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黒の主  作者: 沙々音 凛
第二章:首都と出会いの章
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3・それは有り難い

「セイネリア、あれは不味まずい」


 試合後、現在の主であるシェリザ卿が言ってきた言葉に、セイネリアはうんざりとした顔で返した。


「何が不味い、そちらの要望は『途中でやられそうになれ』だったろ。ちゃんと見せ場は作ってやったぞ俺は」

「それはいい、そこまではいい。だが勝ち方が良くないだろ。相手が一人になったなら、さっさと殴り倒せばよかったろ」

「相手が馬鹿過ぎて殴る気にもならなかった」

「なんだそれは、いいか、最近試合を行うにも対戦者を探すのが一苦労なんだぞ、あんな戦い方をすれば余計誰も戦いたがらんだろ」

「そこまで文句があるならもっと細かく指示を出してくれ。いっそ試合運びのシナリオを最初から最後まで作って渡してくれてもいい」


 そこまで告げると、セイネリアはさっさとシェリザ卿の前から去って行こうとする。


「おい、何処へいくセイネリアっ」

「少し遊んでくるだけだ。今日の仕事は終わったろ?」

「セイネリアっ」

「契約分の仕事はした、問題はない筈だ」


 尚も何かを行ってくるシェリザ卿の声は無視して、セイネリアはその部屋から立ち去った。






 薄暗い部屋は、わざとランプの明るさを落としてある。ベッドしかない狭い空間に、安物から高い絹やレースまでが入り交じって壁を飾りたてている部屋は、気分的には貴族共の天蓋つきのベッドのような演出だと、前に部屋の主の女が言っていた。

 鼻につく甘い匂いは娼婦達のよく使う安い香水の匂い。それが人の体臭と相まって、娼館独特の妖しい匂いを作る。

 あまり嬉しくない事だが、この匂いに落ち着く自分がいる事をセイネリアは自覚していた。


「まァ、黒い噂を聞きたいだけならいろいろあるけど、別にその程度はどこの貴族様もやってる事ばかりだからねェ」


 乱れた黒髪を結いながら、女は呟きのような小声でいう。その目は鏡をみたままで、セイネリアを見ようとはしない。


「特に使えそうな話はないか」

「そうねェ……」

「別にそれ自体が使える話じゃなくてもいい。あんたの直感で何かひっかかった事でもいいんだ」


 セイネリアのその言いように、女はくすりと笑って彼を振り向いた。


「直感だなんて、そんなモノをアテにするタイプじゃないと思ってたわァ」


 セイネリアもまた、女に向かって笑ってみせる。


「なぁに、女の直感というのはなかなか侮れない」


 くすくすと、女はセイネリアの顔を見て笑いながら立ち上がると、レースの長い下着を貴婦人の挨拶のように両手で摘んで持ち上げ、ひらりとその場で一度ターンをして見せた。


「そういえば馬番の男が、このところ夜中に犬がよく鳴いてうるさくてよく起こされるっていってたかしら」


 ほう、とセイネリアが顎をさすれば、女は一人で踊るような動作を止めてセイネリアの顔を覗きこむ。


「使えそう?」

「調べてみるのもおもしろいな」

「そう、良かった」


 言いながら女はベッドに腰掛ける。

 それとは逆に、セイネリアはベッドから起き上がり、上着を手にとった。


「あァ、そうだわ」


 思い出したように女が言えば、セイネリアは立ち上がったまま女を振り返る。


「貴方がいろいろ調べているのを、あの馬鹿貴族もようやく気づいたわよ。せいぜいお気をつけなさいな」


 にっこりと妖艶ともいえる笑みを浮かべて、女はセイネリアの顔を見る。

 セイネリアも女にやはり笑みを返す。


「確かに、ようやくだな。やっとこの窮屈な生活も終わるかな」

「そうねェ、路地裏で冷たくなってるって終わりにはならないように祈っておいてあげるわ」

「それは有り難い」


 セイネリアは衣服を身につけ、まだくすくすと笑っている女に背を向ける。それで話は終いの筈だったのだが、女がベッドの上で寝返りをうったのを背で感じた後、いつもならそのまま寝てしまう筈の女の声が返ってくる。


「それともう一つね、婆様がそろそろ顔出せって事よ」


 部屋を出ようとしていたセイネリアは、女を再び振り返った。

 女もそれを分かったのか、ベッドの上で背を向けていた体勢から顔だけをこちらに向けた。


「嫌ねェ、私が誘った時より嬉しそうな顔しちゃって」


 芝居掛かったように拗ねてみせる女には、セイネリアも笑みを返してやる。


「それは悪かった。だが俺が知る限り、この街じゃあんたが一番イイ女だよ」


 女は鮮やかに、商売掛かった妖艶な笑みでそれに返した。


「それはありがと。そうねェ、あんたは私が知る限り一番イイ男になれる素質はあるわよ」

「素質か、まぁ、今はまだそんなところだろうな」

「ふふ、『一番イイ男』って言わせるには、後5年は必要かしらねェ。……それまであんたが生きてればだけど」

「あと5年か、生きていれば、その前に言わせる自信はあるな」

「出来れば私がおばあちゃんになる前になって頂戴」

「一応、了解しておく」


 女はころころと、いつでも男をひきつけてきたろう仕草で笑ってみせると、セイネリアに手を振って今度こそ背を向けて寝ころがった。

 セイネリアも、もうこちらを見ていないだろう女に手を振って、その部屋を出ていくことにした。



お盆休みなので今週は割合更新できる予定。

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