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幕間⑪『目玉商品の開発』

 ジュー……ジュー……ジュー……カンッ……


「どうでい?この仕上がりは?」


 鉄板の上で焼かれた一枚の料理を器用にコテに乗せ、皿の上に滑らせる鉢巻をした職人風の料理人。


 白い皿の上に、同じくらい白く艶めかしい円形の薄い身が広がっており、その中央には、こんもりと盛り上がった、同じく円形の身が台地を作っている。


 台地の表面は白く薄い膜が張られているが、膜の内側はオレンジかかった濃い黄色であることが伺える。


 中心の盛り上がり方といい、色の濃さといい、その素材が新鮮かつ栄養たっぷりであることは明白だ。


 カンッ……


 試食用のコンパクトな1人用の席に座るコック帽をした一流料理人は、大胆にも、皿の中央の円形台地に貼られた薄い膜をフォークで突き破った。


 すると、これまで白く薄いシーツに包まれていた濃い黄色が、堰を切ったようにトロトロと流れ出て、周囲を何本もの黄色の川に変えていく。


 試食係の料理人は、フォークの先端を台地に残る黄色の液体に当てたあと、その先端を鼻元付近に持ってきて香りを一度確かめたあと、舌に当てて今度は味と温度を確かめる。


 ゴクリッ……


 静寂の中で聞こえる唾を飲み込む音。

 飲み込んだのは、試食係ではなく、調理した側、鉢巻をした料理人、タイガ=フーテンの方であった。


「うん、合格だ。しっかり火も通っているし、いい具合に半熟になっているぞ」


 コック帽を被った料理人、ワイズマン=イラークが親指を立ててグーサインを送る。


「はー、よかったぁー」


 皿の上の料理は目玉焼き。


 帝都印の新鮮卵の殻を割り、鉄板で焼いただけの簡単な料理に思える。


 だが、これはタイガにとって大事な応用料理であり、黄身の火の通り具合が何よりも重要であった。


「勘どころは押さえたか?」


「おうよ。百発百中だぜ」


「それじゃあ、あとは麺の上に乗せるだけだな」


「へっ、任しときな!」


 意気揚々と鉄塩麺を炒め始めるタイガ。


 ジャッジャッ……ジャッジャッ……


 先ほどとは打って変わって、躍動感溢れる動き。

 30年の手練の手捌きは伊達じゃない。


 カパッ……ジュー……


 カパッ……ジュー……


 こちらはまだまだ緊張感が漂ってはいるが、百発百中の公言通り、こちらの2発も良い焼き上がりとなったようだ。


 カンカンッ……シャー……シャー……


「あらよっと!」


 山に盛られた鉄塩麺の上に、目玉焼きが覆い被さる。


 今度は2人前。


 ワイズマンとタイガの2人で新作料理の出来映えを確かめ合う。


 ズッズズッ……ズッズズ……モグモグ……


 ズーーーズルズルズッズ……ゴホッ……ズズズッ……


「うん……」


「うめえぞ!?卵の黄身が温いし、味も何て言うか塩だけよりも濃厚でよ。しかも麺に絡んで啜りやすくていいな!」


 むせていたけどな……

 勢いよく吸い込み過ぎて……


「美味いには美味いが……」


「あん?なんか不満があるのか?」


「ああ。これはこれでいいんだが、せっかく卵を入れたのにあまり活きていない気がしてな……」


 ワイズマンは目を瞑って自分の舌に集中する。


 しょっぱい塩だれの麺に卵が混ぜ合わされると、たしかに卵の風味は満遍なく舌に広がる。


 ただ、どこか単調にも感じてしまう。


「いいと思うけどな、俺は。オツな味で、酒とよく合いそうだ」


「それだよ!」


「ん?」


「たしかに、酒に合いそうだ。メニューの1品に加えても悪くはないかもしれない。だが、俺たちの客の大半は、学生……子どもたちだ。オツな味よりも、1皿で満足できる強烈なインパクトがほしい」


