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お飾りの妻が愛する夫のために全力を尽くした結果  作者: すずしろ たえ


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ジュディ視点13

「お忙しいところ、お時間を取らせてしまって本当にすみませんでした」


「いやいや、こちらこそ申し訳ない。奥さんの持ってきたデザインは面白いし、こうも忙しくなかったら、是非やらせてもらいたいところなんですがね」


「仕方ありませんわ。あの白粉は大人気商品なんですもの」


「それもそうなんですけどね。もう少し人手が足りていればねぇ。ベテランの職人が一気に辞めちまったせいで、残った人間は今ある仕事をこなすのに精いっぱいでして」


「一気に? なぜそんなことに……」


「何しろここんとこ、碌な休みもなく働き通しでしょう? 体を壊す者が続出してるってのに、仕事量は増える一方だ」


 聞けば彼らは完全歩合制で仕事をしているため、商品が売れれば売れた分だけ給金が跳ね上がる。だから売り上げが好調なときは高給が見込めるのだが、とにかく仕事量が多すぎて朝から晩まで働き詰め。ゴドウィンなどはもう、四月(よつき)も休まず仕事をしているらしい。

 食事を摂る暇もなく、睡眠時間は格段に減った。そのため些細なミスが増え、作業効率も格段に落ちたうえ、商品の出来映えにも影響を及ぼし始めたのだが、月産ノルマに少しでも達しない場合は、給金を減額されてしまうのだ。

 それが嫌になって辞めていく職人が急増。ザカリーは新しい職人を雇い入れたのだが、見習いの域を少し超えたくらいの者たちばかりのため、全く戦力にならないのだという。


「正直もう限界を感じてるんですけどね、俺がいなくなったら下の連中がますます辛い思いをしちまうだろうから、辞めるに辞められんのですよ」


 ゴドゥインは顔を歪めて盛大なため息をついた。

 自分のことよりも部下のことを気遣っているあたり、相当に義理人情に厚い男のようだ。


「それに会頭は、この辺りを取り仕切る商人ギルドの中心メンバーだ。ここを辞めたらもう二度と仕事が回って来なくなりますからね」


「まぁ……では今まで辞めた職人たちは、今どうしているんですか?」


「この土地じゃ食っていけないからって、みんな余所に移り住んでいきましたよ」


 ゴドゥインが書いてくれたメモにあったのは、全てこの工房を辞めた人ばかり。今は西部を離れ、南部で暮らしているらしい。

 南部……それはケイティの夫が営む宿屋がある地域。ウォルターが今現在住んでいる場所だ。

 メモを渡されたはいいけれど、南部はあまりに遠すぎて気軽に行けるような場所ではない。移動に伴い、どこかの町で宿泊する必要がある。

 けれどザカリーは決してそれを許しはしないだろう。そんなことをしている暇があったら、もっと店の仕事に没頭しろなどと命じそうだ。

 ヘレンだって「跡取りを作ることが最優先でしょう」なんて、ヒステリックに捲し立てるのは目に見えている。


 ここはウォルターの力を借りたほうがよさそうだ。

 それに今の私はキャンプス家の一員。私が直に交渉しても、家名に嫌悪感を抱かれて断られる可能性だって高い。何しろ南部へ行った職人たちは、キャンプス商会に嫌気がさして辞めていったのだから。


 今晩中に事情を説明した手紙を書くことを決めて、私は工房を後にした。



**********



 二日後、私は再びリッジウェイ伯爵邸を訪れていた。

 工房に行った翌日に、夫人に宛てて進捗状況を記した手紙を送っていたのだ。

 今の段階では作れる職人がいないこと、そのため南部にいる職人を頼ろうかと思っていることなど、全て正直に書いた。

 するとすぐさま夫人から返信があり、そこには私一人で訪問するようにと書かれてあったため、指示に従ったというわけだ。


「よく来てくれたわ。あなたと二人きりでお話しできること、楽しみにしていたのよ」


 相変わらず艶やかなドレスに身を包んだ夫人は、ドレスに負けないくらい華やかな笑みを浮かべて歓迎してくれた。


「すぐに手配することが叶わず、申し訳ございません」


「この世のどこにもない、新しい品を一から作るのですもの。時間がかかっても仕方ないことは、ちゃんと理解していてよ。それにしてもキャンプス商会は、聞きしに勝る酷さね」


