幕間⑫『熟成期間』
ガタンッ……ゴトンッ……ガタンッ……
「まさか、こんな事態になるとは……」
ワイズマンは一言呟いた。
聞こえないほどの声であったはずだが、今いる空間は馬車内。
そこにいるすべての人に聞こえていただろう。
「まあ、3日後の出発だから良しとしましょう。彼があれほど料理に対して貪欲なのはむしろ喜ばしいことです」
リバーが淡々と返答した。
「これで、春には学園で『タコ焼き』が食べられるねー」
リバーの幼馴染が屈託のない笑みを浮かべる。
3人乗りの馬車の帰りの陣容が変わり、タイガの代わりにレミが左の窓側に座っている。彼女の両親の冒険者としての仕事があまりにも忙しいらしく、当分は戻れないとのことで、レミは、今度はしばらく幼馴染の屋敷で過ごすことになった。
巨漢のタイガがいなくなったことで、馬車内のスペース的には余裕が生まれたのではあるが、ワイズマンにとって、また別種の居心地の悪さがそこにはあった。
雇用主と幼馴染……2人の関係性や空気感が今一つよくわからない。
考えても出てはこないし、かといって聞くわけにもいかないので、ワイズマンは頭の中でひたすら料理について考えることにしていた。
その結果、ふいに口をついて出た言葉だったわけである。
リバーとレミは、ワイズマンがタイガのことを心配しているととらえたようであったが、実は違う。
タイガは、タコ焼き屋の店主に弟子入りを志願したが、その瞬間大笑いされた。
タコ焼き屋は祭りが行われる際に出す臨時の屋台であり、店主の爺さんの本業ではなく、普段は魚屋を営んでいるということだった。
そもそも、タコ焼き自体が祭りの場にしか出ない珍しい品だと。
それでもあの手練の手さばきになったのは年季のなせる技なのだが、要領さえ覚えれば、あとは独学でどうにかなると言われ、タイガは向こう3日間、祭りの屋台を手伝うこととなった。
彼の鼻息の荒さからいって、おそらく学園の「フードパーク」でも提供すると言い出すだろう。あれほど「鉄塩麺」一筋だった男が……変われば変わるものだ。
そんなわけで、タイガのことはまったく心配しておらず、ワイズマンが気にしていたのは、実は、数時間前に味わったソースの舌に残るその味の記憶についてであった。
「いえ、すみません……気がかりなのは実はソースの方なんです」
「「ソース?」」
「はい。試しにフィッシュソースの瓶を数本購入してみましたが、ちょっとクセが強くて万人受けするかは微妙なところです。そうなってくると、新しいソースのベースとなる素材を探す必要が出てくるかもしれません……ですが、間に合うかどうか」
「間に合うー?」
「……なるほど。熟成ですか……」
「はい。半年あまりでできるものかどうか……」
ワイズマンは頭を抱え、整った髪を両手でクシャクシャにした。
そんなワイズマンを見て、リバーとレミは顔を向け合ったあと、ニコッと笑みを浮かべた。
「ワイズマンさん。リバーの専門分野って何か知っている?」
「え?」
そういえば、ワイズマンは雇い主のことをあまりよく知らなかった。
知っているのは、彼が恐ろしく聡明であることと、食材や料理に関する事業を担っていること、それと凄腕の魔導師であるらしいということぐらいだ。
「私のソナタ商会における専門的な役割は、食材や料理に関する事業ともう1つ……『魔道具』です」
「な、なんと……!?」
「ひょっとしたら、希望に沿えるものを探し出せるかもしれません。ない場合は既存の概念を組み合わせたものを開発します。だから、まずは貴方の舌に適うソースのイメージを作ることが先決ですね」
「そ、それは……ありがとうございます!」
ワイズマンは勢いよく頭を下げた。
これで少し光明が見えてきた。
「いいなあー。楽しそうー」
「レミにもこれから協力してもらいますよ?」
「え?何をー?」
