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幕間⑤『嘘のつけない舌』

「説明しますので、まずはおかけください」


 リバーが食事をしていたテーブルの上が執事とメイドによってあっという間に片付けられ、会議用のテーブルへとその姿を変える。


 ワイズマンは、促されるまま椅子に座り、帽子を脱いでテーブルの上に置いた。


 料理人の採用面接が終わり、無事採用となって安堵したのも束の間、今度は料理長としての採用面接が行われるという。


「チラシのもう1枚の方はお持ちではないようですね」


「あ、いえ。持っておりません」


「そうですか。それでは簡単に説明致します。

 今回の採用はこの家の料理人としてではなく、ある事業に参加していただきます」


 どうやら、タイガがくれたチラシは、本来2枚ある内の1枚だったようだ。


「事業……ですか?」


 事業と聞いて、ワイズマンの胸は高鳴った。

 ソナタ商会の募集ということで淡い期待を抱いてはいたが、帝都に戻ってすぐにこれほどのチャンスが舞い込むなんて……

 こんな機会は早々ない。いや、もう二度とないかもしれない。


 だが、同時にその胸の鼓動は、不規則に乱れる傷を伴うものであった。


「わ、私は……」


「まあ、聞くだけ聞いてみてください」


「は、はい……」


「私がやろうとしている事業は、単に『帝都の1等地でレストランを開く』というようなものではないのです。いえ、帝都内にレストランを建てるという意味では間違ってはいませんが」


「は、はあ……」


「私は来春、帝都内の『プラハ学園』に入学します。実はその学園内に私どもソナタ商会が大きな商業施設を建設中でしてね。春先に完成の運びとなるのですが、その中の食事部門……『フードパーク』を当家が担当しているのです」


「……まさか、その『フードパーク』という店の料理長を私に?」


「はい」


「いえいえいえいえ……無理ですよ」


 ワイズマンは狼狽した。

 長年仕えているであろう老執事からも変わった御方と称されている目の前の雇用主ではあるが、それにしても、自分をそこの料理部門の責任者に据えようだなんて、あまりにも考えが突飛すぎる。


「なぜでしょうか?」


「私はずっと帝都を離れていた身ですし、とてもじゃないですが、そのような重責は務まりませんよ」


「それは弱りましたね。先ほどの料理をいただいて、この役割を担えるのは貴方しかいないと確信したのですけどね」


「な、なぜですか?あれは料理人としての採用試験だったのでしょう?」


 料理人としてはOK、料理長との面接はこれからというからには、先ほどの料理だけでは満足な回答ではなかったということだ。それなのに、さらに立場が重そうな大仕事を自分に任せたいと言っている。これは何かの酔狂なのだろうか?


「理由は貴方の料理です」


「私の料理?」


「はい。貴方の作った料理は私の考える『フードパーク』の構想にピッタリ合致する料理でした。『プラハ魔法学園』には帝国中のあらゆる場所からあらゆる人材が集まります。そんな学園の中に設置する巨大な食堂に貴方の料理はよく映えると思うのですけどね」


「……」


 最高の賛辞であった。

 それでも未だ傷がうずく。


「……お言葉は大変ありがたいのですが、そのような華やかな場所ですと私は……」


「……貴族相手に臆してしまう?」


「っ!?……やはり、ご存じでしたか」


「はい。貴方が入浴をされている間に調べました。もっとも、その日、貴方の身に何が起こったのかまでは分かりませんでしたが」


「……」


 ドクンッ……ドクドクンッ……ドクドクドクンッ……


 鼓動がいっそう速まる。


「分かったのは、貴方がそれまで、『最上の舌を持つ料理人』と称されていたこと、17年前、貴方のレストランで『ムートック家』の当主が主催する『跡継ぎ誕生を祝う会』が催されたこと、そこに集まった面々、そしてソナタ商会から貴方の店に卸されていた食材ぐらいです。あとは推測になりますが……」


 ドクンッ……ドクドクンッ……ドクドクドクンッ……


「続けます。当時、貴族社会においては今ほど魔物食品に関する理解がありませんでした。帝都周辺でよく獲れるフロッグバードや当時から高級品であった王蜂のロイヤルゼリーを例外として、魔物食品は、この帝都においては1段低く見られる傾向にあった。実際、クセもありますしね。帝都の貴族でも軍人閥の方々には一定の理解を得られていたようですが、文官閥の方々は特にその傾向が強かった。ですから、当時の貴方が仕入れた食品の多くは、魔物やダンジョンの特産品ではなく、普通の肉、魚、卵、野菜などでした……」


 まるでその場にいたかのように1つ1ついちいち言い当てられている。

 17年前の記憶がワイズマンの脳裏によぎる。


「ただ1品、『ハチェットゴート(斧ヤギ)』のチーズを除いて……」


 そして、核心を突いてくる。

 これが若くして名声を得る男の聡明さなのだろう。


「そ、そこまで……その通りです。先方の要望は、帝都に流通している一般の食材を使ってくれというものでした。ムートック家のご当主ご自身は、戦地に赴いたり、魔物狩りをされていたので魔物素材にも一定の理解はある方でしたが、そこに集まる面々は、魔物肉や魔物を使った製品に抵抗があるとのことでしたので。ですが、私は……」


