表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/57

17東の辺境3

 翌日、リディアは朝食後に使用人を紹介された。役職で服装も違うこともあり、一人一人の顔と名前を覚えるのは難しくない。名前を呼び間違えるような失態は避けられそうだ。


「君に専属でつくメイドについてだが、希望はあるか? 人数とか、年齢とか」

「それについてはシェーラに一任します。私よりも彼女のほうが人を見る目があるのよ」


 シェーラが黙って頷くのを見たクラウスは、それで納得してくれたようだ。


「屋敷の中を案内しよう。おいで」


 その呼び方は反則だわ――リディアは笑顔で本音を隠した。日を追うごとに、クラウスへの気持ちが大きくなっていく。クラウスから優しくおいでと言われたら、罠と分かっていてもついていく自信があった。


 ――好きな人の前だからこそ、みっともない姿は見せられないわ。


 己の所作が原因で嫌われたくない。自分の幸せを追求すると決めた以上、離婚される要因は徹底して排除すべきだ。


 食堂から始まった案内は、リディアが立入可能な場所に限定されていた。使用人の部屋などは、方向を説明されただけだ。リディアも個人の部屋に興味はないので、さして問題はない。ただ、クラウスの部屋も外から説明されただけなのは、少しだけ不満だった。


 ――いいわ。そのうち入れるように、仲良くなればいいだけよ。


 最後に庭へ出たとき、敷地内に古い塔が建っているのが見えた。


「クラウス様。あの塔は何かしら?」

「あれは星を観測するために作ったものらしい。もう何代も前に辺境を統治していた領主の趣味だ」

「上のほうが崩れていますわ」

「一ヶ月ほど前だったか、雷が落ちて崩れたんだ。閉鎖していたから、怪我人がいなかったのは幸いだった。君も敷地内を散歩する時は、近づかないようにしてくれ。残ったところが崩れてくるかもしれない」


「分かりました。残念ね。崩れていなければ、あの上でクラウス様と天体観測ができたのに」

「……階段が狭くて、手すりもない。登るのが大変だぞ。わざわざ上に登らなくても、星なんてどこからでも見えるだろう」

「もしかして、私を誘っていらっしゃるの?」

「どこをどう聞いたら、その結論になるんだ」


 遠回しに誘う奥ゆかしい表現かと期待をしてみたが、言葉通りの意味だったらしい。


 クラウスはまだリディアとの間に壁がある。この壁が消えたとき、彼はどんな言葉をかけてくれるのだろうか。リディアはいつか訪れるかもしれない未来が楽しみだった。


 もう一度、古い塔を眺めてみると、一羽の鳥が飛んでいくのが見えた。塔の崩れたところから中へ入っていく。クチバシに何かをくわえていたから、巣があるのかもしれない。


 屋敷を一周して食堂へ戻ってきた。中では数人のメイドが集まっている。秘密の話をしているのか、声量は控えめだ。


「だから、昨日も聞こえたんだって」

「気のせいじゃないの?」

「それ、私も聞いたかもしれない。叫び声みたいな声よね?」

「風の音しか聞こえなかったけど……」

「何かあったのか?」


 クラウスが話しかけると、メイド達は驚いて口をつぐんでしまった。


「問題があるなら、早いうちに報告するように。発覚が遅れるほど、対処に時間がかかる」


 メイド達はお互いに顔を見合わせた。誰が言うのか、無言で話し合っているかのようだ。


 やがて一人のメイドに視線が集まり、クラウスの前に押し出された。カルラと名乗っていた、若いメイドだ。頬を赤く染めて、クラウスから目をそらす。その仕草で、彼女がクラウスのことをどう思っているのか理解してしまった。


 ――分かるわ。直視できない気持ちは。あなたもクラウス様の魅力に抗えないのね。


 さっそく仲間を見つけた。だが妻とメイドでは立場に明確な差がある。悔しいが、クラウスの魅力について語り合う仲にはなれないだろう。


 カルラはうつむいたまま言った。


「幽霊が、出るんです」

「幽霊?」

「まあ。本当?」


 リディアはまだ幽霊と呼ばれている存在に遭遇したことがない。精霊のように意思の疎通ができるのか、生前の記憶はどの程度まで持っているかなど、興味が尽きない。


 期待をして続きを待っているリディアのことを、クラウスが疑うような目で見てきた。


「具体的に、いつ、どこで見た?」

「ええと……正確には姿を見てなくて、声だけなんですけど。最初に聞こえたのは、一ヶ月ぐらい前なんです。奥様が辺境へ来るって使用人達に知らされた夜に、廊下を歩いていたら聞こえました。低くて、うなるような……すごく苦しそうだったんです」


 カルラによると、声らしきものは複数回聞こえたそうだ。


「それから、昨日の夜も……まるで童話の呪いみたいで気味が悪くて」

「童話? どんな内容なの?」


 リディアはカルラに詰め寄った。地方に伝わる民話や寓話などの物語は、その地方の特色を知る手掛かりになる。カルラのように先祖代々、辺境で暮らしている家は、その手の話に事欠かないだろう。ぜひ詳しく知りたかった。


