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幕間⑨『居場所を賭けた決闘』

◇スラム地区入口(帝都南東部)◇


「なんだこれは……壁?」


 つい先日まで、何もなかったはずの殺風景であったスラムの入口に巨大な石造りの壁が建てられている。まるで、スラム街だけを隔離するかのように。


「いいえ。これはどうやら《《堤防》》のようですね」


 「スラム地区区画整理」の知らせが入ってすぐに、ワイズマンとリバーは現地に向かった。

 プラハ魔法学園からスラムのある通りまでは帝都の端から端なので距離があるとはいえ、主人のリバーが呼び寄せた馬車に乗って1時間もすれば着く。

 考え得る最速で辿り着いたはずだが、すでに準備は着々と進んでいるようであり、普通の工事では何か月もかかりそうな仕上がり具合であった。


「こんな大掛かりな工事をいったい……」


「いえ、これは魔法によるものですね」


 リバーが断言する。


「魔法……ですか?」


「ええ。私も2日前にここを通っていますので、それまではこんな工事をしていなかったと断言できます。そして、こんな事をこの短期間でできる人物は、私の知る限り1人しかいません……」


 魔法のすごさはワイズマンもそれなりに知っている方だと思っている。

 冒険者の料理番として、依頼に帯同していたときにその威力は見てきていたし、長い人生で目にする機会は多々あった。


 だが、ここまでの壮大なものは見たことがない。


 堤防に上ってみたら……


 スラムの路地1本分の両脇に長い堤防が築かれていたのだから……


 これには雇い主であるリバー=ノセックですら、普段あまり見せないような深刻な顔をしている……眼鏡越しに。


 リバーもまた、優れた土魔法を使う魔導師であることは、ワイズマンも執事のアストルから伺っていたのだが、そんな彼をしても驚く規模なのだ……


「そして……私の予想が正しければ……この『区画整理』は、さらに度を超えた最悪なものになります……」


「度を……?」


「ええ。これがただの岩壁ではなく、堤防であるとするならば……です」


 ワイズマンの目から見た雇い主の表情は、いくらかの怒気を孕んでいるように見受けられた……


 ◇帝都北東側◇


「たくっ。休みの日に呼び出したと思えば……やることがあまりに唐突じゃねえか?」


 南東側方から北上してひと仕事を終えた、タオルを頭に撒いた男は隣に座る派手な恰好をした男に不満を伝えた。


「がははっ、文句なら表を出したコインに言うんだな」 


 派手な髪色と服の男はまったく意に介さない。

 両脇に、大胆に肌の露出した、羽飾りの付いた派手な服を着た女性を侍らせ、自身は塔のように高く積み上がった石場に設置した豪華な椅子に座っている。


 これには、隣に座る無二の親友である、『石嶺』コイン=ドイルもただただ閉口するしかない。


「……それにしても、昨日の今日は、ちょっと強引じゃねえか?スラムにだってそれを必要とする住民がいるだろうに……」


「その辺は抜かりないぞ。昼間から酒を飲んでいるような飲んだくれた輩には、今後の再開発の肉体労働を紹介するし、女共にも、いろんな手仕事を用意させている。まだ働けないガキ共にもちゃんとした孤児院を用意してあるからな。もうすでにあらかた避難済みだ」


