第1話:流星
「わははは・・・・・・まったくあの子は、本当に・・・・・・」
血は繋がらなくとも家族になった愛しい我が子を思いながらヒョードルは机に片肘をのせて項垂れる。
ため息をつきながらヒョードルはこの場にいないケイの事を思い馳せる。
あの子は、ケイは帰省する自分の故郷が死人と化した世界になっている事を告げずに笑って帰っていた。
恐らく、自分たちに心配をかけまいと
(御上から教えられてなかったら、儂は今頃お前は地球でのんびりと生活しているのだろうと勝手に思っていたよ)
ヒョードルは目を伏せて憂う。
怒りよりも、悲しみがヒョードルを襲う。
(馬鹿者・・・・・・大馬鹿者・・・・・・心配ぐらいさせてくれんか)
その時だった、ヒョードルが首元にぶら下げていたアクセサリーが目に入った。
それは、繋から誕生日プレゼントで貰ったプレゼントで、ピンク色のガーベラの花弁が一つ。魔法石に閉じ込められていた。
ゆらりと光る宝石を指先で手に取り、ゆっくりとなぞる。
「はあ!? リーダーだけ行くのかよ!ズルいだろ!!」
「そうよ、そうよ! 不公平だわ!」
「お前たちなあ、しょうがないだろ? 地球へ行けるのは繋との縁が深い奴だけなんだからよ」
家には珍しく帰ってきた、スヴィグルと旅の仲間達であるスノトラとベオウルフが繋の危機を嗅ぎ付け流れ込んできており、家の中は久しぶりに賑やかだった。
王だった時と比べて、心地の良い騒がしさ。
ケイがスヴィグルを連れてきて、弟子にしてからの1年間を思い出す。
スヴィグルの意地悪な笑いに、スノトラとベオウルフの不満を訴える声が、あの日の頃のようにケイとスヴィグルが軽口を言い合ったり、ヒョードルとスヴィグルがちょっとした小競り合いをした日々と目の前の光景が少しだけ重なる。
(ケイと出会ってから世界が変わったのう)
世界。
それは、自分の世界。
ヒョードルは、王として玉座に座っていた時の自分を思い出す。
即位ばかりした頃は、まだ若かったせいもあり周りの家臣はヒョードルを傀儡のように操り、実権を狙うものばかりだった。
謁見の間に響くのは、難事を持ち込む家臣のかしこまった声や、遠慮がちで計算づくの笑みばかり。本気で自分を慕い、助ける者など、ほとんどいなかった。
不動の威厳をまとい、周囲の視線を一身に集めていたあの日々。誰もがヒョードルに答えを求め、時には責任や理想を彼一人に押しつけた。
判断を間違えば非難され、正しければまるで自明のことのように称賛される。
その中で、ヒョードルは一人孤独に耐えていた。
玉座のそばには、いつも分厚い書類や記録の山。
舞い込む政務に追われ、王としての威厳を崩すわけにはいかなかった。
どれだけ忠実そうな臣下でも、何かしら利得や思惑を抱いて接してくるものだと分かっていた。一歩間違えれば、命すら狙われかねない。だが、それでもヒョードルは俯かず、己の役目を果たし続けてきた。
だからこそ、王としてずっと城の玉座に座っているよりかは、魔物達と戦っていた方がヒョードルは生きている実感があった。
もちろん何かを学び吸収する事も好きだった。
何かに没頭する時間は彼を孤独から解放してくれたのだ。
それを200年近くずっと、こなしてきた。
代わり映えの無い日常だった。
しかし、趣味である魔物退治も勉学を突き詰めていけば、周りからは賢王や武王なんかともてはやされた。
王位を継いだばかりの頃、ヒョードルはまだ若く、周囲から半ば侮られながら日々の政務に追われていた。
王宮の中には、先代時代のやり方にしがみつく家臣や役人、利権に固執する貴族たちが多く、表向きは忠誠を誓っていても、裏で好き勝手に立ち回り、王家や民の利益よりも自分たちの都合を優先する者ばかりだった。
それでも当時のヒョードルは、若さと根気で地道に積み重ねるしかなく、何とか折り合いをつけて政務をこなしていた。
しかし、年を重ねる中で徐々に実力も備わり、王としての威厳や指導力が周囲にも認められ始めると、不正や怠慢を見過ごすことはできなくなった。
度重なる問題や事件を目の当たりにし、自分が王である以上、現状に目を瞑るわけにはいかないという思いが強くなっていった。
やがてヒョードルは、相談役や宰相をはじめ、癒着や私欲に走る政治家や官僚、既得権益にしがみつく上級貴族、気の抜けた従者たちをまとめて一新する決断をしたのだ。
資質や功績を改めて見直し、地道に国や民のために働く人材は新たに重用し、一方で怠惰や腐敗が明らかな者たちは次々と王宮から排除していった。
