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幕間③『最初の共同作業』

「おっちゃーん、飯食いに来たぞーーー」


「おっちゃーん、出世払いねーーー」


「タイガおっちゃーん、ツケで頼むぞー」


 天を仰いでいたワイズマンは、ドタバタとしたせわしない足音と甲高い声を聞いてその身を起こした。

 3人の少年少女がこちらにぶつかりそうな勢いで駆け寄ってくる。


「おいっ、ワイの字。ちょっと休戦だ……俺の身体を起こせ」


「自分で立てないくらいになるまで暴れるなよ。仮にも料理人なのだろう?」


「うるせいやいっ。元はと言えばお前のせいだろうがっ」


「いや、あんたの塩ソバのせいだ」


「こ、このっ!」


 ワイズマンはタイガの太い手を両手で掴んでその身を起こしてやる。


 だらしなく道に転がっていた店主は、元々汚れていた服についた砂埃を手で払うと、再び鉄板の前に立った。


「おっちゃん、早くしてくれよな。時は鐘なりって言うだろ?カーーン!」


「そっちの鐘じゃねえ。こっちの方だ。文無し野郎ども。食いな、ほれ、ほれ」


 タイガは左手の掌を上に向けた状態で親指と人差し指で丸を作り、ニヤッと笑った後、子供たちに麺の入った深皿を渡していく。


「わーい!」


「「わーい!」」


 木箱に飛び乗った3人は、タイガが皿に乗せた麺を受け取ったそばから勢いよく啜り出す。


 ズッ……ズズッ……ズズズズッ……!


 モグモグモグ……ゴクンッ!


「どうだ?美味いだろ?」


「「「うんっ」」」


「ほれ見ろ!?」


 ニヤリと勝ち誇ったような笑みを向けるタイガ。


「ところで、タイガのおっちゃん、そこにいるシブカッコいいおっちゃんは誰?」


 麺を食べながら、ボサボサ髪の少女がタイガに尋ねる。

 3人の中では1番年上みたいだ。


 3人は背格好もバラバラで、とても同い年には見えない。

 共通しているのは、スラムに住んでいるらしく、ひどい身なりをしていることぐらいだ。


「こいつは、この道30年の俺の作った『鉄塩麺てつしおめん』を食べるなりまずいって言った大馬鹿野郎の『ワイの字』だ」


「「「わいのじ?」」」


「ワイズマンだ。ワイの字ではなく、ワイズマン……」


「「「ながーい」」」


 一応、訂正を試みたが、5文字の名前は子供たちに不評だったようだ。


「じゃあ、ワイのおっちゃんね?あたしはエミリーよ。よろしく」


「よろしく……」


 まあ、ワイの字よりはましかな、とワイズマンは思った。


「ワイのおっちゃん、この鉄塩麺のことまずいって言ったの?」


「……あ、ああ。塩分が多すぎると言った」


 眉毛を吊り上げる少女。


「おうっ、エミリー。言ってやれ!なんたって、お前は今や俺の店の一番古参の上客だかんな」


 どうやら、このエミリーという子が1番年長らしい。

 エミリーはため息を吐きながら首を大きく振った。


「ワイのおっちゃん、いーい?この世界で賢く生きるためにはね、いくら本当のことでも言わない方がいいこともあるのよ。それが世渡りっていうものよ」


「……」


「おうっ、そうだろ、そうだろ……ん?」


「「「ん?」」」


「お、おいっ!?それじゃあ、お前らも俺の麺がしょっぱいって言うのかよ?」


「うん。しょっぱいよー」


「お腹いっぱいになるけど」


「ちょっとねーーしつこい」


「なんてこったい……」


 タイガが肩を落としている。

 こうなってくると、いくら数分前まで取っ組み合いの喧嘩をしていた相手でも、少し同情してしまうから不思議だ。


「ひとつ言っておくが、俺はこの麵をまずいと言っただけで、タイガの料理の腕が悪いと言ったわけではないぞ」


「はあ?お前、今さら何を言っているんだよ?」


「「「どーいう意味?」」」


「簡単な話さ。塩加減だけなんだ、壊滅的なのは。鉄板の調理の方は申し分ない。麺の歯ごたえ、火の通り具合、香りの引き出し方、申し分ない。この材料の質でよくもまあここまでの仕上がりになっていると思う」


「ふ、ふんっ!今さらおだてようったって無駄だぜ……」


「だが、その腕をこの塩加減が台無しにしてしまっている」


「うっ、うぐっ!……こ、この野郎!まだ言うか!?」


「いーこと考えた!」


 エミリーが人差し指をピンと立てた。


「ワイのおっちゃんが、最後に味付けをすればいーんだよ。タイガのおっちゃんがソバを炒めてからさ?あたしたちが審査してあげるから見せてみてよー。そこまで言うからにはやって見せてもらわないとね?『言うは易し、案ずるが如し』よ?」


