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48 長い夜5

 父親に作ってもらった防壁の魔石は、攻撃のみ有効だ。普通に触れる程度なら魔術は働いてくれない。リディアを攻撃しても無駄だと知った襲撃者たちは、後ろ手に拘束してから連行することに決めたようだった。


 リディアにできた抵抗は、せいぜい人型の紙を手の中に隠すことぐらいだ。


 離宮は居住区のすぐ裏にある。木立の間にある道を通り、使用人が使っているらしい扉から城の中へ入った。


 何度か廊下を曲がって階段を上がったところで、襲撃者の片方が待機するよう命令してくる。猿轡をされていないが、なんとなく声を出したくなくて、リディアは頷くだけにしておいた。


 命令をしてきた襲撃者が扉を叩くと、すぐに年配の侍女が出てきた。侍女はリディアたちを見てうんざりした顔つきになったが、中にいる誰かに話しかけてから扉を開く。室内に入ったリディアは、控えていたメイドたちから一斉に注目された。


 部屋の内装はリディアが見た中で最も豪華だ。クラウスと結婚しなければ、一生見られなかっただろう。壁や天井の装飾は、昔の絵画にも描かれている伝統的なものだ。だが暖色系で上品にまとめてあるせいか、古臭さは感じなかった。


「どうしてその小娘を連れてきたのかしら」


 部屋の主は気だるげな声で襲撃者に言った。北方民族特有の透けるように白い肌と淡い髪色。入念な手入れで時の流れに逆らった、若々しい外見。この国の女性たちの頂点にいる王妃だ。部屋着に着替えていても、彼女が持つ華やかさは少しも曇ったところがなかった。


 王妃はリディアを視界に入れず、襲撃者を睨んだ。


「王妃殿下。彼女にはいかなる攻撃もできませんでした。強力な防壁の魔術がかかっています」

「揃いも揃って役立たずだこと。こんな小娘を殺せないだなんて」


 突然、リディアの顔の近くで炎が爆ぜた。王妃が片手をこちらへ向けている。魔術で焼こうとしたものの、防壁に阻まれたようだ。


 ――魔石内部の魔力があるうちは、安全ね。


 クラウスからもらった魔石は、まだ魔力の余裕がある。さすがに一晩かけて攻撃されたら保たないが、それまでに決着がついているだろう。


「強力な防壁といえども、攻撃し続ければいつか壊れるわ。小娘の魔力が尽きるまで攻撃し続けなさい。どうしてそんなことも思いつかないのかしら。お前を雇ったのは、私の役に立つためでしょう?」

「しかし、王妃殿下。下級貴族の娘とはいえ、目立つ悪評もないのに殺してしまうのは……」

「悪評ならあるじゃない。私の息子を誑かした。それだけで十分よ」

「まあ。客観的に見ると、クラウス様は私に誑かされていたの? 知らなかったわ」

「お前に発言を許した覚えはありません!」

 飛んできた扇子が防壁に当たって落ちた。

「事の発端は、お前がクラウスを誘惑したせいよ。王太子妃になれないからって、クラウスを辺境へ追いやるだなんて考えたわね。どうせあの伯爵家の娘も、お前の差金でしょう?」


 どこに匿ったのかしら――王妃はようやくリディアを見た。


「言いたいことがあるなら言ってみなさい。最期ぐらいは聞いてあげてもいいわ」

「では遠慮なくお尋ねします。私を殺すよう命令なさったのは、王妃様でしょうか?」


 なぜか王妃はクラウスが辺境伯になるきっかけを、リディアが作ったと思っている。婚約破棄の筋書きもリディアが書いたと勘違いしているようだ。目障りだから消そうとしていると言われても不思議ではない。


「私が下品な命令を下したと? 残念な頭をしているのね。この私が血に塗れた生き方をするわけがないでしょう」

「私だけではなくクラウス様も狙われました。本当に王妃様は関与していないのですか?」

「しつこいわね。私の意を汲んだ者が勝手に動いたのよ。今だってそう。連れてこいだなんて一言も言ってないわ」

「曖昧な言葉で誘導したと解釈できるお言葉ですね。末端で活動なさった方の中には、従わなければ不利なことがあると思える状況に追いやられていました」


 臨時の護衛だったイレーネが、その一人だった。


「下々の者が勝手にしたことよ。それとも、王宮で働いている者を全て監視すべきだったとでも言うつもり? あなただって使用人一人一人の行動を掌握しているわけないでしょう」

「王妃様の意を汲んだ結果が殺人や脅しなら、その使用人を解雇すべきかもしれませんね。人に向けた刃は、いつか自分へ戻ってきます」

「口を開けば私が悪いとしか言わないのね。お前には自分のために尽くしてくれる者すらいないではないの。こうして連れてこられたことが証拠よ。もういいわ。連れて行きなさい」


