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3-8『黒魔導師の極意』

派閥【紫雲】は「春の選抜決闘」に向けてメンバー個々のレベルアップを図るため、派閥ポイント200を分配し、各々が「勝手に強くなる」ために模索していくことを方針とし、各自その道を模索していくこととなった……

「カーティス、君は追試だよ」


 いつものような調子ではあるが、その言葉はどこか冷然としていた。


「せ、先生……どうしてここに?」


 色々と聞きたいことはあったが、カーティスは1番の質問をクローニにぶつけた。


「ははっ、君の実技の結果があまりにもひどくてね」


「え?」


「さっきの、授業終わりの実技テストだよ。君の魔力の波長にあまりにもムラがあったからね」


「……」


「いいかい?カーティス。よく魔導師には知力が必要だと言うだろう?でも、1番必要な能力は違うんだ。魔導師に1番必要な能力は何か分かるかい?」


「ち、知力ではない?」


 じゃあ、いったいなんなんだ?とカーティスは首を捻った。

 思考力……も違うだろうし、論理構成力……も同じことだろうし。


「それはね、精神力さ」


 クローニはそう言いながらその手に魔力を集中させる。


 カーティスはその目を大きく見開いた。


 黒いローブを着た一流の魔導師から何か青白いオーラが沸き立っているように見えたからだ。


「もちろん、知力も重要だけどね。見てごらん」


 カーティスは、クローニの視線の先を追う。

 先ほどクローニが吹っ飛ばした黒い虫型魔物が再びその体色を緑に変えている。


 先ほどよりも心なしか緑の色が濃い。


「『グランストーン』」


 魔物が口を開けたと同時にクローニは強力な魔法を放つ。


 巨大な石が魔物の作る風をもろともせずにその身に向かって飛んで行く。


 ドゴーーーーン……


 プギャーーーー……キシャーーーーー……


 カーティスが風魔法を放った時にはびくともしていなかったその装甲が、クローニの放った石塊によってダメージを受ける。

 魔物の体液が周囲に飛び散った。


「あの魔物の名は『3色ダンゴムシ』。属性魔法のうち、水、火、風にはある程度耐性があり、さらに受けた魔法の体色になって魔法を返してくる厄介な魔物なのだよ」


「さ、3色!?」


「わかったろう?私が全ての属性をバランスよく伸ばすように言っているのはこういう魔物がいるからなんだ。1歩でも学園の外に出れば自分の得意な魔法が通用しないなんてことは、ざらにあることだよ」


「そ、そういうことだったのか……」


 カーティスはようやく講師が授業中に言っていた言葉の本当の意味を理解した。

 同時に、後悔の念が襲ってきて、学生にしては比較的大きなその身体を震わせる。


 この場にクローニが現れなければ、おそらく自分の命がなかったことを、頭による理解が終わったあとでようやく実感したからである。


「ほら、ぼやぼやしている暇はないよ」


「え?」


「追試だと言っただろう?さっさと倒してきなさい。はいっ『ウインド』」


 背中から風を受けて送り出されるカーティス。


 魔物はクローニの攻撃を受けて深傷を負ったようだが、まだ身体を何度もくねらせており、虫の息というほどでもなさそうだ。


 魔力を手に集めるイメージを持って……


「そうそう。今できる最大限のことを最も完璧に近いイメージで丁寧に作り上げることだ」


「『ハイストーン』」


 ブォーン……


 岩の塊が3色ダンゴムシめがけて飛んでいく。


 ドガッ!!