「そ、そうか……濃い味の中に卵を落として、より強くするということか!?」


「ああ、足し算……いや、掛け算が必要なんだ。学生を惹きつけるための料理は。ちょっと待っていろ」


 そう言うと、今度はワイズマンが調理台に立つ。

 奥で仕込んでいた鍋と、冷蔵庫から銀製のバットを持って鉄板台を温める。


「その肉は?」


「ピッグニックの挽き肉をまとめたものだ。ハンバーグという。本当はアックスオックスの肉と合い挽きがいいんだけどな。まあ、見ていろ」


 ジュージュージュー……グツグツグツ……


「美味そうな肉の香りだな。そっちのソースも香ばしい臭いをプンプンさせてやがる」


 鉄板で肉を焼いている間に、仕込んで置いたソースの仕上げをする。

 小麦粉をバターで炒め、ローストすることで、香ばしさが加わる。元々作っておいたトマトを主とした野菜各種とアックスオックスの肉や骨でとったスープに加え、さらにぶどう酒を加えて煮込む。


 カシャッ……ジュー……


 目玉焼きの調理開始。


 ジュワ―……


 周囲を焼き固めて、肉汁を封じ込めたハンバーグを皿に盛り、しばし落ち着かせ、その上に焼き上がった目玉焼きを乗せる。

 最後に、茶褐色のソースをかける。


「ふわ~、美味そうだな、おいっ!」


 ワイズマンはタイガの前にでき上がった料理を置く。


 ハフッ……ハフハフッ……ホッホ……モグモグモグ……


「んぐっ、美味えっ!!噛みしめる度に、肉汁と香ばしい濃厚なソースが混然となってよ。それだけでも十分美味えが、これに卵の黄身が加わるとさらに旨味が増幅されるっていうか……」


 そう。甘辛く香ばしいトマトと赤ワイン、アックスオックスのダシをベースにしたブラウンソース……これが、卵と出会ったときに、互いに中和すると同時に、コクを加え、さらに濃厚にもするというおかしな現象を口の中に起こしてくれるのだ。


