3-72『ミラージュミスト』
俺は、生まれ育った村とその周辺の森以外の地をあまり知らない。
遠征として訪れた場所もさほど多くない。
マルテの街、マコべ村、フルーエ、ワッフ・ルー、『土輪布山泊』……
そんな俺の拙い経験の中でも、群を抜いて、魔物による危険が多い地域はどこかと言われれば、迷わず『マーロック遺跡』周辺と答えるだろう。
村から帝都までやって来て、ここまで帝都周辺の森を探ったり、ダンジョンを試したりもしてみたけれど、その危険度は比にならない。
むしろ、帝都周辺の魔物が俺の暮らしていた村周辺に来れば、みんな食われるだろうなってレベルだから……
この学園に来て、クローニ先生や仲間メンバーと話す中で、ようやく、俺の住んでいたあの村が「魔境」と呼ばれ、こっちの人たちからは恐れられている場所だということを理解し始めている。
まあ、だから、あの地に飛ばされた銭ゲバや筋肉軍曹さんは、やっぱりそれぞれの組織の主流派ではなく左遷組なんだろう。
そうに決まっている。
そして、そんな頭のおかしい窓際職員たちや、故郷の村の力自慢の人たちですら、足を踏み入れることすら恐れる場所が、『マーロック遺跡』とその周辺の地域なんだ。
俺はかの地を訪れたことがある。
理由は……もちろん、俺の父ちゃんの足跡を追いたかったから。
まー、バカなんじゃないの?って思ったね……うちの父ちゃん。
本当に、バカだよ。
あんな場所に魔導師でもない人間がその身ひとつで向かうなんて……
行ってはみたけれど、結局、俺は父ちゃんにはまだまだ敵わないやって思った。
『マーロック遺跡』は、まずそこに足を踏み入れるまでに、多くの凶悪な魔物と対峙しなければならず、辿り着いたとしても、入口にとある「守護者」がいる。
そいつを倒さなきゃ扉が開かない。
そして、その先はさらに過酷。
1階層ごとに、すさまじい環境下で、その地に住み着いている魔物たちや規格外の怪物を倒さないと先に進めない。
俺は、ある階層まで辿り着くことができた。
それでも、実際に、父ちゃんがこの紫のローブをどこで手に入れたのかは判らずじまいだったけれど、代わりに、別の人物の足跡を第6階層のとある場所で偶然見つけることができたんだ。
その人物とは……かの伝説の勇者ヤマトだ。
勇者ヤマトは、世界を巡ったあとに、『マーロック遺跡』を訪れ、その地を監視するかのように海を挟んで向かいにある「シェルミー島」で晩年を過ごしたらしい。
そんな大人物が監視をしなければいけないほどのものが、あの遺跡には眠っているらしいんだけど、なんなんだろうか?
各階層にいた怪物たちは手強かったけれど、そこまでとは感じなかった。
まさか、災厄のような恐ろしい大怪物とか、極悪非道な悪魔なんかじゃないだろうね?
まあ、妄想が過ぎるか……
話が逸れた。
その『マーロック遺跡』内にある「勇者の資料室」には、おそらく普通の手段では入れない。
……というか、どうやって、あそこにあんな部屋を作れたのか分からない。
意図してあそこに作ったのであれば、勇者ヤマトってなんか、冒険者の気持ちを分かっているというか……「粋」な人なんだろうな。
自分が行けたのは、まったくの偶然。
……というより、『紫魔導師』の恩恵とでもいうべきだろうか。
そのカラクリの出発点は、村の森付近に生息するとある魔物の魔法にある。
周囲の自然物に擬態をするレオレオニーズの『メクルメクレオニクル』だ。
レオレオニーズは、複数形の名前が付いているものの、単体の魔物にして、その生態はどっちかというと単独行動。それゆえ、魔法も専ら自らが擬態をするものになっている。
そして、『マーロック遺跡』の第6層にはその上位種(おそらく最上位)が生息している。
その魔物の名は、「スイスイミー」という。
……不思議な魔物。
虹色に輝く小さな個体が膨大な数で密集している。
そして、この魔物たちが魔法を発動させると、周囲が揺らめく……
いや、本当に!
