表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/83

第18話:起点

2025/12/15 全改稿

(まさか、ここまでとはねえ)


煌夜こうやが反乱軍の仲間達にこれからの事を説明している。


渡繋けい一行と東京本部を壊滅させる為の作戦を。


場所は奈良の拠点内のテントの一角、そこには反乱軍が在住している埼玉から幹部を一部連れてきて事の説明をしていた。


(まさか、おれが東京のスパイだとは誰も分かんねえだろうな)


三船晴臣みふねはるおみは眠たそうに口を大きく開けながら、我らがリーダーの話しを退屈そうに聞いていた。


(さて、どうするかな・・・・・・)


春臣は渡と交流する機会があってからというもの、すっかり絆されていた。


似た者同士。

同じように、過去に両親関係で禄でもない幼少期を過ごさないといけなかった事。


(といっても、おれと違ってあいつは腐らずに生きてきたんだがな)


春臣の胸中は複雑なものになっていた。


彼は本部から、渡繋けいの監視と観察を命令されていた。


けい(けい)の魔法と呼ばれる力がどんなものなのか、どういった事が出来て、何が出来ないのか。


能力者との違い。魔法を使う使用者へのデメリット。


その他諸々のデータを送れとのお達しだった。


(そりゃあ、ほぼ何でも出来る力だ。あのマッドサイエンティストが気になる要因しかねえもんな)


しかし、春臣に命令をした彼女は魔法の力を利用したいが為に観察依頼をかけた訳ではなかった。


では、何が目的なのか。


───それは、彼女の実験結果と戦える相手。


彼女の実験の次のステップへ進むための被検体。それが、必要だったのだ。


異能には「段階」がある。


能力の発現。使役。応用。そして、「拡張」。


所謂魔法と同じ。ただの、「力」を別の力に「拡張させ進化」させる事が出来る。


しかし、現状この「拡張」は、「東京本部の責任者」を除いて、他の人間はそのレベルに行き付いてない。


だから、彼女自身と彼女が作るゾンビ兵も異能の「拡張」が意図的に出来るようになれば───。


───彼女1人でスタンピードを解決し、そして世界を支配する事が出来てしまう。


さて、ここで重要な事がある。


彼女の異能がなんなのかだ。


ゾンビ兵にした所で、普通なら彼女の命令を聞ける筈は無いのに、彼女は大量のゾンビ兵を作ろうとしている。


つまり、それが可能な能力という事だ。


ここまで聞いたら、分かったかもしれない。


彼女の異能は「強制」の能力。


しかし、洗脳や支配といった必ずしも相手の全てを支配する万能の力ではない。


効果持続は、現状一時いっときだけ。

相手の行動を一時的にだけ、彼女の支配下に置く事が出来る。


だがしかし、誰にも彼にも発動出来るわけではない。


───発動条件。


あいての「潜在意識にあるトラウマを刺激」する事。

彼女は人間観察が得意だ。だからこそ、人の触れたくない所を見抜いてしまう。


悪魔のささやきが如く、相手の心の隙間を狙う、厄介極まりない能力。


───そんな彼女の能力が、春臣にかけられているのだった。


しかし、当の本人は彼女の能力にかけられている事など知らない。


彼女の毒牙はつねに春臣の首に噛みつけるように、彼の身体に蛇のようにまとわりついていた。


(中々気持ちが晴れねえな。アイツん所にもう一度行くか)


春臣のトラウマ。

それは、幼少期に受けた両親からの虐待。


運よく児童養護施設に行くことが出来たが、幼い頃に受けた傷は対人関係に支障をきたすには充分で、大人になるまで彼を苦しめ続けてきた。


周りが自分を理解してくれることもなく、生きづらさだけが募る毎日。


ずっと、他人と自分を見比べては、息が詰まりそうな日々。


その日常が、ある日突然壊れた。


混沌とした、非日常。


生きるか死ぬかだけが基準のシンプルな世界。


春臣にとって、その方がずっと生きやすかった。水を得た魚のように、生きることが出来た。


そんな折だ。東京の難民としてやってきて、能力者として覚醒し、幹部にまで昇りつめて、あの女と出会ったのは。


春臣のような人間を集めて、彼女は言った。


「世界を元に戻す人たちがいる。わたしはそれを許さない」と。


この世界じゃなければ生きていけない人もいる。だから、このままでいい。誰が上でも下でもない、堕ちたまま在り続けようと。


当時の春臣にとっては、彼女が掲げるその歪な救済の手こそが、初めて与えられた自分だけの居場所のように思えた。


その言葉こそ、初めて自分の苦しみや生きづらさを肯定してもらえた気がして、居場所を見つけたように感じたのだ。


実際は、どんなに堕落した世界であれ上と下は出来るのだが、当時の春臣は彼女の掲げる理想が自分を認めてくれる唯一の光だと信じていた。


いや、そう信じ込まされていた。


そんな春臣の人生を変える出来事があった。

彼の考えを変えるには充分な出会いが彼の身に起きたのだ。


だから、彼はもう一度繋けいと話しに、会いに行く。


(人は出会いによって変わるって聞いた事あんだけど、まさか自分の身に二度も起きるとはなあ・・・・・・)