 目玉焼きの白身がワンクッション入り、肉とブラウンソースの間で踊る。

 かと思えば、今度は黄身の洪水がソースと合流して、甘辛さとは別の濃厚なコクを与えてくれる。


「これは、定番料理としてメニューに加える予定だ」


「うーん、じゃあよ!?このソースを麺に絡めて炒めて目玉焼きを乗せたらどうだ?」


「悪くないけどな。実はもうあるんだ。煮込みパスタ(麺)として」


「なんだよ……」


「それに、まったく別物としての麺料理を期待したい。同系統のものではなくて、まったく別種の料理になることで単品としての価値が生まれる」


「難しいな……まあ、色々試してみようや……」


 こうして、ワイズマンとタイガは3日3晩、ソースの研究に明け暮れた。

 とり揃えた様々な野菜や肉、ハーブなどの香辛料、魔物素材等を試してはみたが、ビシッとハマるものを見出せずにいた……


「ふふふっ、どうやら煮詰まっているようですね?」


「え?」


 眠気に襲われてうつらうつらして調理場の椅子に腰掛けていたワイズマンは慌ててソースの入った鍋の中を見た……


 ……大丈夫だ。ちゃんと火は消えている。


「いえ、ソースのことではありませんよ。アイデアの方です。この場合、行き詰まると言った方が正しいでしょうかね?」


「「あっ、坊ちゃん!」」


 奥で目を覚ましたタイガと声が重なった。

 タイガも雇用関係が生まれて以来、リバーの事を「坊ちゃん」と呼んでいる。

 敬語はなかなか上手くいかないが、訓練中だ。


「調理場の中でソースが煮詰まり過ぎると、換気が必要になります。どうでしょう?ここは、外に目を向けて出掛けてみるというのは?」


「出掛ける……ですか……?」


「ええ。昨日、ビッグニュースが飛び込んで来ました。マルテ沖に出現した大怪物『クラーケン』をかの『光の聖女』様が討伐なされたそうです」


「ほ、本当ですか!?」


 それはたしかに大ニュースだ。

 これで、マルテの街は平穏を取り戻し、市場都市の機能は一気に回復するだろう。

 そうなれば、必然的に帝都の市場も活気づく。


「本当です。マルテの街ではこれより祝いの祭りが何日にも渡って執り行われるはずです。どうです?3人で行ってみませんか?」


「え?本当ですかいっ?」


 ワイズマンより先にタイガが身を乗り出して反応した。

 そういえば、タイガはこの帝都から出たことがないと言っていた。

 その瞳を少年のように輝かせている……かなり歳のいったおっさんだが……


「よろしいのですか?」


「ええ。さっそく馬車で向かいましょう。海風を取り込めば、新しいアイデアが出てくるかもしれません」


「「ありがとうございます(でがす)!!」」


 ◇マルテの街◇


 カパッ……ガラガラ……カパッカパッ……ガラガラン……


 整備はされてはいるが、帝都ほどには聞き心地のいいものではない荒々しい蹄と車輪の音を聞き、1日半の道程をかけて、馬車はマルテの街の中心部へと辿り着いた。


 馬車を降りたリバー、ワイズマン、タイガの3人は、早速マルテの街の中央にある大市場付近の市街地へと足を運ぶ。


「ひゃー、すごい人だね~」


 他にも旅の仲間がいる。


 リバーの幼馴染であるミレイ嬢……ではなく、レミ=ラシードだ。

 先日の晩餐会ではドレスを着込んでいたが、今回は動きやすそうな冒険者風の服装でさっそく道を飛び跳ねている。

 こちらが本来の彼女の姿のようだ。

 ちなみに、彼女は数日前からここに滞在していた。知り合いの生家があるそうだ。


「ええ。実に壮観ですね」


 普段と変わらない執事服のような恰好で落ち着いて歩くリバーとは実に対照的だ。

 半径200メートルはあろうかという大きな円形の広場の周囲には、食べ物や食材を売る店が所狭しとひしめき合っている。


 そして、そんな店の1つ1つにさらに多くの人々が群れを作って賑わいを見せている。人口の多い帝都でも、何らかの凱旋パレードでもなければ滅多に見られない光景だ。


「あんれまあ~!お魚がいっぱい!!」


「あっちには果物も!これは年甲斐もなく心が踊りますな。まずはなんと言っても……」


 もう2名。ノセック家の老メイドであるチャチャ婆さんと執事のアストルも同行している。2人とも、市場で山のように積まれた大きな魚の群れに目を奪われている。

 そして雑踏の中に主人を置いて消えていった……


 2人は、使用人たちの間で行われた、倍率の高いくじ引きに見事勝利したらしい。

 ちなみに、料理長のピアソルは、外れくじを引いて血の涙を流したとかなんとか……


 おかげで、ワイズマンが久々に屋敷を訪れたときは盛大に愚痴を聞く羽目になった。


「パパとママも今日はこっちに来るのかな~?」


「お2人は、この街に戻って来てはいますが、聖女様に同行して領主の館のパーティに出ているようですよ」


「そっかー、ざんねーん!」


 そう言いながら、レミ嬢はニコニコ顔だ。

 きっと、大いに羽を伸ばすつもりなのだろう。

 言葉と表情がまったく一致していない。


「うん?良い匂いがするな……!?」


 これまで、市場の大きさと慣れない土地に対して怯んだ様子を見せていたタイガが急に元気になる。


 この男は、小麦粉を焼いた香りには敏感なのだ。


「なんだこりゃ!?面白え形の鉄板だな?こりゃ」


 鉄板の料理に対してはさらに敏感だ。


「おうっ、若えのっ!買ってくかい?」


「若えって俺がか?」


 鉄板を扱ってこの道30年のタイガを捕まえて「若い」と評する男。


 たしかに、彼に比べたら若い。


 シワだらけの顔に曲がった背。片手を後ろに回して腰をトントン叩いている老人は、もう片方の手に先端が金串になっている道具を握っている。


 恐ろしいことに、その金串を操る手だけは機敏で、目の前の小さな穴がいくつも空いた鉄板の表面近くに串の先端を待機させると、小麦粉を水で溶いた液体の中心が固まる段階で、くるんと穴に入った小麦玉をひっくり返し、すべての穴に対して高速で同様の処置を施し、香ばしい小麦の焼けた匂いのするまんまるの玉をまるで手品のように次々と作っていく。


「これは『タコ焼き』ですね。タコの歯応えと熱々の小麦玉の取り合わせが絶妙の食べ物です。せっかくだから買っていきましょうか」


「熱々で中がコリコリで美味しいんだよ~」


「おう!お兄ちゃん、お姉ちゃん。さすがお目が高いね。毎度あり!」


 金串を穴の側面に潜り込ませて、玉をひっくり返してはまたひっくり返しを繰り返し、全面がこんがり狐色に変わったところで薄い長方形の木皿にポンポンと並べながら入れていく。

