表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/83

第20話:心傷

2025/12/15 全改稿

「煌夜くん!」


けいは後ろでただ立ち尽くす煌夜に声を掛けるも、反応が薄い。


恐らく、あまりのショックで頭が動けてないのだろう。


けい。とりあえずワシはあいつの気を引き付けとく。そしたら後は任していいか?」


隣に立つ冬吾が怪物となった春臣を見据えながら作戦を立てる。


自ら陽動で動いてくれること、そしてけいの力で助ける事が出来ると無条件で信用してくれる。


「うん。任して」


「よっしゃ、いくぞ!───染まれ! 銀世界!」


冬吾が思いっきり地面を踏みしめる。

掛け声と共に、燃え盛る拠点内と熱い地面が、一気に氷点下まで落ちた。


キン!と音が鳴ると同時に、周りの炎まで全て凍結される。


この場に残されたのは異能者と魔法使いのみ。


未だコントロールも不十分なため、一般人を巻き込む危険性があった冬吾の氷結能力。

だが、今は迷いなくその力を最大限まで解放し、場を一気に凍結させた。


「銀鏡」と呟くと、冬吾の手の中に銀白色の氷の刀が生まれる。構えなおした冬吾は、凍結した地面を滑るように疾走する。


冬吾が作り出した氷の地面は、冬吾自身には何の影響もない。むしろスケートのように滑ってもいいし、通常通りに駆けても問題ない。


向かってくる冬吾に、春臣は空気を圧縮していない方の手で冬吾の刃を捌いていく。


鋭い金属音と凍てつく空気が交錯し、瞬く間に辺りの地面が深く切り裂かれ、白く霧が立ち上る。


二人は互いの間合いギリギリを取るように輪を描きつつ、スピードと反射神経の限界で刀と爪をぶつけ合った。


冬吾の氷の刀と、怪物と化した春臣の左手に風が集まる。徐々に回転が速くなり、小さなつむじ風となる。


つむじ風を纏った手が、冬吾の氷の刃と触れ合うと火花のような霜煙を散らしながらぶつかり合った。


二人は互いの間合いギリギリを取るように輪を描きつつ、スピードと反射神経の限界で刀と剣をぶつけ合い、瞬く間に辺りの地面が深く切り裂かれ、白い霧が絶え間なくが立ち上る。


キュイン。


収束するような音が鳴る。


冬吾が前線で戦っている間、けいはずっと感知魔法で春臣にかかっている強制力が呪いの類なのか、洗脳的な力なのか、遠隔で支配するものなのか解析する為に分析していた。


その時だった。春臣の右手──かぎ爪のような手がけいに向けられる。


けい!!」


冬吾の焦った声が響き、過集中気味だったけいはハッと我に返り、咄嗟に避けようとした。


だが、後ろに煌夜がまだ立っていることに気づく。


(一瞬、なぜ?)と戸惑うが、煌夜が姉のことを思い出し、春臣と重ねているのだと直感する。


ここで避ければ、煌夜が圧縮された空気砲の直撃を受ける。ならば、けいの取るべき行動は一つ。


ドン――!!


凄まじい轟音が炸裂した。


衝撃の余波が周囲にも伝わり、凍りついた建物やテントが崩れ落ちていく。


「・・・・・・あ」


あまりにも大きな衝撃に、ようやく我に返った煌夜は、目の前の光景に後悔の声を漏らした。


「・・・・・・渡くん・・・・・・」


「よかった。無事で・・・・・・ケガはない?」


けいは杖を構え、防御魔法を展開していたが、展開が少し遅れたために切り傷を負い、血が垂れていた。


その光景に、煌夜の心がざわめく。


かつて姉に同じように守られた時のことと、今の状況が重なる。

そして、もう会うことのできない最愛の家族が頭をよぎり、ゾンビになってしまった姿、最悪な記憶が煌夜に襲い掛かり、・・・・・・あぁ・・・・・・と声にならない呻きが漏れる。