 キシャーー……


 魔物の悲鳴にも似た叫び声が森の中に響く。


 しかし……やはり、まだ十分ではないようだ。


「ほらほら、落ち込んでいる暇はないよ。トライ&エラーだ。それともっとよく考えなさい」


「か、考える?」


「そうさ。考えて、考えて、考えるのだよ。なぜ、3色ダンゴムシには石が有効なんだと思う?」


「……っ!!そ、そうか!」


 カーティスは、制服のポケットから小さなケースを取り出していくつかの道具の中からノミを選んだ。


属性魔法が効きづらいというよりも、総じて魔法全体にもある程度の防御耐性があるのだとしたら……


「『ハイウインド』」


「ご名答」


 グサッ……


 ピギャアァーーー……


 カーティスの放ったノミは、クローニの石塊によってできた傷穴に食い込み、魔物は断末魔の叫び声を上げた。


 目に輝きを失った3色ダンゴムシの身体は、黒く光っていた体色をグレーに変化させ、地面からまったく動かずに固まった。


「はあっ、はあっ……」


「追試は合格……と言いたいところだけれど、まだ終わっちゃいないんだ。両手で『ハイストーン』の準備をしていなさい」


「え?」


「耳をすましてごらん?」


 ドドドドッ……ドドドドッ….

 ドドドドッ……ドドドドッドドドッ……


 足音が近づいてくる。


 近づくごとにその音は大きくなり、いよいよ地鳴りへと変わる。


「キロエルク!?」


 現れたのは大きな角を持った牡鹿の魔物。


 カーティスにとっては見慣れた魔物であるはずであったが、その姿形がおかしい……


 明らかに見慣れている種の倍以上の大きさがある。


 始め、遠近感が狂ったのかと錯覚したが、どうもそうではないことに気がついた。

 その鹿の魔物は、横たわる3色ダンゴムシ同等の体格をしていたからだ。

 キロエルクであれば、せいぜいその半分の大きさがいいところだ。


 ブオォーーーーン……!!

 鳴き声も超ド級。


「いや、あれは『ギガエルク』だよ。キロエルクより2回り格上だね。キロエルクはDランクだけど、ギガエルクはBランク以上の魔物だよ。ちなみに、さっきの3色ダンゴムシはCランク相当の魔物だね」


「せ、先生!そんなこと言っている場合では……」


 ドでかい魔物が前傾になって前足を動かしている。


 こちらに気づいたよう。


 もう少しでよーいドンの合図だ。


「おお、そうだったね。あの鹿めがけて『ハイストーン』を放ちなさい」


「え?」


「しっかり敵対する意思をもって、だよ!?」


 ドッ……ドドドド……


「ど、どうなっても知りませんよ!?『ハイストーン』!!」


 カーティスの放った岩がギガエルクに向かって飛んで行く。

 相手の化け物鹿は、岩の飛来を確認するとより一層前傾になって自慢の角を岩に向かって突き出しながらこちらに走って来る。


 ボガーン……パラパラ……


 ……終わった……


 危惧した通り、カーティスの中級魔法など意に介さず、ギガエルクは岩を粉々にし、まったく勢いが衰えない様子でなおもこちらに向かって来る。


 カーティスは再びまぶたを閉じかけた……


「おっと、しっかりと目を見開いてみていてくれたまえよ!?集中しなさい。こっちに向かって来るギガエルクぐらいにね」


「え?」


「講義はまだ終わっていない。これが『黒魔導師』の極みだよ。近隣の森だからグラン級に近い威力に留めておくけどね。『エクスアース(クエイク)』」


 ドゴーーーン……!!


 刹那、ギガエルクの疾駆していた地面が突如陥没した。

 まるで落とし穴の罠にはまった鳥獣のように、ギガエルクの巨体は地面にできた穴に突き落とされる。


「そ、そうか。ギガエルクの注意を引き付けるために、俺に『ハイストーン』を……」


「ははっ、正解だよ。『エクスストーン(小彗星)』」


 チュドーーーン……ゴオオォーーーー!!


