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幕間②『最低の料理人』

 カーン……カーン……カーン……


 男が帝都の門をくぐったとき、鐘が3回鳴り響いた。


 街並みがどれだけ変わろうが、月日がどれほど経とうが、変わらないものは「大聖堂」の鐘の音。


 鐘の音は変わらないはずなのに、耳に入ってくるものは何だかまったく違ったものに聞こえてしまう。


 あの日も鐘は鳴っていた。

 まるで男に今生の別れを告げるかのように……


 心地良かったはずの帝都人ならではの軽妙な靴音が、まるで大群で攻めたてる魔物の足音のように聞こえたあの日。


 貴婦人たちの陽気な笑い声が、地獄から這い出た悪魔の声に聞こえたあの瞬間。


 20年近くもの歳月を経てもいまだに癒えないその傷は、いうなれば、砂時計のオリフィスの間に偶然引っかかって落ちなくなった目の荒い砂粒さながらだった。


 男の足は自然と華やかな表通りを避け、雑多で薄汚れた裏通りへと向かう。

 長年のブランクは、男の心をすっかり冷やしてしまい、陽の光を拒ませる。


 カンカンッ……カンカンッ……


 夜は華やかな歓楽街も昼間は鳴りを潜めている。

 男は眠る通りを横目に足を進める。


 カンカンッ……カンカンッ……


 昼間でも騒がしいのはその先にあるスラム地区だ。


 同じ喧騒でもこちらの方がずいぶんと心地良い。


 帝都を離れてからの日々ですっかりこのざっかけなさに慣れ親しんでいる自分がいる。

 所々がほつれている外套に身を包み、手荷物は古びた固い材質でできた長方形の鞄だけの自分にはお似合いの場所だ。


 カンカンッ……カンカンッ……


 先程から響いている、大聖堂の鐘とは趣きの異なる金属音はなんだろうかと音の方に進む。


「えらっしゃあー、えらっしゃあー」


 金属音だけでなく威勢の良い声、そして音だけでなく、嗅覚を刺激する香ばしい匂いが漂い始める。


「1つもらえるか?」


 男は音と匂いの発生源である、露店の鉄板の前に立つと、金属のコテを持った角張った大きな顔をした店主に尋ねながら、自身の外套のポケットに手を入れて適当な硬貨を探した。


「ああ、悪いね。この掛け声は、なんつーか景気付けってやつで、この料理は一般の売り物じゃねえんだ。俺の店には年齢制限があってよ」


「そうか……それは悪かったな」


 腹は減ってはいたが、売り物ではないと言われては仕方ない。

 男は黙って薄汚い帽子の位置を1度整えると、左を向いて道の先を進もうとした。


「……あ、いや。いいぜ!売り物にはできねえが、食っていきな」


 店主はそう言って目を細くしてニカっと笑うと、鉄板の上で熱せられている料理をヒビの入った汚い深皿に乗せて男に差し出した。


「いいのか?」


「ああ。あんたワケアリだろ?とりあえずそこで食って腰を落ち着けな」


「ありがとう」


 男は皿を受け取ると、店主に促されるままに古びた木箱の1つに腰を下ろす。


 子供用だろうか?


 同じくらいの大きさの木箱がいくつか乱雑に置かれている。


 乱雑ではあるが、すべて鉄板の置かれた釜戸の近くに並べてある。


 男にとっては、少し足の置き場に困るほどに低い位置にある椅子だが、これが背の低い子どもであったならば、店主がコテを使って料理を作っている様子を目の前で見ることができる。


 それはさながら、鉄板の上で行われる料理ショーだ。

 子どもたちが心を躍らせて料理の出来上がりを待つ様子が目に浮かぶ。

 たとえ、薄汚れた木箱であっても、そこは最上級の特等席だ。


 見た目には強面な店主だが、その内面は温かい人間なのだろうなと男は思った。

 それは、手に伝わる皿の温もりを通してからも分かる。


 小麦を水で練った麺を鉄板で炒めて塩をふりかけただけの料理。

 ほんの申し訳程度に、何かの根菜の葉っぱの部分が散りばめられている。


 ……大根の葉のようだな。


 ひどく簡素で貧しい料理だが、その量といい、立ち上がる湯気といい、この場ではこれ以上ない最高のご馳走である。


「俺はタイガっていうもんだ。もう30年もここでコテを振るっている」


 男が帝都にいた頃はこういったスラムに足を踏み入れることはなかった。

 帝都にもこのような地があることは知っていたが、距離は近くとも縁遠い世界であり、自分も含めて華やかな世界にいる人間にとっては、魔境のような場所なのだろうと思っていた。


