第19話:毒牙
2025/12/15 全改稿
「て事で新たな仲間として宜しく」
「アイツは、ほいほいと敵を仲間にするんじゃあねえよ!!」
この場にいない、繋に向けてヒカルの悩ましい叫び声が体育館内で広まった。
菊香はヒカルの隣で空笑いを漏らす。
想定外に、予想外。
お人好しも合いまった、人誑し。
そんな繋にヒカルと菊香は嬉しくも、困惑とした表情になってしまうのはしょうがない。
冬吾に至っては、繋の事については何でも理解しているような表情で腕を組んでおり、ユミルは固まっている煌夜に「おーい、大丈夫?」と人差し指でつついていた。
はっと意識を取り戻すとやっと遅れて叫ぶ。
「三船!! お前スパイだったのか!!?」
「うぉッ、ビックリさせんなよな。さっきからそう言ってんだろ。蛇ノ目からの命令で渡の観察命令が出てたんだ」
小指で耳を塞ぎつつ、目を細めながら春臣が答えると、「あの女」という言葉に引っ掛かったユミルが「ねえ」と尋ねた。
「蛇ノ目って、中ちゃんの隣にいるあの科学者?」
「えっと、ユミルちゃん中ちゃんって誰?」
「あ、そっかそっか、この間話した東京の責任者の名前だよ」
中ちゃん。もとい仲代皐月。前回ユミルが話してくれた気の弱そうな壮年男性で、上に立てるような器ではないと悲しくもそう酷評された男。
「中ちゃんって、仲代皐月のことかよ・・・・・・」
一瞬誰のことか分からずにいたが、春臣はユミルの問いにそうだと頷いた。
「うげえ〜。てことはあの女が実質的に権限を持っているってことかあ」
ユミルは心底嫌そうな顔を一瞬だけした後、笑顔に切り替えて「やっぱり、あの時殺しておけば良かった」と手を組んで乗せた顔で爽やかな声で言い放った。
「相変わらず、ヤベエな・・・・・・あんたのその風貌で忘れそうになってたけど、出合い頭に無表情でデケエ鎌を振りかぶってたっけ・・・・・」
頬を引き攣らせながらユミルを見る春臣に、イエーイと頬杖をつきながら目元にピースサインをしておちゃらけて見せるが、ヤバさが隠せていない。
「まっ、あんたの言う通り、あのお飾りの隣にいるあの女が東京の実質的な支配者だ」
「て事は、オレたちの復讐も彼女か・・・・・・」
「そういう事だな。恐らく人体実験の指揮も全部蛇ノ目がしているはず」
「すまないな。お前らの復讐心を知りつつも黙ってて」
「いや、謝らなくていいさ。お前の責任でも、お前が悪いわけでもないんだから」
煌夜はふるふると首を振った。春臣は悪くない。全ての元凶は蛇ノ目だという事が分かっただけでも、充分だった。
これで、復讐に専念できる。一つの目標に照準を定めることができる。
「三船さん、繋さんの任務について、詳しいことって分かりますか?」
静寂を破るように、菊香の真剣な声が響いた。その場の全員が思わず彼女に顔を向ける。
「いや、残念だがそれ以上の詳しい内容は教えられてない。所詮、俺たちは捨て駒だしな。でも、ろくなことじゃないと俺は思ってる」
「だね。繋ちゃんの力を狙っているのか、それとも繋ちゃんを殺すための下準備なのか──」
最後まで言い切る前に、パチリと赤橙色の雷が菊香の周囲で揺らめくように弾ける。
さらに、その隣では赤雷が激しく迸る音と、足元から冷気が漂い室内の気温が一気に下がった。
空気がぴん、と張りつめる。
ユミルはその様子に気付き、手をパン、と叩いて場の空気を変える。
「はいはい、キっちゃんも、そこの大人二人もクールダウンよ」
“愛されてんねえ〜”と、この場にいない繋に向かって茶化しながら、ユミルは溢れる怒りを抑えようとした三人を我に返す。
「そもそも、ちょっとやそっと強いだけじゃ、この世界で繋ちゃんに勝てる人間なんていない──」
だから大丈夫大丈夫〜と軽く言いかけたそのとき、ユミルの脳裏に、全力でお人好しな繋の顔がよぎった。
「あ、いや、大丈夫じゃないな」と抑揚のない声で否定する。
「ふっつうに誰かを庇って、大けがしそうなイメージしかないから、私も繋ちゃんが無理しないか注意して見とくわ」
