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第22話:花翼

2025/12/15 全改稿

「くそが!! 有象無象がちょこまかしやがって!!」


「後ろがつっかえてるんだから、邪魔すんな!」


夕闇を切り裂く赤雷と、すべてを飲み込む影遁が10体のclass3を相手取る。


ヒカルとユミルは仲間や難民たちの乗ったトラックからできるだけ距離をとり、巻き添えを避けつつ前方でclass3を陽動していた。


彼らは本当なら一刻も早く敵を片付け、仲間たちの退路を切り開いてけいたちのいる拠点内へ合流したかった。


しかし、さまざまな異能を持つclass3が容赦なく二人に襲いかかり、戦線は膠着していた。


そのはるか後方――

白銀に染まる奈良の拠点の中では、けいたちがclass4という新たな脅威と対峙している。


一方、拠点の外の道では、他の仲間たちが命がけで難民の護衛にあたっていた。

巨大な軍用トラック数台が難民を満載して出発していたが、その進路もまた地獄と化していた。


荒野へと続く街道は、ゾンビの大群で埋め尽くされている。

トラックの周囲や後方には、尽きることなく湧き出すclass1の群れが黒い津波のように押し寄せていた。


無数の足踏みが地面を震わせ、トラックのタイヤはギシギシと音を立てる。ゾンビの咆哮と機械の悲鳴が混ざり合い、車内に極限の閉塞感が満ちていく。


「アクセルを全力で踏んでも、進みやしない!」


「くそっ……ゾンビだらけで動けねぇし、トラックもこのままじゃ持たねぇぞ!」


苛立ちの声と絶望の空気が漂い始めたその時、トラックの屋根に何かが激突し、重い音が響き渡る。


「ゾンビが上ってきたかもしれん! 撃ち落とす!」


「待て! リーダーと隊長たちが戻るまで辛抱しろ!」


だが恐怖と焦りから、一人の隊員が機関銃を持って窓から身を乗り出してしまう。その瞬間、「ぎゃっ」と小さな悲鳴とともに、鳥の鉤爪のような足を持つclass3が隊員をヘルメットごと鷲掴みにした。


窓の外には両手が翼となったclass3が不気味な笑みで影を落とす。

他の隊員たちが必死に撃ち落とそうとするが、その肉体は異様に硬く、彼らの奮闘も虚しかった。


トラックの車内は、恐怖と混乱、子供の涙声と叫びが渦巻く地獄に染まっていく。


その最中。


「そのまま、動くな!」


鋭い声が混乱を断ち切る。

次の瞬間、骨が砕ける音とともにclass3の足首が容赦なく叩き折られる。拠点内から戻ってきた時雨しぐれの姿が窓越しにくっきり浮かんだ。


「時雨隊長!」


「安心して、中に入ってなさい!」


頼もしさに安堵のため息が漏れる。Class3は羽ばたいて逃げようとするが───


「───逃がさないッ!!」


すかさず菊香の二本の矢が両翼を見事に貫き、戦場に痛ましい悲鳴が響く。


「今です! 時雨さん!」


「はああ!!」


時雨の右腕がclass3の首をとらえ、羽交い絞めにする。

思いっきり力をいれ、その首をゴギリとひねり折った。


倒れた異形を見届け、隊長たちは即座に次のゾンビに向けて動く。


「菊香さん! 引き続き援護をよろしくお願いします!」


「もちろんです!」


菊香は貫通矢を三本抜き、一度に弦に番えて、一気に放った。


トラック周辺の戦いはさらに激化する。


「ユミル! 左を頼む!」


「言われなくてもッ!」


ユミルの影からは黒い鎖が何本もうねり、class3を絡め取る。ヒカルは赤雷の槍を振るい、一撃ごとに敵の死体を切り裂き、焼き焦がしていく。


「くそっ! 囲まれてやがる! 車を進ませる余裕がねぇ!」


「大技を使ったら仲間を巻き込むし、マジで厄介なんだけど! これ絶対、誰か手引きしてるでしょ!」


背中合わせに立つヒカルとユミルは、一瞬だけ息を整える。


――その時だった。


二人の肌に、ビリビリと肌を刺すような異様な気配を感じ、2人はバッと気配の出処に顔を向けた。


「何・・・・・・これ、今までのclass違う・・・・・・」


ユミルが、眉をひそめる。

それはまるで、魔王であった時に共にいた部下達と同じ存在感、似た重圧。


ヒカルも表情を曇らせる。


かつてヒカルがいたセプネテスでも、ヒカルの知らないところで魔王軍が作られており、バロルを玉座に据えるために無理矢理連れて行かれそうになったことがあった。その際に現れた、魔王幹部と名乗る者たちの気配を思い出し、焦りを覚えた。


