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3-71『強い魔法』

◇〈コイン視点〉◇


「おっとぉーー、コイン殿がぁ、ノーウェ=ホームを石の箱にぃーー、閉じ込めましたぁーー、これは決まったかぁーー!?」


 『立方体巨石打運キューブロックダウン』。


 立会人の言うように、これは勝負を決定づける大技だ。

 石の壁によって、相手の行き場をなくし、外側全方向から中心に向かって圧迫する。


 もちろん、完全に圧縮してしまっては、殺してしまうのでできないが、ギリギリのところを見極めて胴体部分に石面が触れる程度には押してやる。


 途中、なんらかの接触音を感じたので、確かに攻撃は効いているようだ。


 ノーウェ=ホームは、防護膜を張る魔法を所持しているようだが、片面ならともかく、全方向からの同時攻撃には対応できないことは、ここまでの戦いで把握済みだ。


 あまりに隙間を残してしまうと、例の『マジックボム』という魔法によって分解される恐れがあるため、少なくともノーウェ=ホームの身体にダメージを与える程度には、石を密集させなければならなかった。


 ……致し方ない。


 『武石ブロック』や『邪愚鍋ジャックポット』による布石はここでもキッチリ活かされた。


 身体の骨の数本は折れてしまっただろうから、あいつは、ひょっとしたらすぐには復帰できないかもしれない。


 その場合は、何回か、見舞いにでも行くとするかな……

 本当に、将来有望な男だから……


「それではぁーー、これよりぃ、10カウントを始めますぅーー、カウントの間に動きがなければコイン殿のぉ、勝利となりますぅーー」


 うおおぉーーー!

 きゃーーー!


 会場が一気に沸く。


 相手の命に関わる形で身動きが取れない状況になった場合、立会人の強制介入により、勝者が決められる。


 その際の猶予は1から始まり、10数え終わるまで。


 その間に、身動きが取れなくなっている方がその状況を脱することができなければ決闘終了となる。


 コインも以前、同様の形で敗北を喫した。


 相手は、学生ランク第3位、『焔海えんかい』のパージ=ジョートー。


 火の海に囲まれ、呼吸を奪われ、膝をついてそのまま立ち上がれなかった。


 そのような状況下では、如何な、頭の回る魔導師であっても挽回は難しい。


「ワン、トゥーー、スリィーー……」


 ……この立会人は1回の呼吸がやたら大きい。


「フォーーー、ファイブゥ、シックスゥーー……」


 ……なので、余計に時間の進みが遅く感じる。


「セブンぬぅーー、エイトぅぅるるぅぉーー……」


 ヒュンッ……ババババ……


「うっ……!」


 ブスッ……ブスブスブスッ……


 立会人が巻き舌混じりの独特な「(エイト)」を数えたところだった。


 一瞬で立方体の一部に丸い穴が空いたかと思うと、氷の針が数本、コインの両足目掛けて飛んできた。


 十分に警戒していたつもりであったが、あまりにも唐突でまったく反応できなかった。


 思わず、膝をついてしまう。


「おおっとぉーー、ノーウェ=ホームによる反撃ぃーーー、カウントは一旦中止ぃーー」


 立会人ですらあまりに一瞬の出来事で止まっていた。


 ボガーーーン……


 均一に成形された立方体の石の箱がはかなくも崩れ去っていく。


 それは、ここまで堅実に、着実に積み上げたコインの戦略も一緒にまとめて崩壊させるものであった。


 さらに、驚いたことに……いや、恐るべきことに、崩れた石の残骸から姿を現した紫魔導師は、その身に新たな傷1つ付けることなく平然と立っており、トレードマークである紫色のローブは異様に光り輝いている。


「ど、どうやって……」


 コインだけでなく、立会人、観客、大会関係者と、会場に居合わせたすべての人間が思ったであろう。


「コイン先輩は……やっぱり強い魔導師ですね」


「……は?」


 期待した言葉ではなかった。

 おそらく、その場の全員にとって……


「俺はね、先輩……いくら威力の大きい魔法を使えるからと言って、それを自分の実力だと勘違いしている奴を強い魔導師だとは思いませんよ。それはただ強い魔法が使える平凡な魔導師に過ぎない……」


「……」


 ……何が言いたい?

 そう言いかけた。


 だが、コインは口をつぐんだ。


 その言葉に、少し感じ入ったところがある。


 この学園に入ってからもずっと苛まれていたことだ。


 自分が魔法を磨き上げ、強大な魔法を使えるようになってもずっと悩んできた。

 その魔法によって学園に、ひいては帝都に暮らす人の生活が豊かになったとして、それが本当に多くの人々にとっての幸せになるのか、と。


 帝都を守る城塞の外壁を綺麗に造り替え、スラムを浄化し、学園に一大商業施設を建てたとしても一向に気は晴れない。


 葛藤もいまだに残る。


 悪友ともいえる親友は、考えすぎだと笑い、気の置けない派閥のメンバーはそんなことより汗を流しましょうと棟梁の預かり知らぬところから、自分のやりたい作業を調達してきて、副棟梁に叱り飛ばされている。


