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3-36『大事な初戦』

◇『フードパーク』内、【紫雲】隣の仕切り◇


「おいおいっ、これだから最近の若い1年は使えねえなあ」


「す、すみませんっ!ですが、このドリンクはまだ交換中で……」


 若い学生が手に持っていたコップには飲み物が半分ほどしか入っていない。

 どうやら、途中で切らしてしまったようだ。


「あーん!?誰がお前に言い訳を許したんだよっ!この伯爵家子息で学生ランク46位の、パウワー=ハラルド様にどこぞの田舎村出のお前がよ~」


「も、申し訳ございません……」


「田舎モンのゴミクズがぁっ!」


 コップを置いて、その場に土下座する新入生の背中に、黒い革製のローブを着込んだ男は自慢のブーツを履いた足を乱暴にドカッと乗せた。



「ねえ、君はなんで僕が頼んだ紅茶にレモンを添えて持ってこなかったの?ねえ?ねえってば」


「す、すみません。忘れておりました」


「え?だって、ミルクや砂糖はここに添えてあるじゃない?なのに、レモンだけは忘れるの?おかしくない?」


「も、申し訳ございません。レモンは人によって好みが分かれると思いまして……」


「えっ?それはミルクと砂糖も同じじゃない?レモンだけが好みが分かれるなんて、君の主観だよね?じゃあ、なんでミルクと砂糖は、持ってきたの?ねえってば」


「も、申し訳ございませんでした」


「謝ってないで理由を教えてよ。ミルクと砂糖とレモンの差をさ?主観でなく、論理的にさ?さあっ、さあっ。それともこの僕をないがしろにしているのかな?伯爵家嫡男の、このカスロッジ=ハーライルを!?」


「め、めっそうも……」


 別の席では神経質そうな黄色いローブの男が、直立不動の学生を何度も質問攻めにしている。



「ぐへへへ……ここのバイトの子たちは、質が高いよなあ?ローズマリー」


「は、はい。そうですね……」


「特に、赤髪の子なんてボクチンの好みだなあ……気が強そうなところがいいよなあ……なんていう名前だっけ?ローズマリー」


「え、ええと……たしか、ジェシー=トライバルという新入生で【魔花】に所属しています。トライバル家の子女です……」


「そっかあ、でもボクチンは伯爵家だからなあ。伯爵家令息のこのセーク=ハラリオンには逆らえないよなあ。コレクションに加えたいよなあ……ねえ?ローズマリー」


「そ、それは……」


「え?このボクチンに口答えするのぉ?垢抜けないソバカス顔の騎士爵家の養女の君がぁ?ねえローズマリー?」


 また別の席では、ピンクの学生服を着た小太りの男子学生が、薄ピンクの髪色をした女子学生の肩に手を回しながら耳元でささやくように話している。



「なんでしょうか?このレポートは?」


「は、はい……【紫雲】はリーダーの『紫魔道師』の魔法を始め、なかなか侮れないというのが、我ら分析班の見立てでして……」


「その理由は?君たちはもっとアカデミックな見地から分析をしてくれるものと期待していたのですけどね。彼らの魔法のどこが侮れないのですか?」


「で、ですから……そちらのレポートに……」


「このレポートに書かれている程度のことはすでに私の頭の中にありましたよ?ひょっとして私の言っていたことをそのまま盗用していたでしょうか?」


「い、いえ……そんなことはありません。我々は、詳細に決闘映像を見て……」


「それに、なんでしょうか?このレポートの形式は?人に読ませるという意識が欠けていますよね?最初の文だけで読む気を失っちゃいますね」


「そ、そんな……」


「え?大事なことですよ、書き出しの文章は。それともなんですか?君たちは今学期の派閥からの研究費を削減されてもいいというのですか?」


「そ、それだけはご勘弁を!書き直します!必ず、価値あるレポートを提出します」


「そうですね~。明日の朝までだったら待ってもいいですかね~。このままじゃ、私たちの集団戦に影響しますからね~」


「あ、朝……」


「もちろんですよ。え?もしかしてこちらの依頼もきちんとこなしていないのに睡眠を取ろうなんて思っていませんよね?私の……このロッソ=ハラーの依頼を蹴るということは伯爵家とコンチェ商会を両方とも敵に回すことになりますけど……」


「か、必ずや、明日の朝までに……」


 白衣を着た学生たち全員に土下座をさせながら、真っ赤な法衣を着た男子学生は、やれやれとため息をついている。


 一連の光景は、【紫雲】のメンバーたちが、英気を養い、「選抜」に向けて気勢を上げていた、「フードパーク」の仕切りのすぐ隣で起こっていたことだ。


 食事を終えて、店を離れようと立ち上がり、歩き始めた一行は、隣で行なわれていた第1決闘の相手派閥【波羅須免土】のメンバーたちによる一連の所業を思いがけず目にしてしまい、しばらくの沈黙のあと、声を揃えて言い放つ。