 ボガーーーーン……


 ブオオオーーーーン……


 さらなる追撃として、上から巨大な岩の塊が飛来し、ギガエルクに直撃した。


 Bランクの魔物があっという間に力なく崩れ落ちる。

 ……というか、立派な角を持つ頭部から首にかけてと胴体が分断されている。


 カーティスは、大きく見開いた目と同時に、大きく開いた口が塞がらなかった。


 ◇1時間後 森の一角◇


「それで?君はなぜ急にここに来ようと思ったのだね?」


 追試および補習は続いている。


 講師は、魔物によってへし折られた大木の丸太に腰掛け、焚火によってこんがりと焼けた魔物の脚の肉を豪快に噛みちぎっている。


 パチパチと火が弾ける音が澄んで聞こえるほど森は深々と静まっている。

 先ほどまでの喧騒が嘘のようだ。


 カーティスも骨付き肉にかぶりつこうと思ったが、どうにも食欲が沸かない。

 近くに、大型の虫の魔物が横たわっているからだろうか。


「いえ、べつに、なんとなく思い立ったというか……」


「嘘だね」


「え?」


 クローニが疑いの眼差しを向けている。


「カーティス、君は焦っていたのだろう?」


「そ、そんなことは……な、なんでそう思うのですか」


「私はノーウェ君から聞いているのだよ。彼の口から君たちの派閥が面白い試みを始めたことを、ね」


「うっ……」


 カーティスは思わず持っていた骨付き肉を落としそうになった。

 肉汁はすでに数滴地面にポタポタと落ちている。


「他の人間は次々と新しい試みを始めている。常人にはない発想、常人にはない物事の構成力、常人にはない魔法……それに比べて自分は……このままでは彼らから置いて行かれてしまうんじゃないか……違うかね?」


「……」


 図星だった。

 カーティスは手に持った、落としかけた肉を見つめる。


 他の幹部連中は、前を向いて進んでいる。

 ……1人だけ遥か上を向いているやつはいたが、下を向いていたのは自分だけだ。


 焦燥感……


 カーティスをこの森へと駆り立ててしまった魔物の正体はクローニが指摘した通り、それである。


「この森は普段は穏やかな森だが、稀に今日みたいな事が起こる。Bランクの魔物に追われてCランクの魔物が森の平穏をぶち壊すのさ。そんな時……たった1人でこの状況に置かれた場合、魔導師として何ができる?」


