していた紫のローブについて。
さっきからローブガーとか、光ガーとか言っていたけど、乱心したかと思ってよく聞いていなかったよ。
でも、どちらにせよ頭を悩ませているのはそこじゃないことは分かるよね?
彼らが本当に頭を悩ませているのは、ノーウェ君が『殿上人』である『石嶺』のコイン=ドイル君を決闘で破ってしまった事実そのものにあるんだ。
そして、今、その理由付けと今後の対策に苦慮しているってわけなんだよ。
実に馬鹿馬鹿しいかぎりだね……
「あのローブが何か?べつに、光っていたからというだけで問題視することもできますまい。それともなんですか?『光るローブは使用禁止にする』とでも伝えるおつもりかな?」
ちょっと威厳のある感じで答えてみたよ。
その方がこれを提案した人間の滑稽さがより際立つからね。
何人かの委員たちから小さな笑いが漏れ聞こえたよ。
モーリッツに睨まれて、背筋を伸ばしているけど。
ちなみに、こういう返しを新人がやってはいけないよ?
相手のプライドと面子をひどく傷つけるから。
あくまでも、対等の立場だからできる返しなのだよ。
「そういうことを言っているんじゃないっ!」
バンッ!
モーリッツが声を荒げたよ。
荒ぶるモーリッツ。
叩かれるテーブル。
舞い上がる資料。
じゃあ、どういうことなんだい?
「クローニ先生も見ていたでしょう!?あのローブが光った直後から、舞台内が光ってそこからコイン=ドイルの挙動がおかしくなった!そこからの彼は、本来彼にとってなんてことのない攻撃を受けたりしていたのですぞ?あれは、あのローブの作用に違いない!!」
はい。
お分かりですね?
私が、挑発染みた皮肉を彼に返したその理由が……
彼からこの言葉を引き出したかったんです。
「証拠は?」
「えっ?」
「ですから、あのローブがその後の戦闘に影響を与えたという証拠ですよ。モーリッツ先生もご存知でしょう?ノーウェ君は元より不思議な魔法をいくつも使う男ですよ?あのコイン君に対するその後の攻撃も彼特有の魔法の影響だと考えることだってできるじゃないですか?いや、むしろそう考える方が自然だ」
「だ、だがね……しかしだね……」
「仮に疑いをかけて、それが潔白であった場合どうします?先生は先ほど、ローブの作用に違いないと断言されましたが、それが誤りであった場合はどう責任をとるおつもりで?」
相手の言葉尻をとらえて、白か黒かの勝負に引きずり込む……
汚い大人のやり口だよね〜。
しかし、こういう勝負をしなければいけない場面はどんな場所でも往々にしてあるのだよ。
人間は生きている限り決闘をする生き物なのかもしれないね。
その舞台がちょっと変わるだけなんだ。
「わ、私はべつにそのような意味で……」
「え?じゃあなんでノーウェ君のローブが光ったことを問題視されたのですか?」
逃がさないよ。
生徒の将来がかかっているのでね。
これは、大人の理不尽な言い分をたった1人の学生に不平等に押し付けていい問題じゃない。
「確証がないのに糾弾したとあっては、場合によっては、学生の権利を無視した、運営による重大な越権行為とあとで大問題になるかも知れませんよ?一応、学園長には私の方から報告しておきますが……モーリッツ先生にはその覚悟がおありかな?」
「……っ!」
さらに追い討ちをかけるよー。
学園長は運営委員会のトップに立つ御方だけど、何かの方針を決めるわけではなく、裁可を下す立場なのだよ。
何か意見対立が起こった場合の裁判官的な役割であり、あるいは、新規の事業に認可を出す行政の長の役割だね。
ソフィ学園長の政治姿勢はご存知のとおり、首尾一貫している。
それは、論理的に正しいかどうか、だ。
今回、私がこれがモーリッツによる疑義から始まったことだということを強調したのは、彼のノーウェ君に対してかけている疑義が仮に誤りであった場合、彼自身の責任問題になるように、という思惑がある。
自分で言うのもアレな下衆い手法だけどね。
目には目を、だよ。
「わ、私は……」
「少なくとも、この件については、冷静かつ慎重な判断をされた方が賢明かと思いますよ」
モーリッツには強い後ろ盾があるけれど、今回のケースではそれも役に立たない。
まさか、たった1人の学生を貶めるために、モーリッツの方から理事まで巻き込むことはできないからね。