 馬鹿なことに……

 自分がいた場所の方がよっぽど魔境であったのに……


「ワイズマン……俺の名はワイズマンだ」


「ふーん、ワイズマンか。いい名だな。まあ挨拶代わりだ。熱いうちに食いなよ」


「ああ、ありがとう。いただきます」


 男は店主から箸を受け取ると、それで皿の麺を掴んで勢いよく吸い込んだ。

 正直言って、会話を続けることが困難なほどに、手に持った皿に目を奪われていたのだ。


 ズッ……ズズッ……ズズズズッ……!


 モグモグモグ……ゴクンッ!


「どうだい?美味いだろっ!?粗末な素材しか使っていないけどよ?」


 店主タイガは、再び目を細めて人懐っこい顔で笑った。


「……まずい」


「そうだろ、そうだろ……はっ?」


 表情が一変した。


「塩を入れ過ぎだ。旨味から苦痛に変わる限界量を悠に超えている。これではいくら熱々で、こちらが腹を空かしているからといっても難しい」


「……」


 ズッ……ズズッ……ズズズズッ……!


 モグモグモグ……ゴクンッ!


「うん、やっぱりまずい」


「……ふ、ふ、ふざけんなよっ!お前!?」


「なんだよ、あんたが美味いかどうか聞くから」


「てめえには一宿一飯の恩義ってもんがねえのか?」


「それと味の評価は別問題だ。腹は満たされた。ありがとう。そして、ひどくまずかった。子どもたちのためを思うなら、あと塩20つまみは減らせ」


「て、てめえっ!なんでそれを……!?いや、そんなことはどうでもいいっ!あいつらは喜んで食べてくれているんだよ。それにここに住むやつらはいつも走り回って汗をかくんだから、塩分は多いぐらいがちょうどいいんだよ」


「それは料理人の自己満足だ。それに、いくら汗を流すからといって限度がある。せめてあと塩18つまみは減らせ!」


「て、てめえっ!」


「あと、泊まる場所はこれから探すから大丈夫だ。どうも、ありがとうな。タイガ」


「ふざけんなっ。このうすら馬鹿嫌味野郎!表出ろっ!!」


「ここも表だろ?いくら裏通りといっても」


 ガチャンッ!!

 ガランッ……ガランッ……!!


 パリィーーン……


 ボカッ!ボカボカッ!!


 ゴロゴロ……


 ……こうして取っ組み合いは始まった。


 商売道具のコテを放り投げ、無料で料理を提供した客の胸ぐらに掴みかかる店主の名はタイガ=フーテン。


 強面ながら愛嬌ある表情で、トレードマークである鉢巻を頭に撒いて日々鉄板の前でコテを振るって上客相手に料理を作る。


 義理人情とお節介と料理に入れる塩の量が少々多すぎる……最低の料理人。


 せっかく振舞ってもらった料理にケチをつける男の名はワイズマン=イラーク。

 華やかな帝都の表舞台でスポットライトを浴びたのは今は昔。

 地方を料理をしながら転々とし、その日暮らしが何とかできる程度の身銭の料理を作って食いつないで来た。

 かつては、帝都でも評判のレストランのシェフを務め、帝都を去ったあとも各地で料理の見識を広げ、冒険者やその土地の人々に料理を振舞ってきていたが、心の傷は癒えず、いまや、くたびれた表情と薄汚れた身なりでスラムの住人にすら憐れみを受けるほどみすぼらしくなった男。


 そこまで落ちぶれたにもかかわらず、自分の「舌」だけには嘘がつけない……彼もまた最低の料理人。


 帝都の中でも最も下賤な場所で、最低の料理人たちは熱い邂逅を果たした……


 この2人が帝都の未来を担う学生たちの胃袋を預かることになるだろうとは、この時点ではたとえ『大魔女』であっても見通すことはできなかったであろう。

ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


ワイズマン→渋い感じのイケオジ(うらぶれてはいる)

タイガ→名前から雰囲気をお察しください……笑


次回、2人の料理人の前に現れた客とは……?


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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