第21話:進化
2025/12/15 全改稿
「あちらは大丈夫なのかな」
「う~ん、まああっちは豪打・・・・・・さんに菊香ちゃん、ユミルちゃんにシグルさんもおるし、戦力的には問題ないじゃろ」
赤く燃え上がっていた奈良の拠点は冬吾の力で真っ白な銀世界に様変わりしており、先ほどまでの激しい戦いが嘘のようだった。
冬吾と煌夜はこちらの戦いが落ち着いたあと、春臣が切った外壁を壊し、部下達を外の仲間達の応援に向かうように向かわせた。
残った2人は大人しく繋と春臣の行く末を見守るように立ち尽くす。
繋は春臣を抱き締めた後、橙色の無数の花弁に包まれた。
中で春臣と繋がどうなっているか分からないまま、花弁の繭を2人はただ眺める。
「渡くんは・・・・・・繋くんは無事に戻って来るかな・・・・・・」
「わからん・・・・・・じゃが、繋がああい言ったんなら悪い方向にはいかん筈じゃ。───ワシはアイツを信じとる」
煌夜は冬吾の優しい声色にそう言えばと思い出す。
繋と冬吾はが友人関係にあるのだと知ってはいた。だが、彼が繋に対する信頼と信用は何処から来ているのだと疑問に思う。
確かに、煌夜は繋の対人能力が優れている事を身をもって実感している。
そして、彼の強さも。
「その、白熊さん・・・・・・君は、彼の事を信頼しているんだな」
「小さい頃からの付き合いじゃけぇな」
煌夜が目を見開くも、納得してない雰囲気に冬吾は困ったように笑う。
「繋は、ああ見えてぶち頑固じゃけぇ」
万感の思いで語られた、頑固という言葉。その一言に渡繋を表す全てが詰まっているのだろうと煌夜は感じたのだった。
ふと、風が止まるのを感じる。
魔力の花弁がサラサラと消えていく。
花弁の繭から姿を現したのは、繋と無事に人間に戻った春臣だった。
繋目をキツく閉じ、「ふう、ふう」ときつそうに息を何度も吸う。
魔力回路が熱く燃え上がり、軋み、悲鳴を上げていた。
けれど、繋はそれをなるべく見せないように笑みは絶やさない。
春臣は空を見上げ、冗談を口にする。
「よお、おれは、人間として生きてるか?」
「だいじょうぶ、何所からどう見ても人間さ」
「そりゃ、よかった」
「本当によかったよ」と繋は元気そうな春臣に思わず笑ってしまう。
「繋くん! 三船! 無事で本当によかった!!」
「うげえッ!」
「ぐえ!」
煌夜が駆け寄ったかと思うと、感極まったのか思いっきり2人を抱き締めた。
まるで、カエルが潰されたような声が2人の口から飛び出る。
2人より身体が大きいお陰か、煌夜の腕は軽々と2人を纏めて抱き締めるも、当の2人は苦しそうに、その束縛から逃げるように身体を動かしていた。
「姿が若くなってる渡はともかく、三十路男性を抱き締めんな!!」
「すまない・・・・・・2人が無事で、つい嬉しくて」
煌夜は春臣に嗜められるも、本当に無事で良かったと春臣の肩を叩く。
「いたっ! 痛いっての!って聞けよ! 強く叩くんじゃねえよ!」と漫才のようなやり取りをしている2人を繋は面白そうに眺めていると、ぬっと後ろに存在感を感じた。
「さすが、繋じゃのう」
「おもっ!」
繋の背後に立った冬吾が、繋の頭上に顎を乗せる。
中学校ぐらいからか、冬吾が繋の身長を追い抜かした頃からやっているスキンシップに繋は「重いんだけど」と繋が口を尖らすと、ぼそりと2人にしか聞こえない声で冬吾が繋に心配の声をかける。
「身体は大丈夫か? 無理はしておらんか?」
その言葉に繋はピタリと動きを止める。一瞬誤魔化そうと考えが過るが、小さい頃の友には、とうに自分が無理をしている事など分かったうえで確認をしてくれているのだと知っている。
「正直きつい」
「なら・・・・・・」
「でも、まだ終わってないよ」
冬吾が言い終わる前に、繋強く遮る。恐らく、このまま休んでくれと冬吾なら言うだろうと繋は予想しており、首を横にずらし視線を上に向けると、案の定納得してない顔の冬吾の顔があった。
繋はそんな冬吾にへにゃりと笑いかける。
「無事に、みんなを京都へ送り届けたらちゃんと休むよ」
「約束じゃぞ」
「うん、約束だ」
その時だった。拠点外から、鋭い雷鳴が鳴り響いた。
地中を伝わる低い振動が脚に直に伝わり、舞い上がる埃が冷たい空気の中をふわりと流れる。