 襲撃者はリディアの肩に手を置いたが、迷いを表すように弱々しかった。


「攻撃はできなくても、それ以外はできるでしょう。外国にでも売りつけなさい。結婚歴があっても、若ければすぐに買い手が見つかるわ」


 王妃は奥の部屋へ行こうとしたが、廊下から聞こえてくる騒がしい音に足を止めた。


「騒々しいわね。今度は何?」

「それが……クラウス殿下が」


 入り口にいたメイドを押し除けて、クラウスが入ってきた。剣こそ持っていないものの、身軽で動きやすそうな服を着ている。


 クラウスは連れてきた警備の騎士に合図をして、リディアを捕まえている襲撃者を囲んだ。襲撃者はとっさにリディアを突き飛ばし、退路を確保しようと動く。


 倒れた近くに扇子を見つけたリディアは、掴んでいた人型を放した。


「追いかけなさい」


 閉じたままの扇子が襲撃者を背後から襲う。人間と違って殺気はない。気配を読めず、ふくらはぎを強打された襲撃者の一人は、周囲の騎士に取り押さえられた。


 もう一人の襲撃者は包囲を脱出し、王妃の近くで武器を構えている。


 後ろ手に縛られた両手が自由になった。いつの間にか近づいてきたシェーラが、縄を切ってくれたようだ。

 クラウスに腕を引かれ、やや強引に立たせられた。


「……護衛の選別に不備があったことは謝罪する。だが、なぜ離宮に留まらなかった?」


 リディアの行動が筒抜けだ。情報源はシェーラしかいない。リディアの居場所をクラウスに知らせる目的で離脱させたが、何でも喋っていいとは言っていない。


「リディアローゼ?」

「じっとしていられない性分ですので」

「捕まっては意味がないだろう。とにかく、大人しくしておけ。いいな?」


 クラウスはリディアの肩を掴んで言うと、シェーラに預けた。


「母上。突然の訪問をお許し願いたい」

「いいえ許しません。これは何の茶番ですか?」

「妻の殺害未遂と反逆罪の容疑がかかっています」


 王妃の眉間に不機嫌なシワが寄った。


「……そこの小娘なら、彼らが勝手に連れてきたのよ。反逆罪? 馬鹿馬鹿しい」

「勝手に?」


 クラウスは鼻で笑った。


「どうせまた、側近に不満を言っただけだと仰るのでしょう? 母上はいつもそうだ。要求を直接言わず、察してくれとばかりに口にする」

「主人である私の不満を察して動くのが、彼らの仕事よ。自分で考える時間を与えてあげているの。成果を出せるなら、過程なんてどうでもいいじゃないの」

「その過程で何人の人間を不幸にしたと思っているのですか。家族を人質にされて、反逆に加担させられた者もいるのに」

「人質にされないように、護衛をつければいいだけじゃない。何の対策もしなかったくせに、責任を押し付けないでちょうだい」

「それは母上が守られて当然の立場だからだ。全ての人間が母上のように恵まれていると思わないでくれ」


 クラウスははっきりと王妃を否定した。


「母上は成果が大切だと言ったが、俺や妻を排除してまで、何を望んでいたんだ」

「……あなたを正常にするためよ」


 子供のように拗ねた顔で王妃がぽつりとこぼした。


「あんなに優秀だったあなたが急に、王になる気はないなんて言うのよ。私が決めた婚約を白紙にして、私が選んであげた護衛もどこかへ転属させてしまうし。そこの小娘が原因なんでしょう?」

「妻は関係ない」

「関係あるわ! 子爵の娘だなんて、平民と同じよ。あなたの妻に相応しくない! だから全てを元に戻そうとしたのよ」

「俺を王太子にすることが、元通りですか」


 クラウスは残念そうだった。


「あなたは生まれた時から王になることが決まっていたのよ。それなのに、どうして正しい道から外れようとするの?」

「母上が用意をしたもの全てが、国のためにならないと気がついたからだ。護衛の名目で俺の近くに配置されたのは、権力にしがみついて甘い汁を吸おうとする者ばかりだった。俺が辺境へ行くと知って、真っ先に逃げていったよ。それに、正しい道から外れた結果の俺が、どんな顔をして玉座に座れと?」

「どういうこと……?」


 リディアはようやく、クラウスの袖を引いた。


「クラウス様。証拠を見せるほうが早いですわ。無関係の方々には退場していただいた後で」

「なぜそれを……いや、君なら知っていても不思議ではないな」


 クラウスは事態を見守っていた騎士に命じて、室内にいた者を退室させた。王妃の隣にいた襲撃者だけは抵抗するそぶりを見せたものの、魔術で拘束されて運ばれていく。


「証拠? 正しい道から外れた? その小娘に何をされたの?」

「だから、妻は関係ない」


 上着を脱いでシャツの袖をめくったクラウスは、室内に風を起こした。クラウスの腕に波型の模様が現れる。


「母上は知らないかもしれませんが、これと似たような模様がダヌシュカ様の腕にも現れます。その意味が分からないとは言わせません」


 王妃の顔色が変わった。うつむいて、クラウスの腕から目をそらす。


「母上が自分のことばかり優先した結果です。その軽率さが国を傾けようとしていました。だから俺は王になるべきではないのです」

「でも……でも王の血筋に違いはないわ」

「王の血筋であっても、母上がやったことは正しき継承ではない。王に対する裏切りです。本当は気がついていたのでは?」


 顔を上げた王妃は、冷たい目をしていた。


「こうでもしなければ、あの人の子供が王位につけないからよ」

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