1-13『最強の魔導師』
100平米はありそうな広大な間取り。
豪華なアンティークの棚やテーブル。
暖炉とロッキングチェア。
あざやかな色彩となめらかな手触りの大きな絨毯。
10人以上での会食ができそうな巨大なテーブル……
「何て部屋だっ!?」
ジャネット先輩との決闘に勝利し、譲ってもらった2階の部屋にようやく入室した俺は、そのあまりにも豪華で広大な内装に驚愕した。
まるで帝国随一の貴族の屋敷の1室のようだ。
……あ、ジャネット先輩は帝国随一の貴族である公爵家だった……
え?ってことは先輩、ひょっとして俺に自室を譲ったの?
ま、まさかな……
きっと、気分転換の別荘代わりに使っていた別室なのだろう。
同じ寮内に別荘とかもはや意味が分からないけど。
「おほっ!」
「これはまた……」
「……」
一緒に部屋にやって来た3人も口をあんぐりと開けている。
とりわけ、ブルートに至っては顎を外しながら絶句している。
「まあ、とにかく中に入ってくつろいでくれよ!?」
俺がこの先、この部屋でくつろげるかわからないけども。
「そ、そうだね。せっかくだからここを満喫しよう♪私の部屋じゃないし」
「……そうですね。お礼にどうです?食後のお茶でもお入れしましょうか?」
「え?入れてくれるの?」
「喜んで」
そう言うと、リバーはスタスタとお茶の入れ物が並んでいる棚の方に歩いて行った。
普通、招く方がもてなすべきなんじゃないかと一瞬、思ったが気にしない。
ジャネット先輩から、この部屋のものはすべて譲ると言われたので、寝具や家具はもちろんのこと、お茶や茶菓子などの嗜好品もすべて俺のものになったようだ。
俺もお茶の置かれている棚に近寄って眺めてみたけど、あまりにも種類が多すぎてどれを飲んだらいいのか全くわからない。
「寝る前なのでこのハーブティーが良いでしょう」
リバーはテーブルの上に深緑のカバーがついた金属製の入れ物を置いた。
「え?リバー、お茶の違いが分かるの?」
「ええ。この棚のお茶や茶菓子類はすべてソナタ商会が卸しているものですから」
こともなげな様子。違いの分かる男、リバー。
いくら自分の商会の卸した品だからって、把握しているのはすごくない!?
そういうものなのだろうか。
そして、入れてくれたお茶がすごく美味しい。
「美味しい!」
「それは何よりです」
「ありがとう」
「いえいえ」
ホッと一息、気分すっきり、心が温まるような味わい。
いやーくつろげるわー。
そんなわけで、レミとリバーに個人決闘のシステムについて解説をしてもらう。
「戦闘方式」:基礎点10点
「探索方式」「射的方式」「造形方式」:基礎点5点
まず、この基礎点が基本。戦闘方式で勝てば10点は必ず加算される。
ただし、基礎点を変動させる要素がある。
①学生順位の差:100位以内→変動なし(上位30位以内を除く)、200位以内→2倍(1/2倍)、300位以内→3倍(1/3倍)…以下100位ごとにn倍(1/n倍)。
例えば、決闘を行った学生同士のランクの開きが150位だとすると、「戦闘方式」で戦って上位が勝った場合は基礎点が10×1/2倍で5点となり、逆に下位の学生が勝った場合10×2倍で20点になる。
これに加えて、クローニ先生が話していた決闘内容の評価加算が行われるので、下位ランクが勝てば少なくとも20点以上は評定ポイントが加算される。
ちなみに、学生ランク上位30位以上の上澄みと対戦して勝利した場合はこの計算式は当てはまらず、さらにこの基礎点と評価点は跳ね上がるらしい。
……ん?……まあ、いいか。
また、2年生以降は前年の成績と順位からのスタートとなるが、入学したての新入生は皆一律で0点からのスタートである。したがって、「入学式」が行われるまで学生順位は反映されず、それまでの期間の新入生同士での決闘の得点配分は一律で、「戦闘方式」に勝った場合5点、「その他の方式」で勝った場合は3点、負けた場合はどの方式でもマイナス1点となるとのこと。
基礎点以外の加算はないとのこと。
……ここで、気付いた。クローニ先生はブルートにブラフを使った。
俺とブルートの決闘もこの例に漏れないから、本来ならブルートはマイナス1点の加算で収まったはず……
……黙っておこう。知らない方が幸せなこともあるよね。
まあ、この新入生への措置は一見公平に見えるけど、それでも、やっぱりこれも貴族の子女への「優遇策」に思えてしまうな。どんな奴でも一律で5点稼げるのなら、弱い奴を狙い撃ちして荒稼ぎできるのだもの。
「おかわり!」
「どうぞ」
だいぶ頭がしびれてきたので、リバーにハーブティーのお代わりを入れてもらった。
続いて、派閥間決闘について。
派閥間決闘に勝利した場合、その評定ポイントはまず派閥に基礎点が入る。
決闘方法やランクにもよるが、だいたいの相場は500~1千ポイント。
これも、戦う相手の派閥のランクが高ければ高いほど、下位ランクの派閥が勝った場合に得られるポイントが多くなる。逆に上位の派閥がランクのかけ離れた相手と戦っても、得られるポイントは少ない。