水は下から上には流れないものだしさ。
それに、魔法省に強い影響力を持つ、かの理事からすれば、モーリッツ程度の存在は他にいくらでも用意できるんだ。
今は1番使い勝手が良いから庇護しているだけであって、志を同じくする立場を越えた友でもなければ、一連托生の腐れ縁でもない。
哀れだよね……
こういうのを渦中にいながらも見せつけられる身としては、対立しながらも同情を禁じ得ない。
だから、私は教え子には、とにかく手仕事を突き詰めなさいと説くのだよ。
権力なんて霧みたいなものだ。
その瞬間は周囲を支配しても、大きな風、太陽、他の天候によって、あっという間に霧散してしまう。
最終的な勝者になれば、名は残るかもしれないが、敗者は人の目には止まらない。
いつか老人になって、自分が「〇〇の役職についていたんだ。偉かったんだぞ~」と胸を反らして自慢したところで、「へえ〜すごいですねぇ。そろそろご飯の時間ですよ」と返されるのが関の山だ。
場所を変えたら、引退したら、ただの人だからね。
でも、手仕事は残る。
担い手には誇りとして、人々には形として、ね。
そこに名が残るかは分からない。
例えば、今、魔導師たちが羽織っている上質なローブの製法を誰が考案したのかを世間は知らない……
でも、皆がこぞってそのローブに身を包むんだ。
そして、それを生み出した者の栄光は、本人の中で消えることはない。
彼もいつかそのことに気づくといいけどね……
「まあまあ、クローニ先生も、モーリッツ先生も、そう熱くならないでくださいな」
ここで横やりが入ったよ。
仲裁を買って出たのは、学園に所属する『魔女』の1人、アレッタ=マジタ―女史だよ。
機を見るに敏というか……なんとも絶妙なタイミングで調停に乗り出したね。
「たしかに、クローニ先生のおっしゃるように、ノーウェ=ホーム君のローブに問題があると現時点で決めつけるのはよくないことですわ」
モーリッツが口をパクパク動かしているよ。
ふむ、なるほどね……
どうやら、この疑義と提案を彼に吹き込んだ黒幕は彼女のようだね。
モーリッツのリアクションから察するかぎり……
このアレッタという教師は『魔女』の中でも比較的若い部類に入る、新進気鋭の存在だよ。
立場的にはあのものぐさババア、イトヤ=ラクシナよりも下なのだけれど、私からすれば彼女の方がより危険な存在だね。
一見、モーリッツ派に与しているように見えるが、あくまで現時点での政治判断としてだろうし、先ほどの理事よろしく、志を共にしているようにも見えない。
そして、その腹の内が読めない、ちょっと不気味な存在だよね。
さて、どう立ち回るつもりなのか……
「問題の是非を判断する前に、まずは、決闘時の状況を確認させていただきたいですわ。キャリー事務局長、立会人の貴方から見て、不自然な点はございませんでしたの?」
アレッタ女史は、決闘の立会人を務めていた白鼠に話を振ったよ。
これは、正しい提案だね。
実は、私がここまで強気に出れているのも、立会人をこいつが務めていたっていうこともある。
憎らしいが、このキャリー=オオバという男は、その結界術においては、かのアホ教授、マーゴット=エジウスと並んで学園におけるトップの存在だ。
本家本元の聖教会のトップ層には及ばないまでも、『白魔導師(極)』であるこの男は、その限られた人間だけが持てる特殊な結界魔法によって、決闘中に起こるあらゆることに目を光らせているのだよ。
主だっては、学生の安全に関わることだけれどね。
不正の如何もその対象ではあるよ。
「……と言いますと?」
あ、こいつ寝てたな……
うっかりマスク外してるし。
自信に結界をかけて誤魔化していたんだろうけど。
長い付き合いの私にはお見通しだよ。
「……ノーウェ=ホームの紫のローブの作用についてです。何か不自然な点はございませんでしたか?」
笑みを浮かべるアレッタ女史。
彼女もまた魔女だからね。
気づいたのかどうか……
「あれば、その時点で決闘を止めているでしょうな。特段、他のローブと異なる作用は確認できませんでしたよ」
「つまり、あのローブから何か攻撃魔法を発するようなことはなかった、と?」
「ええ」
「本当なのかねっ!?証明できるのかね?」
モーリッツ参戦。
なかったことを証明しろと言ってもね……
それは、「悪魔の証明」ってやつだよ?