 『行うは難し』だな……


「いいね、それ!」


「オイラも賛成!」


 少年2人もエミリーに賛成した。


 エミリーと同じくらいの背格好の少年はマイク。

 体格は近いが顔は少し幼く見える。


 そんなマイクよりもさらに幼いのがチェスター。


 3人とも弱冠10歳に満たないらしい。

 正確な年齢は本人たちもわからないが、上からエミリー、マイク、チェスターの順であることは確かなようだ。


「「「食べたーい」」」


 子どもというのは残酷だ。

 大人の事情も、プライドなんかも、すべて平気で踏み越えてくるからだ。


「ぐっ……おいっ、ワイの字。ガキどもの頼みだ、断れねえ。そこまで自信があるんなら味付けを任せてやる。やってみろ」


 それでも、子どもたちの頼みを断れないタイガという男は根っからの子ども好きな人情家なんだろう。

 ……そして、お節介だ。


「やれやれ……」


 この事態と自身の性にため息を吐いたワイズマンは、麺を炒め直すタイガの隣にそっと立つ。


 子どもたちは木箱に座り直して、コテの動きによって、麺が飛び上がり、空中でひとりでにひっくり返る様を楽しそうに眺めている。


「ほらよ」


「ああ……」


 ワイズマンはタイガから1つの壺を受け取る。

 塩の入った壺だ。


「ふむ……」


 塩をひと舐め。


 どのような精製方法だかもわからないほどの粗悪品だが、一応、舌先に塩味を感じさせてくれるので、その役割は果たしている。


 1度、麺を見る。


 先程よりも麺の量が少ないな。

 何か意図があってのものだろうか。


 ワイズマンは塩を適量掴むと、タイガが踊らせて蒸気を発している麺の上にパラパラと塩を振っていく。


 ジュッ……ジュワ〜……


 1振り、また1振りと振るたびに、麺は宙返りをし、蒸気の発生源である水分にワイズマンの振るった塩が即席のタレとなって麺に絡み、徐々に煮詰まっていく。


 パラパラ……


 ジュッ……ジュワ〜……


 パラパラ……


 ジュッ……ジュワ〜……


「うわぁ〜」


「すげー」


「うまそー」


 パラパラ……


 ジュワッ……ジュワッ……ジュワワワ〜……


「頃合いだ……」


 香りがそう伝えている。


「おうっ、ほらよ」


「「「わあ〜」」」


 タイガが子どもたちの空いた皿に麺を盛っていき、最後に自分用に皿に盛った。


 ズッ……ズズッ……ズズズズッ……!


 モグモグモグ……ゴクンッ!


「「「うっ」」」


「おいっ、どうした?お前ら」


「「「うっ……」」」


「どうした?まずかったら吐き出してもいいんだぞ?」


「「「うまーい!!!」」」


「へ?」


 ズッ……ズズッ……ズズズズッ……!


 モグモグモグ……ゴクンッ!


「うまーい」


「何これ、美味しー」


「やばっ、やばっ、うまっ」


 ズッ……ズズッ……ズズズズッ……!


 ズッ……ズズッ……ズズズズッ……!


 ズッ……ズズッ……ズズズズッ……!


 子どもは本当に残酷だ。

 ある意味、客としては1番厳しい客と言える。


「おっちゃん、美味しかったよーありがとなー」


「ワイのおっちゃんもありがとねー」


「美味かったー。行こ行こー」


 そして、満足したあとは嵐のようにあっという間に去っていった。

 残ったのは、木箱の上に置かれた、空になった皿だけである。


 ◇


「悪かったな……」


 タイガがワイズマンに水の入ったコップを手渡してくる。


「いや、俺の方こそすまなかった。どうしても料理を食べるとああなってしまうんだ……」


 受け取ったコップの水に口をつけるワイズマン。さすがに、素材そのものの水に関しての批評は行わない。


「ああ、違うんだ。俺が悪いっていったのは、麺の量のことだ……」


「麺の量?……ああ、あの子たちのことを考えて減らしたわけではなかったのか」


 てっきり2皿目だからということなのかと思っていた。


「いや、ちっぽけなプライドと腹いせのつもりだった。すまねえ……あいつらにも悪いことをした……でも、お前、すげえ腕だな。あんなに美味しそうに食べるあいつらを初めてみたよ、俺は……」