煌夜の精神が限界を迎えそうになった、その時――


パチン、と軽い音が響く。


煌夜は目を大きく見開いた。


けいが、煌夜の両頬をぴしゃりと叩いたのだ。


「煌夜!! しっかりしろ!!」


さっきまで靄がかったようだった視界が、一気にクリアになる。目の前で真っすぐ煌夜を見つめるけいの姿があった。


今はまだ休む時でも、折れる時でもない――そう訴えるような瞳に、煌夜は徐々に自分を取り戻していく。


そしてけいは、短くも厳しく、しかし優しい声で問いかけた。


「戦えるかい?」


煌夜は目を伏せてから、ゆっくりと見開く。


戦える。ここで立ち止まるな――自分にそう言い聞かせて。


──そして。


「ああ」と答え、口元を引き締めた。


煌夜は腰のショルダーバッグからナイフを引き抜き、黒炎を纏わせると、冬吾と接戦を繰り広げている元へ駆けていく。


その途中、けいに「すまない、そしてありがとう」と声をかけたのだった。


「おう、帰ってきたんか」


冬吾が息を荒げながらも、笑みを浮かべて声をかける。


「すまん、迷惑ばっかりかけて・・・・・・」


煌夜が肩で呼吸しながら謝ると、


「そがぁなこと、後からいくらでも後悔したらえぇ。今はけいの道を作るんじゃ!」と冬吾はニッと笑う。


「了解した」


真夜中の瓦礫の上、怪物と化した春臣が巨大な影を揺らめかせて再び吠えた。


「いくぞ、煌夜!」


「ああ!」


冬吾が地面を蹴り、氷の刀を両手で構えて春臣に斬りかかる。


その一撃を、春臣のつむじ風纏う左手が火花と霜煙をまき散らして受け止めた途端、ガクン!と春臣の身体が左足から崩れた。


それは、背後に回った煌夜が黒炎の切っ先を、春臣の右脚に的確に突き刺さしたからであり、一瞬の隙を逃さない様に冬吾は右手で春臣の身体に触れる。


触れたところから氷が侵食し、春臣の身体を氷が覆った。


「今じゃ! けい!!」


けいくん!」


名前を呼ばれ、けいは春臣を見据える。

けいの左手には新しい花の栞が人差し指と中指で挟まれていて、新しい魔法が完成した事が分かった。


「・・・・・・完成!」


けいは刹那の隙を逃さず、春臣の元へ踏み出した。


杖から手を離し、怪物となり凍った彼を抱きしめる。橙色の魔法陣が広がり、紫色の魔力の花弁が辺りを舞う。


その瞬間、けいけいの意識がするりと身体から抜け出し、深淵の闇へと引きずりこまれていった。


次の瞬間、けいは闇の海のような上に立っていた。重い靄と、息苦しい圧迫感。足元には暗さゆえの黒い海なのか、泥なのか分からないが、その全てが、絶望と怒りに蝕まれた春臣の記憶と感情だと、けいは理解する。


何故理解できたのか。

それは、海のような場所に降り立った瞬間、けいの脳内に春臣の幼少期の映像が流れ込んだからだ。


(・・・・・・・・・)


けいは頭が痛くなる。

口元を抑え、塞いでいた自分の過去が溢れ出すのを、何とか大丈夫と何度も言い聞かせて切り替える。


(だいじょうぶ・・・・・・大丈夫だ)