「えっ……その……」


 リディアの反応が予想外だったのか、カルラが戸惑っている。


「お、奥様には面白くないかと……子供向けの話ですし……」

「子供向けと言うことは、この辺りで生まれ育った人はみんな知っているのね? 素敵だわ。ぜひ聞かせて」


 さあ早くと催促したリディアを、クラウスが止めた。


「後にしてくれ。童話と似ているというだけで、幽霊だと騒ぐのも良くない。君達の会話を制限する気はないが、憶測で原因を特定しようとするな」


 叱責されたと感じたメイド達の顔色が青白くなった。


 彼女達がこの先、萎縮して仕事をするようになるのは好ましくない。幽霊がいるかどうかは別として、不安を解消してあげたくなった。


「クラウス様。幽霊を探してもいいかしら?」

「……何を考えている?」

「私、まだ幽霊を見たことがありませんの。魂だけで存在しているって、どんな感覚なのかしら?」

「君は幽霊を見つけたら、捕まえて質問攻めにしそうだな」

「気になりません? 私は気になるわ」


 クラウスは無表情のまま腕組みをして考えていたようだ。やがて、ほどほどになとだけ言った。


「首を突っ込むのはいいが、危険なことはしないように」

「ありがとうございます」


 許可が降りた。執務室へ行くクラウスをその場で見送り、リディアはさっそくカルラから童話を聞くことにした。


「まずは、あなたが知っている童話を教えて」

「い、今ですか?」

「ええ。あなたは幽霊の声に困っているのでしょう? 放置しても解決しそうにないのは、明らかよね。だって声は一ヶ月前から聞こえてくるんですもの」

「そうですけど……」

「だから解決するために、知っていることは全て教えてほしいのよ」


 カルラは諦めたようにため息をついた。


「分かりました。今から話すのは、この周辺に住んでいる人なら、誰でも知っている話です」


 童話は禁忌を犯した者が相応の罰を受けるという内容だった。


 よそから嫁いできた女性が村の掟を守らず、悪霊に取り憑かれた。悪霊は村人によって封じられるが、女性を道連れにしてしまう。風が強い日は封じられた場所から、女性の声が聞こえてくるらしい。


「カルラ。あなたは幽霊は、その女性かもしれないと思ったのね?」

「え……いえ、分かりません。悪霊かも?」

「性別は分からないけれど、苦しそうだった?」

「そう、ですね。はい」

「あなたも?」


 リディアは他のメイドにも聞いてみた。カルラの他にも、声らしきものを聞いたメイドがいたはずだ。


「私が聞いたのは、遠くで誰かが叫んでいるような声です。でも、気のせいかもしれません」


 自信がなさそうに言ったのは、小柄なメイドだった。


「屋敷の中で誰かが叫んでいたら、私以外にも気がついたと思います」

「外から聞こえてきた声ではないのね?」

「たぶん、違います。廊下を響いてくる感じがしました」

「塔が崩れた日の天気は? 雷だけだったのかしら?」

「いえ。あの日は嵐でした」

「ありがとう。よく分かったわ」


 これ以上は聞いても役に立つ情報は得られないだろう。リディアはメイド達を解放して、本来の仕事へ戻ってもらうことにした。


 食堂に一人残されたリディアは、協力者の名前を呼んだ。


「シェーラ。いる?」

「こちらに」


 閉め切った部屋にそよ風が吹いた。新調したばかりのメイド服を着たシェーラが現れる。


「庭へ行きましょう。あなたに確認してほしいことがあるの」

「かしこまりました」


 目的地は一ヶ月前に崩れたという塔だ。


 塔の周辺には瓦礫が落ちている。分厚い木製の扉は長い間放置されていたらしい。雨風にさらされて黒く変色し、下側には虫食いで欠けている箇所もある。鍵がついていたところは四角い穴になっていた。劣化して落ちてしまったのかもしれない。今は鎖と南京錠で閉鎖されていた。


 塔の外壁には亀裂が見えた。草が生えているところもある。天体観測が趣味だったという領主が亡くなったあと、朽ちるに任せて放置されていたのだろう。


「シェーラ。さっき言ったものがあるか、見てきて」

「かしこまりました」


 シェーラは扉に近づいて目を閉じた。長いスカートの裾がふわりと広がり、シェーラの姿が小さくなる。リディアの目の前で古い裁ち鋏に姿を変えたシェーラは、扉の隙間から塔の中へと入っていった。


 待っている間に、リディアは塔の周辺を歩いてみた。落ちている瓦礫には、白い液体がかかった跡がある。その白い痕跡の中には、植物の種や小さな生き物の骨らしきものが混ざっていた。


 しばらくして戻ってきたシェーラは、メイドの姿に戻った。


「お嬢様がおっしゃった通りのものが、最上階にありました」


 シェーラが差し出してきたのは、鳥の尾羽だ。やはり上に巣があるらしい。


「次は屋敷の中ね」

「二人だけで探すのですか?」

「いいえ。彼らにも手伝ってもらいましょう」


 リディアは塔の影からこちらを見ている精霊へ向かって微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