ユミルがスン、と真顔で言い切る。菊香たち三人は大きく頷き、煌夜と春臣は不思議そうに顔を見合わせた。
「よし、新たな情報もGETできたことだし、明日の出発前に繋ちゃんにも共有して、東京壊滅に向けて頑張ろうかね!」
ユミルが手を叩いて場をまとめる。
次に続く仲間たちの短い返事や冗談のやり取りが、張りつめた会議の空気を少しだけ和ませた。
みんな、それぞれの思いを胸に夜を迎える。
そして翌朝――。
ユミル達が集まって、各々に声をかける。その姿を、繋は優しい顔で眺める。
「とうとう、出発だね」
見送りは相変わらず賑やかだった。
ユミルと時雨、冬吾、煌夜、春臣たちが――シグルの時に見送られた時と同じような光景が、再び繋たちの前に集う。
ユミルは菊香の手を取り、ぶんぶんと上下に振りながら約束を交わす。
「キッちゃん、絶対また元気に会おうね!」
「うん、絶対。ユミルちゃんも無茶しないでね!」
「えへへ、勿論だし~!」
「そこは、建前でも程々に頑張ると言いなさいよ・・・・・・まったくもう・・・・・・」
時雨はその隣で呆れた声を出しつつも、優しい顔をしていた。
一方、冬吾は繋を力強く抱きしめている。
「ぎ、ぎぶ・・・・・・」
繋は苦しげに呻きながら、冬吾の背中をバシバシと叩き、やっとのことで解放された。
「まったく、死にに行くようなものじゃないんだから、大丈夫なのに・・・・・・」
「いや・・・・・・一度は死んだと思ってたんじゃが・・・・・・」
「あ、そうだった!」
「けーいー・・・・・・」
「まったく、賑やかだな」
「いい事じゃないか」
春臣は他のメンバーのやり取りに呆れたような笑いを漏らす。
ヒカルはいつもどおり、騒々しいのはゴメンだと言ってのけ、軽トラの運転席に腰かけ、出発の時を待っていた。
「おーい!」
「良かった、間に合った!」
そこへ他の隊員や隊長クラスの面々が次々と駆けつけた。
皆、仕事の合間を縫い、繋たちの旅立ちを見届けに来てくれたようだった。
見送りの場はさらに賑やかになり、明るい掛け声や冗談が次々と飛び交った。
「三人とも、気をつけていくんだよ~」
「ご武運を祈っております」
ユミルがこちらに手を振り、時雨は少し照れ隠しの笑みを向ける。
「気ぃつけてな。あと、繋!すぐ追いつくけえのう」
冬吾がウインクをして、繋はピースサインで返す。
「あとで、反乱軍で落ち合おう」
煌夜は繋に握手を求め、強く握り返す。春臣はヒカルと同じで騒がしいのが嫌いなのか、少し離れた場所に立っており、腕を組みつつ掌だけひらひらと動かし手を振ってくれていた。
(シグルさん時もそうだったけど、こういうの懐かしいな)
繋はこの光景を懐かしそうに眺める。
セプネテスでの旅の途中でも、寄った村、国から、こうやって見送りを受けた事を思い出す。
思わず懐かしさに浸りそうになるが、繋は頭を横に振って切り返る。
必ず、ヒカルと菊香が平和に過ごせる世界に戻す為に。その為の過程の一つである東京の拠点の壊滅。
まずは、それを成し遂げないといけない。
(スタンピードを解決しても、根源を絶たないと、同じことが起きるはず)
(いち早く、解決しなければ)
──それが今の僕に課せられた役割だ。と繋は胸に刻む。
時間が経つほど犠牲は増える。
あの地獄を、もう誰にも味わわせたくない。と強く思う。
「おい、そろそろ出発するか」
ヒカルが車窓から顔を出して、繋と菊香に声をかけた。
────────その瞬間。
遠く体育館の方角から、重々しい爆音が響いた。
「え?」
菊香のがく然とした声が嫌に響く。
初めは一発、続いて複数の爆発が立て続けに起きる。
廃校の一部が崩れ、火柱が夜空を赤く染め上げ、その光が人々の顔を蒼白に照らす。
悲鳴が上がり、難民たちは一斉に混乱した。
「全員、安全確保! 負傷者の確認、避難動線の確保、応急処置班は即時に動いて!」
ユミルが低く鋭く指示し、大勢の群衆を切り裂くようにその声が響く。
繋とヒカルはすぐに視線を交わし、次の瞬間、ヒカルは車から飛び出て無言の合図で互いに別れた。
冬吾も繋の肩を叩き、お互いに頷き合う。