 なんとキャンプス商会のことは、貴族の間でも話題に上がっていたようだ。

 もちろん良い噂ではない。悪評だ。


「よっぽど自分の店の商品に自信があるのかしら。こちらの要望はほぼ聞かず、勧めてくる商品が客に似合っているかどうかは二の次で、とにかく流行りの高額な品ばかりをごり押ししてくるでしょう? 呆れて物が言えないわ」


「義父が大変失礼致しました……」


「あの男だけじゃないわ。跡取り息子も駄目ね。だから本当は前回を最後に、キャンプス商会は出入り禁止にしようと思っていたの」


 けれど気が変わったのは、あなたが来たからよ……夫人はそう言って、悪戯っこのような笑みを浮かべた。


「私……ですか?」


「一度しか会っていないから詳しい人となりは知らないけれど、あなたの夫は随分と軽率な性格ではなくて? 先のことは何も考えていない、その場さえ乗り切れればいいと思っているような気がするのだけれど」


 そのとおりではあるのだが、妻である立場の私が素直に頷くのもおかしいと思い、ただ苦笑するのみに留めた。


「それから見栄えと世間体を気にするタイプでもあるわね。だからあの人が結婚相手に選ぶとしたらきっと、美しさが自慢の、華やかでパッと目を引く外見の女性だとばかり思っていたのだけれど」


「私たちは政略的な結婚ですから、彼の好みから外れてしまって申し訳なく思っているのです」


「あぁ、違うわ。あなたを軽んじたわけではないの」


 いい方が悪かったわね……と夫人は私に対して頭を下げた。

 上級貴族の奥方が、下級貴族の出身で、しかも現在はただの平民でしかない私に向かって謝罪したことに、驚きを隠せない。


「外見は美しくあるけれど、中身は自分と同じく軽率な性格か、もしくは他者の上に立ちたがる……悪い言い方をすれば、傲慢な性格の女性を妻にしそうだとばかり思っていたの。あの人はきっと強い女性に抑圧されたり束縛されたり、振り回されるのを好むタイプだと、わたくしは睨んでいるのよ」


 抑圧や束縛に関してはよくわからないけれど、傲慢に関しては全くもってそのとおり。

 レナードの恋人は、それはそれは美しい女性らしい。そしてアビーからは、酷く傲慢な性格だとも聞いている。

 そういえば義母は束縛したがる人間ではないだろうか。仕事に行かなくてはならない息子に我が儘を言って、買い物に付き合わせるような性格だったことを、ふと思い出す。あのときのレナードは一応文句を言いながら、まんざらでもない顔をしていた。

 夫人の言うとおり、レナードはそういった女性に振り回されるのが好きなのかもしれない。

 だとしたら、夫人の推察力があまりに鋭すぎるだろう。

 この観察眼があったからこそ、帰国して間もないというにも関わらず、社交界で一目置かれるようになったのかもしれない。


「けれどあなたは清楚で控えめ。理知的で強い意思の漲る澄んだ眼差し。あの人がこんな女性を妻にするなんてと、意外すぎて驚いたものよ。しかもあなたには、わたくしの欲しいものを一目で見抜いた能力まであるでしょう? キャンプス商会には過ぎた人材だわ」


「お褒めにあずかり、光栄でございます。奥方さまのご期待に添える品を作れるよう、精いっぱい務めさせていただきます」


 とはいえ今はまだ、商品を作ってくれる職人が見つからないのだ。

 まずは職人が見つかったら、再度連絡をすると言って、夫人に(いとま)を告げた。

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