「今のあいつじゃ、倒せるかも怪しいぞ・・・・・・」


ヒカルはけいの本来の強さを知っている。


しかし、今は世界の制約により魔力量がリセットされ、身体が若返っている。


2人は無言で視線を交わす。危機感が駆け抜ける。


――急がなければ。早く、この悪夢のような包囲を突破し、再び拠点へ戻らなくては。


その拠点内では、いまけいが、さらなる災厄――class4と対峙しているのだから。





「各自、最大出力の技で叩き込め!!」


みなが対峙したことの無い恐怖で膝を震わせる。

それでも、眼前の圧倒的な力を前にしながら、誰一人、目を逸らさなかった。


煌夜は、手が焼けるのも厭わずにけいの花の剣を見よう見まねで黒炎の剣を作り出す。春臣は両脇に旋風を巻き起こす。


冬吾とけいはclass4の頭上に幾数本の氷の槍と花の剣をサークル上に展開する。


「行くぞ!!」


煌夜こうやの掛け声と共に、それぞれが自分の技を繰り出す。


炎、風、氷の異能。そして、花を媒介とした魔法。


四人の能力が絡み合い、Class4をめがけて一斉に技が放たれた。


しかし――


Class4は一歩も動かない。ただ、もののついでのように手を払っただけ。その動きは、まるで服についた虫を払うような、何気ない自然さだった。


刹那、空間そのものが引き裂かれた気がした。


──────ザッ


斬撃が奔流となって飛び、地面を抉り、厚い鉄骨をもろくも砕き、仲間たちの身体をあっという間に弾き飛ばす。


冬吾と煌夜。


2人のまだ進化しきれぬ力、その頼りなき異能は、力の暴威にあっさりと切り裂かれた。

氷も炎の防御壁も、音もなく消し去られる。


「くっ・・・・・・! 二人とも!!」


けいは顔だけを後方に弾き飛ばされ、片膝をつく2人を気遣わしげに見る。


「次、くるぞ!!」


春臣の余裕の無い声が戦場で響く。


「くそッ!!」


けいは、長杖を前に構え、息を整えながらclass4の能力を分析する。


(音波による斬撃でもない、春臣くんのような鎌鼬かまいたちでもない。この攻撃は、”斬撃”そのもの飛ばしてきている)


という事は、純粋な力の塊を飛ばしている。


(なら、こちらも高出力のフロスフロス(防御魔法)で対抗できるか・・・・・・?)


上位互換の防御魔法であるブローディアなら間違いなく防げるだろう。しかし、もう一度展開してしまえば間違いなく意識を失う。


(やれるか・・・・・? いや、考えても仕方ない!! やれる事をやるしかないんだ!)


次の瞬間――

繋はフロスの魔法、無数のシャボン玉の層が幾重にも重なる防御障壁を全力で展開し、自分と、冬吾、煌夜こうや、春臣たちを包み込む。


今も全てを守ろうとするけいの背中を見て、春臣は自分自身に悔しくなる。


だが、直ぐに今自分に出来る事をやれ!と喝を入れた。


(思い出せ・・・・・・!! おれの能力は未だに拡張しきってない。次の段階に進化できてない! 何が・・・・・・何が足りない──────!!)


異能には「先」がある。


技術的な物ではなく、「進化」が。


春臣は冬吾と煌夜こうやよりも異能を扱う技術は上のレベルだ。


同じ能力者でも、二歩先に進んでいる春臣だけがかろうじて現状対応できる。


そして、けいの支えになれるように模索する。


(なんだったか・・・・・技を出すときに言霊を乗せる事で強化するんだったよな!!)