「タコに代わる、帝都でも比較的集めやすい食材を探す必要があります。タコ焼き屋の店主が言っていたように、これから帝国周辺の海ではタコが不漁になります。他の港を探す手はありますが、輸送を考えると現実的ではないでしょう。ですので、普通の食材は私の方がやりますから、レミには魔物食材を……貴方の専門分野ですからね。学園でタコ焼き……いや、『タコもどき焼き』を食べたいでしょう?」
「そうか!わかったー。任されよー」
レミの溌溂とした声が馬車内に響き渡る。
ガタンッ……ゴトンッ……ガタンッ……
馬車の車輪の動きは荒々しいが、こちらの歯車はどうやら滑らかに回り始めてきたようであった……
◇ノセック家調理場◇
「ほ〜。新しいソースねえ……相変わらず忙しないこって」
ピアソルが皮肉めいたことを呟く。
いまだに自身が祭りに同行できなかったことを僻んでいるようだ。
「まあ、そう言わずに。目当てのもんを坊ちゃんに頼んで買ってきましたよっと」
「お!?本当か?どれどれ」
ワイズマンは大きな木箱の蓋を開けて中から瓶を数本取り出した。
「マルテ名産『海底熟成ワイン』2年物限定品……」
「いやっほ〜!そうこなくっちゃな!?」
満面の笑みでワインを専用の貯蔵庫に運ぶピアソル。
ワイズマンも海底熟成ワインの他に年代物のポートワインを数点、ソースの研究や贈答用に購入していたが、そっちの方は気づかれずに済んだと安堵した。
「で?どんなソースを作るんだ?」
「イメージしているのは肉、魚、野菜をそれぞれ活かしたソースです。濃厚な香りとまろやかさを出せるように作りたい」
急に協力的になったピアソルに戸惑いつつも、頭の中で理想のソースのイメージを組んでいく。
「なるほどな。牛や豚でなくて魔物の骨を使っているのはなぜだ?」
「牛や豚だと少し上品が過ぎるというか……魔物の骨の野生味が万民に好まれるものを作ってくれるんじゃないかと」
「たしかにな。『魔物亭』の『本日の魔物肉丼』とか、あの香りに惹かれて、たまに無性に食いたくなるよな……わかる、わかる」
腕を組んでうんうんと頷くピアソル。
「たまに……じゃないだろ」
「魔物亭」は庶民派の店で、前日に仕入れた何らかの魔物肉を翌日の丼の具にして、毎日魔物肉を煮込んで継ぎ足したタレと混ぜ合わせ白米の上に乗せる「魔物肉丼」のみを提供する店だ。
そのシンプルさとざっかけなさ、そして何よりあの肉とタレの味が魅力で、昼時にはいつも行列を作っている。
ワイズマンもピアソルに連れられて、すでに3回通っている。
おそらく、ピアソルはほぼ毎日通っている……
「魚介は……マナツナと?……マナカツオの干した物か。珍しい食材を見つけてきたな!?帝都の市場にはあまり出回ってねえな、これは」
「はい。それはマルテの漁村で作られている『マナツナブシ』と『マナカツオブシ』です。削ってダシに使います。あまり生産されていないから帝都にもそんなに出回っていないんですよ。もしソースに合うようなら大量生産と購入を坊ちゃんにお願いしないと……」
「ふーん。面白そうだな。これはこれで、食材として可能性を秘めていそうだ。あとは甘味の出る野菜類か……だいたいやりたいことはわかったぜ。とにかくやってみようや」
ピアソルはコックコートの袖の部分を肘までまくって、食材を種類ごとに調理台に並べていく。
「ありがとうございます。なんか悪いですね。手伝ってもらって」
「いいってことよ。来週の晩餐会まではわりと暇だからな」
「晩餐会……ですか?」
「ああ。ドラド様とミラ様が遠征から戻って来るからな。レミ様もそれまではここで羽を伸ばしていることだろうよ」
聖女アルテの「クラーケン討伐」の援軍としてマルテの街に召喚されたレミの両親が来週には帝都に戻って来るとのことだった。
「なるほど。それはまた大仕事ですね」
「今回は、ドラド様たっての希望で、俺たちも含めてみんなで祝う会にしたいんだと。人数が多いから当日は立食パーティを考えている。その場であんたの考案する料理も出せたら良いな」
「それはいいデモンストレーションになりますね」