何が現実で、何がまどろみかも、揺らめいてしまって分からなくなるんだ。
まさに夢うつつ。
スイスイミ―は、その魔法を各個体がある程度順番で放っているために、そのまどろみは持続し、足を踏み入れたものを絶えず幻惑させてしまうのだろう。
俺がそこから脱することができたのは、『紫魔導師』として、その魔法を学んだから。
一緒に使うことで、分かち合うことができて、脱出することができたし、あの部屋を発見することもできた。
それをこの決闘の場で今、使うとしよう。
恐ろしい魔法ではあるけど、1人が使う分には限りがあるし、ひょっとしたら、コイン先輩なら対処法を見出してくるかもしれないしね。
さて、鋼の防御と鉄の意志を持つ先輩に対して、この幻惑がどこまで通用するか……
「『ミラージュミスト』」
◇〈コイン視点〉◇
舞い上がる粉塵は、標的である『紫魔導師』のノーウェ=ホームの身を包んで隠してしまった。
コインは目を凝らした。
時間経過によって、この粉塵の霧は晴れ、ベールに包まれた新入生は再び姿を現すだろうか?
否。
せっかく、僅かながらでも明らかになったかと思ったその実力とともに、再び曖昧なまどろみの世界へとコインを引きずり込む。
目を凝らしても、その新入生の姿を認めることはできなかったが、代わりに粉塵の霧の中からレンガの大きさの岩がふいに飛んできた。
「くっ、『嶺護』」
ドガンッ……!
「えっ?」
石がコインの張った防護膜に当たった音。
その事実自体はおかしな点はない。
だが、明らかにおかしい……
当たった音の大きさの感覚、そのタイミングが、コインの予期していたものと大きなズレがあった。
床を見ると、明らかにレンガサイズではない大型の石が転がっていた。
ビュンッ……シュパパパパ……
「『嶺護』」
再び霧の中から魔法が放たれたのが目視できたので、今度は冷静に、先ほどよりも自分に近い場所に、身体の周囲を筒状に囲むように防護膜を張る。
『流通貨幣投』のような小さな石の散弾のようであったがはたして……
ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガンッ……
……やはり違う。
今度はレンガサイズだ……
コインは、焦る気持ちを必死に抑えながら、思考する。
正しいものと誤ったものの選別が肝要だ。
焦ってその確認作業を怠ることが1番まずい。
手仕事にも決闘にも共通する原理だ。
その基本に立ち返る。
正しいのは『嶺護』に当たった直後の感覚。
おそらく。
間違っているのは霧から現れ、こちらに伝わる感覚。
発動の事実自体は正しい……
この仮定を元に、今一度観察を試みる。
ブォーン………!
今度は特大サイズだ。
「『嶺護武石』」
見るかぎり、『武石』ほどの大きさではなさそうだが、念のため、正面の守りを厚くする。
ヒュンッ……シュパパパパパパ………!
ガガガガガ……
「……っ!」
側面から石の散弾が飛来し、両足に直撃する。
執拗に足ばかり狙う攻撃に違和感を抱きつつも、そのことはひとまず置いて、観察の成果を確認する。
足元には貨幣サイズの石が散らばっている。
……やはり。
ピイィーーン……
コインはその石を1つ、指で上空に弾くと目を閉じた。
ブォーン……
放たれた。
耳には大きな振動が伝わる。
その情報は信用しない。
「『嶺護武石把薄』」
半径10メートルほどに薄い風の膜を張り、さらに自身の周囲5メートルの空間に四方体のブロックを大小散りばめて配置する。
ピイィーーン……
右側面……コインサイズ……!
「『貨幣投』」
シュパパパパ……
バババババ……
ガガガガガ……チャリーン……!
……上手くいったようだ。
「へえ……」
へえ……へえ……へえ……
こだまだろうか……?
ポポポポーーーン……!ポポポポーーーン......!ポポポポーーーン……!
不思議な音がする……
いやいや、惑わされてはいけない。
すべての判断は領域内に魔法が侵入してきたときにする。
左前方……と左横……火の玉が7発……いや、8発か!?
