1-10『華二』
◇ジャネット=リファ サイド◇
ブルート君と紫の子の決闘を見た私は、踵を返し、急いで準備に取り掛かりました。
下準備は入念に……戦わずして勝つことがリファ家のモットーです。
私は風魔法のエキスパートなので、その準備を最速で行うことが矜持です。
最速にして、最善、そして綿密。これが私の作戦立案です。
もっとも、準備にそれほど時間は掛かりませんでした。
なぜなら、私のこの寮内での決闘における勝ちパターンはすでに確立しているからです。
風魔法を使った「探索方式」……それが私の必勝パターンです。
普段は絶対に負けることがない決闘なので、これを行うのはあくびが出るくらいに退屈なのですが、どうしたことでしょう!?
胸が高鳴ります。
ええ、負けるはずがないのですよ。
私の風魔法は学園最強最速です。
他の属性魔法の最強相手では分が悪い決闘方法も確かに存在します。
6位ですからね、私は。上には上がいますし、いい勝負になる相手もいます。
ですが、この室内での「探索方式」の決闘であれば、まず負けません。
他の属性魔法を使えませんからね。
初見殺しでもあり、ハメ殺しでもあります。
姑息?卑怯?
いえ、このフィールドにおいて最も確率の高い方法を選んでいるだけです。
ここは私のホームですが、他の場所では他の決闘方法でも試合をしますしね。
でも、残念ながら紫の子とは「戦闘方式」の決闘を行うことができないのですよ。
彼はまだ新入生ですし、私は上級生にして派閥の長であり、殿上人です。
制約があるのです。
ですが、あの子がどうしても欲しい。
ですから、寮の部屋を賭けた決闘しか方法がないのです。これならいくらランク上位の私からの申請であっても、決闘の正当性は担保されます。あの子は寮則で縛りましょう。
私は、急いで「探索方式」の準備を側近たちに命じました。
理由は伝えていません。
たまに、こうやって何も告げずに準備をさせることがあるのです。
それが派閥の子たちの訓練になりますし、私自身が寮内の配置物を把握する訓練を不定期に行っているのです。寮の大掃除をすると伝えることもありますね。
今回、側近たちがどう受け止めたのかわかりませんが、いつも通り流れるようにスムーズな準備をしてくれました。
私の方はといえば、配置物の確認とイメージトレーニング、風魔法を使った探索のリハーサルを綿密に行いました。
すぐに終わりましたよ。おそらく、ドレスアップとメイクアップの準備の方が、倍以上の時間が掛かりました。
魔法の行使は普段通り。共同スペースに風を循環させながら配置物の造形情報を振動によって受け取ります。
ときどき、派閥の子たちが無作為に選んだイレギュラーなものを配置してもらうことで、探索物を見つける練習になるのですよ。これが私のイメージトレーニングとリハーサルです。
決闘条件の交渉の作戦立案も完璧です。
まあ、あの紫の子は新入生なので、上手く私の誘導に従ってくれるとは思いますが、万が一もありますからね。商会出の子なんかは交渉相手としてなかなか油断なりませんし。
不確定な要素は、できるだけ相手を過大評価してシミュレーションしていきますよ。
さて、かくしてマゼンタ寮の玄関扉が開かれました。
紫の子……ではなく、腐ったゾンビ体のような従者が扉を開けましたね。
ああ、ブルート君でしたか。
数日前に寮ですれ違った時とはだいぶ様変わりしていますが……そんなことはどうでもよろしい。
貴方です、紫のローブをまとった子!私と決闘をしましょう♪
早速交渉に入ります。
先手必勝。外堀をどんどん埋めて相手をこちらの殺し間に誘導していきます。
むむっ、やりますね。
飄々《ひょうひょう》としていて掴みどころのない御仁のようです。
こちらに遜るのではなく、かといってこちらを侮るわけでもなく……
そうですか、ノーウェ君と言うのですね。
え?今、私を何と?
せ、先輩……!?
初めて言われました。
とても新鮮な響きです!