タイガも戻ってくることだし、「タコもどき焼き」を作れれば、場が賑わうだろう。
祭りに行けなかった者たちや、なんだかんだとこうして手助けをしてくれているピアソルもきっと喜んでくれるはずだ。
ワイズマンも袖をまくって気合を入れ直した。
◇数時間後◇
「うーん……」
「これはこれで悪くはないけどな」
ワイズマンとピアソルは、出来上がったいくつかのソースを舐めながら唸っている。
魔物肉系のダシ、マナツナブシとマナカツオブシでとったダシ、野菜ダシをバターで溶き、香辛料とマルテの街で購入したフィッシュソースを比率を変えて試しているが今一つしっくりこない。
これはこれで美味しいのだが、期待通りのいつも自分たちが作るソースの範疇を超えている気がしないのだ。
「バターや小麦粉を炒めて作るのがいけないんですかね」
「俺たちが学んできた製法をやっても、どうしても、味が俺たち寄りになってしまうからな。粘度の出し方としては別の方法を模索してみた方がいいかもしれん。『魔物肉丼』もそこまで凝ったことはしてないはずなんだが、粗削りでもガツンと来るんだよ……」
「そうですね。このままだとブラウンソースと大差ないですからね」
「……果物を使ってみたらどうだ?」
「果物ですか?」
盲点だった。
ピアソルの言葉を聞いて、ワイズマンは南方の村のことを思い出した。
「あまり上品にあっさり作るよりも、いっそのこと甘味と香りでインパクトを与えた方がいいんじゃねえかと思ってよ」
「……そういえば、南の獣人族の村では果物をふんだんに使ったソースを作っていますね」
「ほう!」
「バナナ、マンゴー、リンゴ、オレンジなどを煮詰めてソースにします。それを狩猟した魔物肉と合わせて食べるのが彼らのご馳走でした」
「なんか貴族のゲームソースに似ているな。そこまで極端じゃないけど」
貴族のゲームソースとは、軍人閥の貴族が魔物狩りをした肉をその場で焼いて食べる際に、果実のソースと合わせることを差す。
魔物を狩る軍人としての武威と比較的高価な果物を持ち運んでソースに使うという貴族の面子から出来上がった発想で、ワイズマンがノセック家に来た初日にリバーに振舞った「魔ホロ鳥の山ぶどうソース」もその流れを汲んでいる。
「隠し味程度がいいかもしれませんね」
「やってみよう」
「ついでに海底熟成ワインとビネガーも混ぜてみます」
「それはもったいない!」
おそらく前者に対する苦情なのだろう。
「味のためです」
こうしてさらに試行錯誤を続けること数時間……
「うーん」
「だいぶ良くなった……が、あと一味な気がするんだよなあ……これはこれで、熟成すれば相当良い線はいっていると思うけどな」
ピアソルの言う通り、あと一味といったところであった。
味はだいぶ良くなった。
これまでの自分が作ってきたソースの範疇を超え始めている。
熟成させれば、さらにまろやかになり、きっと味に深みも出てくるだろう。
だが……
ワイズマンは目を閉じて、舌に神経を集中させ、スプーンで掬ったソースを味見する。
足りないのは……香ばしさ……「魔物肉丼のタレ」にあるような強烈に食欲をそそるあの香り。まだ少し上品過ぎる……
余計なものは……魚の臭い……魚介が少し主張し過ぎている……
「たしかに……ちょっと魚が強いかもな。このフィッシュソースは随分個性が強い調味料だな。まあ、それが人によってはたまらんのだろうけど」
熟成させれば少しは落ち着くだろうか?
それとも別のアプローチが必要か……
これ以上余計な雑味は加えずに、香ばしさだけを加味する方法は……
その構想にも、いま少し、熟成期間が必要なようである。
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
壁にぶち当たっていますね……
次回、打って変わって華やかな晩餐会。
……そして、重要キャラの登場。
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




