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お飾りの妻が愛する夫のために全力を尽くした結果  作者: すずしろ たえ


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ジュディ視点10

「ジュディ、約束は覚えているだろうな」


 リッジウェイ伯爵家に向かう途中の馬車で、ザカリーは意地悪い顔で私を挑発した。もちろん忘れるわけがない。アビーの給金がかかっているのだから。


「お役に立てるよう、頑張りますわ」


「威勢だけは一人前か。だが今日俺が持ってきた商品は、キャンプス商会(うち)で選りすぐりの物ばかり。どれだけ頑張ったところで結果は見えているがな」


 商品が詰まっているであろう鞄をパンと叩いて、ザカリーは哄笑した。

 一方私の鞄に入っているのは、数冊の商品目録のみ。現物の持ち出しも可能とは言われたけれど、ザカリーの言葉を聞く限りでは、持って行った物が(ことごと)くお気に召さないことも多分に考えられる。

 ならばいっそ、キャンプス商会で取り扱っている全商品が掲載された目録を持って行ったほうがよいのではなかろうかと考えたのだ。


 とはいえ、ここに描かれているのはただの絵。現物よりも見劣りするのは間違いない。最悪見てももらえず終わる可能性は高いだろう。

 そう思ったのは私だけではなかったようで、ザカリーはクツクツと嗤いながら


「そんな物で、どこまで俺に対抗できるか。見物(みもの)だな」


 と、勝ち誇ったように言う。まるで私の失敗を望んでいるような態度が、先日のレナードの笑みを彷彿とさせて、苛立ちが沸き上がる。

 ザカリーは、きっとどの従業員に対しても、こうした態度なのだろう。精神を病んでしまう者が続出するのも頷ける。

 絶対に失敗するものか。

 もう二度と、この男に屈したくはない。


 シャツの下に忍ばせた、ウォルターからの結婚指輪にソッと触れた。

 おおっぴらに付けるわけにはいかないこの指輪は、やはりウォルターから以前送られた細いチェーンネックレスに通して、いつも身に付けている。

 細身で小さな石が一つついただけの指輪は、上からシャツを着てしまえば着けていることすら気付かれない。

 これは私の、お守り代わり。


――ウォルター……どうか私に力を。


 馬車は車輪の音を響かせながら、リッジウェイ伯爵邸の門をくぐったのだった。



 初めて訪れる伯爵邸は、贅をこらしたお屋敷だった。

 広さは実家の倍……いや、三倍以上はあるだろうか。エントランスホールだけで商会の事務所がスッポリ入るくらいの広さがある。


 床と壁ばかりか柱に至るまで大理石がふんだんに使われており、頭上に輝く巨大なシャンデリアがそれらを煌煌と照らしていた。

 壁のあちこちに飾られた彫刻や絵画はどれも、我が国で古くから愛されているデザインの物ばかり。特に階段を上がった先にある巨大な額に納められた絵は、我が国随一の巨匠の筆によるものだ。

 豪華絢爛を絵に描いたようなリッジウェイ伯爵邸に、私はしばし言葉を失うほど圧倒されてしまった。


 応接室で待たされること数十分。

 ようやくこの家の女主人、リッジウェイ伯爵夫人がお出ましになった。

 年の頃は三十代半ばといったところだろうか。

 社交界で今大流行中の、植物をモチーフにした幾何学模様があしらわれた異国風の鮮やかなドレスに身を包んでいるが、その彩りとは対照的に、顔には気難しそうな表情が浮かんでいる。せっかくの素晴らしいドレスが台無しだ、と思わずにいられないほど苦々しい顔は、ザカリーを見た瞬間さらに険しいものとなった。

 どうやらザカリーは、夫人に相当嫌われているようだ。


「何度も来てもらって申し訳ないのだけれど、あなたのお店で扱っている品物は、わたくしの好みから全く外れているのよね」


 前回来た男性にもそう言ったはずだけれど……そう言って夫人は、細い眉をクッと歪めた。不機嫌をまるで隠さない彼女を見て、これは一筋縄ではいかないと、気を引き締める。


「先日は愚息が大変失礼致しました。代わりと言ってはなんですが、今日は私が直接品をお持ち致しましたので、ぜひともご覧いただきたく……全て今王都で大流行中の、素晴らしい品々ばかりです」


「ふぅん……あまり期待しないでおくわ。ところで」


 リッジウェイ伯爵夫人の目が、私を捕らえる。


「その方はどなた? 初めて見る顔ね。新しい従業員でも雇ったの?」


「これは(せがれ)の嫁でして」


「まぁ、あの方ご結婚されたの!」


「おかげさまを持ちまして、ようやく身を固めてくれて、親としては一安心ですよ」


「ジュディと申します。お目もじ叶い、光栄にございます」


 ふぅんと言いながら、夫人は私をチロリと一瞥した。

 好奇に溢れた視線が注がれるが、不思議と嫌な気持ちにはならなかったのは、その瞳の奥に好意の色が滲んでいるように見えたから。

 まだ会話を交わす前からこんな目を向ける覚えはなく、内心で首を傾げた。


「ふぅん、この方と結婚ねぇ……ふふっ、わたくし、あの方を見直してよ」


「それはありがとうございます」


 夫人の言葉の意味を図りかねる様子のザカリーだったが、それでも一応は礼を言い、持参した鞄を開け始めた。

 中から取りだしたのは、色とりどりの宝石。どれも存在感のある大ぶりの石が光り輝いていて、一目(ひとめ)で高価な品と見て取れる逸品ばかりだ。


「本日は奥方さまの装いにピッタリの、優れ物ばかりをご用意いたしました」


「……そう。わたくしが以前言ったことを、ちゃんと覚えてらしたのね」


 どうやら以前、この屋敷に訪れたザカリーは夫人から「考えなしが」と、こてんぱんにやり込められたらしい。


「だってわたくしの持っているドレスに、合わない品ばかり持ってくるのですもの。文句の一つも言いたくなるものでしょう?」


「はは……その節は、大変失礼致しました」


 ザカリーが謝罪するという珍しい光景を目の当たりにして、内心唖然とした。

 あの横柄で暴力的なザカリーが、身分は高いとはいえ自分より随分年下の女性に対してこの態度。

 普段であれば絶対にしないであろう行動は全て、夫人の立場ゆえのもの。

 彼女を陥落させれば、風向きが変わるのだ。キャンプス商会が他の追随を許さないほど大きく飛躍するために、夫人には是が非でも商品を買ってもらわねばならない。

 一見しただけで一流品とわかる豪華なアクセサリーに、ザカリーの絶対に売ってやるという決意を垣間見た気がした。


「いかがでしょう。今回の品は、奥方さまがお住まいだった国より取り寄せた逸品にございます」


 自信たっぷりに述べるザカリー。

 しかし夫人は「今回も結構よ」と言って、扇で顔を隠した。


「なっ……」


 夫人の態度に、ザカリーは絶句した。

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