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3-5『異端』

◇教務棟1階職員室◇


 楼閣……


 モーリッツ=ゴリオスにとって職員室は、城同然であった。

 もちろん、城の主は学年教務主任という高い地位についているモーリッツ自身だ。


 この学園の名目上のトップである理事長も、実質的なトップである学園長も、普段この職員室に訪れることはほとんどない。

 理事長はそもそも学園に常駐しておらず、学園長も週の半分ほどの滞在であり、第一、彼女には「学園長室」という専用の執務室が用意されているからだ。


 また、この学園にはシステム上、「教頭」という副長的な存在が置かれていない。


 『賢者』という絶対的な権威である学園長がこの学園における絶対的な統治者であることも要因の1つではあるが、彼女に次ぐ存在としての権力を3人に分散し、それぞれが違う意見をまとめてあらゆる教師の意見を吸い上げようというのが、この権力分散システムの主眼である。


 この3人の教職における権力者……それが「学年教務主任」である。


 3人の「学年教務主任」は、それぞれに後ろ盾となる利益団体が異なる。


 モーリッツは帝国政府。イトヤ=ラクシナは魔術協会。クローニ=ハーゲルは冒険者ギルドとつながりがある。


 モーリッツにとってのライバルである2人の内、イトヤ=ラクシナには研究家肌の教師が集まり、クローニ=ハーゲルには教職に専念したい教師や事務職、在野での活躍を考えている教師たちが自然と集まる。


 同じ地位にいる2人は、たしかにライバルではあるが、それでも自分が圧倒的な主流派だという自負をモーリッツは持っている。


 その証拠に、職員室にいる教師たちの半数以上はモーリッツを慕う者たちである。

 人は権力に吸い寄せられるという証左だ。


 対するイトヤ=ラクシナはものぐさな性格から、他の研究家肌の教師たちよろしく、自分が顧問をしている派閥の建物に引き篭もっていることが多く、クローニ=ハーゲルは普段は個人主義なため、職員室で何かをしているということは少ない。


 結果、職員室内にいる教師の性質は、モーリッツを慕う者たちと我関せずを貫く者たちの2種類となる。

 そして、一方はできる限り自己主張をしない者たちなので、職員室内の声はモーリッツ側のそれが必然的に大きくなる。


 その日、職員室内ではモーリッツ=ゴリオスの怒号が飛び交っていた。


「あのクソガキがぁー!儂を、儂をいったいなんだと思ってー!」


 数分前に突然現れた学生。

 普段この教務棟の、少なくとも職員室に訪れることのできる学生について、ここ10数年でつちかわれた暗黙のルールが存在する。


 1つ、貴族の子息であること。

 1つ、2文字の称号持ちであること。

 1つ、モーリッツ派の教師の息がかかった学生であること。


 そのすべてに当てはまらず、公然と無視したばかりか、なお腹立たしいことにモーリッツに対して決闘まで吹っかけてきて挑発してきた(とモーリッツは認識している)無遠慮で無知無学な学生は、目下、彼が1番の仇敵ととらえていたノーウェ=ホームその人であった。


 はっきり言ってただの逆恨みである。

 少なくとも職員室内の半分の、我関せず教師たちはそう考えていた。


 ノーウェ=ホームはただ学生の本分を全うしているだけ。


 客観的に見ればそれ以外の答えに行き着かない。実に単純明快な話だ。


 だって、学生である彼は、目当ての先生の居場所を聞きに来ただけなのだもの。


 学生が先生の居場所を聞くのに職員室より適切な場所があるか?……と我関せず教師たちは心の中で何度もツッコんだ。


 だが、彼のことを最初から蔑んだ目で見ている者にとって、とりわけ2文字の称号持ちが自然と人の上に立ち、学園を統治するという理想郷を頑なに夢想する者たちにとっては、その存在がこれまでの秩序をすべて破壊しにかかる異端な存在にしか映らない。


