幕間⑮『一点突破』
残されたあと1つの課題を突破する。
その目的のためにワイズマンは最後の大勝負に出ていた。
相手はSランク冒険者ですら警戒する実力を持つ吸血鬼。
……それよりも、嘘のつけない鼻を持つ男。
「ふむ、やはり隠し持っていたか。私の鼻を騙せないよ。さあ、その瓶を開けてごらん」
悪魔のように囁いてくる魔族。
椅子に腰掛け、紫のマントと帽子を脱いで、中のシャツの胸元を開放している。
魔法を用いた催眠か?
こちらの頭が正常に働いてない気がする。
シュポンッ……トクトクトク……コッコッ……
カチンッ……グビグビ……
「ふむ。やはり素晴らしいな。海底熟成も悪くはないが、この30年寝かせたポートワインは格別だ。まるで高貴な果物を食べて肥えた貴婦人のドロドロの血のようだ」
「止めてくれ。せっかくの酒がまずくなる……素晴らしいワインは香りと味を楽しむのみだ」
「おおっ、すまないな。友よ」
すっかりできあがっている2人……
ワイズマンと吸血鬼アプスは、パーティがお開きになった後も、当主代理の許可を得て、調理場で酒盛りをしていた。
「それで、本題だ……こちらは一点物を差し出したんだ。協力してもらうぞ」
酒盛りによって打ち解けており、その口調もすっかりくだけている。
「ふむ。一点物ときたか……君はまだ隠し持っている気がするがね〜」
ぎくりっ……
ワイズマンの背中を冷や汗が伝う。
飲み過ぎたか?
たしかに、まだ1本持っている。
ワイズマンの年齢と同じ51年物のポートワインを……
だが、これは今開けるわけにはいかない。
物事を成し遂げたときに開ける本当の一点物だ。
「ふむ。まあでも、これだけで相当な品をいただいてしまったからな。約束通り、仕事をしようじゃないか。まずは臨時の方から」
そう言うと、吸血鬼アプスは、別のワイングラスを手に取って、その手を回しながら、顔をグラスに近づけて香りを確かめ始めた。
「ふむ。やはりこれはこれでよくできているがね。知り合いの猫獣人族に高く売りつける……あ、いや分けてあげたいのだが、いいかね?」
「俺は構わないが……主人にかけ合ってみるよ」
「恩に着るよ。さて、でもまあ、それがやはりこのソースの評価になるね〜。猫獣人や海に近い者たちには好まれるが、万人には向かないな」
「やはりそこに戻ってしまうか……フィッシュソースを外すべきという話になってしまうのだが、そうすると……」
「ソースの深み、奥行きがなくなってしまう……と言いたいのかね?」
「うん、まあ……」
「難しい問題だね~。帯に短したすきに長しといったところだな」
ワイズマンはコック帽の上から後頭部を両手でガシガシと掻いた。
フィッシュソースは独特の魚の風味の他に、発酵した調味料特有の酸味、甘味といった味わいを持っている。単純に言えば、それを抜けば魚の風味は穏やかになり、酸味や甘味も他の酢や果物、野菜といった食材でカバーができる。
だが、単純に言葉で言い表せない微妙なコクや奥行きのある味わいを加えてくれていることもたしかなのだ。
この引き算は単純な引き算ではない。
「おう、まだやっているのかワイの字」
頭を悩ませるワイズマンと助言しつつも酒を飲み続けているアプスの元に、風呂上がりのゆでだこみたいになっているタイガがやって来た。
タイガは鉢巻代わりにしている手ぬぐいを肩にかけながら、ワイズマンの隣に座る。
平静を装ってはいるが、その実、アプスのことをまだ警戒しているようだ。
「ふむ。新たな友が加わったな!歓迎するよ。酒の前にはすべての種族が平等であるべきだ!1杯どうぞ」
トクトクトクトク……コッコ……
そう言って、アプスは瓶の底部分を片手で持ち、グラスにワインを注いでいく。
平等と言っておきながら、グラスに注いでいる瓶の銘柄は海底熟成ワインの方であった。
「お、おうっ、すまねえな」
「なんのなんの。ムッシュも素晴らしい料理人だね。あの『ソース麺』と『タコもどき焼き』……大いに気に入ったよ。えーと、ムッシュの名前は……」
「タイガだ。タイガ=フーテン」
「そうか!素晴らしき料理人、ムッシュタイガに乾杯!」
カチンッ……ゴクゴクゴク……
悩むワイズマンの傍で、再び酒盛りが始まっている。
「ぷはー、うまい!……で?こいつは何にそんなに悩んでいるんだ?」
「うむ。ムッシュワイズマンは、ソースのあと一味に悩んでいるのだよ~。抜きたい雑味があるのだけれど、それを抜くと根幹の部分まで抜いてしまい、全体がバラバラになってしまいそうなのだな」
「なんだ、じゃあ簡単な話じゃねえか」
「「え?」」
「雑味っていうのは、ピアソルの旦那と話していた魚介の味が強すぎるってやつだろ?じゃあ、魚介の味がなくて、その根幹の部分ってのを持った調味料に変えればいいんじゃねえの?」
