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黒の主  作者: 沙々音 凛
第三章:冒険者の章一
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15・利用する者される者

「まったく、見事な手腕だったよセイネリア」


 会いたくはないが会わなくてはならない事はわかっていたため、おとなしく屋敷へと連れてこられたセイネリアがボーセリング卿が待つ部屋に入れば、彼はそう言って張り付かせたような上機嫌の笑みでセイネリアを迎えた。その顔の不快さに思わず眉を寄せてしまいながら、セイネリアは用意されていた客用の椅子にどかりと乱暴に座った。


「あんたに褒められる程たいした事はしていないぞ」

「とぼけなくていい、グローディ卿を使ってシェリザ卿を追い落とすなんてうまいやり方だと思うがね」


 やたらと機嫌の良さそうな腹黒親父の笑みは反吐が出る程不快で、だからその理由の一つである事をセイネリアは聞いてみることにした。


「あんたはこの件、多少は怒るかと思ったんだがな。いくら既に半分手を切っていたとはいえ、一応協力者という事になっているシェリザ卿を完全に使えなくしたんだからな」

「いいや、逆に感謝をしたいくらいだよ」


 その答えは予想していても、やはり言われれば胸糞が悪い。


 ボーセリング卿がセイネリアと手を組むことにした後、契約破棄を迫った事でシェリザ卿は怒って確かにボーセリング卿に抗議はした。ただシェリザ卿がボーセリング卿に強く出られる訳などなく、更に軽んじられる事を分かりながらも彼は協力者という従属状態を続けるしかなかった。それでズタズタにプライドを傷つけられたシェリザ卿はその矛先をセイネリアに向けた……というところだが、一応はまだシェリザ卿はボーセリング卿の庇護下にあった筈だった。


「あの親父は既に何の役にも立たなかったから、か」

「その通りさ、むしろ完全に手を切る理由を作ってくれた事に感謝したいくらいだよ」


 自分との交渉の時は、さもシェリザ卿との繋がりが大切そうな事をいっておいてよく言う、とセイネリアは唾を吐き棄てたい気分になる。


「そもそもあんたは、本当は最初からシェリザ卿が俺を殺す為に人を雇った事から知っていたんじゃないか?」


 手駒だけは揃っているボーセリング卿が、あの間抜け親父のやる事に気付けなかったなんて事はない筈だった。いや、もし万が一、シェリザ卿がセイネリアを殺そうと人を雇ったことまでは知らなかったとしても、グローディ卿との勝負やそれに続く勝負の事をボーセリング卿が気づかなかったなんてのはあり得ない。

 つまり、このタヌキ親父はセイネリアを利用してシェリザ卿を切ったのだ。自分から理由もなく切ると建前上問題があるから、切るだけの理由をこちらに作らせたという訳だ。


「まぁね、だが君ならその程度どうにかする、いやそれどころか利用してもっとおもしろい展開にしてくれると確信していたからね。結果として君は期待以上の仕事をしてみせた、全く、君を選んでいて良かったと自分の先見の明を褒めたくなったよ」


 流石にそこまで言われればムカつきすぎて、黙って聞いていられずセイネリアは片足を蹴り上げる勢いで持ち上げるともう片方の足の上にのせて組んだ。


「俺が本当に使える人間か試した、と取っていいのか?」


 明らかに不機嫌を露わにして、けれど口元だけに笑みを作ってボーセリング卿を睨めば、人殺しの指示が仕事の男でさえも一度その滑り過ぎる口を止めた。


「……そう取られても仕方ないかもしれないが、君の能力を信頼していた、と取ってくれないかな」


 それでもやはり笑って返した男に、セイネリアは眉を寄せながらも睨み返す。ぬけぬけと、とは思ったがこの辺りが引き際だとは分かっている為、顔から表情を消して立ち上がった。


「なら今回はそういう事だと思っておく。ただ、あまり試すような事をされたら、俺も裏切られたと勘違いして偵察にきたあんたの手の者に何かするかもしれないからな、まぁ今後はそちらが分っている事はちゃんとこちらにも教えて貰えると助かる、無駄な諍いなどせずあんたとはいい関係でいたいからな」

「あぁ、確かにそうだね、次はそうするよ」


 まったく貴族共というのはどこからどこまでも気分の悪い連中だと思って――自分も大概変わらないかとセイネリアは薄く唇に自嘲を乗せた。



まだ主人公は戦闘能力があっても組織的な力がない状態なので、ボーセリング卿との関係はこんなところになります。勿論このままの力関係では済ましませんが。

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