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お飾りの妻が愛する夫のために全力を尽くした結果  作者: すずしろ たえ


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ジュディ視点2

 薪はなんとかなったとしても、食料がなければ飢えて死ぬ。塩漬けの肉や乾燥野菜などの備蓄もあるが、それとて限りある物。いつかは尽きてしまう。

 その前になんとしてでも入手しなければならないのに……。


 家令では埒があかないと判断した父が、直々に各家を訪ねるも、結果は全て同じだった。


「申し訳ございませんが、これから税は貨幣のみで支払わせてください……」


 いつもは気さくに接してくれる領民たちが、今後は貨幣のみで納税したいと深々と頭を下げたという。心苦しそうに謝罪しつつ、それでも食料を提供しようとしない領民に、領主である父も諦めるしかなかったのである。


「何が起こったのか、調査せねばなるまい」


 父はすぐさま人を使って情報を集めた。真相が明らかになるには時間がかかるだろう……そう思っていたのに、それは案外あっさりと判明する。

 全てはやはり、あのザカリーの仕業だった。


 西部では名の知れた商店を経営し、しかも商人ギルド主要メンバーの一人であるザカリーは、その権力を悪用して我が家に圧力をかけていたのだ。

 そもそも西部は交易で栄えた地域である。そのためほかの土地に比べて、商人ギルドの力が強い。数十年前からはギルドメンバーが市参事会に名を連ねるようになり、政治的な発言力と権力を持つようになった。

 ザカリーはそんな商人ギルドの一員である。

 弱小貴族である我が家に圧力をかけるなど、容易いことだったようだ。


 ザカリーはまず、近隣の商店や市場を取り仕切る者に、我が領の品物は買い取らないよう脅しをかけた。そして「買い取って欲しくば領主に品を納めないよう、領民に通達しろ」と命じたのだ。


 あまりの申し出に、どの店もザカリーの申し出を最初は断ったらしい。しかし「もしも断れば、西部で二度と商売ができないようにしてやる」とまで言われて、結局はザカリーの言うなりになるしかなかったというのが、事の真相だ。


 父は仕方なく、メイドに別の町まで買い出しに行くよう指示をしたのだが、そこでも品は買えなかった。あの男は抜かりなく、この付近一帯に手を回していたのだ。

 日に日に少なくなっていく食料と薪を前に、進退窮まるとはこういうことなのだろうかと、疲れた頭でぼんやりと考える日が続く。


 母が、いっそご本家にこの窮状を訴えてみてはどうかと、提案した。

 このような事態が発覚すればきっと、ご本家は我が領を救ってくれることだろう。

 しかしそれをすれば、たかが庶民にいいように踊らされた無能者と判断されて、この地を追われる恐れがある。

 そうなれば、領地経営以外に手に職を持たない私たちは、すぐに食い詰めてしまうことだろう。

 一体どうすれば……。

 家族全員の危機感が頂点に達した頃。


 再びあのザカリーが屋敷を訪れた。


「やあやあ、皆さま。ご機嫌麗しゅう。お元気そうで何よりですな」


 何を白々しいことを……と、奥歯を噛みしめてギロリと睨み付けると、ザカリーは「おぉ怖い、怖い」などとおどけたように言いながら、クツクツと嗤った。


「なんの用かね」


 怒りを抑え、それでも貴族然とした態度で問う父に、ザカリーは再び私を息子の嫁にくれと言い放った。


「その話は断ったはずだが」


「悪い話ではないと思うんですがね。聞き及んだところによりますと、食料や燃料に随分とお困りと言うではありませんか」


 一体誰のせいで……!