 列が揃ったところで、壺に浸した小さな刷毛を取り出して、茶褐色のタレをひと塗り、ふた塗り、玉の表面に塗っていく。


「面白い香りのタレですね?」


 ワイズマンは思わず老齢の店主に尋ねてしまった。今回は、彼の舌ではなくその鼻が黙ってはいられなかったのだ。


「おうよ。わかるかい?こいつはこのマルテ特産のフィッシュソースと魚介と野菜のダシを合わせたもんさ……この街ならではって感じでいいだろう?3年ぐらい前から使っているのさ」


「フィッシュソース?」


「魚の発酵調味料ですよ、レミ様。そういえば、このソースはマルテ一帯の漁村で製造されているって聞いたことがあったな」


 ワイズマンはこれまでに訪れた漁村を思い浮かべた。

 網で獲った獲物の中には、あまり売り物にできない小魚なんかも多く掛かる。

 だいたいはその場に住み着いている猫の餌なんかになるのだが、これを甕などに塩と漬け込むと発酵して独特の風味が出る。


「ほふっほふっ……おいひーよ!」


 待ちきれないといった表情のレミがさっそく1個摘んで口の中に放り込む。

 熱いだろうな……と見ていたら、案の定、口内で玉をゴロゴロ転がして熱気を放出させているようだ。


 ワイズマンも試しに1つ口に入れてみた。


 ホフッ……


 嚙んだ瞬間に口の中に熱気が迸る。


 口の中がやけどしそうな熱さだが、転がして少しおさまると、不思議ともう1度試してみたくなる。


 何度かの咀嚼を経て、具であるタコに行きつくと、奥歯をぎゅうぎゅうと弾力溢れるその身が弾き返そうとしてきて、潮の香りの混じった味わいが噛む毎に溢れ出てきて、小麦粉のふわふわな生地と入り混じって口内でハーモニーを奏でる。


 そして、舌先に感じる独特の香ばしくてしょっぱい味のソース。いいアクセントだ。


 ……しかし……


「ふむ……フィッシュソースか。魚介ダシとの相性はいいが、この独特な香りと味がもう少しまろやかに……」


「どうしたんだい?こいつは?」


 ワイズマンはブツブツと独り言を始めた。


「ワイズマンさん、大丈夫?」


「大丈夫です。彼の性分でしてね。なかなかのヒントをいただいたようですよ」


 店主、レミ、リバーが話しているが、ワイズマンの耳にはもはや入っていない。


「そうなんかい?ならいいがね。お兄ちゃんも食べてくれ、しばらくは、これで食い納めになるだろうからね」


「……と言いますと?」


「聖女様が倒した怪物は『クラーケン』だからな。これは、この地方の言い伝えなんだが、クラーケンが出現した海は向こう数年は、タコやイカが不良になるんだよ」


「なるほど。それは困りましたね……」


「タコが獲れなくなるんですか?」


 遅れてワイズマンが話に加わった。

 どうやら、タコ焼きの上のソースのことはひと段落したらしい。


「ええ。せっかく学園でもいい名物になるかと思ったのですけどね……」


「まあ、でも、この形状だけでもかなりウケると思いますよ。代用品を考えてもいいかもしれませんね」


「代用品ですか……なるほど。あとで調べてみましょう」


「たははっ、みんな真剣だねー」


 そう言って、真剣にタコ焼きを食べていたレミは最後の1個を頬張った。


 どうやら自分は料理のことに頭が向かい過ぎていたようだ。

 まったく気晴らしになっていないことに苦笑しつつも、これだけ食材に溢れている場所なのだからそれも仕方ないなと、ワイズマンは1人で苦笑する。


 ふと、見渡すと……タイガが見当たらない。


 ……いや、いた。彼は地べたに膝を付けている。


「頼む、爺さん!!俺をあんたの弟子にしてくれっ!!」


「「なんだってーーー?」」


 ほんの数日前に雇われたばかりの鉄板料理人は、雇用主と同僚の目の前で、転職活動をし始めた。


ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


タイガのスキル『鉄板麺』、『鉄板目玉焼き』、『鉄板タコ焼き』NEW?


次回、ソースに悩むワイズマンとリバーの本領発揮。


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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