どうやってそこに悪魔がいると証明するのだい?
「少なくとも、発動自体はノーウェ君本人だと私は認識しておりますがね。私の魔法が信じられないのであればそれまでですけど……立会人としての私に疑義を唱えるおつもりであれば、弾劾にでもかけて、学園長の裁可を取るしかないでしょうな」
「……っ!」
うわぁ~。
藪蛇ってやつだね。
こいつもまた筋の通らないことは嫌いな性格をしているからね。
「まあまあ、お2人とも冷静に。ということは、あのローブにはノーウェ君の特殊な魔法の源となる力は持たないと?」
「少なくとも、他の魔導師のローブと特に異なるものとの判断はできませんでしたね。外見では。詳しく調べればまた話が違うかもしれませんが、少なくともあのローブによって、その後の特殊な光の魔法を発動させていたわけではない、とは断言できます」
「な、なぜ……!?」
またも横やり。
懲りないやつだね。
「光っていませんでしたから」
「え?」
「ですから、光っていたのは、コイン殿の作った立方体の石の箱を壊した直後しばらくまでです。あとで、詳しく映像を分析することをおすすめしますが、ローブの発光が収まり、しばらく経ってから、ノーウェ君はあの7色の魔法を発動させています」
アリーナにいた私の目にもそう映ったね。
もちろん、遠巻きに、だったので白鼠よりも確証めいたことは断言できないけど。
むしろ、あのローブが1番光ってたのは、コイン殿による石の箱に閉じ込められていたときなのではないか、と思っているのだけれど、ここでは言わないよ。
それこそ藪蛇だ。
「よく分かりました」
ニッコリと笑うアレッタ女史。
彼女の思惑は分からないがなんとなく、現時点での予想はできる。
おそらく、彼女はノーウェ君を糾弾したいというよりは、その秘密を明らかにしたいのだと思うな。
彼女だって、私の推測と同様のことを思っていてもおかしくはないはずなのに、その点には触れないしね。『見通し』のスペシャリストなのにさ?
「それでは、こういう提案ではいかがでしょう?この先の本選でノーウェ=ホームが出場する可能性のある決闘において『ローブの着用不可』という条件を盛り込んでみては?」
「おおっ、それは良いな」
「たしかに、打開策になる得るでしょうな」
諸手をあげて賛成するモーリッツに、追従して初めて議論に参加するトリューゲル。
彼もまた、機を見るに敏……ではあるね。
「いかがでしょう?クローニ先生、キャリー事務局長」
「……ノーウェ君は本選1回戦には出場しないので、第2回戦以降になるかと思いますが、第2回戦におけるすべての決闘を対象とした一律の基準としてはいいのでは?」
「「……っ!」」
「私も、クローニの提案した条件を盛り込むのであれば賛成です」
そう言って白鼠は透明なマスクを着用した。
これ以上話すつもりはないという意思表示だね。
「よろしいですわ。モーリッツ先生、この案で上奏するとしましょう」
「う、うむ……!」
……いったい、なんだったのだろうか?
この会議は。
結果的にこの会議の勝者となったのは、おそらくアレッタ女史ただ1人だね。
私と白鼠は巻き込まれただけ。
彼女の練る、ノーウェ=ホームという魔導師の紫のローブを剥ぎ、その実力を丸裸にするという方策にね……
……おっと、これは比喩表現だよ?
本当に素っ裸にするわけじゃあないからね。
昨今、このテの問題にうるさい連中がいるからきちんと断っておくよ。
モーリッツたちにとってはこれが上策になるかはわからないよ。
白鼠もちらっと指摘したように、すべての学生が何かしらの魔法作用を有するローブを着用しているんだ。
中には、敢えて着ないコイン君みたいな人間もいるにはいるけど、少数派だ。
特に、『殿上人』や高いランクにいる学生ほど、上質のローブを羽織っている。
『支配者級』に学園から贈られるローブなんてその効能は破格だからね。
藪蛇にならないといいね……
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
前話でせっかくウキウキしていたのに……
次回、本選前の様子。
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