皆、大抵私のことを「殿」あるいは「様」呼びをします。よくて「嬢」です。
誰も私のことを「先輩」と呼んではくれません。
何か胸がドキドキしてきました。
側近や派閥の子たちはすごい形相でノーウェ君のことを睨んでいます。
私の一声で止めさせることも可能ですが、これはこれで交渉には有利ですのでこのまま放置するとしましょう。
まあ、これで心が折れるようでしたらそれまでですしね。
……全く動じませんね。
胆力があるのか、それともただの鈍感なのか。
表情はとても豊かなのです。困った顔をしたり、笑顔になったり……
ですが、その目は何となくこの状況を楽しんでいるようにも映るのです。
侮れません。
条件交渉で大事なことは、如何に相手にそれが公平なものかと錯覚させることです。
その上で、相手が勝った場合、その対価がどれだけその人にとって有益なものなのかと思わせるのも重要です。
いえ、詐欺ではありません。お互い合意し確認し合いますからね。
豪華な部屋は魅力的でしょう?
全くひっかかりませんでしたね。
お見それしました。
ええ、豪華な部屋だけでなく入居費、管理費の免除と3食サービスもつけますよ。この私が精魂込めて育てたお野菜ちゃんたちも食卓に出ますからね。魅力的でしょう?
百戦練磨?
いえ、もう決闘回数はかれこれ200回は超えていると思いますよ。
決闘をしなかった日の方が少なかったと思います。少なくとも最初の半年は。
何を言いかけたのかちょっと気になりますね。その目に初めて動揺が見えましたから。
交渉は順調にこちらが外堀を埋めにかかっているのですが、彼もこちらの意図に気付いているかのように振る舞います。
探索物を相手に選ばせるのもこちらの一手で、皆、これをこちら側の譲歩だと勘違いして気を抜いてくれるのですが、彼は引っ掛かりませんでした。
この敷地内のものを選ぶということは、こちらの把握しているものを選ぶわけですから、結局はこちらが選ぶも同然なのですよね。
相手がどのようなものを探索物に選ぶのかを見るのはひそかな楽しみではありますけど。
ダミーの探索物を3点。なかなかの名案ですね。
この案を咄嗟に出せる者は、そうはいませんよ。
冷静になれば思いつくことではあるのですが、いざ交渉に入ると忘れてしまうことなのです。
ましてや、初めての交渉ですっと出せる案ではありません。
貴方、まだ決闘2回目ですよね?
まあ、ダミーを増やした所でこちらの魔法の威力と精度が上回っていれば問題はありませんけどね。
仮に、ノーウェ君があの水竜並みの風魔法を使えたとしても、精緻に探索をできるかは別問題ですし、何よりこの寮内に関する知識はこちらが圧倒的に上なので仮に同じ精度であったとしても私が負けることはありません。
彼の提案を無駄な悪あがき、などと捉える者もここにいる子たちの中にはいると思います。
でも、私はそうは思いません。彼のこの提案は少しでも自分の勝利の確率を上げるための作業なのです。私が彼の立場でもきっとそのような方策を導き出す努力を脳内で行いますし、現に今も彼の提案の意図を読み取る作業をしています。
ダミーを置くことは時間稼ぎにはなりますが、やはり、彼も同条件になるので、差は埋まりませんね……埋まりませんよね?