春臣は不意に、冬吾とけいの会話を盗み聞きした事を思い出し、人差し指と中指を二本揃え拳銃のような形を作り前に向ける。


脳内に浮かんだ言葉の羅列を口にする。


風凪かざなぎ!!」


春臣の叫びが割れる。


彼は咄嗟に己の風の力を極限まで引き上げ、周囲に竜巻を渦巻かせた。刹那、盾のような旋風を形成し、けいの前に立ちはだかる。


激烈な風圧がうなりをあげ、斬撃の奔流を何とか食い止める。


――だが、


轟烈な衝撃。

防御魔法も盾も、不穏な音を立ててきしむ。


バリン。


春臣の風の盾はついに砕け、シャボン玉の防御魔法も破られ、各々の身体がもろとも吹き飛ばされた。


大人の体が、まるで人形のごとく宙を舞う。


冬吾。煌夜。春臣。

三人はそれぞれ、鋭く地面に叩き付けられる。鮮血が舞う。

そして、一拍遅れてけいの防御も耐えきれず、軋みと共に膝をついた。


「冬吾! 煌夜くん! 春臣くん!!」


仲間たちは地に伏し、動けない。

けいの心配声だけが、虚しく空間に反響した。


それでも――

命だけは奪われなかったのは、春臣とけいの先ほどの魔法防御があったからだ。


だが、けいの膝は震え、視界は霞み、唇には血が滲む。汗が額から噴き出し、思考はぼやけ、呼吸さえ苦しい。


だが、Class4にはけいの疲弊など一切関係ない。


Class4が無造作に縦へ空気をなぞるように指を振る――

ゴウッ、と空間を裂く斬撃が放たれ、地面を切り裂き、爆音が滑らかな空気を激しく震わせた。


「させるか!!」


けいは身体に鞭を打つ。


長杖が橙色の魔力膜をまとい、迫る斬撃を上空へと弾き飛ばす。

金属同士がぶつかるような、甲高い音が響く。


その中、繋は次々と飛来する見えない刃を杖で受け流しながら、一歩、また一歩とClass4へと肉薄していく。


地面を強く蹴り、その勢いを杖に込めて、己の思念と魔力を上乗せした一撃をClass4の分厚い腕へ叩き込む――火花が散るが、敵はニヤリと口元を歪め、ゆっくりと羽ばたいて上空へと距離を取った。


反撃の番だ。


陶器のように真っ白な胴体から「複数の腕」が現れる。


阿修羅像のように六つの腕が広がり、うち一本の人差し指がけいを狙い定めた瞬間、目にも止まらぬ速度で小さな斬撃の連打が飛んでくる。


「っ!」


けいは咄嗟に杖を交差させ、防御姿勢を固めた。

魔力で強化した杖の魔力壁が削り取られ、地面も削られていく。

けいは斬撃を受け止めながら、魔法を展開する。


「グラジオラス!」


背後に大量のグラジオラスの栞が何もない空間から現れては橙色の光を放つ。


魔力の花弁が幾千枚も舞い、一つ、また一つと剣と成る。


───ジャキ。


無数の花弁から成る剣がClass4の斬撃の嵐を真正面から受け止める。


剣と刃がぶつかっては、一瞬だけ煌めき、互いの力を相殺する。


大量のそれらは、夜となった世界に花火のように閃光を放った。


そんな中、けいは空を飛びながら、Class4と一気に距離を詰め合った。


魔力を纏った杖と、斬撃を帯びた拳が火花を散らす。


その合間にも絶え間なく、花弁の剣と斬撃がぶつかり、火花が飛び散る。


けいの杖術とClass4の体術が激しく交錯し、互いの肉体を容赦なく削っていく。

それでも、両者とも決して一歩も退こうとしなかった。


(・・・・・・あと、少し、足りない・・・・・・)


けいは隙を見て、冬吾たちの姿を探した。

なんとか立ち上がり、こちらを見ている様子にけいは少しだけ安堵する。


(防御魔法が効いてくれたみたいで、良かった)


戦いながらも、必死に息を整える。自分の中で決意を固めたことを示すように、「よし!」と力強く自分に言い聞かせた。


あとは、彼らをここから逃がすだけ。


そのために、自分の命を賭ける覚悟をした。


どうやって?