「へえ。お前にしては、意外と気を配っているんだな」


まあ、実際に差配したのはこいつではないんだろうなとコインは思ったのではあるが……


「抜かせっ……だが、こうでもしないと機嫌を損ねるやつがいるからな」


「ああ、例の来年入学してくるっていう天才のお坊ちゃんか……」


 コインは、素直に驚いた。

 隣にいる派手男、サンバ=オンドレアは豪快さを絵に描いたような男なので、とにかく事を進めると決めたらなりふり構わない面をこれまでに何度も見せていた。


 もちろん、話を通さなければいけない相手、政府や大地主などの関係各所に対する事前の根回しに関しては決して怠ることはない。

 今回の件も、そっち方面には抜かりなく根回し済みなのだろう。

 だが、商会の人間や、彼の部下……下に見ている相手に配慮することはこの男の頭にはないのだ。


 そんなサンバが、少なくとも体裁だけは繕おうとするなんて、滅多に見れるものではない。そこに驚いたのであった。


 ただ、その一方で、そんな特別な存在に対してであっても、丁寧な説明をするなどということは絶対にないだろうな、ともコインは内心思ってはいたが……


「話したところで反対されるのが関の山だからな。腹心を使って、内々に抜かりなく事を進めたさ。まあ、俺もあいつには嫌われたくないんだよ」


「だったら、あまりにも性急にことを進めない方が良いと思うぞ……今回のようなやり方はな」


「いや、嫌われたくはないが、よく考えたら、将来一緒に働いてくれさえすればいいんだな、別に。がははっ!」


「たくっ、どっちなんだよ!?」


 一晩で帝都を北から南に縦断するほどの堤防を築き上げた魔導師は、親友のがさつさを大いに嘆いた……


「さて。そろそろ頃合いだなっ!祭りを始めるぞっ!!」


 普段通り、友人の忠告やぼやきに耳を傾けることなく、スラム地区の区画整理担当業者であるサンバ=オンドレアは、立ち上がって魔導師としての準備を始める。


 コイン=ドイル以外、その場にいたサンバの使用人や付き人たちが、その号令の下、一斉にそれぞれの配置につく。


 予め用意されていた、いくつかの巨大なタンクの水を開放する者

 煌びやかな装飾が施された小船を用意する者。

 主人の喉と魔力量を潤すために、魔法回復薬入りのドリンクを用意する者。

 豪華な食事を用意する者。

 主人の傍で踊る準備をする者……等々。


 放水が開始され、コインが造った堤防の内側に小川が流れ始める。


「さあ、盛大に行くぞ!?『大砲水』」


 サンバの両手から大量の水が放出されると、次第に、帝都の北から南へ向かって、轟音とともに、小川は、次第に奔流となって走り出した。


 規格外の魔力と無尽蔵の魔力量。

『石嶺』と『水興』……

 2文字の称号を持つ、2人の規格外の魔導師にかかれば、キロ単位の川を作るという途方もない事業も可能になる。


 これが、言わずと知れた名門「プラハ魔法学園」の上澄みに位置する魔導師の実力であった……


 ◇スラム地区入口(帝都南東部)◇


 ウーウーウーウー……ウーウーウーウー……


 大きなサイレンがスラム近くで鳴り響いている。


「これは……何かの警告ですか?」


「ええ。これから『放水』が始まるでしょう……スラムに置かれたすべてのものを廃材として洗い流してしまうために……」


「ま、まさか……そんなっ!?」


「できるんですよ……あの男なら……」


 雇い主は相変わらず険しい表情をしている。


 何の興行か、物見雄山に来た群衆が次第に両サイドの堤防の上に集まり始めている。

 彼らは、リバーとは対照的に、楽しそうな表情を浮かべている見物客だ。


「けっ、なんだお前ら!?野次馬ならよそでやってくんな!?」


 ふいに、ワイズマンの耳に聞き慣れた声が入って来た。


 ……タイガだ。


 出会ったときと同じく、鉄板を敷いた釜戸の傍の椅子に腰掛けるその男は、周囲のあばら家や荷物置き場が皆撤収を終えているのにもかかわらず、そこを断固として動かないとでも言うかのように、以前と変わらぬ店構えを維持している。


