5ー61『不測』
◇<回想>前日『紫雲城』裏庭にて◇
派閥内一大抗争となった戦闘方式決闘「草刈り」を終えた4人は、きれいに刈られた芝生の上に腰掛けながら、ひと休みして、太陽の色がゆっくりと変わっていくのを眺めていた。
正確に言うと、それをしていたのは4人中2人だ。
決闘の勝者である紫のローブを着た男は、自身できれいに刈りこんだ芝生の上に大の字になって寝転んでおり、断トツの最下位だった男は、水と風を合わせた魔法の切れ味に悩んで、今もなお、居残り「草刈り」を続けていた。
「ノーウェ、1つ聞きたいことがあるんだが……」
「なんだ?『結界魔法』の使い方なら俺は知らんぞ」
「ぐっ……」
意を決して尋ねるハリーに対して、痛烈な嫌味が返ってくる。
今回の「草刈り」決闘の火種となった「アンバスターズ」の叛意の一件、首謀者はハリーではないし、もちろんリバーでもない。
誰からというものではなく、各々のレベルでの会話と判断の結果、派閥の総意として、ノーウェを欺くことになった結果なのであって、そこに悪意は存在しないのだ。
だから、ノーウェのつっけんどんな言い方に多少は抗議の意を示したくもあるのだが、悪意はなくとも、多少の罪悪感があるために、それもなかなか難しい。
この一件でまったく非がないのは、何も知らされておらず、今もなお状況をまったく理解しないまま、只管、水魔法と風魔法の組み合わせで草を刈る方法を試しているブルートくらいのものだ。
少なくとも幹部の中では。
「……まあ、その件については、反撃するための協力の言質をとったから、水に流してやる。んで?何を聞きたいんだ?」
ハリーは、ようやく自分が揶揄われていることに気づいた。
派閥の長は、両腕を頭の裏に置いて、足を組み、まるでソファの上で寝転がるかのように、芝生の上で快適にしているようで、白い歯を見せている。
「強敵との向き合い方だ……」
漠然とし過ぎている。
自分でもそう思った。
でも、これしか表現のしようがない。
派閥メンバーの中で、実際に強敵を相手にしたことのある者はほとんどいない。
ハリーにしても、リバーにしても、カーティスにしても、強敵の決闘は多く観てきたが、これまで、実際に体感したことはなかった。
強いて言えば、強い姉兄と幾度となく戦ってきたであろうブルートだが、そのときの相手の実力や本気度が分からないから、なんとも言えない。
そう考えると、この派閥の中で、絶対的な強者と戦ってきたのは、魔物という容赦ない敵を常に相手にしてきたノーウェしかいないのではないか、とハリーは思ったのだった。
そのノーウェも、対人においては、少なくとも学園ではまだ本当の強者と「戦闘方式」ではやっていないように見受けられる。
2文字の称号持ちの上級生相手であっても、今のところは……
逆を言えば、それほど、彼の決闘にはまだまだ余裕といったものを感じる。
ハリーの口から出た言葉は、未知なる海に飛び込み、そのあまりにも深く、広い大海でどこを目指して泳いで行けばいいのか、という根源的なものであった。
「……例えば、恐ろしく強い魔物がいたとして、それが初めてみる魔物だったとしたら、まず死なないようにするし、なんとしてでも勝つ方法を考えて実践する」
それはそうだろう。
これに関しては、普段からノーウェが言っていることだからハリーの頭にもすんなり状況が入ってくる。
「でも、同じ強い魔物でも、以前戦ったことのある魔物の亜種だったり、変異種だったりした場合は、話が変わってくる。それが村の近くに出現した場合なんかは特にな」
「どういうことだ?」
これには困惑した。
亜種だろうが変異種だろうが強い魔物には変わらないのでは、と……
「何がなんでも勝つというのは、自分の持てるものすべてをさらけ出すってことだろ?もちろん、それは悪いことじゃないし、毎回自分の最高を引き出して更新できるならそれもいい……でも、亜種や変異種はこちらの情報を引き継ぐんだよ……」
「引き継ぐ?」
「ああ」
「つまり、種族間で世代を超えて情報が受け継がれると?」
黙って話を聞いていたリバーが興味深そうに会話に加わってきた。
「そう。だから、自分の手をすべて明かすのは危険だし、逆に相手の情報をまずは得るのが大事だ。従来の種に比べて亜種は何が違うのか?どんな攻撃をしてくるのか?弱点はあるのか?そのあたりをこちらから探るのが先決だな。相手の攻撃の筋を覚えるのがまず始めにすることだよ」
「ああ……!」
ここにきて、ようやくノーウェの話の真意が見えてきた。
そして、ハリー自身が抱いていた焦燥感の正体も……
「まずは、相手の情報を得る策を考える……そして、肌で感じた感覚を元にチューニングしていく……」
自分に言い聞かせるように頷きながら呟く。
これまで、ハリーはどうやって格上の相手を倒せるかという策ばかりを考えていた。
それ自体は間違ったことではないが、ノーウェに指摘されて初めて、自分が重要な行程を踏んでいないことに気付かされたのである。