「『武石降離』」
ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、……
だいぶ感覚に慣れてきた。
……それにしても、なんて恐ろしい魔法なのだろうか。
どこが浅い?
この大会を迎えるにあたって、おそらく出場するほとんどの派閥の長たちが、『泡の魔法』の対策に少なからず取り組んできた。
それがどうだろう?
あの『泡の魔法』ですら、ほんの入口に過ぎないのではないかと思えてしまう。
この『霧の魔法』の方がよっぽど恐ろしい……
ふと、新入生の頃の記憶が蘇る。
自分の魔法の技術がまだまだ未熟であり、知識も乏しかった頃、当時の『殿上人(支配者級)』の『領域支配』の魔法とそれを駆使する魔導師がおそろしく理不尽な存在に思えていた。
知識もない状態で、根拠のない自信によって挑んだその決闘は、相手の「初見殺し」ともいえる暴力的な攻撃によって、こちらは一瞬で沈められる。
今では、自分がそれをする側になっているのだろう。
圧倒的な支配力の魔法で、最も確率の高い不敗の戦法で相手を追い込む。
そこに到達していない人間にとっては、理不尽な戦略、戦法、そして威力であることには違いない。
そんな『殿上人』になってしまった自分たちに対して突きつけられたのが反撃の魔法……強すぎる攻撃に手痛いしっぺ返しを突きつける『泡の魔法』であり、さらに、そんな同じ場所に漫然と留まっている自分たちを嘲笑い、その足場を……これまで造り上げてきたものを揺るがす凶悪な魔法がこの『霧の魔法』だ。
『領域支配』ですら、なんとか相手の攻撃を察知するための1つの手段にしかならず、何も手を打たずにただこまねいていたとしたら、おそらく自分は足元が揺らぐどころではなく、そのままひっくり返っていただろう。
それぐらいに危険な魔法だ……
……ナメやがって。
シュパパパーン……
「『武石集中射』!」
ドガーーーン!ガーン!ガーン!……ガラガラガッシャーーーン……
……それなのに、なんだろうか?
この感覚は……
昔を思い出しつつも、新しい場所へと1歩踏み出せそうなこの感覚。
コインの胸中には、未知なるものに対する恐怖と新たなる世界への渇望が混在し、その支配領域にやってくる魔法を弾き返す自身の生み出した石の炸裂音と共鳴して響いていた。
ノーウェ=ホームは、おそらく、そのときを待っている。
勝負を決める、決定的な一撃を放つそのタイミングを……
それを分からせるために、敢えてコインの魔法を真似して放っているのだろう。
なんせ、序盤に自分が使っていた戦法をなぞっているのだから、その意図は明白だ。
で、あるならば、そのときにこちらも最高の一撃を放つだけ。
相手に惑わされず、自分がこれまでに積み上げた手仕事の集大成ともいえる一撃を放つために……
「さあ来い!『紫魔導師』のノーウェ=ホーム!」
◇<ノーウェ=ホーム>◇
そろそろか……
幻の時間が終わりを迎える。
コイン先輩も分かっているようだ。
この『ミラージュミスト』を使った俺の真の狙いを……
『ミラージュミスト』は幻惑の霧を発生させ、その霧がこちらの放つ魔法に悪さをする。
相手からすれば、霧の中から現れた魔法を、視覚なり聴覚なりの情報を自然と認識し、そのイメージに対して回避や反撃を試みるわけだが、その「先入観」はこの霧によるまやかし……
実際の魔法として相手の元に到達する際には、その「先入観」とはまったく違った姿形をしており、混乱を招く。
1度囚われたその幻惑の効果はいったいいつまで続くのか……?
化かし合いはここからが本番なんだよ。
『ミラージュミスト』はゆらめいて、消える間際に輝きを増すんだ。
語らずとも分かり合えるっていうのがなんだかいいね。
それじゃあ、そちらに行くとしますか!
その魔法がどれだけ固くても、どんな壁を作ろうとも、こっちは這いつくばってでも辿り着きますよ?
……
…………
………………
「……あらよっと!『壁ぬい』」
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
ふざけてはおりません。ノーウェは本気です……笑
次回、決着!!
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




