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3-7『黒魔導師の心得』

派閥【紫雲】は「春の選抜決闘」に向けてメンバー個々のレベルアップを図るため、派閥ポイント200を分配し、各々が「勝手に強くなる」ために模索していくことを方針とし、各自その道を模索していくこととなった……

 黒板。


 文字通り漆黒の巨大なボードに文字が浮かび上がり、火球や竜巻や水柱の絵が現れては消える。最新の魔道具の板である。


「えー、このように。黒魔法と呼ばれる4元素魔法を扱うにあたってはね、完成形をイメージするのが何より大事なのだね」


 カーティス=ダウナーは、教室の後方の席で、自身の前方の、漆黒の板と綺麗に整列して置かれている座席にまばらに座る生徒をぼんやりと眺めながら、抑揚のない声による講義を聴いていた。


 表情はぼんやり顔であるが、その実、内心はひどく焦っていた。


「大事なのは、それぞれの属性を均等に威力調整出来るようになることだよ。これは『黒魔導師』以外の称号の子たちも同じだからね。いくら自分の得意な属性があるからといって他を疎かにしてはいけないし、所持属性がすべて均等の威力となる『閾値しきいち』を掴むことは重要なことなのだよ」


 別にトイレに行きたくなったわけではない。

 煎り豆茶は好きではあるけど、授業前は控えている。


「属性の魔力を揃えた状態が君たちの魔導師としての『自然体』ということなのだよ。そこからすべては始まると言っても過言ではないよ」


 カーティスが焦っている理由……それは、派閥の長であるノーウェとリバーから出された課題に対する回答がいまだに思いつかないことに起因していた。


「さて、おさらいをしたら小テストに入るからね。皆、それぞれマスボの『ブラックあぷる』を起動させてくれ」


 カーティス以外にも頭を抱える面々はいたが、他のメンバーたちに比べて、自分は幹部であるということに少々気負いがあるのも事実。


 殊に、リバー、ハリーはそうそうに案を思いついているようであったし、ノーウェはそそくさと出掛けた。

 ブルートは黙って体育座りで空を見上げていたが、自分も同じことをするのは少し恥ずかしく感じたカーティスである。


 しかも、いつも一緒に魔物狩りをしているディリカは、レミやモモエ、ミスティといった女子メンバーたちで集まって何やら作戦会議を始めていた。


 そうこうしているうちに、アイデアは出てこず、時間だけが経過し、履修している『黒魔法の心得』の授業の時間になってしまっていたというわけだ。


 カーティスは心ここにあらずといった表情で、指だけ独立しているかのようにマスボの画面を操作する。


 画面内で黒いリンゴがふるふると震える。


「では、始めなさい……おっと、その前にこれを配るのを忘れていたよ」


 講師は慌てて透明な薄い鉱物性の板を配布する。

 これをマスボに置くと不思議なことに、魔力を放出しても中級程度までならば、板が魔力を吸い取ってくれる。


 この授業は今日で3回目だが、すっかりお馴染みの代物だ。


 カーティスは配られた薄い板をマスボの上に、ズレがないように丁寧に置く。


「それでは、始めなさい」


 静かな教室内の授業終わりに行われるテスト。


 周囲が観れば、これを何らかの筆記テストだと勘違いすることだろう。


 だが、これは()()ではなく()()のテストだ。


 画面上に炎の絵が現れる。


 カーティスは掌をマスボに当てて魔力を放出する。


 ひと呼吸置いて出て来たのは、今度は竜巻の絵。


 今度は、違う魔法だ。


 そう。これは、掌で初級の4元素の魔法を発動させ、その魔力の発動の速さや均一性を測定するテストなのである。


 この魔法の測定法は、学園外でも、魔道具の製作会社の入社試験、帝国政府軍の試験など多岐に渡って行われているものらしく、今からこの測定法に慣れるに越したことはない。