「大きい派閥同士の決闘だと派閥の保有しているポイントを勝敗条件に入れて賭けることもあるよ」
「それと、大きい派閥の決闘だと大口のスポンサーがつきますからスポンサーによるポイント付与もございます。我々学内関係者は買えませんが、外部の人間はポイントを買うことができるのです」
「ちょ、ちょっとタンマ!整理がつかない」
賭けポイントとスポンサーポイントはいったん保留。何となくわかったし。
今は、基礎ポイントと派閥ポイントの仕組みについてだけ説明してもらう。
小さい派閥同士の決闘だと基本的には前述の基礎点のみを競う。
派閥自体にポイントが入り、決闘に参加したメンバーも評価される。
勝った場合は、派閥も参加メンバーもそれぞれポイントが貰えるが、負けた場合は派閥みがマイナスポイントを加算される。
村人の借金を村が肩代わりするイメージだな。
以前、旦那さんを亡くした食堂のお姉さんが、食堂存続のために村から借金をしたという話を聞いた。あれは、実は村のお金ではなくて、村長がこっそり貯めこんでいたポケットマネーだという噂だったけど……
なぜか村長の奥さんが一番怒っていたな。村長の顔がボッコボコだったし。
「決闘に負けるとマイナスを背負うリスクが常にあるけど、派閥間の決闘だとメンバーには影響がないから派閥に入っていた方が場数を踏めるのよね。しかも、派閥には『ひと月に2回派閥間決闘を行わないといけない』というルールがあるから、参加メンバーもじゃんじゃん決闘に出てポイントを稼げちゃうってわけ」
「しかし、それも1つ穴があります」
「穴?」
「はい。派閥はマイナスポイントを引き受けますが、それには限りがございます」
「あ、やっぱり」
そうそう上手い話もないもんだ。
リバー曰く、その限度はマイナス2万ポイント。
それを超えると、派閥は解散となり、リーダーとメンバーにもペナルティがつく。
全員、個人の保有ポイントが0になり、それが記録に残る。
リーダーは3か月間、派閥再結成ができなくなる上に、再結成をした場合のマイナスの限度ポイントが今度は半分のマイナス1万になる。そして、3回目はない。
「元々、マイナスの奴は一度清算してもらった方が却って得になるような……」
「でも、進級や卒業には既定の評定ポイントが必要だから時期にもよるけど0になってもあんまり変わらないと思うよ」
「え?そうなの?」
進級に必要なポイントは、1年生から2年生時が300、2年生から3年生時が1千、そして3年生が卒業するためには3千が必要になるとのこと。結構シビア。
個人で活動する場合、戦闘方式ですら30回近く決闘に勝たなければ2年生になれないじゃないか。
「派閥解散に関わったという記録が残ってしまうのも大きいですね。その上、保有ポイントがマイナスですと、他の派閥に入るのも難しくなります」
「なるほどなぁ……」
「とはいえ、一度は派閥を潰してもやり直せるのです。考え様によっては、これは挑戦をするチャンスですし、学園もそういう貪欲な人材をより求めていると思いますよ」
片手で皿を持ちながら自分のハーブティーを啜るリバー。
やはり、絵になる。眼鏡以外。
「あとは、派閥保有のポイントがある程度貯まると、『派閥内決闘』を行ってそのポイントをメンバーに振り分けることもできるのよ。やりすぎると派閥のランクが落ちるけど」
「それは、八百長や不正の温床ではありますがね。進級や卒業単位が足りないものに振り分けことができますから。派閥の長や幹部の力が強くなりすぎるきらいもあります」
何のこっちゃ、と思ったが、派閥内で決闘を行い、留年ギリギリの学生に花を持たせること(八百長)で、進級・卒業させることも可能ということらしい。
その点を除けば、派閥内決闘もマイナス評価を個人が受けることはなく、こちらは、保有ポイントに余裕さえあれば派閥自体にはデメリットがほとんど見受けられないので良い仕組みとは言えるだろう、というのが俺の感想。
「ふん、何を言っている?派閥を作ったのがリーダーでそれを支えるのが幹部だ。リーダーと幹部に相応の権限を与えるのは当たり前の話だろう」
今まで一言も発していなかったブルートが急に横やりを入れてきた。
彼は今、ロッキングチェアをギコギコ揺らしながら、砂糖を大量に入れたハーブティーを飲むという、かなり難しい技にチャレンジしている。
彼は楽にふんぞり返りながら甘い汁を啜りたいらしい。
ちなみに俺は、ハーブティーには砂糖を入れない派だ。
「初めから公正公平に振り分ければいいのです。一旦、派閥にポイントを与えてから、それを配下に配分する権限を与えるからおかしなことになる」
たしかに、獲得ポイントの何割かを初めから分配すれば、派閥内決闘などを盾に不正をすることは減るのかもしれない。ただし、この場合派閥の長や幹部は賞罰権を失うよな。
「リバーのいたソナタ商会はこういう不正にうるさいんだよ」とレミが耳打ちしてくる。
村人の俺は、貴族と商人のどちらに味方すればいいのだろう?