家臣だけでなく、侍従や武官、経理や内政に携わる役人たちも例外ではなかった。周囲の反発やしがらみもあったが、ヒョードルは政治的な妥協を最小限にし、自分なりの信念や正義に基づき改革を進めた。
古くからの習慣を見直しつつ、一度王宮全体の人事も刷新したことで、ようやく自分の理想に近い組織を作ることができた。
それでも、抜本的な改革には多くの時間と労力がかかった。慣例や権力争いは根強く、王朝の運営には苦労が絶えなかった。
それらに辟易しながらも、ヒョードルは王となってから二百年もの間責任を果たし続けてきた。
そして、全国規模のスタンピード――
王として最後に下した決断の大事件を乗り越えたとき、ヒョードルは潮時を悟る。
すべての仕事を整理し、必要な調整を終えた上で、腹違いの妹であるシグルに王位を譲ったのだった。
その後は一度一人になりたくて、世捨て人のように誰も寄りつかない危険区域の森に家を構え、心のままに気ままな生活を送り始めたのだった。
息苦しさから解放され、やっと自由の身になったにも関わらず、ヒョードルの心は孤独に苛まれていた――
王の座を降りれば、この孤独も、喧騒も、すべて解決するものだと思っていた。
しかし、喧騒からは解放されたが、孤独だけは埋まらなかった。
そんなある日、ヒョードルの目の前に「星」が降ってきた。
(あの日の事。御上がおまえを抱えて儂の元にやってきたあの日の事を、儂は生涯忘れないじゃろう)
ふと、ヒョードルは俯いて顔を上げ、「我が星」。
つまり大切な存在を探していた。
家の中を見渡してみるが、そこに求める誰かの姿はなかった。
そのことに気づいた瞬間、ヒョードルは改めて、「ケイ」が自分の人生にとってなくてはならない存在なのだと実感する。
今まで大人として、元王として、そしてケイの親として、自分の心を誤魔化し、気付かない振りをしていた感情が溢れ出た。
(・・・・・・なるほど、これが「寂しい」か・・・・・・)
孤独だった時でさえ、その感情に気付かなかったと言うのに、今やっと自分の中に巣食うモヤモヤの名が分かった。
(まったく、何かを知る事に年齢は関係ないという奴か)
思わず口の端を上げてしまう。
200年以上も生きているというのに、未だに自分の心を把握しきれてない自分自身の未熟さに、ヒョードルは苦い笑いが込みあげた。
その時だった。突如、騒がしい声がヒョードルを襲った。
「なあ! じいさんからも言ってやってくれよ!!」
「ヒョードル、お願い! あなたからも何か言って! あたし達もケイのところに行きたいの!」
「俺も!! ケイの事になるとリーダーばかりでズルいぜ!!」
スヴィグル、スノトラ、ベオウルフたちが一斉にヒョードルに声をかけてきて、ヒョードルは一瞬、目が点になる。
(ふははは、まったく王だった時より本当の意味で賑やかだわい)
ヒョードルは目を細め、笑みを浮かべる。
(ケイよ。スヴィグルも、我が子同然と思っておるし、スノトラもベオウルフも孫のように愛おしい。もしかして、お主は自分がいなくなってもワシが寂しくならないように、この子たちに出会わせてくれたのか?)
人を見る目があるケイなら、きっとそれもありうる話だ。しかし、それでも——
(お前がいないこの世界は、やはり寂しいよ)
ヒョードルは寂しい素振りを見せず、スヴィグルたちに「まあ、落ち着け」と笑ってなだめる。
(ワシは・・・・・・お前と過ごしたあの日々を鮮明に覚えている)
本音を言えば、ヒョードルはスヴィグルたちを差し置いてでも、ケイの元に駆けつけたくてたまらなかった。
だが、王を退いた今も、ヒョードルの功績は大きく、種族を問わず多くの王たちから助言を求められる身であり、容易にこの世界を離れることはできなかった。
ましてや、魔王を倒し、ようやく世界が立て直しに向かい始めた大切な時期でもあるのだ。
そう自分に言い聞かせながら、ヒョードルはふとケイとの出会いを思い出す。
何度も繰り返そう。
しつこいくらいに言ってやる。
光り輝く星が目の前に落ちてきたと、錯覚するくらいに。
───儂はあの日、お前と初めて出会ったときのことを、今でも鮮明に覚えているんだ。
(また、この腕でお前を抱きしめたいよ)
あの日々が何より恋しくて、ヒョードルにとって初めて本当の意味で人生を謳歌していたのだから。
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