 だが、この授業の講師は一筋縄ではいかない人物だ。


 内容に関しては一般的なものよりもはるかに複雑らしく、このテストにおいては、ときどきひっかけ問題も見受けられる。


 竜巻の形をしていながら色は水色であったり、火球かと思って手を当てようとしたら、石の球に変わっていたり……


「そこまで、だよ」


 現在、絶賛注意力散漫なカーティスにこの人を食ったような課題に適応できるはずもなく、テスト終了時の感触は散々なものであった。


「はい。今日の授業はこれまで。来週までに、まず初級魔法の均一化を会得しておくように」


 薄い板の回収が終わり、講師の合図が終わったところで、カーティスはすっと立ち上がって教室をあとにした。


 別に、トイレに急ぎたかったわけではない。


 彼の向かう先は、学園外。


 やることがない。

 アイデアが浮かばない。

 故に着想に至らない。


 心の中で大きくなり始めていた穴を塞ぐために、カーティスは学園外にその答えを求めた。


 カーティスは、学園の門を出て、帝都の石畳の道を歩く。

 1人で学園の外に出るのは、この帝都に来て以来だ。


 あの頃に比べて、自分は少しは成長しているのだろうか?


 カーティスは、村にいた時分に、自身が初めて魔導師に出会った頃のことを思い返していた。


 実際に目にしたその魔導師の印象は、実はあまり良くなかった。


 その男は、カーティスの住んでいた村にある空き家の解体作業を請け負い、カーティスの実家であるダウナー家が、家族や職人仲間総出で1日以上かけてやっとこなせる解体作業をものの数分で行ってしまう。


 そして、その魔導師は、火が暮れる前から村の酒場で散々酒をあおったあと、翌日以降、きれいになった更地で家を建てるための土台作りを行う父たち職人たちを嘲笑いながら村を出ていった。


 その時の父の悔しそうな顔をカーティスは今でも忘れられない。


 だが、同時に、彼の心の中には、ある1つの灯が点いてしまった。


 そう。魔法に対する、魔導師に対する強い憧れである。


 俺は絶対に魔導師として大成する……!


 カーティスは、冒険者ギルドには寄らず、そのまま城塞の門に向かって魔物の棲息する森へと繰り出した。


 門番には怪訝な顔を一瞬されたが、冒険者証を見せ、近隣にある故郷の村に用事だと伝えるとそのまま通してもらえた。


 村から出たばかりの自分とも違うし、ノーウェに連れられて来た冒険初心者であったときの自分とも違う。


 今は自分だけでもDランク程度の魔物であれば対処できる。


 ……実際の冒険者ランクはまだEランクだが、カーティスにはその自身があった。



 ピギー!


 アイスピッグであれば問題ない。

 ギルドで依頼を受けてはいないが、討伐後でも申告可能な魔物だ。

 そういう魔物がこの森には何種類かいる。


「フォレストボアでも出てくれたらいいのにな。そううまくはいかないか……」


 カーティスは、いつも通り魔法の修練をしているうちに、何かいいアイデアがやって来るのではと期待していた。


 倒す魔物がアイスピッグだろうがフォレストボアだろうが、浮かぶアイデアとは直結しないはずなのだが、カーティスの心持ちでは強い魔物を倒せば妙案が浮かぶ気がしていた。


 だが……


 世の中、そうそう上手くいくはずがない。


 やって来たのは、黒い強大な力であった……!


 ガサガサッ……


「な、なんだよ。こんなの見たことないぞ!?」


 巨大な平べったい虫型の魔物が、身体から伸びる何本もの足をうごめかせ、それが地面に落ちている木の葉や小枝、小石などに触れる度に物音を立てている。


 カーティスは虫が特段苦手というわけではないが、それでも自分と同じか、いや立ち上がった場合にそれ以上の身の丈がありそうな黒い物体がガシャガシャ脚を鳴らし、目の上の触覚や口元の髭を動かす様には気色悪さを覚えずにはいられなかった。