――たとえ己を犠牲にしてでも。


けいはゆっくりと胸元に手を当て、心臓の奥深くを強く握りしめるような気持ちになる。


魔王討伐の旅路で、危機的状況を打開するために使ってきた禁呪。

みんなから止められても、仲間を守るためにと、使ってきた魔法。


魔王討伐後に二度使うなとスヴィグル達と約束した。


だけど、今は───


「約束、破るしかないよね!!」


「ごめん、スヴィグル!! みんな!!」


今はもういない「異世界の仲間たち」に、けいは心の中で謝る。


かすかな独白とともに、けいは心臓近くに埋め込まれた魔力回路に、無理やり魔力を流し込んだ。


身体が軋む。骨がきしみ、心臓が灼熱に包まれる。


――生命力を魔力と精神エネルギーへと直接変換する、禁断の魔法。


「フォルガルドゥル(禁呪、起動)!!!」


そして、更なる奥義を行使する。


「リズラウス(上限解除)!!」


ぶわり。


けいの周囲に橙色の花びらが大量に発生する。


その中でけいの肉体がじわじわと変貌を遂げる。

橙色の花びらの中から浮かび上がる、三十歳の男の相貌と四肢。


本来の年齢の渡繋わたりけい容姿が花びらを押し分けて姿を現した。


渦巻く花弁型の魔力が全身を包み、橙の花びらがふわりと舞い上がり、幻想的な光を拡散させる。


背後から数千枚の花弁が集まり、繊細で巨大なオレンジ色の翼が広がった。


冬吾は痛む腕を支えながら、その光景を見つめていた。


彼は知っていた。これは「普通の魔法」ではない事を。


けいの身体が二十代から三十代へ変わった事ではない。それは、変化の魔法と呼ばれるもので元の姿に戻ってるだけだと以前見せて貰った事がある。


燃えるように赤く染まった前髪の一房から、徐々に他の黒髪も赤くなっていく。


なぜ赤いのかも、冬吾は知っていた。


それは、命を削る禁断の力の痕だという事を。


「・・・・・・けい


かすれた声の奥に、心配と自責が混じる。

幼馴染を独り戦わせ、何もできず立ち尽くす自分への痛烈な無力感。


(きっと、あの男なら、けいを一人にせん。・・・・・・じゃけど!! 弱音を吐くな白熊冬吾!! けいの動き、戦い方を全部吸収しろ!!)


冬吾は口の端を強く噛む。痛む身体の彼方で、心は悔しさにかきむしられた。


それでも。親友の隣に立ち、共に歩む者として決意する。


(君は・・・・・・どこまで・・・・・・)


煌夜も、鈍い痛みに体を震わせながらけいの姿を追う。


――遠すぎる。


春臣の怪物化を治し、前代未聞のclass4と渡り合い、味方を守っている。

唇を噛んで打ち拉がれる。

味方でよかったという安堵と、届かぬ力への悔しさが胸の底でせめぎ合う。


春臣は、食い入るようにけいの戦い方を見ていた。


(今は届かなくたっていい!! 次の為に糧にしてやる!!)


3人の男の。

それぞれの無念が、心の奥底で火となって燃え始めた。


橙色の花びらが天に舞う。


その姿は、まさに――


「天使」の名にふさわしい存在だと、誰もが思う。


花弁の翼はフワリと広がり、優しい香りが天地に満ちる。


地獄と絶望が、一瞬だけ和らぐ。


けいは静かに目を伏せて、ゆっくりと力強く目を見開く。


絶対の決意をもって告げた。


「誰も死なせはしない!!」


危機の気配を感じ取ったのか、class4も速攻で上空へと跳躍。6つの腕を十字に交差する。


空間を十文字に引き裂いて巨大な斬撃を解き放つ。


「レームル(裁きの光)」


低く響く呪文。


けいの花弁の翼から花弁が円形に整列し、大きな花の輪となる。

花の輪の中心にキュィィンと鳴り続け――


バシュッ!と強烈な光が、そのまま超重量級のレーザーとなり一直線に撃ち出される。


光と斬撃がぶつかる。凄まじい轟音と衝撃波が吹き荒ぶ風となる。


その凄まじい音と衝撃は、拠点の外で戦うヒカル達にまで押し寄せた。


class4の口端が、ニィ――と裂け、不気味な笑みを作る。


それは、喜怒哀楽の楽しみなのか。


けいは睨み上げる。

口元は強く、きつく引き締められ、やがてゆっくりと言葉を紡ぐ。


一言。


「勝つ」


宙に舞う二人が、互いを貫く矢となって放たれる。


花の魔法使いと災厄。運命を分ける一撃が、拠点の空で激突した。


その瞬間――

夕闇を切り裂き、空一面に眩い閃光が咲き誇る。




もしこの内容が良かったらブクマ・評価・リアクションしてくれますと飛び跳ねて喜んでるかも。

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