さて、交渉も大詰め。
あとは、立会人の選定と最終確認だけです。
正直、交渉自体を一旦合意としてあとで立会人を呼べればいいのですが、決闘の条件交渉は最終的に立会人のいる中で双方が同意しなければ合意とは呼べません。証明となる撮影もしていませんし。この時間が実にもどかしい……
……と思ったら、突然先ほどのクローニ先生がやって来ました。
カモがネギ背負ってやって来たとはこのことですね。
ネギも大好きです。私は、お野菜全般好きなのです。
タイミングとしては、神懸かっているようにも一見思えますが、先生がノーウェ君の学生証や履修カリキュラムを持っていることから、ここに来たこと自体は特段、不自然なことではないでしょう。
不正を疑おうと思えば疑えますが、先生と彼が出会ってから1時間も経っていないことは明白なので、そんな短い時間に工作を行うことはできませんからね。
さあ、もうすぐ決闘の時間です。
残すは、探索物とダミーを配置する人間を決め、ノーウェ君がそれらを選定するだけです。
あらら。流石にブルート君を配置人にすることは見え透いていましたか。
今日初めて会った人間の評価にしてはかなり辛辣ではあると思いますが、私もまったくの同意見ですし、その歯に衣着せぬ物言いが小気味良くて、むしろ好感が持てます。
配置人はクローニ先生に決まりました。
この人もなかなかの曲者のようで油断なりませんね。
先生のパーソナリティに関する知識は乏しいですけれど、彼がこの寮について詳しくないことは幸いです。
3つのダミーが置かれることも、こうなるとこっちの有利に働く気がしますしね。
すべての交渉が終わり、ノーウェ君が探索物とダミーを選ぶ時間になりました。
ブルート君、さっさと廊下の扉を開けてノーウェ君を案内しなさい。寮内は広くて見回るのに結構時間がかかります。
私は待ちきれないのです。
数分後、ノーウェ君とブルート君が外から戻ってきました。
……外?
泥だらけです。ブルート君はどうしたらそんなに汚れられるのでしょうか。
……っ!!
そ、それよりも、ノーウェ君の手に持っているものは……
私の可愛いお野菜ちゃんたちではないですか。
しかも、ニンジン、大根、ゴボウ、カブ……大好物の根菜ばかりです。
なぜそれを?
え?村で慣れ親しんでいたものなので?
まあ!何ということでしょう!?
やはりものの良し悪しが分かる御方なのですね。
根菜はアクが強くて敬遠されがちです。だが、そこが良い!個性なのです。
探索物はニンジンに決まりました。
理由は「一番慣れた食材なので」とおっしゃっていましたが、どこかはぐらかされた回答な気がするのが気になりますね。でも、それを今考えても仕方ないのでやめましょう。
全員目隠しをして、クローニ先生が探索物とダミーを配置して、戻ってきました。
さあ、決闘です!
初めから全速、全力です。
風を館内に循環。
風が開放されている全室に行き渡るまでノーウェ君の動向を目でチェック。
彼が使う魔法も風魔法のようです。
天井近くまで浮いています。なぜでしょう?
ん?何か魔法を発動しましたね。何だったのかよく分かりません……
そろそろ風が行き渡りました。あとは集中しながら探索をするだけです。目を瞑ります。
まず1階。廊下、洗濯場、浴場、応接間は変化ありません。
食堂……ありました。この太さは……大根ですね
葉の部分から10cmほどの胴を切断され真っ二つになっています。
あの人は教師でありながら一体何をしているのでしょう!?
こんなことをしては、大根の切断面が干からびてしまいますよ!?
廊下に戻り、奥の階段前……ありました、おかしな所、右の方。
これもダミーですね。天使の像の天使が右手に長いゴボウを持っています。
槍のつもりですか?どうでもよろしい。
2階。
一瞬迷いましたがありました。丸いのでカブです。
壁の上の魔道具のランプを1つ抜いても気づきますよ。
カブは魔力を放出しませんから。
となると、やはりニンジンを隠したのはあの部屋でしょうね。
他の部屋はすべて確認し終えました。
予想通り。
人間心理では初めて来た場所でものを隠すときは、一番遠い所に置くものです。
クローニ先生の性格が掴めないのが厄介で、1階から順に探索することになってしまいましたが、統計的なデータを信用して賭けにでて正解でしたね。
普段通り、滞りなく探索が進みました。
計1分もかかっていませんよ。最速です。
「……様!……ジャネット様!?」
「あいつが飛んで行きましたっ!!」
……え?
…………も、もう?
次回、決着です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
もし、楽しんでいただけたようでしたら、ブクマ登録、いいねボタン、評価の☆ボタンをよろしくお願いいたします。