遠くの空で、赤い閃光が瞬き、爆発の轟音が遅れて耳に届く。
ヒカルたちがまだ戦っているのだと皆が同時に悟る。
「よし、ヒカルさん達の応援に行こっか!」
「まて、そう言えば蛇ノ目のドローンは?」
春臣が、ここであの女が終わらせる訳がないと辺りを注意深く観察する。
「三船の怪物化の実験だけが目的じゃないのか?」
「いや、あいつはその後の結果まで観察するタイプの筈だ、だから───」
「さっすが、わたしの事良く分かってるね。三船くん」
四人の前にパっとホログラムが浮かぶ。
今までの和やかな時間を割くような、上空から、金属の擦れるような音が降ってきた。
冷えた空気を乱し、空気がわずかにピリつく。
茜空の中、夕焼けに反射して銀色にきらめくドローンが地上へと急降下する。
煌夜が眉をひそめ、春臣は思わず舌打ちをしつつ、警戒心を色濃く顔に映す。
彼女は紅の唇に笑みをたたえ、まるで舞台女優のように芝居がかった声を響かせる。
冷たく、蛇のような、じとりと此方を捕食するような瞳。
「――それにしも、やっぱり失敗しちゃったかぁ」
「うんうん、でも予想の範囲内っていうか。やっぱり凄いなぁ、魔法とそれを扱う繋くんは」
彼女は指をひらりと杖のように振りながら、傲然と笑う。
「っち! てめえの顔なんて、見たくねえよ消えろ」
春臣がそう言うと、指を鳴らした瞬間、ザシュッとドローンとホログラムが真っ二つに分かれた。
「残念〜。念のためにもう一機用意してるのよね~」
しかし、カラカラと真っ二つに切り裂かれたドローンの頭上から、蛇ノ目の言う通り予備のドローンが降り立ってきた。
「まあまあ、データも取れたし、これが最後」
「最後?」
冬吾の目が細められる。警戒を表すように、周りの気配に気を配る。
「そう、最後。――最後の実験、始めようか?」
その声音には、悪意の代わりに、子供が玩具を与えられた時のような純粋な愉悦が宿っていた。
「だってぇ、今この場には最高戦力である、あの激ヤバ女のユミルちゃんとヒカルくんがいないんでしょ? なら、ちょっとぐらい遊んでも良いよね~」
女性のワザとらしい猫なで声が、ホログラム越しに空気を甘く攪拌する。
軽い調子で言うと同時に、ドローンの底部がカシャン、と音を立てて開き、そこから透明な瓶が出てきた。
その中で、黒紫色の液体がぬるりと蠢き、まるで心臓のように瓶の内側を脈打っていた。
「おい、待て。なんだ、それは? あんな薬、本部に居た頃でさえ見た事ないぞ」
春臣が無意識に一歩後退し、今まで見た事のない薬の存在に猛烈な悪寒が駆け巡る。
それを聞いた繋が3人の前に出る。
杖を構えながら「フロス」と唱え、自分と仲間を大きな防御膜で覆う。
次の瞬間――
ピシリ。
瓶が鈍い音を立てて割れ、闇よりも濃い液体が地面に吸い込まれるように消えていった。
同時に、拠点内で氷漬けにされていたゾンビたちが、無理矢理氷の膜を打ち破る。
「なっ!!?」
「冬吾の氷結を無理矢理破った?!」
しかし、ゾンビは動かない。
異様な場の空気に、誰もが息を呑む。
静寂。
冷たい風だけが、頬に細く吹き過ぎていく。
「「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」」
一拍、遅れて――耳をつんざく絶叫が耳を貫いた。
ゾンビたちは一斉に動き出し、互いの喉笛に喰らいつく。
肉片と血飛沫が宙に散り、骨の砕ける音が響く。
血の匂いが風に乗って、あたりを覆った。
「な・・・なんだこれは・・・・・・!?」
「どうなってるんじゃ!!」
繋はその異様な光景に顔色を失い、背筋がじりじりと凍りつくのを感じた。
「・・・・・・ゾンビの進化には、共食いのプロセスが――」
脳裏に、かつてヒカルが語った話がよぎる。
理解が、警鐘に変わる。
「まさか! Class3を、人為的に引き起こすつもりか!?」
その瞬間、思考が焦りに染まる。
繋は背後の拠点を包む結界と防御魔法を解き、振り返りざまに叫んだ。
「みんな――ヒカルさんたちのところに逃げて!」
叫びながら杖の先を地面に叩く。
(せめて、何があっても良いように身体強化の魔法だけでも!)