「繋さん! わたしもおじさんと一緒に助けに行ってくる!」
「菊香ちゃん気を付けて!」
菊香は大きく頷くと、ヒカルの背中を追いかけるように走り出した。
「三船! おれたちも行くぞ!」
「わーってる!!」
突如、奈良の拠点に大量のゾンビが雪崩れ込んでくる。
ゾンビ達の唸り声が辺りを覆いつくす。火と血の匂いが夜風に混じる。
避難民たちのざわめきの中、繋たちの判断が急かされた。
「ユミルちゃん! 難民たちをトラックに乗せて、シグルさんの拠点に向かって!」
繋が叫ぶ。ユミルはすぐに頷き、部下達に軍用トラックを用意して難民を誘導するように命令する。
「これ以上、中には入らせない・・・・・・!」
繋は認識阻害の魔法を解き放ち、持ち手を飾る青と黒の色合いの魔法布がなびく、特異な長杖を手にする。
空間魔法からビッ!と取り出した、「青紫色」の花の栞を宙に投げ、結界発動の詠唱を、力強く高らかに唱える。
「完全出力、概念抽出魔法オルタナティブマジック展開」
───完全出力の概念抽出魔法。
本来、繋は初級レベルの魔法しか使うことができない。
それを、解決するために作ったのが概念抽出魔法。
疑似的に最上級魔法を使えるようにする為に作った自作魔法。
しかし、いくら自分用に設計した魔法だとしても、無理やり魔力回路を埋め込んだ身体では、上位の魔法を発動する負担は大きい。
だからこそ、普段は「簡易出力」でその力を抑えている。
だけど今はそんな場合じゃないと繋は魔力回路をフルで行使する。
圧縮された魔力が、血管、骨の髄まで震わせる。
繋が見つめる世界の輪郭がぼやけ、血管の中で魔力が暴れる。
それでも繋は、声を張り上げた。
「展開せよ! ブローディア!!(星百合の結界)」
瞬間、青紫色の結界が起爆するような光の柱が花の栞から立ち上がる。光の柱は上空へ、そして拠点全体を包み込む。夜空に広がる六角形の模様、その幻想的な光に、守られる側も、戦う側も、わずかな間だけ息を飲んだ。
「すごッ!」
たった一人でこんなにデカい結界を張れるなんて、そうそう居ないとユミルは思わず声を上げる。
緊迫した状況と分かりつつも、思わず声を上げてしまうくらいには幻想的な光景に、他の仲間達たちも動きが一瞬だけ止まり、その光景に見入る。
だが、その余韻に浸る暇はなかった。
繋は決然と叫ぶ。
「これで外からの侵入は防げます。重傷者は僕に連れてきてください必ず治します!」
◇
「繋、この人たちも頼むんじゃ!」
「繋さん、次はこの人も!」
「渡くん、大丈夫か?!」
「了解! 煌夜くん僕は大丈夫。だから、他の人たちをお願い」
(一人一人、回復魔法をかけてたら、時間効率も悪い・・・・・・出し惜しみしてる場合じゃないよな・・・・・・)
そう決断するや否や、繋は膝を上げて立ち上がる。
治療していた患者に弱々しく手を引かれたが、繋は「大丈夫」と優しい声で答え、しっかりと握り返してから、ゆっくりと手を離した。
魔法使いは、そっと心の中で念じる。
すると、ふわりと繋の前に「朱色」の花の栞が舞うように出現した栞を素早く掴み、魔法を展開する。
「デロニクス・レギア(不死の花園)」
数十人もの負傷者たちの下に、大きな魔法陣が展開される。
次の瞬間、魔法陣から朱色の花弁が溢れ出した。
溢れかえる花弁はゆっくりと負傷者の身体に降り注ぎ、体内に取り込まれていく。そのたびに、負傷者たちの傷が癒えていった。
赤い魔力の花弁が血の代わりとなり、生命力の代わりとなり、青白くなっていた負傷者達の身体が元の血色に戻っていく。
奇跡のような光景に、その場にいた誰もが言葉を失い、ただ息を呑んだ。
朱色の花弁が舞い降りるたびに、負傷者の身体がみるみるうちに癒されていく。その奇跡に、誰もが目の前の現実を信じられず、ただ立ち尽くす人、祈るように手を組む者もいた。
仲間達は奇跡を起こした繋を敬意の眼差しで見た。
しかし、本人は精神をすり減らし、摩耗した表情をしながら大量の汗をかいていた。
──ドクン。
その時、繋の心臓付近に埋め込まれた魔力回路装置が、熱を帯びて悲鳴を上げる。