 その度に、頭のタオルに手を当てて、大きく首を振ることで、どこか救われた思いがしていたが、それでもなお、根本的な問題は解決していなかった。


「先輩は……魔法の恐ろしさを知っている。だから、俺を倒すための魔法を行使するときですら躊躇ためらった……」


 ……そりゃ躊躇ちゅうちょするだろ?と率直に思った。

 相手を殺してしまう可能性がある魔法であり、戦法なのだから……


 そこまで言いかけて、再び口をつぐむ。


「お前、ひょっとして……」


 不遜で、不敵で、不気味な紫のローブの後輩魔導師は言った……本当の強敵相手でなければあの『泡の魔法』を使うつもりがないと。


 その理由を決闘直前に、耳にしたとき、なんて傲慢な男なんだと思った。


 - 俺が、この『選抜戦』で『ヴァインバブル』を使うつもりがない、と言ったのは……そこまで手に負えないほどの、真の強敵に出くわさないだろうと思ったからです -


 しかし、今ではその言葉が180度違う意味に聞こえてくる。


「難しいんですよ……魔物から学んだ魔法は……魔物相手ですらこれまでどれだけ失敗してきたことか」


 ああ、そういうことか……


 初めてその戦闘を目にしていたときから抱いていた違和感……

 まるで底なし沼のような不気味さ……


 戦った上でも拭えないこの感覚の正体がようやくわかった。

 自分の言葉は決して間違っていなかった。


 浅いなんて謙遜していたが、やはりこの男の魔法は「底なし沼」だ……


 何がって……


 ……1つ、1つの魔法に対する、この紫ローブの男の感覚が底なしなんだ。


 どうりで、自分がハイ級の魔法でこうも容易く傷つけられるわけだ。


「強い魔法が使える平凡な魔導師……か」


 思わず笑いがこみ上げてくる。

 これほど皮肉な言葉もないな……


「そうですね。今後、弱さを知らない人間に『ヴァインバブル』を使うことはありませんよ。俺よりも強くない《《人間》》には、ね?」


「そうか……じゃあ、なおさら負けられねえな」


 その瞬間、もやがかっていた迷いが晴れた。


 傷ついた膝で踏ん張りを入れて立ち上がり、灰色のくすんだタオルをギュッと力強く結ぶ。


 その底知れなさ、経験に裏打ちされた言葉、そして、たくさんの《《弱き》》を見てきた者だからこその強さ……


 その相手に反撃上等の真っ向勝負を挑む……


 学生ランク7位、『石嶺』のコイン=ドイルは、心の底から震え、そして奮えた。


「じゃあ、決闘再開と行きますね。『ミラージュミスト』」


 先ほど、粉砕した石の残骸が粉塵となって舞い上がり、あたり一面が霧のように包まれ、その魔法を発動した、弱きをよく知る強い魔導師の新入生は、コインの目の前から突然、姿を消した。


 ……

 …………

 ………………


 ……え?


 ……話が違くないっ!?


◇〈ノーウェ視点〉◇


 危ないところだった。


 あと一手、こちらの判断が遅れていたら、あの迫りくる石によってペシャンコに潰されていたかもしれない。


 そういう意味では、ヌメリトカゲの真似をしておいて正解だった。


 先輩も驚いていたみたいだったけれど、布石ならこちらも最初から打たせてもらっていたからね。


 要塞を動かした時点で何か大技を残しているなという選択肢が浮かんだので、こちらもそれを1番可能性の高いものとして対応策を講じた。


 やったことは、先輩同様に俺も要塞を作っただけ……かなりミニサイズで、壁も薄かったけどね。


 コイン先輩の石壁が俺を取り囲み、まず逃げ道を塞いだ段階で、こちらも発動を開始した。

 頭は『シェル』で防備し、上部からの圧迫への対応はした上で、身体にぶつかる恐れのある前後左右を、ね。


 気づかれる可能性もあったが、それに関しては賭けだった。


 こちらが塞がれれば、向こうが得られる情報も減ると思ったから。


 仮に、気づかれたとしても、一瞬の足止めからの『マジックボム』による破壊、そして反撃という流れにはできるとは思っていた。


 コイン先輩は、物事を事実から積み上げていくタイプの人間だ。


 隙がなく手堅い戦術ゆえに手強くはあるものの、思考には1拍の間が生じやすい。


 戦法は修正ができても、この癖だけはなかなか直せないものだ。


 結果、物事はこちらの有利に進んだ。


 石の壁による全方位圧迫攻撃も、こちらの石壁により、俺の身体に接触せずに防げて、身動きをとれる程度の隙間を確保できた。


 先輩の挙動は分からなかったが、なぜだか、あの透明マスクから発せられる奇妙なカウントだけは石の中にも気持ち悪いくらいに響いてきたので、タイミングを測れた。


 あとは相手の気が緩むカウントで一気に反撃。


 どんな自然物であろうとも錐で通したような穴を開ける『モスケンストロー』を発動させ、次いで、5本の太い針にした『ハイアイス』を先輩の足があるであろう場所に向けて放った。


 足を狙うのも、確かめたいことがあるため。


 やはり、コイン=ドイルという魔導師は強い魔導師だ。


 膝を屈してもなお、その魔導師としての信条は曲げない。


 ……そして、目の色が変わり、また1段強くなった気がする。


 だから、そんなコイン先輩に敬意を表して、俺も信条は曲げずに、『紫魔導師』として求める「最強」でぶつかろう。


 手強い魔物たちが跋扈するあの森ではなく、最強の怪物たちが鎮座するあの場所の魔法で……!


ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


『石嶺』VS『紫魔導師』の矜持と信条を賭けた戦い……


次回、『霧の魔法』……


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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