3-44『Flower』
◇『ハイリゲンアリーナー最高級ゴンドラ室』◇
1人用の高級ソファが、3つ並んでいる。
正面には全面が見渡せる透明な窓が張られており、会場となる舞台を一望できる。
ほんの数週間前に、この場で別の決闘を目にしていたソナタ商会役員の息子、7色の派手髪と着飾った服装のサンバ=オンドレアとその友人2人が一同に介して1つの決闘を観戦しているという状況だ。
「どうだ?次の次で戦う者としての感想は」
中央の席に座るサンバは、右隣に座るタオルを頭に巻いた男に尋ねた。
その男の派閥も、この決闘が始まる数分前まで同じ舞台で決闘をしていたのだが、男自身は出場していない。
それでも、長である学生ランク7位にして『石嶺』のコイン=ドイルが参加せずとも、2-0の圧勝をしてしまうほどに、【堅切鋼】という派閥は実力者揃いなのだ。
「それは、派閥としてか?それとも……個人としての質問か?」
「両方だ」
「……まあ、派閥としては特に感想はないな。良いチームで成長力もすさまじいが、『春の選抜』がこの時期でよかったよ」
「そりゃ、『春』なんだから当たり前だろ?がははっ!」
「そういう意味じゃねえよ」
「くくくっ……」
相変わらずの2人のやり取りを聞きながら、サンバの左隣に座る男はくつくつと笑う。
時折、男が上機嫌なときに見せる、スリッパのパカパカ音が、場を弁えることをまったくせずに、室内に、シュールに響き渡っている。
「……で?個人としてはどうだ?」
「……まったく、参考にならねえ決闘だったな。『赤魔法』だけでパウワーの『領域支配』を翻弄しやがったから、相変わらず底が見えねえ」
「なるほどな。レオ、お前はどう思う?」
「同感ですね。まあ、逆に言えば、『赤魔法』だけで『領域支配』を使えるそこそこの猛者を翻弄できるほどに、ノーウェ=ホームという男はこういった戦闘に場慣れしているともいえますが……」
「ほう……」
「……」
しばしの間、室内を沈黙が支配する。
腕を組むサンバ。
両肘を膝に乗せながら両手を組んで身を屈めるコイン。
ソファのひじ掛けの部分に肩肘を置き、その手の上に顎を乗せるレオ。
ノーウェ=ホームという魔物の魔法を使う魔導師を特別視していたサンバとコインであったが、レオ=ナイダスの発言は、また別の可能性をも暗示していると言えた。
「……先日、先ほどの第2戦で戦った5人に訓練をつけていただいた軍の関係者の方に話を伺ったのですがね。ノーウェ=ホームが生まれ育った、魔境の中にある村は、帝国軍のエリート軍人の部隊であっても隊列を組んで向かわなければ命の危険がある、強力で凶悪な魔物が跋扈する場所なのだそうです」
「「……」」
「そんな危険な『魔の森』を彼は8年も前からたった1人で歩き回っていたそうですよ。散歩でもするかのように……」
「「……」」
「私はこの大会では傍観者ですから、こんなことを言うのは少しばかり気が引けますが……くれぐれも、あの男を……ノーウェ=ホームという魔導師を『後輩』とは思わない方がよろしいかと……」
「……だとよ?」
「……忠告、感謝する……まあ、実際に戦ってみないことには何もわからないけどな。相変わらず底なし沼にどっぷり漬かったままの気分だよ」
「ふふふ、それもそうですね。ですが、私はお2人の決闘を心から楽しみにしていますよ」
「がははっ!俺もだ!!」
「はあ~。将来が決まっている大会不参加の人間は気楽なもんだぜ……」
「大丈夫だ。この『選抜』の結果にかかわらず、お前のソナタ商会【建設部】の内定通知はしておくからな」
「それはそれは……おめでとうございます」
「決まってないっつーの!!」
コイルは頭のタオル部分に手を当てて、天井を見上げながら大いに嘆いた。
「ところで、レオよ。第2戦のあの男もなかなかの指揮官ぶりだったじゃないか?ハリーなんとかっていう……」
「ウェルズですよ」
「うん?」
「ハリー=ウェルズです……まあ、ギリギリ及第点と言ったところですかね」
レオ=ナイダスはスリッパの動きを止め、蛇のように目を細めた。
「ほう?なかなか手厳しいな。あのロッソ=ハラーを相手に『色付き』だけで大金星を挙げたというのに」