「ハチェットゴートのチーズを使ってしまった……それが貴方の舌が『嘘をつかない』最上の味を構成するためにどうしても必要な材料だったから」


「……その通りです」


 今でも時折思い返されるあの言葉……


「お前は客の要望に応えられない最低な料理人だ」と罵倒され、皿の料理を床に捨てられ、怒った客たちの靴音と貴婦人たちの嘲りの笑い声だけが店内にいつまでも残った。


 まるで、壁に染みついたようにいつまでも、いつまでも……


「後悔していますか?」


「え?」


「妥協せずに、自分の舌に嘘をつかなかったことを」


「……さあ、どうでしょうか。今でも分からないです……」


「もう1つよろしいですか?」


 落ち着いた語り口調の雇い主は、姿勢を変えずに、人差し指を立てて数字の「1」を作った。


「はい……」


「私には夢があります。この『フードパーク』を作るにあたっての夢が、です」


「夢……ですか?」


「はい。先ほど、貴方の料理がこの『フードパーク』にピッタリだという話をしましたが、現実のプラハ学園は、『魔法の下ではすべてが平等』と謳っておきながら、実際は、いまだに貴方の作った料理のような世界にはなっておりません」


「……」


「『称号』、『地位』、『出自』、『種族』……そういったものにとらわれず、誰もが純粋に自分の目指す道を進む。魔法を前にしたとき、誰もが平等なのですから……私は学園に入学するからには、その理想を追い求めたいと思っておりますし、私の行う事業でその理想の世界を実現したいと思っています。『フードパーク』もその一環だと思っています」


「……誰もが……平等」


「ええ。『プラハ魔法学園』で魔法を前にしたときに誰もが平等であるならば、『フードパーク』で料理を前にしたときも誰もが平等であるべきだと思いませんか?王族、貴族、職人、町人、商人、村人……そんな出自や身分に関係なく学生同士一緒に食事を楽しめる場所になってほしい」


 そう言うと、瓶底眼鏡を掛けた少年は控えめに微笑んだ。


 ワイズマンは手元の帽子に視線を落としたまま、考え込む。

 リバーの理想は確かに魅力的だ。

『フードパーク』という誰もが平等に様々な料理を楽しめる場所。

 それは、かつて自分が持っていた店の目指していたものにどこか似ている気がした。


 だが、過去の傷はそう簡単に癒えない。

 自分はもう一度、貴族たちの前に立ち、料理を出すことができるのか?

 あの時と同じように、否定され、笑われ、踏みにじられたら……


「わ、私は……」


「ワイズマンさん。貴方にお聞きしたい。貴方はここを出た17年前と同じですか?」


「17年前と……い、いえ!」


 違う。むしろ帝都を出てからの方が長く厳しい修業の日々だった。


 酒好きで気の荒い岩鬼族。

 人族をどこか下に見ているエルフ族。

 人の話を聞かないドワーフ族。

 疑り深い獣人族。


 人族との混血化が進んでいるとはいえ、伝統を残す部族は自分たちの愛する土地で脈々と受け継がれた暮らしを細々としている。


 未知の食材を見つけるため、あるいは新たな見識を広げるために彼らの地に赴き、打ち解け合うことは並大抵ではなかったが、長い年月と信念を持って接してきたおかげで自分はかけがえのないものを得ることができた。


「貴方は、ここに来るまでの間、自分の舌に嘘をついて生きて来られましたか?」


「いえ。嘘をつけず、不器用ながらにもここまでやってまいりました」


 舌は言葉を紡ぐための機能でもある。

 ここで嘘をつけば、それは自分自身の帝都を離れて以後の生き方にも嘘をつくことになる。


 気難しい連中の笑顔を見るために、日夜食材を美味しくする研究を重ねた自分にも嘘をつくことになってしまう。


 それだけはできない。


「貴方の料理からは、私が情報から得られる知識をはるかに超えるものが感じられました。それが貴方の本質だと思います。貴方は貴方の舌に嘘はつけない……違いますか?」


「私は……私の舌に嘘はつけません」


 自然と頬に涙が伝う。

 脳裏に浮かぶのは、秘密の食材の在り処を、門外不出のスパイスの調合法を、秘伝のタレの作り方を、種族伝統の調理技法を楽しそうに教えてくれた人たちの笑顔だ。


 彼らに嘘をつくことはできない。


「私は、貴方が貴方の舌に嘘をつかない料理を『フードパーク』で振る舞っていただきたい。貴方の料理を喜んで食べに来る学生たちのために……」


 ドクッ……ドクッ……ドクンッ……


 再び自身の鼓動が静寂の中で聞こえ始める。

 ただし、今度は力強く、正しいリズムで……!


 そして、またもや過去の光景がフラッシュバックする。


 ただし、それは遠い昔ではなく、つい数時間前の光景。


 口の悪い、強面の店主が作る塩そばの調理工程を楽しそうに眺める子どもたち。


 そんな彼らが、自分が味付けした麺を美味しそうに食べる姿だ。


「いかがですか?」


「お願いします!どうか、私に皆が喜ぶ料理を作らせてください」


 ワイズマンは椅子を立ち上がり、リバーに向かって深々と頭を下げた。


 もう自分の舌には嘘はつかない。


「商談成立ですね。どうやらこの料理長面接は料理を作ってもらう必要なさそうだ。今後ともよろしくお願いしますよ」


 リバーがそっと手を出す。


「よろしくお願い致します」


 ワイズマンは頭を下げたまま両手でしっかりと握った。


 こうして、ワイズマンは晴れてソナタ商会に雇われることが決まり、その職場は雇い主であるリバー=ノセックが春から寮暮らしをする学園内の複合食事施設に決まった。


 それも料理長という大役で。


「それでは、早速、明日からリハビリといきましょうか」


「はい!……リハビリ?……ですか?」


「ええ。明日、私の知り合いの貴族を夕食に招きます。そこでハチェットゴートを使った料理を振る舞ってください。面接は必要ないですが、リハビリは必要ですからね」


 雇用主が嘘つきかはわからない……


 ……ただ、二枚舌ではあるようだ。


 ワイズマンは、コック帽を手に取って苦笑した。

ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


このとき生まれたムートック家の赤ん坊の名は……


次回、市場で出会った食材は……


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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