「そうそう。それと、ハリーもリバーもまだまだ手が読みやすいよ」
そう言って、寝転がっていた『紫魔導師』は、愛用のローブに付いた草を払いながらその身を起こした。
「手が?」
「読みやすい……ですか」
意外だった。
心外ではない。
ハリーは、自分のことに関しては多少なりとも心当たりがあったのが、「草刈り」中に分かっていたからだ。
でも、リバーに関しては、これまでずっとそつのない戦いをしてきているように思えるので、「読みやすい」という言葉が当てはまらないんじゃないかと思った。
彼は戦闘中も常に策を講じている。
「ハリーはどの属性にしろ、『玉』が初手で飛んでくることが分かる。リバーは最初は安全圏で観察し、こちらの攻撃の隙を伺って強烈な一撃を狙っていることが分かる。そこまで分かっているなら、こちらとしては、その準備をしながら戦えるから複数でかかってこようがそこまで怖くない」
「くっ、たしかに……」
「耳が痛いですね……」
裏を返せば、リバーに関しては、敵の観察から始めるというノーウェがハリーの指摘したことができているということではあるが、たしかに言われてみれば、リバーであっても、その戦闘スタイルは常に一定な気がしてくる。
ハリー自身に関しては、まったく反論の余地がない。
その初手においては、必ずハイ級の形状変化の「玉」を発動させている。
これが、指揮官として他のメンバーを動かす場面だとまた話は変わってくるが、ハリーもリバーもその指揮官であることに慣れてきているがゆえに、1人の魔導師としての向き合い方がそれに影響され始めているともいえる。
「どんなに強者であっても……いや、むしろ強者こそ、自分の攻撃のパターンは確立しているもんだ。自信があるわけだからな。一流の域に入る『魔導師』は、おそらくこのパターンをさらにいくつも持っている。でも、きっとほんのひと握りの、超一流の人間は、こちらがどんなに戦術的に追い込んだと思っても、突発的にすごいことをやってのけるんだと思うよ。俺は『殿上人』の人たちがそういう人たちなのか、見ていきたいって思っている」
「突発的……?」
「……不測の事態への対処ということですか」
「ああ……」
ビュンッ……シュパパパパパッ……ザシュッ!ザシュッ!
3人が話し込んでいると、ふいに、目の前の残されたいくぶん丈の長い雑草が、勢いのついた鋭利な水の刃によって刈られた。
「フハハハハハハッ!ついにできたぞ!!」
遅れて高笑いが夕焼けになり始めた空に響く。
「ほらな?あんな感じだ……」
「たしかに、あいつの攻撃はノーウェと同じくらい読み辛い……」
「それは、あくまでも考えすぎな私たちの天敵という意味でもありますけどね」
ビュンッ……パシャッ……パシャッ……
「あ、あれ?どうやったんだっけ!?あれ?」
「まあ、あのポンコツは、自分のそのときのブームに乗ってやっているだけだと思うぞ?それがある意味恐ろしいんだけど……」
「「たしかに……」」
3人はしばらく夕焼け空の下で水撒きをするポンコツ魔導師の姿を眺めていた。
◇回想終了◇
「それでは……ここは私からいかせてもらいましょうか」
「ああ、任せた」
「ふふっ、援護は頼みます。『土羅黒輪(獅子狩り)』」
ニッケル=エンシューの巻き起こした嵐に乗って塔の上部へと飛び上がる2人の上級生に対して、リバーは土の大剣を発動させる。
「ふんっ、それくらいで俺たちの進撃を止められると思うなよ!?『撥水渦孔』!」
『泡の支配』を纏ったペニー=ソセキが反撃の魔法を発動させる。
周囲の泡がペニーの前に集まり始め、固まり、一本の太い線となって勢いよく発射される。
高圧の泡の水砲によって、リバーの大剣がどんどん削られていく。
それにしても、浸食が速い。
「はっはぁー!俺の泡は『沸騰した泡』だ。触れれば、その身をただれさせる。ただの泡の攻撃だと思うなよ」
1粒でも弾けて当たればダメージを受ける。
その時点で、規格外の魔法だということが分かる。
「『ハイファイア』(渦巻)」
土の剣と泡の水砲が互いに相殺されたその瞬間、ハリーが渦状の火を下方に向かって放った。
「ちっ、ニッケル!」
「おうよっ!『涼気嵐々《すずきらんらん》』!」
冷気と水分を伴った嵐が炎を一瞬で蒸発させる。
「ふっ、甘えよっ!それぐらいの攻撃で……ぐはっ!」
ドンッ……ドドドド!!
「隙あり……になりましたかね?」
……自慢の嵐の魔法を発動し終えたニッケルの身体を塔から伸びた土の拳が襲いかかった。
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
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敵は強者か否か……
次回、一進一退!
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




