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1-11『決闘の前に勝負を決める』

 紙一重。

 薄氷。

 そんな言葉が頭をよぎる。


 それくらいギリギリの勝負だった……


 ジャネット先輩は恐ろし過ぎる……


 その魔法。

 予想はしていたし、実際にその通りではあったけれど、あまりにも使った魔法の影響範囲とそのスピードが規格外だった。


 ブルートよりもはるかに格上の魔導師だから、このバカ広い寮の全域に風を送ることはできるだろうとはもちろん予測していた。

 実際に、この寮内を風で支配しているようだった。

 だが、いくら風を全域に送ることはできても、そこから館内すべての情報を一度に網羅し、かつ、瞬時に探索物を見分けることは、人の脳の記憶と実際に得る情報との比較作業が脳内で行われる以上、おいそれとはできないだろうと踏んでいた。

 だから、ある程度の範囲を絞りながら順番に調べていくだろうと……


 その読み自体はおそらく当たっていた。


 だが、開始の合図の直後、空中で数10秒間先輩を観察し、こちらも探索をしていたが、部屋を出る俺のタイミングがあと数秒でも遅れていたら、勝負はどうなっていたか分からなかったと思う。


 この勝負、本来なら、探索物を俺が選ぶことが決まった時点でその勝ち筋は見えていた。


 不確定要素はたった2つ。

 1つは、勝負相手のジャネット先輩の魔法がどれだけ俺の想像を超えてくるか。

 危なかった。


 もう1つは、立会人であるクローニ先生の性格。


 そう考えると、この勝負は本当に拮抗しており、ある意味公平であったと言える。


 ジャネット先輩はこの寮内のことを把握している点で有利。

 俺はクローニ先生の性格を1回目の決闘で把握し、かなりいぶかしんでみていた点で有利。


 結果、勝敗を分けたのは、互いの魔法がどれだけ想定を上回っていたか、であった。


 俺は、まず初めに『ウインド-フロート』を使って玄関ホールの天井すれすれまで浮かび上がった。2階のあの部屋を真っ先に探索範囲にしたかったからだ。

『フロート』はよく使う魔法。便利だからね。物質を浮かせるこの魔法は、かなり意外な魔物の専用魔法だ。他に『フロート』を掛けたあとで、空中を動く『ステップ』もその魔物から得られる。


 ただ、その2つは俺がブルートに事前に話した魔法ではない。

 今後、2度と使うことがないであろう魔法の名は『キャロットサーチ』。

 尖った魔法という意味では、これほどまでに尖った魔法もないと思う。

 ただし、針とかとげとかの細さと短さ。


 半径500mの範囲内にある「ニンジン」を探すためだけの魔法。

 この魔法ならこの寮内のニンジンを瞬時に見つけられる。何なら、厨房の野菜室に眠っているのも、畑に植わっているのもすべからく引っ掛かる。

 原理は全くわからないよ。


 この魔法を取得したのは、村で生活していたある日のこと。

 所持していた魔物は「夜光兔(やこううさぎ)」というウサギ型の魔物(魔獣)だ。


 村で育てていたニンジンが、ある日から突然魔物に食い荒らされるようになった。

 魔物がニンジンを食い荒らすのは決まって夜。

 額に長い角が生えていて、夜にその角部分が発光するその魔物を見分けるのはそんなに難しいことではなかった。俺たち村人はうれしい悲鳴を上げた。

 普段、森の奥に住んでいて、小動物系や虫系の魔物、森の木の実なんかを食べると考えられていたこの魔物が村の作物、しかもピンポイントでニンジンを好んで食べるということが知れ渡ったのは世紀の大発見であった。……村では、ね。


 ニンジンを育てていれば、貴重なたんぱく源である兔型の魔物の肉が捕れるなんて、辺境の村の住民にとってみれば夢のような話だったんだよ。


 おかげで、それ以来、俺たちはニンジンを積極的に育てて自分たちのホームで狩りを行うことが可能になった。


 この魔法は俺にとってその副産物。


 今回の決闘で、俺が探索物を選ぶことが決まり、ここに来る前にふと目にした畑の土からニンジンの葉がひょっこりと顔を出していることを確認できた時点で俺の勝ちはほぼ決まったようなものだった。


 ダミーの大根、ゴボウ、カブ?

 見向きもしない。探す必要はない。第一、探し出せないし。

 ニンジンを見つけ出せればそれで探索終了だからね。

 何せ一番慣れ親しんでいる農作物なもので。


 唯一の注意点は、この『キャロットサーチ』の範囲だった。

 平面で言えば500mだから寮内を網羅できる。

 だから、ニンジンが1階に置いてあれば早々に勝ち確定。


 問題は、それが2階に置かれていた場合。

 この探索魔法の高さの有効範囲は3m。

 兔型の魔物は地中を堀った巣穴にいることもあるから高さも範囲なのだろうか。

 詳しいことはわからないが、特に役に立つこともなさそうなこの情報も魔法習得時に脳内にインプットされていた。


 宙に浮いて、まず2階から調べたのは、クローニ先生の性格を考えてのことだ。

 1回目の決闘の時も、今回の交渉時にも思ったのだが、先生はエグい。

 生徒である俺たちにとって、もっとも嫌な所を選んできそうなふしがあったんだ。


 やられて嫌なことは何か?