「たしかにな。あの決闘中にあのハリーってやつが成長できていなかったら十中八九負け試合だったと俺も思うが……あいつ、ノーウェ=ホームと似たようなことしていたぜ?」
右に座る3年生2人の見解は一致している。
同じ3年というひいき目もあるかもしれないが、サンバにしても、コインにしても、ロッソ=ハラーという男の、人格はともかく、指揮官としての有能さは多少なりとも評価していたからだ。
その『緋掘』相手に味方の損害1人で全滅させたという結果は、実質完勝といっていい内容ではないかと傍目には思える。
「成長はあくまで『魔導師』としてのものですので、『指揮官』としては非常に軽率でした。あと、真剣勝負の最中に倒れた味方を回復しているあたり、まだまだ甘さがありますね。何より、あの程度の相手なら100回やっても100回勝てるような戦術を常に用意しておかないと……」
「お前……あいつに負けてなかったか?」
「ええ。最初の5回、わざと負けました。油断させ、後々、心をポッキリとへし折るために……ですね。勝っていたはずの相手に負かされて追いつけないほどの差を見せつけられるとたまらないでしょう?私はあのテの勘違いが甚だしい、自信過剰な『指揮官』は嫌いなのですよ。戦術というものは、決して当てはめるものではなく、実行者1人、1人につき無限に生み出せるものですから……それに、いざ実戦で味方が思うように動かないのは指揮官の実力と日頃の指導力がないだけです。それを自戒して次の糧にできない時点であの男の底は知れていますね。1つの戦術が破られたぐらいで、あのようにやぶれかぶれになるのでは、そもそも戦術家に向いていません」
「……そ、そうか」
早口でまくし立てるレオにたじろぐサンバ。
そうなったのはどう考えてもお前のせいだろ?と心の中で呟いた。
「ええ。ですから、完膚なきまでに打ちのめしておいたはずなのですが、ほんの虫けらほどのプライドがわずか火の粉程度に残っていたみたいですね。そういう意味では、ハリー=ウェルズが最後にきれいに踏みつぶしてくれたことは満足です。あとは、あの双子を回転させながら飛ばして火を消した戦術は褒めるに値します。その点はスッキリしました。あの暑苦しい男を負かしてくれて、まるで、熱いミストサウナに入ったあとのような気分だ……」
「……そ、そうか」
中央に座るサンバ=オンドレアは、尚も追い討ちをかけるかのように、左側で雄弁に語る下級生にドン引きした……
「……こいつも底なし沼だな」
右側の席に座るコイン=ドイルは再びタオル越しに頭を抱えながら、ボソッと呟いた。
◇『マゼンタ寮食堂』◇
ここで食事をするのも久々な気がする。
いや、毎日の朝食はここなんだけど、朝はだいたい目玉焼き丼か目玉焼きパンか目玉焼きバーガーだから、色んな選択肢のある昼夜の食事が久しぶりなんだよ。
目玉焼き、美味しいけどね。
なんか、この学園の卵は特別美味しい気がする。
ということで、夕食なんだけど、結局食べているものはいつものメニューになってしまう。
定番はやっぱり、食堂のおばちゃんが作る野菜の煮物だ。
ジャネット先輩の畑で採れた野菜をふんだんに使って、おばちゃんの秘伝の煮方と味付けがされた一品は、中身が季節によって変わろうとも、いつ食べても心温まる。
変わらないホッとする味ってあるよね?
俺の隣ではポンコツがあいも変わらず煮物とにらめっこしている。
こいつも、変わらないな……
進歩がないと言ってもいい。
ちなみに俺から見て斜め右奥には、相変わらず俺に向けて眼光鋭い連中が、皆で固そうな肉を噛みちぎっている。
あの人たちも変わらないなぁ……
ちょっと人数が減ったかな?
別に、ブロックが違うのだから、俺をにらんでいても仕方ないのではなかろうか……
目は合わせないようにしておこう……
「お願いがあるの!」
「ねー」
ブルート、俺、リバーの並びで座る食卓の向かいに座る2人の女子学生……
ディリカとレミ。
2人ともマゼンタ寮で暮らしているメンバーだ。
ちなみに、うちのメンバーは、マゼンタ寮住まいとシアン寮住まいが半々くらいだ。
セピア寮住まいはいない。
あそこは子爵家以上が住むところらしいから、隣のポンコツ以外はそもそも住む資格がないようだ。
アスパラときゅうりを間違える人間もなかなかいないぞ?