けいは、青い布が巻かれた杖を空間から取り出し高く掲げる。

「バール(篝火よ)」と唱えると、杖の先からバレーボールと同じくらいの大きさの光球が現れて、淡い光りが周りを照らす。


パシャリ。

海のような何か


「春臣くん! どこにいるんだ!? 君を迎えにきた!」


分析した結果、春臣にかかっている術は深層心理に眠るトラウマを刺激し、一時的に身体をコントロールするものだった。


以前に会話をした際に、けいと春臣は似たような幼少期を送っている。


唯一違うのは、物理的虐待か精神的虐待の違いだった。


けいは随分と直視しないようにしてきた過去のトラウマを春臣を救うという行為で何とか紛らわす。


幾数分。頭上の光球だけを頼りに、暗い水面を歩いていると、意識を失っている春臣を見つけた。


「春臣くん!!」


叫ぶその声だけが、暗闇に真っ直ぐ響き渡る。


ばしゃばしゃと水を蹴りながら倒れている春臣の元へ駆けよって膝をついて昏睡状態の彼の肩を揺らす。


最初は弱く、次第に強く何度も揺らすも、春臣は起きる事は無かった。


けいは無言で何か考えた後、頬を──ぶっ叩いた。


「いっでえーーーー!!」


「よかったあ、意識が戻って」


「起こすにも、もっと、こう何かあんだろうがよ!!?」


今まで微睡みながら、昔の嫌な記憶を見せられていたというのに突然目の覚める衝撃を受けて春臣は、上半身を勢いよく起き上がらせた。


春臣は自分が操られていた記憶があり、その後の出来事も全て覚えてる。

けいが何故、こんな所にいるのか理解はしてないが、恐らく彼が自分を助けてくれたのだろうと分かった。


それだとしても、思いっきり頬をぶつ事は無いだろうと、春臣はぶたれた肩頬を擦りながら、恨めし気な目でけいの顔を見る。


光源があるのにも関わらず、周りが暗いせいでけいの顔がよく見えなかったが春臣は改めて周りを見渡し「ここは?」と質問する。


「春臣くんの精神世界だよ」


そしてけいは春臣を助けるための経緯を説明した。


「うげえ、おれの心象風景ってやつか」


まさか自分を助けるために精神世界にダイブするとは魔法という力は末恐ろしいなと感じていると、いつもより言葉が少ないけいに春臣は疑問に思う。


少し俯いているけいの顔を下から覗き込むように見ると、そこには恐らく自分より顔色の悪いけいの表情があった。


「──っおい、起こして貰ってなんだがよ、お前大丈夫か?」


「へ・・・・・?」


けいは春臣に言われて、自分の顔がそんなに酷い物かと認識する。自分の顔を確かめる様に右手で触るけいに春臣は「もしや」と気付く。


「──おまえ・・・・・・おれの精神世界に当てられてんだろ・・・・・・」


精神世界なのだ、春臣自身の虐待を受けた時の光景でも見たのだろう。

そして、けい自身の過去と重なったのだ。


「だいじょうぶ・・・・・・春臣くんとは違って、僕のほうはマシだった筈だから」


けいはそう言って笑みを浮かべ立ち上がると、春臣に手を伸ばす。


春臣はそんなけいに訝しみながらも手を取った。


───その瞬間だった。


春臣の脳内に、けいの過去が流れ込んだ。


育児放棄、両親の喧嘩による事故、異世界での旅路。


断片的ではあったが、けいにとって強く、潜在的に傷ついた記憶が流れ込む。


それに、春臣は思わず手に取ったけいの手を強く握り込む。


(なにが、マシだ・・・・・・。おれたちが受けてきた傷に大きも小さいもねえだろうがよ)


それにと春臣は思う。


けいは自分と違って、親に対して情が捨てきれてない。

だから、恨む事もなく怒る事もできない。


(中途半端な愛情ほど、厄介なものはねえ)


けいのような優しい人間だと、余計に自分の責任で親が亡くなったのだと責めてしまう。


記憶が混濁するほどの、改竄と自罰意識が根強くなる。


「なあ、お前は・・・・・・実の親に対して怒る事ができたか?」


春臣はどうか、けいに頷いて欲しいと願った。


そうでなければ、傷は膿を生み治りが遅くなり、酷くなる。


(オレは恨む事ができた、怒る事もできた、全部親のせいだとぶつける事ができた。あいつらのせいで、おれの人生は無茶苦茶になった、けど、けれどよ───お前いたいな優しいやつがおれの心を救ってくれた)


同じ傷を抱えても人に優しく出来るお前が。

真面目に真剣に誰かの為に動くから、こんな自分でも人に優しく出来るかもしてないと思えた。


返ってきた答えに、春臣は悔しさから泣きそうな顔になるのをバッと反らして隠す。


けいは不思議そうな表情をした後、首を横に傾けながら笑って見せた。


「ごめん、理解してるんだけど出来ないや」


春臣が言った事は、ヒョードルにもフリッグからも、スヴィグルにも言われてきた事だった。


異世界から地球へ戻る際にも、フリッグから心配されていた。


初めこそ、けいは皆が何を言っているのかが分からなかった。

だが地球に戻ってきてから、ヒカル、菊香、かつての親友、ユミルという元魔王、そして同じ傷を持っている春臣を経て、みんなが自分の事を心配してくれている事、何を伝えたかったのかやっと理解が出来た。


けれども、けいはまだ「受け入れる事は出来なかった」。


理解は出来るけど、受け入れる事が出来ない。


───傷は膿を生み治りが遅くなり、酷くなる。


まさに、春臣の想像通りだった。


「・・・・・・っ」


春臣は唇を噛む。それは、悔しさだった。


自分を救ってくれた恩人が、未だに自分を罰する姿に納得できなかった。


春臣はけいを改めてみると、当の本人はそさくさと帰る準備をしているのか、紫がかったピンク色の花の栞を宙に放り投げ、魔法を発動していた。


「って、お前! もっとしんみりしろよ!!」


春臣はビっ!と指を差す。


自分を救ってくれたのだ。ならば、お前も救われるべきだと春臣は豪語する。


「え〜? いまさら僕の事はいいよ」


どこか面倒くさそうな顔で答えるけいに春臣はぴくぴくと目元が引き攣った。


こいつは、人の心に救いの手を差し伸べる癖に、自分の心には無頓着すぎて春臣は逆にむかむかと腹が立ってきた。


むしろ逆ギレしてもいいはずだ。

───いや、逆ギレしてやると春臣はけいに向かって怒鳴った。


「ふざけんな、わたり! 自分のことは後回しにして、他人ばっかり助けやがって、それで済むと思うなよ!! お前からしてもらったこと、全部倍返しで返してやる!!!」


だから、宣言する。

まるで、悪人の如く、険しい表情で。


「だから、覚悟しろよ!!」


「そんな形相で言うもんなの?!」


余りにも脅迫じみた表情と声に、けいは身体を後ろに反らせながら困惑する。


「てことで、さっさと現実世界に戻しな!」


「もう、やってるし!」


ぎゃあぎゃあと互いに騒ぎ立てながら紫がかったピンク色の花弁が天から舞い、闇が晴れていく。




もしこの内容が良かったらブクマ・評価・リアクションしてくれますと飛び跳ねて喜んでるかも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