 こちらの推測を根底から覆す、予想外のことをするか、この決闘方法で最も困難な場所にそれを置くか、だ。


 結果、クローニ先生は最も近くて最も遠い場所にこのニンジンを置いたんだよ……


 場所は2階にある大遊戯室。

 そのまま天井を突き破りでもすれば、最も近い距離にある部屋だけど、1F廊下から順に調べていった場合には、最後に行きつく部屋だ。しかも、一番の近道である玄関ホールから見える大階段は、交渉時にジャネット先輩に封じられた。

 勘ともいえるかもしれないが、先に2階から調べることにして本当に良かった。


『キャロットサーチ』に反応があり、『ウインド-ステップ』でそのまま宙を駆けながら一気に廊下に向かった俺は、長い廊下を全力で進み、最奥の階段を上って折り返すと、2階廊下を再び全速力で駆け抜けた。この寮たぶん歩いて回ったら5分以上かかる……


 風の魔法の助力を受けながら走る間、考えていたことは交渉時点での過ちについて。

 探索物を手に取った方が勝ちという条件設定は我ながらよく咄嗟に出せたと思う。

 これが「先に見つけて場所を言った方が勝ち」や「魔法で触れて動かした方が勝ち」としていたら、よくてイーブン、下手すりゃ負けていた可能性もあった。


 失敗したのは、禁止事項に「魔法を使って相手の邪魔をしない」という文言を盛り込まなかったことだ。


 先に見つけ、先に飛び出した時点で一気に形勢は俺の有利となったが、ジャネット先輩がこの小さな綻びに気がついて、俺の行く手を阻むように魔法を行使した場合、勝負はどうなっていたかわからない。


 そういう意味で、ぎりぎりの戦いだった。結果、先輩による妨害行為はなく、すんなりと探索物を手にすることができたけれど。この反省は次回に生かそう。


 ニンジンが置いてあった場所は大遊戯室の柱時計の上。

 これも本当にギリギリだった。


 ほんの10数cm時計に上背があったら『キャロットサーチ』に引っ掛からなかったかもしれない。先生のやることは本当にえぐい。


 ジャネット先輩にとってもニンジンの置かれていた場所は相当探しづらい場所だったに違いない。


 どこに何があるかの配置を把握していても、時計の頭部の造形が少し異なる程度の変化を見分けるのは相当困難なことなんじゃないかなって思う。


 玄関ホールで対峙した時も、交渉時も、決闘が始まってからも、常に落ち着き払っていた先輩が息を切らしてこの大遊戯室に入って来たその時が、俺がちょうど1本のニンジンを右手に掴んだ瞬間であった。


 思考をほとんど省き、風魔法によってスピードを増して走った俺と数mしか違わない場所に迫っていたのが、背中から冷汗が伝うほど恐ろしい。


「う、嘘……?」


 作り手の愛情がよく分かる、つやつやの綺麗な形をしたニンジン。

 誰が作ったのか分からないけど、丹精込めて育てられたであろう良いニンジンだ。

 きっと、煮物にでもして食べたら濃厚ないい味が出るんだろうな。

 村名物「夜光兔とニンジンの炊き合わせ」は絶品だ。


「甘いけど、果物と違って土っぽい甘さがなんかいいんですよね」


 そう言ったら、それまで顔を歪めていたジャネット先輩がなぜか嬉しそうに笑った……


 第2決闘 VSジャネット先輩戦 結果『勝利』


 ◇決闘後◇


 何とか決闘に勝利した俺であったが、思わぬ所から物言いがついた。


「あまりにも早すぎる!ジャネット様より見つけるのが早いなんてあり得ない。立会人と共謀して不正を働いたのではないか?」


 抗議の意を示したのは、大遊戯室になだれ込むようにやって来たジャネット先輩の側近の幹部たち。彼女らが訴え、派閥の他の学生たちが「そうだ、そうだ」の大合唱。


「はははっ。まさか!私はこの寮に来たことは数える程度だし、ノーウェ君に至っては初めてだよ?それで、どうやって不正を行うというのかな?」


 大根、ゴボウ、カブを抱えたクローニ先生が笑って反論する。

 大根が2つに切断されているのはなぜだろう。


「「「「そ、それは……」」」」


「ここに入ってから私とノーウェ君は一度も一緒に行動をしていないし、私が探索物の配置をしに行った時には、彼は魔封石を持って目隠しをしていたよね?」


「「「うっ……」」」


「で、でも、この男は我々にも目隠しをさせたじゃないか」


「それは別に怪しい行為ではないだろう。私が探索物を置く間、その場にいたものが情報を得ないように視覚を遮断することは、むしろ当然でいい指摘だったと思うよ。公平を期すためには、ね」


