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幕間⑯『完成品』

ついに、そのときがやって来た。


 待ちに待った瞬間。


 ワイズマンは、リバーが製作したソースを熟成させる魔道具の前に立ってまだかまだかとそのときを待っている。


 吸血鬼アプスが意気揚々と岩鬼族の住む北の山脈地帯に向かってから、はや2週間が経つ。

 その間、ワイズマンとタイガ、そしてリバーは「フードパーク」の事業計画の業務に邁進した。


 ◇


「こっちの区画には調理場付きの店を5軒用意するつもりです。同じ敷地面積で区分けしてください」


 内装の業者に指示を出すワイズマン。

 リバーと打ち合わせを重ね、出店するレストランも厳選した。


 北のチーズ料理の店「GOAT」

 西の野鳥とジビエ料理の店「ホロホロ」

 南西のハーブと果実料理の店「フルーエ」

 南の漁師料理の店「マルテリア」

 南東のドワーフ料理の店「グツグツ亭」


 特色ある食材と調理法の名店をソナタ商会の全面協力によって、招へいすることに成功し、それぞれの自慢の料理をフードパーク内で食べやすい形で提供するという条件を設けて、競い合い、高め合ってもらうことになる。


 それらの店とは別に、大テーブルに配置するのは、ワイズマン自らが考案する、魔物肉を使った洗練料理。

 メニューは都度変えて行き、常に目新しさを保てるように、今のうちから料理のストックを貯めておく。


 差し当たっての目玉料理は「アックスオックスのローストビーフ」だ。

 ローストしたかたまり肉をその場でカットし、特製のソースをかけて提供する。


 ワイズマンは、この「フードパーク」における総支配人として、参画する店を取りまとめ役を担いつつ、自身も料理を出して迎え撃つ。


「おらおら、もっと手早く炒めるんだよ。身体に染み込ませろ、身体に」


 タイガの威勢の良い声が響く。


 彼は新人を5人も雇い、その30年の鉄板技術を彼らに叩きこんでいる。


 フードパーク内には軽食コーナーとして鉄板屋台を2店舗運営することが決定しているが、屋台ならば、フードパーク内に限らず、至る所に設置できる。


 リバーの提案により、その新規店舗の店長候補をタイガが鍛えているというわけだ。


 あれだけ自分の技術にこだわっていたのに……

 人は変われば変わるものだ。


 もちろん、そのきっかけとなる一言があった。


 ◇回想◇


「先日、孤児院のシスターシーデより良い便りがありましてね。エミリー、マイク、チェスターの3人全員『称号』持ちだということです」


「あ、あいつらが!?そ、それはどういうことになるんでがすか?坊ちゃん!?」


 前のめりになるタイガ。

 リバーは、拳を口に当てて、こほんっと咳払いをした。


「数年後には3人がこの学園に入学するということですよ、タイガ。聖教会系の孤児院出の学生は入学金免除で入学ができますからね」


「す、す、するってえと、あいつらがこの学園に来るってことでがすか?」


「ええ。ですが、入学金は免除されても、毎年の学費は免除はされません。孤児の彼らは自分で学費を稼ぐ必要があります。その際に彼らの働き口があった方が良いとは思いませんか?私は、原則、縁故採用はしないのですが、このケースに限っては融通を効かせてもいい気がしているんです。なぜか……」


「そ、そいつぁ、坊ちゃんの言う通りだ!こ、こうしちゃいられねえ!早くその店長候補ってやつらを徹底的に鍛えねえと……」


「まだ採用もしていませんよ」


 ◇回想終了◇


 そのようなやり取りがあり、その日以来発奮し、新人に発破をかけているタイガであった。


「おやっさん、この最後にできあがった麺に向かって手を振るのは何の意味があるんですか?」


 しごかれている1人の店長候補がタイガに尋ねた。


「それは最後に気持ちを振るんだよ!美味しくなーれってな!?」


「はい?何かのまじないか、願掛けってやつですかい?」


「ばっきゃろう!いいからやるんだよ!料理ってもんはだな!?最後には誰に食べさせたいか?ですべてが決まるんだ。お前たちも食わせてやりたい相手のことを考えながらその想いを調味料にして、こうやって振るうんだよ」