「ちっ、ついてないな……」


 魔物と目が合う。


 戦闘を回避したければ、まずは魔物と目を合わせずに相手を観察しながら泰然とし、距離をゆっくりとること。


 初めての魔物に気を取られたあまりに、ノーウェから教わっていた、魔物に遭遇した際の基本姿勢を怠っていた自分を嘆く。


 不運を嘆くような言葉になるのは、単なる口癖だ。


 黒い虫型魔物はカーティスの方を向くと、脚をガサガサと動かし首を何度も振っている。


 どうやら威嚇のようだ。


風鉈切かんなぎ


 相手が身構えた瞬間に先手を打って魔法を放つ。


 これは定石。


 接近戦になると魔法使いは不利であるし、相手の攻撃を受けると致命傷にも成り得る。

 だから、初めての相手に対して先手を取るに越したことはない。


 ガキィーーーン……!!


「な、なんだよっ……」


 カーティスは、ハイ級の風魔法を放った。

 できるだけ形状を鋭利にしてはいるが、威力はそこそこ。

 それでも、Cランク、Dランクの獣型魔物を傷つける程度には自信のある魔法だ。


 だが、風の刃が虫型魔物に当たろうかというその時、魔物は急に背中を丸めて球体となり、その黒光りする背中の装甲は、カーティスの放った鋭利な攻撃を弾き飛ばした。


 ゴロンゴロン……ゴロゴロ……


「『ハイウインド』!」


 丸まった虫型魔物がこちらに向かって転がり始めたので、カーティスは慌てて風魔法を放って空中に浮き上がる。


「くっ!!」


 間一髪。


 黒い球体は飛び上がったカーティスの足先まで近づいてきていたが、浮き上がった先の木の枝を掴み、足を屈曲することでかろうじて難を逃れた。


 フシュルルーーー……


 ゴオッーーー……


「おいおい……マジかよ……」


 球体から元の体勢に戻った魔物が、突如口から風魔法を放った。


「『ハイウインド』」


 風を風で相殺する。


 周囲の木々がざわつき、木の葉が舞う中、魔物は再びその胴体を丸めた。


 カーティスはぎょっとした。

 球体となった魔物の体色が変化していたからだ。


 「黒」から「緑」。


 その変化の意味にすぐに気がついていれば、まだどうにかなったのかもしれない。

 だが、慎重であり、観察力に優れたカーティスであっても、まだまだ圧倒的に足りないものがある。


 危険を察知する能力……それは数々の魔物を倒すだけではなく、数々の魔物からひやっとさせられるような危険を経験し、生き延びることで積み重ねるしかないものである。


 もちろん、そんな危険な目には滅多に遭っていられない。

 命がいくつあっても足りないから。


 だからこそ、ノーウェからは何度も言われていた。

 どんなに実力がついたと思っても、必ず他のメンバーと協力しなければいけない、と。

 協力し合っていれば、仮に危険に出くわしたとしても、切り抜ける確率は上がる。


 後悔先に立たず。


 それよりも、先ほどよりも風の助力を受けてスピードを増したでかい球体がカーティスの身に迫ってきている。

 その緑色の身体は転がりながらまた元の黒に戻っていく。


「『風鉈かんな』!!」


 風魔法で応戦……だが、勢いは止まらない……というより、まったく気にも留めていない様子。


 万事休す。


 カーティスは、額に巻いた黒いバンダナを降ろすことなく、自身の視界をそのまぶたで塞いだ。


 ゴワァーーーブワァーーーーン……!!


 ……

 …………

 ………………


 ……無事?


 ……カーティスが恐る恐る目を開くと……


 ドガーーーン……バキバキ……ズゥーーーン……


 丸い球体の虫型魔物はカーティスが目を瞑った時点とは逆方向に向かって転がり……いや、空中で回転しながら、勢いよく大木にぶつかった。


「やれやれ……これじゃ、合格点はあげられないよ」


 ポンッとカーティスの肩を叩く大人の手。


「せ、先生!?」


 振り返るとそこには、カーティスが30分程前に講義を受けていた授業の講師、黒いローブを纏ったクローニ=ハーゲルの姿があった。

ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


たまには格好いい、真打クローニ先生の登場です!笑


次回、クローニ先生が「真髄」を見せてくれます。


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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