どこか、心が浮足立つのを感じながら。


そんな、春臣に影が差す。横入りが入る。

人生を変える起点が来たのに、悪魔がそれを邪魔するかのように。


──残念〜、人生そんな上手く行くわけないでしょ。


蛇が舌なめずりをしていた。





「オレは引き続き、彼とその仲間達とこれからの事について連携を取るために奈良に残る。君たちは一度東京に戻り、戦いの準備を続けてほしい」


全員が承諾した後、一人また一人と立ち上がり、煌夜を含め、それぞれの持ち場へと静かに散ってゆく。春臣は最後にテントからのらりくらりと出ていく。


ぴゅう。と冬風が吹いた。


身体の芯まで冷えるような風に身体を一瞬身震いさせる。


彼について改めて紹介しよう。


男の名前は三船春臣みふねはるおみ


黒髪をオールバック気味に撫で付けた精悍な横顔だが常に気だるげな顔をしつつも、どこか古風な男らしさを纏っている。


(いたいた、相変わらず頑張ってんな)


春臣は廃校に向かいながら、雑多な拠点内を歩いていると、特徴的な赤い前髪の一房が風に揺れているのを見つける。


それは、給食缶を二缶と両方の手で持ちながらすたすたと歩く、けい(けい)だった。


自然と口角が上がるが、その事に春臣は自分でも気づいてなかった。


その瞬間、───ザザザと。一瞬だけノイズのような、鋭い痛みが頭の中に走った気がした。


───こんな素敵な世界を元に戻すなんて、ダメでしょ。


蛇のような目で、心の内を見抜くように笑うあの女のことを思い出し、春臣は不快そうな顔で舌打ちする。


なんで、あの女を今のタイミングで思い出すのか分からなかった。


出会った当初は、あの女の思想に賛同していたが、しかし今思えばなぜ、あんなにも心酔していたのか分からない。


まるで、ずっと頭の中にあった靄みたいなものが、アイツに出会ってから霧が晴れたかのようにクリアになって、それまで春臣を支配していた破滅願望のようなものが消え去って、正常な判断できるようになった気分だった。


ちなみに、そのアイツとは目の前を歩いている渡繋わたりけいの事である。


春臣とけいの出会いは些細なきっかけだった。


微塵も興味が無かったけいの観察報告でやってきた奈良の拠点だったが、ゾンビ退治で負傷した奈良の隊員の治療をけいがしていた際に、たまたま近くにいた春臣を無理矢理、負傷者の治療の手伝いをさせた事から始まる。


そこからだ、何かあるごとに手伝わされた。


けい曰く、春臣の包帯を巻く手つきが慣れているという事だったから医療従事者だと勘違いしてくれている。


(あいつは、この世界をどう思ってるんだろうな)


きっと、けいなら自分が納得できる答えを持っているかもしれない。そんな期待を覚えながら、春臣はけいに気さくに声をかけた。


「よっ、ひさしぶりだな」


けいは自分の名前を呼ばれた事に気づくと、振り返る。


「おお、春臣くんじゃない。奇遇だね~」


自分の名前を呼んだのが春臣だと気付くや否や、彼は直ぐに日だまりのような笑顔を浮かべた。


「お前を探してたんだ。それ、重いだろ、持つぞ」


「え!? いいの?」


良い良いと春臣はそういうと、けいが持っていた給食缶の一つを貰うように持ち手に手をかけた。


けいは嬉しそうに「ありがとう」と感謝の言葉を述べるも、春臣は照れ臭いのかこれくらいなんともないと答える。


軽く世間話を交わしながら腹を空かした子供達が待っている廃校まで、歩いていく。


「そう言えば、僕を探してたのって?」


「あ・・・・・・」


普通に話をしているのが楽しくて、本来の目的を忘れていた春臣はそう言えばと、頭を掻く。「あ~、ん~」とどこか煮え切らない、言葉にならない言葉を暫く続けたあと、春臣は少し緊張した感じで、けいに問う。


「なあ、お前は、この世界をどう思う?」


「い、いきなりだね?」


唐突な問いに、けいはちょっと驚いたように目を瞬かせ、歩みを緩める。春臣の質問の意図が分からずう~んと唸っていると、春臣が意図について説明してくれた。


「ぶっちゃけた話、おれはお前に会うまで、この世界を元に戻さなくても良いって思ってたんだ。───おれは、前に話した通り、過去に色々あった事からずっと普通の世界の方が生きにくいと思ってた」


