1-16『履修登録とマスク男』
まあ、何だかんだくつろげて、学園に来て初日の晩もよく眠れた。
寮の部屋のことね。
住めば都とはよく言ったものだな。いや、実際、帝都に来たんだった、俺は。
昨晩、レミとリバー(と一応ブルート)に個人と派閥の評定ポイントについて教えてもらい、履修登録の仕方と場所も聞いて、俺は安心して床に就いた。
レミとリバーとは今後も食堂で食事を一緒にしようと約束した。
学園に来て初めての友だちができた気がして感慨深い。
俺は起き上がると大きく伸びをし、顔を洗い、着替えてから食堂にむかうため、部屋の扉を開ける。
開けた先の廊下に1人立つ男、それはブルート。
こいつは朝からここで一体何をしているんだろう。
「きょ、今日は履修登録に行くのだろう?仕方ないから案内してやる」
「お、おう。ありがとう」
2人で食堂に向かう。その間、無言。なんか気まずい。
食堂に入る。今朝は、レミとリバーの姿は見かけなかった。
「そういや、ブルートはいつも食堂では1人なのか?」
「……そ、そんなことはない……」
「そういや、ブルートは貴族の子息だよな?この学園につき添う使用人みたいな人はいないのか?」
貴族の子女は、学園寮で過ごす際に身の回りの世話をする人を置くのが通例とか。
故郷の村の村長から聞いたことがある。
村長は、使用人に若い女性を雇おうとして奥さんに張り倒されていたけれど。
あの時は肘が反対側に曲がっていたなあ。
回復魔法の良い練習台になった。
村長、今も元気にしていられているかなあ……
「お、俺の領地は遠いから、使用人の到着が遅れているのだ」
はーん、さては訳ありだな!?
それ以上は聞かず、俺はブルートと2人で、食堂で朝食をとった。
昨日から、俺は少しずつ彼に同情心が芽生えてきている。会ったのも昨日だけど。
ささっと朝食を済ませ、ヤキソバまんを数個買ってもらい、寮の外に出る。
寮を出るまでの間、睨みつける視線、怯えるような視線、様々だったが気にしない。
寮の門を出て、昨日、ブルートと決闘を行った学園入口の庭まで進んでそこを右に曲がり、西の方に進むこと10分。いくつかの建物を通り過ぎて、俺たちは学園の事務局がある建物の方角に足を進める。
通り過ぎた建物は、授業を行う学術棟や研究棟……との案内役談。
学術棟が立ち並ぶ道を抜ける途中、大きな噴水があり、その周囲に芝生、砂利、砂地などが綺麗に整地された広場があった。噴水周りにはベンチもあり、食事をしている学生たちの姿も見受けられる。
ここが、ただの学内公園であったならば、華やかな学生生活を期待できるというものだが、生憎、ここはそのような場所ではない。
歩く最中にも魔法の攻撃音が聞こえ、吹っ飛んで宙を舞う人も見かけてしまった。
実に物騒だ。こんな所で食事ができるとは、さては強者だな!?
ふと、目線が噴水のある石畳の広場の右隅に移る。
学生服を着ており、その中にローブだろうか、ピンクのフード付きの薄手の服を忍ばせている桃色の髪の少女が、腰を落として何かをしている。
ピンクという統一感のある装いが、彼女が魔法使いであることを示している。
まあ、この学園の生徒はみんなそうだけど。
俺は紫だ。ブルートは水色がかった青。
研究家肌はこだわりが強い。
……あれは……傷ついた猫を癒しているのか……
猫はピクリとも動かない。
少女は猫に回復魔法を掛けているのだろう。その小さな手がピンクの光をほんのりと出している。
小動物に回復魔法を掛けるのは結構難しい。
俺も中級の回復魔法までなら使えるが、初級だとおそらくあそこまで衰弱している身体を癒すには足りず、かといって中級だと過剰過ぎて悪影響を与えかねない。
人間であれば掛け過ぎるということもないんだけどな。
俺も村長にはよく掛けていたし。
「おいっ、行くぞ」
「ああ……」
少女がつきっきりで面倒を見ているがどこまで手助けになるだろうか。
あの猫を全快させるためには、初級回復魔法を掛け続けなければならないだろう。
ブルートに促されて、少しの躊躇いのあと、先を急ぐ俺はそんなことを思いながら、学術棟の狭間の大通りを進んでいく。
学術棟の建物群を抜け、学園運営の商業施設が集まる先に、学園全般の事務を取り仕切る事務局が置かれた建物がある。
事務局とやり取りするのは、個人単位では履修登録や外出手続き、学園行事に関する相談くらいなので、ここが学生寮から最も遠い場所にあるのも頷ける。
派閥単位では、色々な手続きで訪れる機会があるそうな。大変なこっちゃ。
やたら詳しいブルートの案内につき従い、俺は事務局のある建物に着いた。
「事務・救護棟」と建物の壁に大きく書かれてある。
学園の事務を執り行う場所と決闘で負傷した学生の救護を行う場所が同じ建物内にあるそうだ……なんで?
「はいぃーーーつぎぃーーー」
建物に入るや否や、やたら気合の入った声が響き渡る。
え?ここ道場か何かじゃない?
「……あそこが履修登録の窓口だ。ここで待っているから行ってこい」
案内役の急な職務放棄により、俺は急にひとりで窓口に向かうことになった。
なぜ、事務的な手続きであんなに気合の入った大声を出さなければいけないのだろうか?