 ノーウェ=ホームは、学園の内外から既存の学園秩序を破壊しにきている。


 学園内においては、『色付き』をまとめて派閥を作り、派閥自体が今や絶賛注目の的になっている。


 大衆は弱き者が結束し、強き者を挫く絵を好む。新入生のできたてホヤホヤの『色付き』派閥が上級生の経験豊かな派閥を凌駕する。

 しかも、それをとある酔狂な派閥が過剰なほどの演出を施して学園内外に中継している。


 普段、最先端の魔道具を用いた情報収集に疎いモーリッツの目にも留まるほどの報道は彼の心に大いに焦りを生むこととなった。


 このままでは2文字の称号の所持者が殿上人となって学生をまとめるという現行の秩序が崩壊するかもしれない。そんな危機感がモーリッツの胸に去来した。


 だが、それ以上にモーリッツを憤慨させたのは、ほぼ同時期に舞い込んできた学園外からのニュースの方だった。


『ハイリゲンダンジョン』に棲む「地底湖の悪魔」……


 皇帝のお膝元である帝都に最も近いダンジョンで起こった大量行方不明事件。

 冒険者ギルドから政府にその一報がもたらされたとき、政府内部に決して小さくない衝撃を与えた。


 帝都周辺の魔物は辺境に比べて弱い。


『ハイリゲンダンジョン』も、素材が豊富に採れるわりに、比較的冒険者に易しいダンジョンとして有名であった。


 そんなダンジョンで事件が起これば、帝都の経済や安全保障に大きく影響する。また、それ以上に近くに本拠を構える帝国政府や皇室の威信に関わるため、早期の解決が求められた。


 かくして、「地底湖の悪魔」討伐の案件は、帝都内のあらゆる組織にお触れとして出されたのであった。軍部が出動する前にできるだけ早期に解決せよ、と。


 このお触れに対し、真っ先に功績を上げたのは魔術教会であった。


 魔術協会の上層部に君臨する『魔女』たちは、それぞれ何かを「見通す」特殊な力を持っている。


 モーリッツにとって実に忌々しいことに、「地底湖の悪魔」が「バブル斜光クラブ」であることを見通したのは、彼にとってのライバル、イトヤ=ラクシナであった。

 ライバルに先んじられ、さらに焦ったモーリッツは、帝国政府内部より魔物に関する情報を掻き集め、是が非でも自分の息のかかった人間に討伐を行わせるべく奔走した。


 幸い、ライバルとなる機関の腰は重い。


 魔術協会の『魔女』たちは、戦闘に関してはあまり積極的ではない文化があるし、冒険者ギルドは帝都近郊で活躍する人材は遠征などで不在にしており、またその多くを今回の事件で失っているから及び腰だ。


 冒険者ギルドのラッフマーという男は、モーリッツにとっては反吐が出るほどの人道主義者な面があるが、それが今回は彼にとって有利に働く。


 残るは聖教会であるが、内部情報によれば、「巡礼士団」も現在再編中のため、今回のダンジョンへの派遣は見送られる可能性が濃厚とのことであった。


 これは大きなチャンスだ……モーリッツはそう確信した。


 彼は、帝国政府に派遣している自身の教員派閥からの出向組に連絡し、政府内で派遣できる魔導師を募り、新入生であった頃より目を掛けていた学生ランク1位のイクス=トストを討伐隊のリーダーとするように各方面に根回しをしながら派遣の準備を進めた。


 イクス=トストは、皇太子殿下の覚えめでたい天才魔導師である。


 背後に皇室があるかぎり、政府から派遣された魔導師たちもイクスの下に付かざるを得ないし、何だったら、自分が取り持って皇太子殿下より一言お言葉を賜ってもいい。


 何より、イクスの実力は帝国全土を見回しても10指に入るとモーリッツは確信しているし、今回の討伐対象である「バブル斜光クラブ」にとって、彼の称号『迅雷』は天敵のような存在だ。


 すべての準備が整い、あとは使いの者を送って呼び出したイクス=トストが自分の元に挨拶にやって来るだけという準備を進めた所で、モーリッツのもとに、思いもよらぬ、衝撃的なニュースが飛び込んできた。


「『聖女』アルテによる『特別依頼』を受けたBランク冒険者ノーウェ=ホームによって『バブル斜光クラブ』は討伐された」


 憤懣ふんまんやる方ないとはこのことであっただろう……


 モーリッツの数日間の必死の奔走と根回しはすべて泡となって消えることとなり、その面目は大いに潰れた。


 しかも、その脂ぎった顔を潰したのは、よりにもよって聖教会の重鎮であり皇帝陛下の覚えめでたい『光の聖女』アルテより依頼を受けた冒険者。さらに、悪いことにその冒険者はモーリッツが目の敵にしている入学式をすっぽかした新入生の『色付き』ノーウェ=ホームだったのである。


「しかし、考えようによってはかの聖女様とつながりをもつ良い機会では?」


 声を荒げたモーリッツに対して、しばしの静寂で応対した一派の教師の中からそんな意見が漏れ聞こえた。


「た、たしかに。分断工作という考えもありますし」


 同調する意見も出て、沸騰していたモーリッツの頭も少しずつ冷えてきた。


 ……一理……あるか?