「うわ~くっさ~」


「おやっさんの食わせたい人ってもしかして恋人?」


「ぷっ!」


「そんなわけないだろ?こんなタコみたいなおやっさんが」


「ないない……」


「て、てめえら……いい度胸してんじゃねえか!?就業時間終了までずっとコテを振っていたいらしいな!?」


「「「「「ヒエーーー!!」」」」」


 ……厳しい指導係による新人教育は順調そうである。


「コンセプトはあらゆる客層に満足していただける空間の提供です」


「「「「「はいっ!」」」」」


「お客様は原則、思い思いに好きな料理を取りに向かうでしょう。ですが、その原則では行き届かない部分が必ず出てきます。何を食べていいのかわからない。どうやって取りに行けばいいのかわからない。そういったときに寄り添って手を差し伸べる存在が貴方たちです。これから貴方たちには、お客様にとって『手の届かないかゆいところ』に届く存在を目指していただきます」


「「「「「はいっ!」」」」」


「そのために、本日から講師としてその道のエキスパートを招いています。本日からの研修期間と、実際にスタートしてからの数か月間は彼女に監督していただきますので、どうかその心づもりを。それでは……チャチャ婆、ここへ」


「はいはい~っと!今行きますでよ、坊ちゃん!!」


「「「「「……」」」」」


「チャチャ婆は、見た目に似合わず指導は厳しいので覚悟しておいてくださいね」


「ほんだら、よろすく~」


「「「「「……はいっ!」」」」」


 食事席の区画では、この「フードパーク」の総責任者であるリバー=ノセックによる給仕係の新人教育の説明が行われていた。


 それぞれが「フードパーク」のオープンに向けて今できる全力を尽くした。


 そして、待ちに待ったその日、紫マントを羽織った顔色の悪い男がやや顔を赤らめて戻って来た。


 ◇フードパーク調理場◇


「ああ、友よ。出迎えてくれてありがとう!お待ちかねの品を持ち帰ってきたよ〜」


 吸血鬼アプスは、調理場の台の上に土焼きの瓶をドカッと置いた。


「待ちわびたぜ。相当厄介な交渉だったようだな」


「厄介?ふむ、まあそのような解釈もできないこともないな」


 タイガの問いに曖昧な返事をするアプス。

 たしかに、岩鬼族との交渉はなかなかハードではあるが、この男にとっては厄介事ではなく、むしろ願ったり叶ったりだろう。


 岩鬼族との交渉における最難関は、3日3晩続く酒宴なのだから……


「ムッシュワイズマンからの依頼だと話したらたいそう懐かしがっていたな。ムッシュがきっと素晴らしいソースと料理を開発するよと話しておいたら、楽しみに待っているとも」