(くそ・・・・・・流石にこの若い身体だと、魔力量が事足りても、最上級魔法に当たる概念抽出魔法の同時展開は、キツイな・・・・・・)
急激に体温が上がっていくが、繋は目を閉じながら耐える。
「繋!! 大丈夫か!?」
「繋さん!?」
冬吾と菊香が自分を心配する声が聞こえるも繋は「大丈夫」と笑顔を作る。
「だいじょうぶ。2人も無理しないで逃げる準備をして」
相変わらず、人の事を気にかける繋に冬吾と菊香は身体を固めてしまう。
本当は繋本人にも無理をしないで欲しいのに、強く止める事が出来ない現状が苦しかった。
しかし、それでもお互いに手を止める暇はない。繋は、直ぐに次々に運ばれてくる負傷者を回復魔法で治癒していく。
そんな光景を悔しそうに眺める2人。
しかし、今は出来る事をやるしかないのだと心に言い聞かせて動く事にした。
「菊香ちゃん、繋のいう通りじゃ。ワシらの出来る事をしよう」
「そう・・・・・・ですね」
そして、2人は難民を軍用トラックに乗せる為に、動き出した。
どんどんゾンビが近づいてくる声が聞こえる。
銃声や悲鳴、鳴き声、能力者が放つ技の音、様々な音が重なり、各々が焦燥感に駆られる。
いつ終わるのか分からない長い時間が流れていく。
そして、何度かの回復魔法をかけ終えたその時。
「繋さん、もうほとんどの民間人と負傷者は輸送車に乗せ終わりました!」
時雨が、難民たちを軍用トラックへの収容が完了したことを繋に報せに来た。
ヒカルもやってきて、息を整えながら頷く。
「これで、あとはこちら側の脱出だけだな」
「外にはまずあたしが出る。ゾンビ共を蹴散らすから、その後空いた道で時雨たちは、難民の人たちを京都の拠点にまで送って!」
「わかりました! ですが、ユミル。あなたも無理なさらないように」
「お前らも、ここは良い!! ワシに任せて時雨さん達の補佐にまわれ!」
「おやじ!! あんたも一緒にだ!」
時雨の言葉や冬吾の部下たちが自分達の責任者を心配する言葉をかける。
ユミルと冬吾は一瞬、キョトンとした表情になるがすぐさまニッと笑って見せる。
「あたしを誰だと思ってんのよ〜? この拠点の責任者だよ? 今が無理をするタイミング!」
「そうじゃ! その為のリーダーじゃけんのう!」
2人の頼もしいセリフに皆の表情に、わずかに安堵の色が差す。
それを見ていた繋は流石責任者だけあると、疲れた顔で微笑む。
繋は深く息を吐き、ほんの一拍、空を見上げる。
(もうすぐ、夜がくる。その前に動かなきゃだ)
油断は許されない。
「よし。出口のゾンビは俺たちが倒す。その後順番に車を発進させろ!――いくぞ!」
ヒカルが赤雷を纏いながらいち早く動き出した。その後に続くように、菊香はコンパウンドボウを展開し、ユミルも大鎌を肩に担ぐ。
いち早く外に出た三人は連携してゾンビを一掃していく。
「よし、煌夜おれたちも行くぞ」
「ああ!」
「冬吾、行こうか」
「おぶるけん、背中に乗れ」
「え? いいよ、だいじょうぶ」
「大丈夫じゃないけぇ、言いよるんじゃ。さっきはお前の言うこと聞いたろ? 今度はワシの言うこと、ちゃんと聞いとけや。大人しく背負われちょれ」
冬吾に強く言われ、繋は一瞬だけ反論しようと口を開きかけたが、親友の有無を言わせぬ気迫に押され、結局は何も言えなかった。
無理してでも自分で立ち上がろうとする癖を、冬吾は見抜いているのだと、そのことを思い知らされると、繋は小さくため息をつく。
観念して「・・・・・・分かったよ」と、小さく呟きながら、無言で冬吾の背にそっと手をかけようとした。
───その時だった。ズザン!!と何かが斬れた音がした。
拠点の中で残っていた4人の身にイレギュラーが起きた。
突如外壁が滑り落ちてくる――
次の瞬間、轟音と共に巨大な岩が、まるで拠点の出口を塞ぐかのように真上から叩きつけられた。
地面が激しく揺れ、砂利が跳ね上がり、混乱した叫び声が響き渡る。
門の外へと踏み出していたヒカル、菊香、ユミルの姿が、濛々と舞い上がる砂塵と崩れ落ちた外壁により外と中で断絶される。