「ぐっ……」


「それに、その間に彼らが何かをしたとして君たちは誰1人として気づくことができないのかね?他の感覚を使って」


「「「「そ、それは……」」」」


「探索物はノーウェ君が選び、君たち全員も見ている中で確認を行い、そのあと、私が配置に赴き、戻って来てすぐに決闘を始めた……どこか不正が入り込む余地があるかい?」


「「「「……」」」」


 クローニ先生が側近連中を徹底的にやり込めている。

 あまりに流暢、あまりに理路整然。

 まるで、このような抗議が行われることを想定していたかのようにすら感じる。


 クローニ先生は、俺が立会人に先生を指名したとき「立会人と決闘相手の不正を疑うことも、以後、決闘をしていく上では考慮していかなければならない」と俺に忠告をした。


 俺はてっきり、先生とジャネット先輩との間の不正を疑うべきという意味で捉えてしまったが、よくよく考えてみると、あの言葉はどちらにも捉えることができたんだな。


 先生が抗議にすべて反論し、万策尽きたかにみえた側近たちだったが、今度は俺が探索に魔法を行使していなかったのではないか?と訴えて出した。ただの当てずっぽうの勘でここに取りに来たのだと。


 この言い分にはさすがに閉口してしまったが、彼女たちの声は鳴りやまない。

 探索をしたのならどんな魔法なのか証明しろと言い出した。


 なぜ、勝った方が種明かしをしなければならないのか?


「お黙りなさい」


「「「「「!!!!」」」」」


 結局、掃き溜めに鶴……あ、いや、鶴の一声で事態は収拾した。


「今回の決闘。正々堂々と行われ、私の完敗でしたわ。参りました」


 ジャネット先輩の一喝と敗北宣言によって勝敗は決まった。

 先輩は俺が最初に天井近くに浮いていた時、俺の様子を伺っていたから、俺が別の魔法を行使したことに気がついていたのだろう。

 さすがは派閥の長。懐の深い人だ。怖いけど。


「あ、良かった。じゃあ、この決闘『勝負あり』ノーウェ君の勝ちとするよ」


 先生がようやく立会人の本分に戻れた。


「ははは……今日は疲れたなあ。ノーウェ君、しばらく自重してくれたまえよ」


 表情がほとんど変わらないクローニ先生はそう言って、俺に大根、ゴボウ、カブ……と入学に関する一連の書類を手渡すと、そのままそそくさと寮から出て行った。

 ……バルコニーから出ていくのかよ……


「それにしても、驚きましたわ。私の風魔法を上回る探索方法が存在するなんて……ノ、ノーウェ君、今度是非あなたの使った魔法の秘密を教えていただけないかしら?誰にも明かしませんから」


「うーん、そうですねぇ……次回の決闘で俺に勝てたら教えてもいいですよ。それまでは秘密にしておきます、ジャネット先輩」


「まあ!釣れないですわね」


 釣れる、釣れないの話ではなく、この秘密をばらすことに気が進まないだけなのだ。


「まあ、何はともあれ、ノーウェ君がここへの入寮が決まったことですし、その楽しみは『入学式』後にとっておきましょう。他の決闘方法では負けませんからね」


「はははっ、楽しみにしておきます。ところで、先輩、もう1つお願いがあるんですが」


「なんでしょう」


 大事な頼み事を忘れていた。

 また一斉に鋭い視線が飛んできたが、この際どうでもいい。


「探索に使った野菜をもらっていいですか?せっかくなので、晩御飯に食堂で調理してもらおうと思って……」


「ま、まあ!もちろんですわっ!喜んで差し上げます」


 何か知らないが、先輩は俺の手をその小さな両手でぎゅっと掴み、目を輝かせて俺の頼み事を快諾してくれた。若干、引き気味の俺がいる……


「では、早速。お腹が減ったので食堂にいって調理してもらいます!ブルート、行くぞ」


「え、俺?」


 ブルートに案内を急かし、先輩方に一礼して食堂に向かう。

 食堂の場所はすでに知っているけど、1人で食べるのも何か味気ないからね。


「ブルートにも分けてやるからな」


 美味しそうな根菜たちを抱えてほくほく顔の俺。


「いや、要らねえ。俺、野菜嫌いだし」


 ……

 ……あとでこいつを「すりおろしニンジン流し込みの刑」に処すと心に誓った。



これで第二決闘決着です。次回は新キャラが登場します。


ここまでお読みいただきありがとうございました。面白かったと思った方は是非、良いね、高評価、ブクマ登録よろしくお願いいたします。

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