「やはり次は俺も行かないと駄目そうだな……」


 ワイズマンはその日までに体調を整えておかなきゃいけないな、と苦笑した。


 ◇1週間後◇


「さて、いよいよですね」


「はい。上手くいっていると良いのですが……」


「貴方の舌は太鼓判を押したのでしょう?」


「はい。それはまあ……」


「自分を信じろや、ワイの字」


「ふふっ、タイガの言う通りですね」


「そうだとも!私の鼻も太鼓判を押したから大丈夫さ」


 熟成の魔道具の前に立つ4人。


 ワイズマン、タイガ、リバー、アプスは、そのときをまだかまだかと待っていた。


「では、出します」


 グラスを持つ手がわずかに震える。


 キュッ……キュッ……キュッ……ドッドッ……


 茶褐色の粘度のある液体が、待ち構える4人の心を焦らすかのように、ゆっくりとグラスの中に流れ落ちていく。


「うーん。トレビアーン!素晴らしい香りだよ」


 香りの鑑定人がソースが落ち切る前に、早速及第点を与えた。


「やっぱ、焦がしたのがよかったんか?」


「ああ。セーユはバターにも負けないくらい、火を入れることで香りを強くする調味料だからな。それでいて、くどくはならないから、きっと成功しているはずだ」


 ワイズマンはグラスに入ったソースを小皿に人数分取り分け、自身の皿を手に取ってスプーンで1掬いすると、自らの舌に全神経を注いで、その味を確かめた。


 まず、他の調味料とはまったく違う香ばしい匂いが口に入れた瞬間に鼻腔までふわっと抜ける。

 次にやってくるのは舌先に感じる濃厚な甘味、旨味、酸味の競演だ。


 どの具材も主張し過ぎず、かといって埋没せず、混然となって1つのまとまった味を作り出している。


 強いて言えば、甘味が強いか?

 甘辛といった表現がぴったりくる。


 この種の味わいは、ワイズマンの経験上では、肉系の出汁とトマトや玉ねぎなどの野菜を煮込み、バターと炒った小麦粉で作るソースが定番であったが、このソースはよりあとを引く味わいであり、何より子ども向けであった。


「ようやく、完成……しました」


「ふむ。ワインのコクとトマトの甘味も効いているね〜。やはり赤い液体は偉大なのだな」


「これは初めて体験する味ですね。タコもどき焼きとも合いそうです。きっとレミも喜ぶでしょう」


「この味わいならひょっとすると、『フカフカのカツ』にも合うかもしれない……」


「たしかに。あの揚げ衣と合わさると具合が良さそうですね」


「なんだい?その『フカフカのカツ』というのは!?」


「お、おいっ!ワイの字、早く麺と合わせてみようぜっ!?」


 各人がソースの感想やその可能性について話をする中、それを小指でひと舐めしたタイガは急いで頭に鉢巻を締めて、鉄板の魔道具を熱し始める。


 バサッ……ジュワ〜……ジャッ!ジャッ!ジャッ……


「まったく……気が早いやつだな」


「うるせえやいっ、さぁっいいぜっ!」


 トロトロトロ……ジュッ……ジュワワワ〜……ジャッ……ジャッ……ジャッ……ジャッ……


 タイガがコテを振るう度、麺に絡まり、鉄板によって熱せられたソースの成分が揮発して食べる前から鼻を刺激する。

 鼻から脳に刺激の情報が伝達され、今度はそれが胃を刺激し、さらには口の中にじわじわと唾液を運んでくる。


「へいっ、お待ちどおっ」


 ズッ……ズズッ……ズズズッ……モグモグモグ……


 ズッ……ズズッ……ズズズッ……モグモグモグ……


 ズッ……ズズッ……ズズズッ……モグモグモグ……


 ズッ……ズズッ……ズズズッ……モグモグモグ……

 麺を啜る。

 一本一本が濃い茶色のソースをまとい、しっとりとしながらも、ところどころに焼き目のついた部分が香ばしさを感じさせる。


 湯気とともに立ち上るのは、甘辛くてほのかにスパイシーな香り。ひと口頬ばれば、もちっとした麺の食感とともに、ソースの濃厚な旨味がじんわりと舌に広がる。


 具は何も入っていない。


 麺とソースの真っ向勝負。


 シンプルだからこそ、味の輪郭がはっきりしていて、箸が止まらない。余計なものは何ひとつないのに、もちもちの麺の感触を堪能し、ソースの味に酔いしれたあとの満足感は驚くほどしっかりとそこにある。


「う、うんっ!」


「ふ、ふふっ」


「ふむぅ……」


「う、う、う……うめぇ~!」


 ズッ……ズズッ……ズズズッ……モグモグモグ……


 ズッ……ズズッ……ズズズッ……モグモグモグ……


 ズッ……ズズッ……ズズズッ……モグモグモグ……


 ズッ……ズズッ……ズズズッ……モグモグモグ……


 皆、黙々と食べている。


 調理場内で聞こえているのは、麺をすする音と咀嚼そしゃく音のみ。


 誰も何も言わず、麺に絡まるソースの持つ魔力に魅入られているかの如く、一心不乱に麺を啜っている。


 それぞれの皿に盛られた茶色い麺が、みるみるうちになくなっていき、ついには皿からきれいさっぱり消えたとき、その残り香が漂う調理場内は、1つの至福の空気感に包まれていた。