拠店の中に取り残された繋達四人と他の仲間たちに新たな緊張が走る。
誰が!と辺りを見回して、ある人物に皆の目が止まった。
外壁を切り落とした人物。
それは――三船春臣だった。
「え?」
本人も、何が起きたのか分からないといった表情だった。
ただ、右手だけが伸ばされ、彼の異能である鎌鼬が発動し、外壁をすぱりと切り崩したのだ。
拠点内に取り残された繋、冬吾、煌夜と、その部下数人が、困惑した目で春臣を見つめていた。
すると上空から、パラパラとプロペラ音が響いてきた。
小型のドローンが夕空から降りてくる。
ドローンの下部からレンズがガチャリと現れ、青白いホログラムが映し出される。
「よしよし。順調だね」
映し出されたのは、どこかの女優かと見間違うほど整った顔立ちの女性。
声を発すると、よく通る声にどこか甘さが混じっていた。
「てめえ、は・・・・・・!!」
春臣が嫌悪に満ちた表情で、蛇ノ目を睨みつける。
「いやあ、何かあった時の予備プランを立てておくのって大事よね」
「さすが! 私」と彼女は笑いながら自分を褒めた。
その間にも、繋は春臣の身に何が起きているのか、感知魔法で調べていた。
そして、とんでもない事実に気づき、「なんてことを!」と声を漏らす。
「冬吾!! 春臣君は強制的に身体を支配されてる!! 動きを止めてくれ!」
「了解じゃ!!」
冬吾は繋が魔法で春臣の状態を調べていると察していたため、繋の一声に即座に反応し、春臣に向かって地面を這うように氷を伸ばした。
だが、三船は軍用ポシェットから、銀色に鈍く光る注射器を取り出す。
透明な液体の中に、かすかに紫がかった粒が漂っていた。
「それは、まさか・・・・・・!」
煌夜が目を見張った。
「うん。想像通り、新薬よ」
ホログラムに映る、蛇ノ目が愉悦たっぷりに口元を弧に描く。
春臣が任務に行くときに忍ばせた薬。
蛇ノ目の支配下になてつぃまった、春臣を救う為に繋は魔法を起動しているが、精神抑制・洗脳解除の類の魔法が効かずに焦る。
一度あいての能力を理解しないと対処できない魔法に、こういう時ほど万能じゃない力に、繋は苦虫を噛み潰したような表情になる。
「そういう事で三船くん、ファイト!」
「やめろ!!」
制止する春臣と繋の声。
だが春臣の身体は意思とは真逆の行動に絶望しながら自分の首元に注射器を突き立てた。
注射器は彼の手元から滑り落ち、地面に当たって割れる音が響く。
ガガガガッ――。
這いよる氷の大地を削り取り、大気がねじれるほどの衝撃が走る。
三船を中心に、岩や瓦礫が浮き上がり、渦を巻くように竜巻が発生した。
三船の身体は裂けるように弓なりに反り返り、筋肉が膨張し、血管が黒く浮かび上がる。皮膚の下で何かが脈打ち、骨は不自然な形にせり上がってゆく。
左手からは異形の爪が生え、左目の横には牙のような仮面が伸びてきた。
地面を踏み砕きながら、三船は咆哮をあげる。
「ガァアアアアアアアッ!!」
「春臣君!!」
繋が叫ぶ。しかし、もう春臣の瞳に理性は残っていなかった。変貌したその瞳の奥で、かすかに残った光が、完全に閉じる。
繋は再度感知魔法を発動した。
春臣の情報が表示される。それを見て、繋は眉間に皺を寄せる。
(――Class✕✕だって?いわゆる・・・・・・強制変異体ということか)
自我を失い、殺戮本能のまま暴れる、純粋な怪物と化した春臣。
瓦礫を踏み砕きながら、変異した三船が灼熱の地面を揺らして一歩、また一歩と進み出す。
「完全に・・・・・・変異してしまった・・・・・・」
煌夜の表情が絶望に塗り替わる。
春臣の巨大化した左手のかぎ爪が「ガチチチ」と音を立てた。
かぎ爪の掌に空気を圧縮しているのを確認して、
立ち尽くす煌夜の前に繋と冬吾が庇うように立った。
「冬吾、助けるよ!」
「おう!」
(大丈夫。助けれる)
繋目を一瞬だけ伏せて見開く。怪物と化した三船に、かつて救えなかった「バロル」の姿が一瞬重なった。
「あの時とは違う、必ず救ってみせる――!」
もしこの内容が良かったらブクマ・評価・リアクションしてくれますと飛び跳ねて喜んでるかも。