ってゆーか、汚いから口を開けるな!
「なんでしょう?」
「第2決闘は何も言わずに私たちに任せて欲しいの!」
「……」
何も言えねぇ……!?
初めから交渉も何もあったもんじゃないな。
「ふむ……」
リバーはそう言って俺の方に向く。
感嘆詞はギリOKか!?
見習おう。
「うむ……」
俺は左隣のブルートを見る。
「うえっ……」
……それは感嘆詞の種類が違うぞ!?
かろうじて、吐き出さなかったのは進歩だな。
よくやったよ、お前は。
アスパラは、野菜嫌いにはなかなかハードルが高いからな。
俺とリバーは目で確認し合うと、前を向いて頷いた。
「よかった!」
「ありがとね〜」
「まあ、どの道ここにいる3人は出れませんしね。まだ出ていない他のメンバーも、第3決闘に回ることについては異論ないかと……」
まだ出てないメンバーは、彼女たちを除くと、黒魔道師会の5人(レヴェックは赤)だが、まとめ役のカーティスは、より強い相手を望んでいたからね。
反対はしないだろう。
採決は明日だけど。
彼女たちが第2決闘にここまで前向きな理由は知らない。聞いちゃいけない雰囲気だから聞けないし。
「それはそうと、『お題』は大丈夫ですか?」
「うん。ちゃんと調べたから大丈夫だよ〜。明日みんなで練習するし」
リバーの質問にレミが答える。
「『お題』はなんだったんだ?」
リバーへの質問ならいいだろう。
「『お題』は……『Flower』です」
「フラワー?」
俺は下を向く。
あ、全部食べてしまっていたので左下を向く。
ブルートの深皿には、にんじん、アスパラ、大根、ヤングコーン、じゃがいも、ナス……など色とりどりの野菜が集まっている。
そんな野菜たちに紛れて、中央に食用菊が花開いている。
本当は冬場ぐらいまでが旬だけどね。
名残も取り入れているみたい。
「『Frower』とは、両チームが属性魔法を吹き込むことによって育つ『花』を所持し、育てていきます。この属性魔法によって別々の色で咲く『色花』は、花開いた後に数秒で枯れるので、今度は別の人間に渡して、メンバー間で決闘中育てていきます」
「うん?『花』を受け渡しながら育てていくってことか?」
「はい」
「時間以内に渡せなかったら?」
「枯れます」
なんか、戦いとは程遠いような……
「『戦闘方式』なんだよな?」
「はい、これは『戦闘方式』の一種なので、もちろんこれに戦闘が加わります。相手チームが育てている『色花』を所持するメンバーを倒した方が勝ち。その場合でも、花が枯れます。また、属性魔法と育てるメンバー、そして制限時間について細かいルールがありますので、そのルールに違反するとすべて反則負けになり、枯れます」
なるほど。
「王取り」と比べて、倒すべき対象が変化するという意味では、さらに複雑化した決闘方式というわけか。
「でも、属性魔法がこの決闘の鍵になるのであれば、俺たちが有利じゃないか?」
アスパラを飲み込み終わったブルートが尋ねた。
器から現実逃避しているようだ。
「一見すると……ですが、制限時間以内に『花』を他のメンバーに渡さないと失格になりますし、一度『花』を育てたメンバーが次に育てるまでには時間と回数が必要ですので、1人が多くの属性魔法を使えても、さほど有利不利には関わりません。」
大事なのは、メンバー間のバランスということか……
こっちのメンバーは、ミスティとパルメ、エメルダは白魔導師だからな。
そうなってくると、むしろ不利な気がする。
「それよりも戦略性と連携、何より相手を倒す攻撃力が問われますね。あくまでも『戦闘方式』の1つですから」
リバーがそういうと正面の2人は口を固く結んで強く頷いた。
その意気やよし。
「あと、もう1つ条件があるの」
「なんでしょう?」
お願いしているのは彼女たちのはずなのに、なぜか条件が交渉に追加されている。
解せぬ……
「ちょっと言いづらいんだけどねー。第2決闘当日、ノーウェ君はお部屋でお留守番していて欲しいの」
「カーティスを付けといてあげるからお願い!決闘はマスボで観てねっ」
「えっ?」
……なんでっ!?
俺、派閥の長なのに謹慎!?
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
まさかの提案……笑
その裏にある事情とは?
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