 『光の聖女』アルテは傑物……教会内では専らの評判だ。


 強力な結界魔法と聖魔法を駆使して、帝国内に現れた多くの災厄を葬り去ってきたその実力もさることながら、教会組織内部で発揮してきた辣腕ぶりがまた恐ろしい。


 彼女は功利主義者として評判だ。


 従来の教会勢力はその宗教的権威を用いて各方面に寄付を募り、それゆえに多くの軋轢あつれきを生む厄介な存在として政府からも煙たがれることも歴史上多々あった。


 政府には『称号』の鑑定を増やす名目で寄付を求め、商会や魔道具協会には結界の魔道具の元となる魔法の使用料を要求し、冒険者ギルドや治療院には聖魔法や回復魔法の人材派遣料を請求するといった具合に。


 だが、そんな「他力本願」で強欲な教会組織の中に功利主義者のアルテがやってきたことで、組織は却って健全なものに変わっていった。毒を以て毒を制したのである。


『光の聖女』アルテの政策は実にシンプル。


 強力な魔物や街の厄介事に悩まされる地域に「巡礼士」を派遣し、聖魔法と騎士団の武力で治めた地域の住民を熱心な信者にしてお布施を募る。熱心な信者には労働の素晴らしさを説いて街の生産性を高め、街を豊かにすることで教会もさらに資金を獲得する。


 この為政者や商会の経営者にも通ずる考え方は、領民の心を掴むことに日々腐心する帝国内中枢の権力者から大いに受け入れられ、改革の旗手として腕を振るう『聖女』を皇帝陛下も一目置いた。


 もちろん、敵は内外に多い。

 これまでの教会のやり方で甘い汁をすすっていた者やそのおこぼれに預かっていた者は当然反発する。だが、反発する勢力に一度、情け容赦ない一撃を与えたことで、今の彼女を追い落とそうとする声は消えてしまった。少なくとも表面上は。

 

 自身の権威と、内外の強力な後ろ盾の権威が相まって、帝国内における「帝都大聖堂の『光の聖女』アルテ」の権力は絶大なものがある。


 政策それ自体はどこか虫が好かないが、手を組んでおくのも一興か……

 教師たちのやり取りを聞きながらモーリッツはそんな考えを巡らせていた。


 しかし、である。


「それは難儀なことですぞ」


 その意見に異を唱える者がいた。

 モーリッツの腹心にして、彼を補佐する立場にいながら、決して油断のならない男、トリュゲル=ミネスタである。


「なぜですか?副主任」


 その男は副主任という地位についている。この職務は学園長や主任の意向で任意に設置できるポストであるが、モーリッツは、コンチェ商会、オペラ商会を筆頭に各商会とのつながりが太いこの男を自分の補佐役に置いている。


 モーリッツが政界、トリュゲルが財界にパイプを持つことで、政財界双方に顔が利く一派として彼らが主流派たり得ているので、このトリュゲルという男は、安易にその意見を無下にできるような存在ではなかった。


「かの聖女様は自分の意向にそぐわない人間に対してかなり冷徹な面を持っていると評判です。またひどく気分屋だとも……ノーウェ=ホームとのつながりはわかりませんが、下手に間に入って彼女の機嫌を損ね、聖国へ戻られでもしたら、この学園だけでなく大きな国際問題になりますよ」


『光の聖女』アルテはなぜか帝国に居座っている。

 多くの人は、その理由として皇帝の庇護があるからだと思うかもしれないが、実際の順序は逆である。

「聖国」より巡礼で赴いた『聖女』は本来であれば、各地へ数回巡礼をしたのちに「聖国」に戻るのが通例だ。


 だが、彼女は居座っている。

 これを自国の利ととった皇帝が庇護したという見方がより正当だ。


 それはわかる……わかるが……


「トリュゲル、お前どの口がそう言っているんだ?あのガキから『光の聖女』アルテの話を振られたのは他ならぬお前だろうがっ!?」


 再び沸騰したモーリッツの口から副主任に向けた非難の言葉が飛び出した。

 おそらく周囲にいた面々も、モーリッツの言に同意しただろう。

 なぜなら、あのノーウェ=ホームを下手に挑発して、藪から蛇を出したのは間違いなくトリュゲル=ミネスタだったのだから。


「お言葉ですが、そもそも彼を挑発したのは主任です。かの者が部屋に入ったときに対応したのは主任なのですから。あの男はクローニの居場所を知りたかっただけなのだから素直に教えてあげればよかったのですよ」


 トリュゲルも負けてはいない。正論に正論で反論して言い返した。

 おそらく周囲にいた面々は、この言葉にも賛意を示したであろう。


「お前……それを言ったら、あのガキはお前に直接クローニの居場所を聞いていたじゃないかっ!?責任はどう考えてもお前の方にあるだろっ!?」


 正論に次ぐ正論の応酬ではあったが、周囲の者はげんなりした。


 この日の職員室でのモーリッツ一派の会議は噴飯ものの議論に終始し、紛糾した……


 ……たった2人の異端者の起こした波紋によって……

ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。


さーて問題です。モーリッツ先生の称号は何でしょーうか?

正解は……4話後くらいです。笑


次回、【紫雲】の中枢の3人と珍しい取り合わせの3人……


ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!


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