冬吾や煌夜、春臣たちの足元に魔法陣が浮かび上がり、魔力の花弁が魔法陣から舞い上がると、彼らを包み込んだ。
「繋くん!! これは!?」
「説明は後! いいから走って!!」
繋の切迫した声に、ホログラム越しの女が笑い声をあげた。
「あっはっは! さっすが、わかっちゃった? でもねぇClass3ぐらいなら、君は余裕で倒せちゃうでしょ?」
琥珀色の瞳が、愉快そうに細められる。
「だからさ! “次”のClassならどうかなぁ?」
「させないッ!」
繋が叫び、杖で天を突く。
その瞬間、夕闇に染まる空に、無数の赤い花の栞が空中を舞い始めた。
花弁が散るたび、夕闇の空に音もなく無数の赤色の剣が生成され、ジャキ!と矛先をゾンビに向ける。
「――グラジオラス! ブロームストランディ(花剣よ雨となれ)!!!」
降り注ぐ雨となった剣は、スガガガと共食いを続けるゾンビたちに容赦なく降り注ぎ、何十ものゾンビを切り裂いていく。
繋が「間に合うか!?」と焦りながら、無理にでも魔法を使う。繋に逃げるように言われた仲間は、繋を置いて逃げる事など出来ず、各々の異能を使って同じように共食いを繰り返すゾンビを殺していく。
だが、それは徒労に終わる。
繋たちの猛攻から運よく生き残った最後の一体。
最後に残ったゾンビの身体がぶくぶくと膨れ上がり始めた。
肉塊がうごめき、全身を包み込みながら繭状に変質していく。
その様は、ゾンビとは言えない、もはや別の生物の域を脱していた。
繭状の肉塊がドクンドクンと胎動し、肉塊の隙間から赤黒い光が漏れ出した。
「全員で止めろッ!!!」
春臣の渾身の叫びとともに、
春臣が指を弾き、渦巻く風の槍で、繭の中心めがけて貫く。
煌夜は燃え上がる黒炎をナイフに纏い思いっきり繭目がけて振りかぶる。
冬吾は地面に掌をつけ、凍てついた氷の槍を一斉に突き上げる。
繋は軋む身体に鞭を打ち、再び魔力を回す。
身体が軋み、血が沸騰するように熱くなるが、それらを全て問題無いと押しとどめ、杖を振り下ろす。咲き乱れる花の剣が、一斉に繭へと突き立った。
凄まじい爆発音と土埃が舞う。
しかし、 意味などなかった。
繭と化した時点で、進化は確約されていた。
それは血を媒介に鋼鉄へと変質し、鋼の揺り籠となっていたのだ。
卵が割れるような音が鳴る。
ピキリ、と。
次の瞬間、繭が破裂し、赤黒い閃光が夜空を貫いた。
煙と血飛沫が舞い、土埃が頬を叩く。
その中心から、“それ”が現れる。
「・・・・・・天使?」と思わず冬吾が声を漏らした。
四肢は曖昧に形を保ち、人のようで人ではない。
筋肉でも皮膚でもない、滑らかな陶器のような身体。
背からは肉塊が変化した不気味な羽が、ゆっくりと開いていく。
顔には、目も鼻もなかった。
ただ、口だけが残っており――ニコリと笑っていた。
真白な陶肌に浮かぶその口元が、唯一感情を持つ器官のように動く。
見る者の理性を逆撫でする、悪夢的な造形。
“人間の形をした災厄”。
繋は息を詰め、杖を握りしめる。
「・・・・・・あれが、Class4・・・・・・」
これまで無数の死線を越えた彼だからこそ理解できた。
目の前の存在は、魔王の領域にあと数歩で届く脅威だ。
(・・・・・・Class3なんて比じゃない)
Class3は確かに厄介だった。
だが各個体が保有する異能を戦いの中である程度把握出来れば対処できた。
だが、進化によって三歳児レベル以上の知性を得た個体が現れたなら――
「保有する異能は拡張」され、攻撃の手段が増えてしまう。
今まさに、その最悪の可能性が目の前にある。
繋は頭の中でシミュレーションを行う。
仲間を逃がし、自分がどこまで時間を稼げるか。
若返った身体と、限界に近い魔力で、どこまで抗えるか。
(だいぶ無理をした・・・・・・)
大規模な上位結界も、上位回復魔法も、立て続けに使ってしまった。
たとえ魔力量が体感で6割半ほど戻ったとはいえ、魔法を自在に使いこなせていた頃の身体とは違う。
正直、異世界にいた全盛期と比べれば、半分も力を出せていない。
そのため、若い身体で上位魔法を何度も使ったことで、魔力量はすでに半分を切っており、繋の精神力も大きく削られていた。
繋は、自分の心臓が持つ事を祈りながら胸元を握りしめ、傍らに立つ仲間たちへと視線を向ける。
誰もが言葉を失っている。
空気が張り詰め、時間すら凍りついたような静寂の中、
誰もがその災厄の形をしたゾンビを見据えていた。
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