「彼が貴方の知り合いの『麵職人』の方ですか?」


「はい。タイガという男です。昔気質の鉄板麺職人で……おーい!タイガー!!」


「おう!?……誰かと思ったらワイの字じゃねえか?すっかり小綺麗になっちまって、見違えたぜ!なんだよ?お前まで野次馬しに来たのかあ?」


「そんなこと言っている場合じゃないっ!急いでそこを離れるんだっ!!大水が押し寄せてくるぞ!?」


「けっ、俺がここを離れるわけがないだろうがよ!俺はここにいて、あいつらに塩そばを作ってやらなきゃ……ほれ!?お前の言う通りに『塩ダレ』も作ったんだからよう」


 ウーウーウーウー……ウーウーウーウー……


 ゴッ……ゴオォーーーー……ドバッシャーーーン……


「へ?う、うわぁーーーー!!」


 塩ダレの入った壺を掲げるタイガの下に、轟音を伴って、急流よりもなおも激しい濁流が勢いそのままに押し寄せてきた。


「た、タイガ―――!」


「『土塔』!」


 茶色く濁った水流が、タイガを飲み込もうとしたそのとき、彼の鉄板を置いた釜戸周辺の土がモリモリと盛り上がって、3メートルほどの高い塔を造り上げた。


 間一髪……


 瞬時に焼き固められ、十分な体積で造られた即席の塔は、すさまじい勢いの濁流や木材をはじめとする漂流物がぶつかってもなんとかその形を留めることができた。


 おかげで、タイガの命は救われたが……


 彼の30年来の居場所は濁流とともに帝都の外に流されていった……


 ◇フードパーク内◇


「……」


「どうやら、帝都の建設族の閣僚や議員を巻き込んで、秘密裡に行ったようです。かの地の道幅を広げ、平時は移動式馬車の並ぶ商店街市場に、有事は速やかに行軍ができるような大路地にする構想のようです。当然、周囲の土地の地価が跳ね上がります……」


 部屋は閑散としている。

 まだ、フードパークは構想段階。

 資材の搬入などは遠い未来だ。

 そこに置かれているのはいくつかの作業用のテーブルと椅子、そして古びた鉄板だけだ……。

 鉄板の持ち主は、家と大事な資産である釜戸を失い、途方に暮れている。


「すべては、ソナタ商会のオンドレア家の差配ということですか?」


「はい。彼らは土地売買と建設業を担当する役員家ですから……」


「……家なんかどうでもいいな。俺っちら、もとより根なし草だからよう。それよりもあいつらは……あいつらは無事なのか」


 あいつらというのは、タイガの店に来ていた3人の常連客のことだろう。

 スラムの住人のほとんどは、人夫として仕事に就くとのことだったが、子どもたちは行方知れずであった。


「分かりました」


「え?」


「本当かいっ?兄ちゃん!?」」


 途端に明るい表情になるタイガ。

 心底、彼らの身を案じていたのだろう。


「ええ。大聖堂の運営するバーゲン孤児院に身を寄せているようです」


「孤児院……!そうかいっ!ありがとな、眼鏡の兄ちゃんっ!」


「お、おいっ!タイガ!?」


 タイガは立ち上がると、鉄板を抱えて走り出した。


「あいつ、まさか……」


「まあ様子を見に行くだけだと思いますけど、念のため我々も向かいましょうか」


 ワイズマンはやれやれとため息をついた。


 ◇バーゲン孤児院◇


「結構です。間に合っておりますので」


「そこを、そこをどうか1つ頼むよ!!」


 ワイズマンとリバーが到着すると、孤児院の前でシスターに向かって土下座をするタイガの姿がそこにはあった。


「俺はよう。あいつらに塩そばを食わせてやりてえだけなんだよっ!あいつらの大好物なんだから」


「お気持ちだけいただきます。あの子たちはもっと栄養ある食事をしなければなりませんので、私どもの畑で採れた野菜を食べさせます。それに、身なりや所作を含めて世に出て行けるように私どもが厳しく見守っていきますので、どうかお引き取りくださいね」


「そこをなんとか、頼む!頼むよ!!」


「申し訳ありませんが、無理なものは無理です」


 にべもない、敬虔そうなシスター。

 その整った衣服と言動の節々から、タイガのような人間は受け入れられないというような姿勢が伺える。


 友人が必死になって頭を地べたに摺り寄せているのを見て、ワイズマンもなんとかしてあげたい気持ちもある。

 だが、同時に、次の言葉をいい淀んでいる自分もいた……


 たしかエミリー、マイク、チェスターという名前の子どもたち。

 3人の顔が頭に浮かんだ。


「では、こういうのはどうでしょう?」


 言葉を続けたのは、ワイズマンではなく雇い主のリバーであった。


「失礼ですが貴方は?」


「そちらのタイガさんの知人ですよ。それよりもどうでしょう?こちらのタイガさんの料理の腕を確かめるためにも『決闘』をするというのは?」


「「は?」」


 当事者の2人が目を丸くしている。

 これにはワイズマンもリバーの言葉に二の句が継げなかった。


「こちらにいるワイズマンとタイガさんが勝負をするんです。タイガさんが勝利した場合はそちらが彼の身を預かります。逆に、ワイズマンが勝った場合はタイガさんの身は当方が預かり受けるということでいかがでしょう?もちろん、料理人としてです」