「これだから融通の利かない商会出の男は困る。人事賞罰権を得て派閥を大きくすることもまた我々貴族にとって重要な訓練なのだ。実社会に出るためのな」
「それは話のすり替えですね。それは不正のない中で正々堂々と行えばよいのです」
「お前は何もわかっておらん。この世界は使うものと使われるものなのだ」
「ブルート、腹減った。ヤキソバまん、買ってきて!?」
「ぶっ、もうどこの売店も開いていないっ!」
「あ、そう……」
店が開いていたら買いに行ってくれたのかな。本当は、まだ1個持っているけどな。
椅子からずり落ちたブルートが盛大にハーブティーを吐き出し、床にこぼしている。
実に汚い奴だ。こぼれた場所が絨毯の上でなくてまだ良かった。
部屋の空気がピリピリしているが、決して俺のせいではないはず……
「あーあー。せっかくの床が汚れちゃったよ。私が拭いてあげるね」
「ああ、大丈夫だよ、レミ。良い方法があるんだ」
俺は、いつの間にか雑巾の場所を見つけ、取って来てくれたレミからそれを3枚ほど受け取り、床に置いた。
「ブルート、ちょっと椅子をどかしながらそこから離れていてくれ」
「な、何をする気だ」
「いいから。3人に俺の魔法を見せてあげるよ」
「『ウォーター-コルナード』」
床に置かれた3枚の雑巾の付近に小さな水の旋風が起こる。
俺が操作すると雑巾と水の旋風は床の周囲を回り出し、雑巾掛けをし始める。
「な、何だ?その技は!?水?風?」
「すごーい」
「ふむ、同時発動ですか?」
3人の首と顔が雑巾の回る様子を見ながら横にぐるぐる回っている。
「いや、同時発動ではないな。これは1つの魔法だよ。複合っていえばいいかな。片方は『ウォーター』」
「ウ、ウォーターだと!?」
驚きの表情のブルート。それはそうだ。『ウォーター』は彼の得意な水魔法の最も簡単な初級魔法なのだから。
「じゃあ、このぐるぐる回っているのは何なの?」
「これは『コルナード』という魔法。落ち葉を巻き上げる程度の優しい魔法さ。雑巾に水を含ませて重みを持たせ、魔力の放出を微調整して弱めに掛ければこの通り、床で回転する」
「と、なると、2つの魔法を組み合わせているということですか?」
「ご名答。組み合わせることで相乗効果を生むってことだな」
『コルナード』は、「ニードルピッグ」という針に覆われたブタの魔物が使う専用魔法。
あいつらの好物は特定の茸。秋に森に入ると、あいつらがフガフガ大合唱している音が四方八方、そこら中から聞こえるほどだ。
頑張って茸を探すが、秋は広葉樹の落ち葉も多い。
だから、あいつらはこの魔法を使って落ち葉を空中に舞わせてから茸を探す。
「このような魔法は初めてです」
「……」
「うーん、でもどっかで見たことがあるような、ないような……」
レミはいずれ気がつくかもしれないな。彼女は冒険者の生まれだから。
種明かしをしてもいいけど、何となく今は止めておこう。
「ふんっ。だが、このような小手先の魔法では実戦で役に立たんだろう」
嘯くブルート。
「そうかな?ブルートは最大の威力の魔法を使う者が最強の魔導師だと思うかい?」
「ん?当たり前だろう。最も強い威力の魔法を使うから最強の魔導師と呼べるのだ」
「本当にそうかな?」
驚くブルート。
「コイツ、何を言っているんだ?」と言い出しそうな顔をしている。
「では、ノーウェ様は違う考えをお持ちなのでしょうか?」
リバーが急に俺を「様」呼びしてきた。どうしよう、まず質問に答えるべきか?
「ああ。威力の強い魔法はだいたい燃費が悪い。発動に時間もかかるし、そう何発も打てないし。だったら、それなりの威力の魔法を最も効果的に使う方がよっぽど理に適っていると俺は思う」
「「「……っ!!(?)」」」
「俺にとって、最強の魔導師とは……最も魔法に『優しい』魔導師のことなんだ」
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