「……それが思いつかないから悩んでいるんだよ、俺は」
「ふむ。だが良いヒントになるかもしれないな。要はクセが強すぎず、フィッシュソースのようにコクや深みを与えてくれる食材でソースを作ればいいというわけだな、ムッシュ!?」
「……そうは言ってもな」
「考えてみようじゃないか」
そう言って、アプスは、ワインの入ったグラスを置いて、再びソースの入ったグラスの香りを確かめ始めた。
「ふむ……魚、魔物肉……これはベースになる食材だからこれ以上はバランスを壊してしまう。そうなると……野菜、果物、あるいは乳製品となるな」
「乳製品はどうだ?」
「悪くはないが……俺がこれまで作ってきた料理やソースに寄ってしまう。今のソースほどの魅力はないと思う。肉のダシでも同じだな」
「いっそのこと血でも加えてみるかね?きっと高貴な味わいになるだろうよ」
「がははっ、そりゃあんたの好みだろう?魚よりよっぽど一般受けしねえぞ?」
「そうかね?名案だと思ったが。魚も肉も血も同じたんぱく源だからね。それが発酵作用も相まって独特の旨みやコクをもたらすのだよ」
「ふーん、なるほどな。よくわかんねえけど、肉も新鮮なやつより腐りかけたやつの方が美味いからそういうもんかもな。まあ、スラムじゃ腐りかけた肉でも食えりゃ上等だったけどよ?がははっ」
そうか!?
肉を発酵させて調味料に……
いや、駄目だ。
すでに肉と魚のバランスはこれ以上ないものだった。
それに肉の旨みとまた違う気もする。この妙にハマってしまう旨みは……
魚ほどクセがなく、同種の成分で汎用性の高い食材が……
「うーん……じゃあ、野菜だな。野菜!あっさりしているからな!?畑に肉や骨でも植えればちょうどいいな!水の代わりに血をやってよ!?がははっ……」
「「……っ!!」」
「ん?どうした?鳩が豆鉄砲くらったような顔しやがって……冗談なんだから気にす……」
「それだよ!ムッシュタイガ」
「あんっ?」
「豆鉄砲……豆か!?」
ワイズマンは頭の中で今一度イメージを整理する。
これまで植物性の材料として使っているのは、トマト、玉ねぎ、果物などの甘味……オレンジ等柑橘類の清涼感……セロリや香草類のアクセントとしての効果を狙ってのものだ。脇を支え、味に幅を出す狙いのものが多い。
ここに旨味と香ばしさを加味する工夫を入れても邪魔しないはず……うん、いける。
「豆の生産地で、同時に調味料を作っている地方は……」
「うむ。私にも覚えがあるぞ。『豆のある場所には鬼がいる』……鬼の住まう場所はこの帝国においてはたった2つしかない」
「ああ。1つはここから南方の名もなき村……ただし、生産量は多くなく、交易ルートを開くことは困難だ。あそこは魔境だからね。となると、もう1つの……北方の岩山地帯に住まう鬼人族の末裔の暮らす村……その調味料は……」
「「岩鬼族の……『セーユ』!!」」
「せーゆ?」
「うむ。こうしちゃいられない。早速、私が手に入れて来よう。何、夜ならばひとっ飛びだ」
こうしちゃいられないと、アプスは椅子の背に掛けていたマントを羽織る。
「お、おい?これから行く気かよ?アプスの兄ちゃん」
「そうだとも。完成品を早く味わってみたいからね……おっとっと……」
立ち上がり、歩き出そうとするも、千鳥足の吸血鬼。
「止めとけ、止めとけ。ゆっくり休んでから、明日にすればいいじゃねえか。なあ?ワイの字!?」
「……」
「ワイの字?」
「クーーー……」
「……たくっ、こいつらは」
深酒が過ぎたワイズマンとアプスは、仲良く調理場を枕にすることになった……
◇ノセック家応接間◇
「なるほど。『セーユ』ですか……それは面白そうですね」
「はい。早速、彼が交渉に向かってくれました。とりあえずサンプルで数本ですが」
「ふふふ。ぶどうやワインでもないのに、そこまで前のめりになるとは……彼も相当あのソースにご執心のようですね」
翌日、やや重たい頭を持ち上げて、主人と対話するワイズマンは、昨晩の発想に至ったその顛末を事細かに説明した。
「ただ、いくつか問題がありますね……」
そう、問題がある。細かい説明をしたのはそのためだ。
北の山脈地帯に住む岩鬼族……山ぶどうの一大産地であり、酒を好む彼らは、交渉相手としてはやや気難しくもある。辺境といえる地に住んでいるため、外部との交流自体が少ない。
また、彼らの住む北の山脈地帯に向かう道はなかなか魔物が多く、危険な地域でもあるので、そのルートを確立できるのかという問題もある。
「1度私も交渉に行く必要があると思います」
「ワイズマンが?」
「はい。私は過去にかの地を訪れたことがありますから。彼らも交易がしたくないわけではないという確信はあります」