「はいぃーーーつぎは君ぃーーー。何の用事かねぇーーーー?」
「……履修登録の申請に来ました」
「ほおぉーーーこのぎりぎりの時期に珍しいねぇーーーい。領主印のある紹介状か、学生証はあるかーーいぃーーー?」
固まった……
……俺の表情が……いや、おそらく全身の神経が……
事務職員と思しき男性は白いスーツに身を包み、白いシルクハットを被り、スーツの胸ポケットに白いバラを差している。
語尾に気合が入った口調も、いくら魔法使いの学園といってもあまりに統一され過ぎた白一色の装いも、たいがい異様だが、そんなことは気にならなくなるくらい……いや気になるけど、それをはるかに上回るくらい異様なのは彼の顔。
男性の顔の造りは端正だ。男の色気溢れたダンディな顔立ちといえる部類だろう。
でも、それを打ち消してあまりありあまり過ぎるのは、彼が顔の表面に透明のマスクをつけていることだ。
しかも、おでこから顎までのマスクで目鼻や口の型もくっきりついているやつ。
え?なんで?……
窓口には文字通り透明の窓が取りつけられているのに、なぜ自分までマスクをつけているのだろうか?しかも無色透明の!
「あ、これです……」
俺は村長からの紹介状と、昨日クローニ先生から受け取った学生証を渡す。
本当は渡したくないけれど、仕方がないので渡した。
「ほおぉーーー君がぁ、アイツが言っていた『紫魔導師』のノーウェ君かいぃーーー」
なんて事だ!?
俺の名前が目の前のマスク男にすでに把握されている。
それと、アイツって誰だ!?
マスクの事務職員は椅子に座り、足を大げさに組むと、窓口から斜めの方に向き、俺の渡した紹介状を読んでいる。
透明のマスクは、透明だからやや見え辛いが、デフォルトの微笑みの表情を一切変えずにいる中、その奥の男性本人の表情はコロコロ変わる。
それもかなり大げさに……
「おっとぉーーーー自己紹介が遅れたねぇーー。私の名前はキャリー。キャリー=オオバと申しますぅーーーー!よろしくぅーーーー」
そう言って、キャリーと名乗る男性は、体は斜めに向いたまま、顔だけ(もちろんマスクも)こちらに振り向いてニカっと笑う。歯が真っ白!うーん、怖い。
「……ノーウェ=ホームです……よろしくお願いします」
「よろしくぅーーーー。さて、君の履修登録ですがぁーーーこれが登録申請書になりまーーすぅーーー」
「ありがとうございます」
「よろしければぁーーこの私じきじきぃにぃーレクチャーしましょうかぁーーー?」
突然、キャリー事務局員が椅子からガバッと立ち上がり、俺と彼の間を分かつ透明の板に張りついた。
彼がマスクをつけている理由を垣間見た気がした。かなりの至近距離で。
それが他者による、心からの要請であるとするならば致し方ないことだ……
「あ、昨日、友だちに教わったので結構です」
「そうなのかいぃーーー?」
全力で拒否をする。残念そうな表情をマスク越しに見せないでいただきたい。
俺は急いで身を翻し、申請書を受け取ると、記入用の立テーブルに向かう。
背を向けるのも怖いが、向き合っていると気が散りそうなので、そのまま申請書をテーブルに置き、全速力で履修登録する授業の記入を行う。
もう一度、あの場所に行かなければならないのが本当に恐ろしい。
ブルート、代わりに行ってくれないかな……
何も言っていないのに遠くで首を激しく振るブルート。あの野郎……!
俺は仕方なく、申請書を持って窓口へと戻る。
「はいぃーーーー承りましたぁーーー」
真っ白に光沢する歯が折れそうになるんじゃないかというぐらい力んだスマイル。
マスクの表情は変わらない。当たり前だが。
「いくつかの授業は抽選でーすぅ!入学式後に結果がわかりまーすぅーーー」
語尾をウ段で終わるのはお願いだから止めてほしい。お願いです。
唇が気持ち悪いんです……何か吸い込んでいるよね!?
「わかりました。ありがとうございます。それと、ここで学生に支給される魔道具があると聞いたのですが?」
「そうだねぇーーーさすがお目が高いぃーーーー」
いや、支給品だろ?さっさと出して。
「これですぅーーー」
ドンッと置かれたのはペーパーサイズの大きさをした分厚い石の塊。
大きさはともかく、厚さが尋常ではない。何かの石板か?
「え?もっと薄いものでは?」
「薄いのは品切れだよぉーーでもぉ、心配いらないぃーーこれは、最高性能のぉーー私と持っているものと同じタイプのものだよぉーーー」
え?嫌なんですけど?
あと、オ段で終わるのも、頬が著しくへこんでいて、マスクとのギャップが激し過ぎるのでご免被りたいのですけど!?
「まあーー持っていて損はないからねぇーーいぃーー」
他にないと言われ、仕方ないから受け取って鞄に入れたが、今の所、持っていて1日で肩こりに苦しめられそうな重みしか感じられない。
「ありがとうございました」
「なんのなんのぉーーーこれで私も気分すっきりぃーランチに向かえるよぉーーー!ノーウェ君もこれから頑張ってねぇーーーいぃーーー」
カッと目を見開く事務員さん。
え、ランチ?
何か、わからないけどただただ怖いので、俺は一礼して身を翻し、ブルートを呼んで足早に事務局の外へ出た。
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、フォローをよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
明日はヒロイン候補とゴミクズの登場です!
ノーウェと出会って2人がどのような運命になるのか……
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