 そう言って、タイガが鉢巻を取る。

 鉄板は、ひと仕事を追えて、その表面に水を張ってくつろいでいる。


「最低の料理人だな……ちくしょう」


 タイガはそう言うと、やかんに入った水を自分用のコップに入れて一気に飲み干した。


「3年……」


「あん?」


「料理人を初めて3年、ずっと塩を舐めて過ごした。他にしたことは皿洗いと野菜くずを使った包丁の練習だけ。3年間、1000日、ひたすら塩の味を覚えた……」


「……」


「それでも、下積みとしては短かった方だったと思う。その後は料理を1つ1つ覚えていって楽しさのあまり、一気に上まで駆け上がっていった。そして……一気に転げ落ちた」


「……」


「俺も最低の料理人だよ……」


「そうか……やっぱワケアリだったんだな」


「ああ。でも、タイガは違う。ここは最高の店だよ」


「あん?」


「ここの店主は他のどの店よりもここに来る客のことを考えている。そして、ここに来る客は店主が料理を作る姿を楽しそうに見て、店主の作った料理を腹いっぱいに食べて帰って行く……それ以上に最高の店があるか?」


「ふんっ……へへっ、そうだな。俺もあいつらが笑顔で俺の麺を食べてくれるのだけが生きがいなんだ」


「そうか……」


 カーン……カーン……カーン……


「今日はよく鐘がなるな……」


「ああ。お前さん、そういや、ここに来たばかりだったか。今日は『光の聖女』様が『巡礼』に向かう日なんだよ」


「『巡礼』?」


「ああ、何でも南の港街で『海の大怪物』の討伐のお触れが出たんだとよ」


「南の港街というと、『マルテの街』か?」


「ああ、たしかそんな名だった気がするな。何分、俺はこの帝都から出たことねえもんだからよ。悪いな」


「マルテの街」は海に面した港街だ。

 元々海に近い交易都市であったが、さらに南に森を切り開いて巨大な城塞都市となり、今では大きな港を抱えている。


 街全体が市場のような場所なので、そこで「災厄」級の大怪物が現れたとなると、流通が一気に滞る可能性もある。


「どうした?そっちに家族でもいんのかい?」


「いや……ただの性分だ」


「……そうかい」


 ワイズマンは両手を組んで空に突き上げる形で大きな伸びをした。


「さーて、それじゃあ宿探しと職探しをするとするかな。タイガ、世話になったな。また会おう」


 まだ日は高い。


 職探しはともかく、少なくとも宿だけは確保したいところだ。


「ちょっと待て」


「うん?」


 その場を立とうとするワイズマンを呼び止めると、タイガは自身の座る鉄板台のある椅子の裏にある小さな雨除けの小屋の中から1枚の紙を取り出した。


「……これは?」


 手渡された紙を見ると、何かのチラシだろうか、そこには「料理人募集」と大きな字で書かれている。


「料理人募集のチラシだ。あのガキどもがどこで拾ってきたんだか、俺に寄越したんだよ。笑っちゃうよな」


「……」


「このスラムの料理屋は俺のシマだ。お前に居場所はない。お前はもっと違う場所で料理を作るべきじゃないのかい?ワイの字よ」


「……そう言われてもな」


 ワイズマンは自分の着てる服の胸から下をひと通り眺めてみた。

 とてもじゃないが、料理人として採用されるような格好をしていない。


 しかも、チラシをよく見ると、その募集元は「ソナタ商会のノセック家」となっている。


 言わずと知れた大商会の一端を担う名家だ。


 胸のあたりが少しざわつく……


「帝都の今の事情は俺の方が少しばかり詳しい。そこのノセック家の次期当主は、聡明だがちょっとした変人として有名だ。案外、気が合うんじゃねえかと思うぜ」


「変人……か……」


「まあ、何にせよ、面接を受けるだけ受けてみろよ。願掛けのつもりでよ?理由あって帝都に戻って来たんだろ?ワケアリなんだからよ」


 たしかに。

 ワイズマンは料理人として地方を渡り歩いたあと、20年ぶりにこの地に戻ってきた。


 しかし、理由を問われるとよくわからない。

 齢50を過ぎて、自然と足が向いたと言えばいいのだろうか。


「……とりあえず受けるだけ受けてみるか」


「おうよ。その意気だ。頑張れや!」


「タイガも受けてみるか?」


「馬鹿言え!がははっ」


 タイガは、屈託のない表情で豪快に笑った。


「ありがとな」


 ワイズマンは帽子を整えると、来た道の方に向き直った。


「きばれよ」


「ああ……1ついいか?」


「あん?」


「野菜クズを煮て、塩ダレを作ってみたらどうだ?あらかじめタレにしておけば、あとで入れ過ぎることはなくなる」


「塩ダレか……わかった!やって見るぜ」


「どうしても追加したくなったら、入れる仕草だけすることだな。()()()()()()のつもりで……」


「ぬかせっ!」


「ははっ、じゃあな」


「ああ、元気でな」


 こうして、2人の料理人の初の共同作業はあっけなく終わった。


 そう遠くない将来、再び共に仕事をすることを、このときの2人は知る由もなかった。

ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


ワイズマンもタイガもなかなかクセが強いですね。


次回、ついにあの男登場!


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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