(人に優しくしたって、返ってくるはずがない――そう思ってた)


だから、他の拠点や人間が世界を元に戻すために頑張ってる姿が、春臣には眩しくも不快だった。


理解できなかった。きっと、元々幸せな人生を歩んできた人間には、負け犬の、弱者の理屈は分からないのだろうと思っていた。


なのに、そこに似たような境遇を経験したけいが現れた。


(本人は恐らく防衛本能で記憶を改竄してるが、どう聞いてもおれと同じで幼少期に虐待まがいな事を受けてる)


だが、それにも関わらずけいは元の世界を取り戻すために戦ってる。


人への優しさを無くさないでいる。


春臣はそれがとても不思議で、目の前に星落ちてきたかのような衝撃だった。


「こんな事聞いても、困るって分かってんだけどお前の考えが聞きたくてな」


「どうって・・・・・・うーん、そうだねえ・・・・・・」


首を傾げたと思ったら、空を見上げ考え込んで、告げられた答えは──。


「平和にしたいとは思ってるよ」


「・・・・・・平和、か」


春臣は、やはりけいならそう言うだろうなと納得していると、でもねと続けられ「ん?」と首を傾げる。


「そうそう。平和が一番。でもね――」


けいは眉を下げて、困ったように微笑む。


「時には、こういうシンプルな世界の方が生きやすいって・・・・・・思う時はあるよ」


けいは地球で普通に生きていた過去よりも、死と隣り合わせだった異世界の方が、むしろ生きている実感があった。


それは両親のネグレクトが原因の一端である事に間違いはなかった。


常に誰かの機嫌に怯え、常に周囲の目と感情に合わせてきた。そんな彼には、単純なルールで動く今の世界のほうが、春臣と同じで息がしやすいと感じる事もある。

しかし、けいは、それでも平和な世界の方を望む。


大切な人達が、安心して過ごせる世界の方が何よりも大事なのだ。


「って、ごめん! 変なこと言ったかも!!」


けいは首を振った後、すぐに曖昧な笑顔を浮かべた。


春臣は、思いがけないけいの一面を見て言葉を失う。


てっきり、自分と同じマイナスな考えなど持っていると思っていなかったからだ。

でも、「それなのに」と思う。


春臣は目の前の存在が、誰かの為に動く事、優しさを持ち続ける理由が分からなかった。


「なのに・・・・・・お前は、人に優しくできるんだな」


ぽつりと漏れた疑念に、けいはほんの少しだけ間を置いて、穏やかに、しかし真っ直ぐに答える。


「自分にやってほしかったことを、やってるだけだよ」


春臣は気だるげな目を大きく見開いた。そ

の言葉に込められた意味がすぐに分かったからだ。


理解できたからこそ、胸が軋むほどの痛みが自身へ襲う。


(───自分にやってほしかったことを、やってるだけ・・・・・・か)


けいは困った表情で、沈黙している春臣を横目で見ながら「納得出来そうな答えだったかな?」と空笑いをしながら聞いた。


「ああ、納得できる答えだった。ありがとうな」


「ほんとう?」


「ほんとうだっての」


ジト目で、疑うかのような表情で此方を見るけい春臣は「ははっ」と笑う。


充分だった。


けいの本心が聞けたこと、渡繋わたりけいが人に優しく出来る理由が思った以上に、人間臭かった事への安堵と安心。


ならば、自分も同じように出来るかもしれないと思ったのだ。


「あ、春臣くん、ここまで手伝ってくれてありがとう! また、明日の出発の時はよろしくね」


何時の間にか2人は廃校に辿り着いており、けいは春臣の手から給食缶を貰いとる。


「ああ、明日はよろしくな」


春臣は片眉を下げながら、やれやれと気だるげに手を振る。


「寝坊しないようにね~」


「だれが、寝坊するかっての!!」


「ふふふ」と楽し気に笑いながら校内に走っていく背中を、呆れたように優しい笑みで春臣は見つめる。


(人に優しくすれば、それは返って来るってか・・・・・・)


一切信用してこなかった言葉だったが、隣でそれを体現している同じ境遇の人物がいる。

それが知れただけで、春臣は救われるような気持だった。


(今日にでも、煌夜こうやにおれがスパイだって事を伝えよう)


そして東京の情報も知っている事を共有すれば、それはけいの為になる。


煌夜こうやは新たな決意を胸に、後ろ首を擦りながら煌夜こうやけいの仲間達がいる体育館に向かうのだった。


(アイツがこの世界を生きるなら、俺もちゃんと生きてみよう)


だが、春臣は知らなかった。

その背後に、蛇の影が忍び寄っていることを・・・・・・。





もしこの内容が良かったらブクマ・評価・リアクションしてくれますと飛び跳ねて喜んでるかも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