 いけしゃあしゃあと述べられる言葉に、腸が煮えくり返る。

 許されることなら罵倒を浴びせて、今すぐにでも家から叩き出したいくらいだった。


「もしよろしければ、私どもで生活の援助をさせていただきますが」


「いいや、結構だ。人から施しを受けるほど、生活に困ってはいない」


「ほぉ……?」


 気丈な態度で断る父の姿に、ザカリーはスッと目を細めた。


「やせ我慢はおよしになったほうがいい。子爵さまや奥方さまはまだしも、まだお小さいお嬢さま方に、食うや食わずの生活はさぞお辛いことでしょう。私なら日々の食事だけでなく、甘い菓子や異国の珍しい果物もご馳走できるし、王都で流行りのドレスやアクセサリーを贈ることもできる」


 お菓子……ドレス……と、二人の妹が囁くように呟いた。その声を聞き逃さなかったザカリーはさらに


「ドレスがあれば舞踏会に出席して、雅びやかなご令息方とダンスを踊ることだってできましょう。けれど今のままでは、それも難しい。お姉さまが我が家に嫁がない限りはね」


 と(ほの)めかしたのだ。


 舞踏会や白馬の王子さまに憧れを持つ幼い妹たちは、ザカリーの言葉にすっかり夢見心地の表情を浮かべている。そんな甘言が、この男の罠であることなど気付きもせずに。

 けれど父はさすがだった。


「そのようなこと、他人に口を挟まれる筋合いはない」


 とピシャリと()ねつけると、家令に向かって「お客さまはお帰りだ」と声をかけた。これ以上話を聞く気はないと、言下に伝えたのだ。

 ザカリーは大仰にため息を吐くと「仕方ありませんな」と言って帰り支度を始めた。

  

「あっ、そうそう」


 男は扉の前でクルリと振り向くと、まるで独り言でも呟くかのような気軽さで口を開いた。


「ご領地に住まう民は、無事に今年の冬を越せるといいですな」


「何をする気だ!」


 ザカリーの言葉に、父がついに声を荒げた。

 この男はまさか、我が家と同じことを領民にまで強いろうとしているのだろうか。恐ろしい想像に、背筋がブルリと震える。


「人聞きの悪いことをおっしゃらないでいただきたい。ただね、商人仲間の噂をチラッと小耳に挟んだのですよ。今後はこちらの領とは売買取引を停止しようかなんて話をね」


 そう言って、ニタリと嗤うザカリー。

 曰く、我が領は貧しい者が多いため販売利益が上がらないし、肉や野菜の品質も他領に比べて落ちるらしい。

 旨みがない取り引きなどしても意味がないと、男は断言した。


 つまりそれは、経済制裁を行うと言うことに他ならないというわけで……。


「すでに売買停止に踏み切った商家もあると聞きましたなあ」


 心当たりは充分にあった。

 現に我が家では、薪や食料が一切購入できなくなっているのだから。


「しかしそんなことをされたら、民の生活が成り立たなくなってしまう!」


「ええ、ええ、酷い話ですな。けどね、私たちは商人なんです。二流品を引き取って店頭に並べても売れやしないし、逆に店の信用が落ちるという事態になり兼ねない。だから取引停止するという商家を思い留まらせるのは、無理な話なんですよ」


「そんな……」


 父はその場に立ち尽くしたまま、呆然と呟く。そして私たちもまた、衝撃のあまり一言も発することすらできずにいた。


「しばらくは苦難が続くかと思いますが、皆さまのご無事をお祈りしております。ああ、それからもしも本当にお困りの場合は、ぜひともご連絡ください」


 私のほかに、皆さまのお役に立てる人間はおりませんから……ザカリーはそう言い残して、今度こそ本当に去って行った。


 室内に、重苦しい沈黙が落ちる。


「とにかく現状を把握して、あやつの言葉が真実かどうか確かめないと。もしも本当だとしたら、すぐさま打開策を講じなければ、領民の生活が……」


 しかし、時すでに遅し。

 我が領の作物や肉と知っただけで、どの店も取引を拒否した。市場に品物を卸すこともできない。ウォルターが行商を請け負ってくれたのでお願いしたけれど、それもやはり売れることはなかった。


 そのうち民からは、税が払えないから今年は免除してもらえないかと、嘆願書が届くようになった。品物が売れなければ、税が払えないのも道理。

 そして税の徴収が滞れば国への支払いもできなくなり、領主としての資質を問われかねない。


 もう本当に、手詰まりだった。

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