 フゥ―――……


 ため息にも似た感嘆の吐息。


 4人全員が言葉で語らずとも、その麺料理の味を……そして、帝国各地の素材と技術を用いたソースの深みをその表情で語っていた。


 その中で1人……ワイズマン=イラークだけは、同時にまったく違う想いも抱いていた。


 恐ろしい……


 ソースに対してこんな感情を抱いたのは初めてのことだ。


 ワイズマンは、これまでもあらゆるソースを研究し、あらゆる料理を作ってきた。


 その「嘘のつけない舌」によって、完璧な料理を求めてきた。


 もちろん、これに匹敵する料理を作ってきた自負はある。


 麺料理1つとっても、具材に合わせた何種類ものソースのレシピを持っている。

 今は孤児院に住む3人の孤児たちに振舞ったパスタもそのレパートリーの内。

 彼らも初めて味わうソースの味に酔いしれていた。


 だが、何度も言うが、それはあくまでワイズマンの素材に対する見識と料理経験によって生み出された産物なのだ。


 先人の知恵を真摯に学びつつ、自ら常に完璧な料理を求めてきた対価ともいえる。


 しかるに、このソースはどうであろうか?


 ……万能が過ぎる!

 ……麺と絡めて炒めるというシンプルな行程でここまで人を虜にする味わいをもたらすなんて……!


 これは、1流の料理人ですら堕落させかねない、悪魔の調味料だ。


 思わず震えた。


 ワイズマンは自らが仲間とともに創り上げたこのソースに戦慄した。


 これがあれば、自分たち料理人は要らないんじゃないかと思うぐらいには……


「うほほっ、うめえやっ!このソースがあれば、タコもどき焼き、麺だけじゃなく、色んな料理が作れそうだぜ!まずは、2つを組み合わせて……いや、そうなると丸いのは食いづらくなるか……それにワイの字が作っていた『白いソース』と合わせれば……」


 だが、なんということだろうか?


 隣にいる鉢巻をした料理人は、もう先を見据えている。

 これまでに作った、このソースを使った料理の応用や、さらにはその先の可能性まで……


 ワイズマンは、驚きのあまり、思わず帽子を脱いでしまった。


 自分はなにを今まで臆していたのだろうか?


 万能なソースができたのなら、さらに完璧な料理を目指すべきではないのか?


 あるいは、次に、また違った趣の、より万能で完璧なソースを作るべきではないのか?


 レシピの数では1000は開きのある相手に敗北感を味わされた。出し抜かれた。


 つい先日まで1つの料理を頑固に作り続けていた料理人は、今では、新しい料理をいとも簡単に受け入れ、自身に取り込み、それを作るために必要な技術の習得のためであれば、土下座をすることもいとわない……そんな恐ろしい料理人になっていた。


 自分もそうではなかったか?


 料理と、その料理の元となる食材のためならば、どんな場所にでも赴き、どんなに気難しい相手であっても、料理を通じて見識を高め合う存在になれる……それが料理人としての本懐であり、信念であったのではなかったのか?


 帝都に戻って、そのことを忘れてしまっていたのか?


 ワイズマンは、大いに奮い立った。


 この決闘はタイガの勝ちだ。


 ……だが、次は……負けない!


「そうだな!このソースを使って、いくつもの名物料理を作って行こうなっ!?」


「お、おう!?どうしたんだよ、いきなり」


「誓いだよっ、誓い!これから控える大仕事のためのな!?」


「お、おう……そうか、分かった!やってやろうぜ!!」


 ここに、2人の料理人は、今後の大仕事に向けて拳を軽くコツンと突き合わせた。

ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


ついに完成?


……かと思われた品に注文を付けるのは?


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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