「「「「「おい、クズ共!決闘しろ!!(デス)」」」」」


◇学園内教務棟主任専用室◇


「とりあえず、手は打ちましたよ。初戦の相手が、運よく、私が目を掛けている派閥でよかったですね」


「ああ、悪いな」


 第3学年主任専用の執務室で、革製の高級椅子に腰を下ろす部屋の主は、前方の談話用のソファに座る細身の男の計らいに礼を言った。


 職員室で、同じ目線で向き合えば、忌々しく思える相手ではあるが、こうやって同じ部屋にいても、違う立場と位置で、違う目線でいれば互いに冷静になり、腹立たしく思わなくなるから不思議だ。


「ですが、はたして、乗ってきますかね」


「青臭いガキ共だからな。こちらの策と気づかずに乗るだろうよ」


 相変わらず、副主任は疑り深い。

 モーリッツ自身が冷静になった今ならまだいいが、それでも、この猜疑心がいちいちしゃくだ。


「相手が挑発に乗ってくれれば、仮に勝っても手駒を減らしてくれるからよし、ですか」


「ああ。引き分けや負けなら御の字だがな。勝ってもあの生意気なガキのことだから『石嶺』との決闘に出てくると踏んでいる」


「ふむ、念には念を入れておきましょうか。私の方でもかけ合っておきます」


「ああ、頼んだぞ、トリューゲル。お前の商会における影響力と交渉の手腕は信頼している」


「お任せください……それよりも、青臭いといえば、あの『紫魔導師』はともかく、理事のご子息の方はよろしいのですか?」


「ああ、それも確認済みだ。理事は、ブルート=フェスタのことは見放したそうだ。ゆくゆくは、縁を切るおつもりらしい」


 そもそも、今回、「春の選抜決闘」において、ここまで大掛かりなルール改定を持ち掛けてきたのは、ボンパル理事の方からであった。


 どうやら、忌々しいノーウェ=ホームと理事の間に大きな因縁ができたようだが、これは、モーリッツにとっても渡りに舟の提案であった。


「春の選抜決闘」の運営には事務局の他に、モーリッツたち教師陣も関わっているが、いくら権力のあるモーリッツといえど、大掛かりにルールを変えることはなかなか難しい。


 学園長の目があるからだ。


 だが、そこに学園理事と帝国政府の魔法省という機関の要請があり、その論理が無理のないものであれば話は変わる。


「ふっ、どうやら風が吹いてきたようだな……」


「……そうですね。お互い、潰すべき相手を潰すとしましょう。初戦のお題の方は私から彼らに伝えておきます」


「頼んだぞ」


 同じ穴のムジナ……一連托生……


 第3学年の主任と副主任は、それぞれの椅子の背にその身を委ねながら、静かに笑い合った。


◇マゼンタ寮豪華な部屋◇


「陽動?」


「ええ」


「フードパーク」から戻ったあと、鼻息の荒いメンバーたちと別れたノーウェは、その場に残った1人の男とソファに座りながら話をしている。

 実際、ブルートなんてソース顔を真っ赤にして怒っていたから相当だったな。


「私たちが通った直後に一連の愚行が始まりましたからね。何かしらの『裏』があるのでは?と……」


 よく気づいたな……

 全然分からなかった。

 少なくとも虐げられていた人たちは演技には見えなかったけど、片八百長的に一方が始めれば自然とあの場面にはなる気がする。

 普段からああいうことをしている派閥であれば、自然にできるだろうな。


 そういえば、学生に土下座をさせていたあのクズ学生は「田舎者」とかなんとか罵っていた気がする。

 あれはひょっとして、俺への当てつけだったのだろうか。


 残念ながら、田舎者だからランクが低い(弱い)理由が俺にはさっぱり分からないし、都会の方が優れている理由もよく分からない。


 都会の方が人が多い。

 俺から見て目新しいものもいっぱいあるから、今のところ楽しい。


 でも、魔物少ないし……


 それに、都会の人が俺の故郷の村にきてもそこそこ目新しいものはたくさん目にすることが出来ると思うんだよね。


 強い魔物とか、強い魔物とか、ドラゴンとか……


 まあ、でも、とりあえず、あれは俺に向けた挑発だととらえるようにしよう。

 その方が話の流れが分かりやすいし。


「……なるほど。で、その『裏』とは?」


「可能性としては2つ。1つは決闘に向けてあの派閥が自らこちらを挑発するような行為をした可能性。その場合、主体は【波羅須免土】自身となります」


「……決闘前に心理戦を仕掛けてきたということか。もう1つは?」


「誰かから教唆されている可能性。私はこちらを疑っています。その場合、その理由がやや複雑になってくるでしょう」


 たしかに、相手派閥が自ら仕掛けた場合、その理由は単純にうちに勝つための戦術ということになるが、誰かにそそのかされている場合は、その理由はもっと奥深いものになる。