「はあ?」


「ちょっと待ってください!そんな勝負を持ち掛けられても困ります。お二人が戦ったところで私ども、孤児院にまったくメリットがないではありませんか?」


 たしかに……


 ワイズマンにもリバーの意図がまったく読めなかった。


「メリットはありますよ」


「どういうことでしょう?」


「タイガさんが勝利した場合は、彼の給料、子どもたちの養育費は私がお支払いします」


「そ、そんなことを言われましても困りますっ!」


 ちょっと動揺を見せてはいたが首を振るシスター。

 すかさず、ノセック家の次期当主は、懐から1枚の紙を取り出して、シスターに手渡した。


「失礼いたしました。私はこういうものです」


「え、え?ま、まさか……あの『ソナタ商会』の?」


「はい。リバー=ノセックと申します。どうでしょう?タイガさんが勝った場合は私どもノセック家がそちらに全面協力をお約束いたします。その折には、いくばくかの寄付のご相談をさせていただければ……」


「受けます!はいっ、受けます!!」


 前言撤回。

 このシスターはどうやら敬虔でも厳格でもないようだ……むしろ現金。


「ちょ、ふざけんなよっ!俺の頭越しにそんなこと決めるんじゃ……」


「おや?タイガさんは勝つ自信がないのでしょうか?ワイズマンは腕利きですからね……なんでしたら、タイガさんの得意な『麺料理』でも構いませんよ」


「あーん?」


 雇用主は、気分を害すタイガをよそに、ワイズマンに目配せをする。

 眼鏡越しには分からないが、おそらく……


「私は構いませんよ。たとえ麺料理であっても、百万が一にもタイガなんかへっぽこ料理人に負けることはないですから」


 ワイズマンはできる限りの挑発を試みた。


「あんっ!?このワイの字は、ちょっと身ぎれいになったかと思ったら、すっかりのぼせ上っちまったみてえだな!?いいだろう!やってやろうじゃねえか。このウスラトンカチのワイの字がよお」


「威勢だけはいいんだよな。よく吠えるやつだ。タイガって名だけあって」


「あーーーん!?」


「どうやら交渉成立ですね。シスター」


「は、はいっ!」


「貴方にも立ち会ってもらいます。よろしいですね?」


「はいっ、もちろんでございますわ」


「タイガさんもよろしいですか?貴方が勝てばこの孤児院に就職、負ければ私共に従っていただきます」


「おうっ!やってやるぜ」


「では、せっかくですから、課題の麺料理の材料として、麺はこちらで用意いたしますが、その他の材料についてな、こちらの孤児院で生産されている材料を使わせてもらってもいいですか?野菜は植えてあるんですよね?」


「はい。それと、栄養たっぷりの帝都印の卵をご用意できますわ。放し飼いにして健康そのものの鶏の卵ですわよ」


「それは結構なことです。決まりましたね。課題は『この孤児院の野菜や卵を使った麺料理』です。審査員については私が厳正に審査してくださる方を3名、お呼びします。もちろん公平性は保証しますよ。いかがですか?」


 なるほど。朧げではあるが、雇用主の計らいの意図が読めてきた。


「乗った!」


「私は構いません」


「よろしい。それでは明日を決闘日としましょう。私はこれから審査員の方々に交渉をしてまいります。タイガさんは本日は宿を紹介しますのでそちらに泊まられるといいでしょう。手配いたします」


「おうっ、すまねえな」


「それでは、皆さま。明日昼にこの場所で集まりましょう。ごきげんよう」


 こうして、思いがけない成り行きから、ワイズマンはタイガと料理勝負をすることになった……

ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


念のため、このシスターは例の『銭ゲバ』とは別人です(ただし、薫陶は受けています)。笑


決闘をけしかけたリバーの思惑とは……?


次回、料理決闘!


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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