かの地には数回訪れたことがある。
北の山脈に成る山ぶどうを採るために、数週間も家を離れ、大勢で遠征する。
◇回想◇
「おう。人族の……こいつは珍しい料理だな!?」
「いい加減名前を呼べ。お前も岩鬼族と一括りにされるのは嫌だろう?ギガル」
「わははっ、それもそうだな。すまなかったな、ワイズマ」
「まったく……はははっ」
互いを揶揄うように笑い合う2人。
同行している岩鬼族のギガルは一族をまとめる族長だ。
ワイズマンにもあらゆる種族と仲良くなるための大きな武器があった。
彼は帝都を離れて以来、帝国内のあらゆる場所に流れた経験がある。
各地で習い、培ってきた料理は、ワイズマンにとって今やかけがえのない財産になっている。
「ふーん、美味いなこの饅頭ってのは」
「そうだろ、そうだろ。俺たちは長く遠征をするからな。こうやって簡単に持ち運びができる料理を普段から作ってるんだ。それに、蒸し物は温め直すことができるしな」
「なるほど。やはり面白いな。どの土地にも、そこに住む人々に根ざした文化と料理がある。機能的で実用的な料理が……」
「お前が作ってくれたこの料理もかなりイケるぜ。饅頭よりかなり薄い皮だが、それだけで随分と違った感触の料理になるんだな」
「ああ。それは南のエルフやドワーフの文化なんだ。あっちは中の具を多くしているから、その分、皮が薄いんだ。村は離れているけど似たような料理があって面白い。
もっとも、ドワーフの方はトウモロコシの粉を主な原料にしているけどな」
「わははっ、なんとも興味深いな……皮を蒸したり焼いたりの調理法で変わるのも、単純な厚さで変わるのも。お前のおかげで俺たちの見識も広がるからな。もちろん、伝統を大事にしたいっていうやつらはどうしたって多いけどな」
焚き火を見つめながら語り合う族長と料理人。
ここまで、すんなりと受け入れられたわけではない。はじめは門前払いであった。
だが、山ぶどうという食材とそれを原料する素晴らしい酒に対する情熱と、ワイズマンの料理人としての腕と信念が、気難しいと言われていた岩鬼族たちの心をほだしたのも間違いなかった。
「新しい試みと伝統はどうしたってぶつかることはある……でも、それこそが人として生きている証拠だと俺は思っているよ。そして、種族、文化にかかわらず、料理の前ではすべてが平等だとも……」
「わははっ、料理の前では誰もが平等か……お前らしいな!?」
◇回想終了◇
「わかりました。出張の許可を与えます。せっかくですから、お土産に『海のワイン』を持って行けば喜ばれるでしょう。あとは、定期的な行商を行ってくれる彼らとの相談になりますね」
「ありがとうございます」
「これで、彼ら吸血鬼の末裔たちと人族とのつながりを作ることもできそうです。貴方のおかげですよ」
「いえ、そんな……」
ノセック家の当主代理は、すでに商売の全体像を描いていた。
アプスには多くの配下がいる。それは昨晩の彼の口振りからも察することができる。
彼らが人族とのつながりを持とうとしており、そこにソナタ商会のノセック家が橋渡し役となるのであれば、最善の形は、行商として雇い、こちらの指定する商品の取引をしてもらうことだ。
岩鬼族との間の困難な交易ルートも、彼らなら苦にしないだろう。
山道が険しくても、闇夜に飛べる彼らであれば……
「それとは別で、安定供給のためには、近場で生産する必要もありそうですね」
「はい。そのためにも研究は必要になってくるかと思います。まあ、すべては『セーユ』がこちらのイメージする完成図の最後の1ピースにはまれば……の話ですが」
「それもそうですね……ふふっ、誰も知らない未知の味……の研究ですか……」
リバーは、何かを思い出したように微笑んだ。
「どうされました?」
「いえ、こちらの話です。心強い味方ができて、私の夢も一歩前進したように思えましてね……ともかく、山ぶどうや山ぶどう酒など交易品にしてもらいたい名産はたくさんありますので、進めて行きましょう」
「承知しました。彼らもきっと、こちらの品が少しでも手に入ることには両手を上げて賛成してくれるはずです」
「お願いします。あとは……酒好きの彼が、目当てのものを手に入れたあとなるべく早く帝都に戻って来ることを願うばかりですね」
「……そうですね」
こうして、ワイズマンたちは、ソースの完成品の最後の1点となる品が届くのを待つばかりとなった。
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
最後のピースが埋まるか……
次回、いよいよ完成……その料理の名は?
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