「見当がついているんだろう?リバーには……」


 リバーは、ソファに腰かけながら、自分で入れた紅茶を1口飲んだ。

 眼鏡が曇らないから謎だ……分厚過ぎて元より瞳まで見えないけど。

 今日はぐっすり寝たいからハーブティね。


「……おそらく、私たちを挑発して第1決闘に全力で向かわせる。1番の狙いはノーウェを第1決闘に出させることですかね。そうすれば、ノーウェがもう1回、予選に出た場合、本選の初戦は出場停止になりますから」


「……ふーん。要するに、俺たちを本選に進ませたくない……というわけか」


「そのようですね……どうしましょうか。【波羅須免土】との第1決闘は出場しない方向にしますか?大事な初戦……ですよ」


「ははっ、分かっていて言っているだろ?俺たちはそんな立場か?」


「ふふっ、貴方ならそう答えると思っていましたよ、ノーウェ。どの道、レミたちは、初戦はパスさせる想定でしたからね。()()()()、全力で向かうとしますか……」


「ああ」


 俺とリバーは、顔を見合わせて、ティーカップで乾杯をした。


◇『ハイリゲンアリーナ』決闘舞台◇


 あっという間に、決闘当日だ。

 俺たちの初戦は日程的には大会2日目となる。


 大会初日はA~Dブロックまでの予選、2日目にE~Hブロックの予選という日程だ。


 この場所で戦うのは2回目だが、随分昔のように感じる……


 控え室から舞台会場に入ったとき、あのとき以上の歓声が俺たちを出迎えた。


 さすがは、学園を代表するビッグイベントといったところか……


「お待たせいたしましたぁーーー!それでは、Fブロック第1決闘ぅ、第1戦ーーーを開始しまーーーすぅーーー!第1戦はぁーーー3対3のぉーーー集団戦ですぅーーー。なお、今回の第1決闘のお題はぁーーー2戦とも『王取り』、そして『魔道具使用可』となっておりますぅーーー」


 お題は「王取り」と「魔道具使用可」。


 「王取り」とは、3人以上の集団戦において、味方メンバーの内、1人を「王」として、相手の「王」を倒した方の勝ちとなるルールだそうだ。


 思ったよりもシンプルなルールだったな。


 問題は「魔道具使用可」のルールを相手がどこまで事前に想定していたか。

 うちは、リバーが、いくつもの想定を用意していた。

 もちろん、これも想定の範囲内。


「まずは赤コーーーナァーーーー!学園きっての統制がとれた派閥と名高いぃーーー【波羅須免土】の伯爵家3勇士ぃーーー『腕泊わんぱく』のパウワー=ハラルドぉーーー、『風豹ふうひょう』のカスロッジ=ハーライルぅーーー、『熱象ねつぞう』のセーク=ハラリオンーーーー!」


 ムカつく顔が3人、舞台に上がる。

 顔に卑しさがにじみ出てはいるが、第2巡でくじを引いていただけあって、実力者が揃っている。3人とも2文字の称号持ちだ。


 ひと呼吸置いて、すでに舞台上で、野太い声でアナウンスをしていた透明マスクがこちらを向いた。


 あの人、この大会は立会人と司会進行の兼務なんだ……激務だな。


「続いてーーーいぃーーー!紫コーーーナーー!今大会のぉーーー台風の目にしてぃーーー予選のジョォーーーーーカァーーー、【紫雲】のぉーーー3人の入ぅーーーー場ぅーーーですぅーーー!!」


 俺たち3人は、ゆっくりと舞台の階段を上がる。


「なんとぉーーー初戦からこの3人が登場だぁーーーー!『水豪』のブルーート=フェスタぁーーー、『土庵深』のリバーーー=ノセックぅーーーー、そしてぃーーー、『紫魔導師』のぉ、ノーーーウェーーー=ホーーーームぅーーー!!」


「さあ、全力で蹴散らすか、リバー、ポンコツ」


「畏まりました」


「ポンコツ、言うなっ!だが……もちろん、そのつもりだ!」



 第1決闘 【紫雲】VS【波羅須免土】


 第1戦 3対3『集団戦』

 【紫雲】

 ブルート=フェスタ、リバー=ノセック、ノーウェ=ホーム

  VS

 【波羅須免土】

 パウワー=ハラルド(3年・46位)、カスロッジ=ハーライル(2年・146位)、セーク=ハラリオン(3年・87位)


 ※()内、学年・学生ランク


 決闘時間10分 お題「王取り」、「魔道具使用可」。

ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


なんと!初戦から主力投入するようです……


次回、「王」は誰だ?


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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