 カーティスは再び顔を上げて講師の顔に目を向ける。


 無精髭の目立つその講師は、口角を上げて白い歯を……いや、年季と肉汁で少しくすんだ歯を見せた。


「俺に……出来ること……!?」


「そう。さっき、やったじゃないか!?」


 よく見ると肉の繊維が歯の隙間に挟まっている。


「でも、まったく歯が立たなかった……」


 自分がしたことは、自分に今できる最大限のことをしたことと、手に持った道具を利用してあがいたことぐらいだ。


 弱ったCランクの魔物は倒せたけど、Bランクの魔物にはまったく歯が立たなかった。

 そして、講師である『黒魔導師』の頂にある人との実力をまざまざと見せつけられた。


「それで良いんだよ、たとえ歯が立たなくても。カーティス、君は実行したんだ。そして君は何を得た?」


「……わからないです。差を感じただけで、それがどれぐらいの遠さなのか、遠いのか近いのかすらわからねえ……」


「それだよ!」


「え?」


「それが君が得た収穫だ。『差を感じた』ということはやらないことには得られないものだろう」


「それはそうですが……」


「で?次、3色ダンゴムシと出会ったらどうする?」


「……距離を取ります」


 今の自分では悔しいが倒せる気がしない。


「迫ってきたら?」


「飛んで回避をしながら、物理攻撃の手段を考えます……倒すためにではなく、逃げるために……」


 カーティスは無意識に制服のポケットに片手を入れた。

 中には、いつもお守り代わりに持ち歩いている数本の釘が入っている。

 制服のポケットは、釘の鋭利な先端によって布が破けないように、わざわざ中側の生地を特注品に変えたばかりだ。冒険者として稼いだ銀貨を使って。


「そう。それで良い。今届かないのであれば、冷静な判断をすべきだ……それで?Cランクの魔物を倒すことは諦めるのかね?」


「!?」


「『黒魔導師』の極みに達することは諦めるのかね?」


「い、いえ!諦めません!!お、俺は……強くなりたい!!」


 カーティスは、ポケットの中に入れた手の拳を強く握った。


 そうだった。


 強くなることを諦めたら、わざわざ帝都まで出て来た意味がない。

 自分はなぜ故郷から出て来たのかを……なぜ、あれだけ怒り狂い、最後には寂しそうな顔まで見せた父に反発して村を飛び出てきたかを、カーティスはようやく思い出した。


「そうか……では、その肉をきちんと頬張りなさい。それは冒険者の特権だ。きちんと味わうのだよ」


「はいっ!!」


 カーティスはギガエルクの大腿の肉に勢いよくかぶりついた。

 肉の繊維が口の中で弾け、ぎゅうぎゅうに歯を押し返してくる。


 負けない。

 いつか……Bランクの魔物だって倒して見せる。

 カーティスは十分に咀嚼したあと、ギガエルクの肉をぐいっと飲み込んだ。


 さっきまでは無味無臭に感じていたが、今は鹿肉の野手溢れる濃厚な肉汁が舌を伝い、肉の焼けた芳しい香りがこれでもかと鼻腔をくすぐる。


「分かったようだね」


「はい!」


「これは経験則だが……競争というものの本来の在り方は、相手の上に行くことでも、相手を蹴落とすことでもなければ、張り合うものでもないのだよ」


「……」


 脳裏に何人かの仲間のメンバーの顔が思い浮かぶ。

 ……自分は、知らず知らずのうちに、彼らと張り合っていたのか……


「私も若い頃は魔導師としての自分を高めるために無茶をしたものさ……でもね、魔導師の行う無茶は時として仲間の危険を伴う……特に上を目指す魔導師であればあるほど、だ。これは絶対に心に留めておきなさい」


「……先生にもそういった経験が?」


「ははっ、なかったとは言えないね。若気の至りで済まなかったこともいくつかあるよ……だからこそ、私のこの言葉は今生きていると言える……」


 そう言うと、先生は焚火の炎をじっと見つめていた。


 カーティスも、それ以上は聞かず、同じように橙色の炎をじっと眺める。


 もし、クローニ先生があの場に現れなかったら、俺が独り森で果ててしまっていたら、彼らはどんな顔をしていただろうか……


「身近にいる仲間、メンバー、ライバルと呼べる相手とは張り合うのではなく高め合うようにしなさい。それがきっと君の将来につながるから」


「高め合う……はい!」


「その意気だ。カーティス、『黒魔導師』として君がまずすべきことはわかるね?」


「はい……まずは、今ある魔法を高めます!」


「そうだ。君が今使えるグラン級は『グランファイア』だけだね?」


 クローニは、食べ終わったもも肉の骨を火にくべる。

 炎が高く舞い、火花がバチバチと弾ける。


「はい」


「では、まずは他のグラン級を使えるようになりなさい。授業にちゃんと出て、他にも研鑽の時間を費やし、早く到達する方法を自分で見つけるんだ」


「はい……分かりました!」


「1つ覚えるごとに『特別補習』の時間を私から設けよう。覚えたら私が普段使っている仕事部屋に来なさい」


 カーティスは目を見開いた。


 視界が一気に明るく開けた気がした。


「ただし、くれぐれも職員室には立ち寄らないようにね」


「?……分かりました」


「じゃあ、ギルドにはあとで私から報告しておくから、先に学園に戻ろうか。君もこれから行かなきゃいけない場所があるようだしね」


 クローニが立ち上がり、歩き出す。


 カーティスは慌てて後を追う。


「あの……行かなきゃいけない場所って!?」


「『治療院』だよ」


「え?」


「自分の手を見てごらん?」


 カーティスは右手を見た。


 その掌は釘の先端によっていくつもの小さな穴が開き、滴る血で真っ赤になっていた。


「私は『黒魔導師』だからね……治療はできないよ。1人で学園を飛び出した罰として、治療師に診てもらおうじゃないか。とびっきり腕の良い、透明マスクの『白魔導師』にね」


 カーティスは、クローニの意地悪い笑顔を見たあと、視界が真っ暗になった……

ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


クローニ先生はカッコいい教師なんです。

次出てくる時もきっとカッコいい……はず!笑


次回、ノーウェ、ついに授業に出る!の回。


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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