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第17話:半身

2025/10/22 加筆修正

2025/12/15 全改稿

「お前ら遅いぞ~」


「な、に、を、言ってんのよ!!」


「なんて場所にヒョードルの家があんだよ!!?」


ケイが居なくなった勇者一行は、3人だけでヒョードルが住んでいる危険区域の森の中を走り進めていた。


「くっそ!! 魔獣の耐久力が今まで合ってきた奴らより高けえ!!」


「それだけじゃないわよ! 知性まで持ってる!」


年下組の先頭を走りながら、向かってくる魔獣を千切っては投げ、千切っては投げているスヴィグル。その背後では、わいわいと賑やかに騒ぐ二人がいた。スヴィグルはそんな二人に振り返って笑いかける。


「どうしたどうした、お前たちならこのくらいの奴ら余裕だろ? それとも、助けてやろうか?」


わざと煽るスヴィグル。魔王は倒したとはいえ、残党はまだ多く残っている。これからのことを考えると、二人にももっと成長してもらう必要がある世界だ。


少しでも成長してほしくて、スヴィグルは必要最低限の魔獣だけ処理し、残りは二人に任せる。


「はぁ?! これくらいなら余裕ですけどッ!!」


「ん? これくらいってことは、先に進むほどもっと強くなるってことか?」


スノトラとベオウルフが「まさか、そんなわけないだろ」という顔で、ゆっくりと顔を見合わせる。


「深く進むにつれて、どんどん強くなっていくぞ~」


そんな淡い期待を打ち砕くように、あっけらかんとした声が前を走るリーダーから飛んできて、二人は一瞬だけ軽く絶望する。


だが、それでも、二人は決して音を上げなかった。


むしろ、「こんちくしょう! やってやる!」と気合いを入れ、表情を真剣なものへと変える。


そんな二人を、スヴィグルは走りながら後ろを振り返り、やさしく笑ったのだった。





───なあ、ケイ。お前はそっちでも元気にしてるか?


あれから――もう十年近くが経った。

本当に、いろんなことがあったな。


最悪な出会いから始まって。

そこから、じいさんのところで一年間修行して、二年目には魔王討伐の旅にお前を誘った。

初めての旅で、お前は俺の「血」の秘密を知って。そこから先は、怒涛のような日々だった。


そして、俺とお前だけでの二人きりの旅は六年目で幕を下ろした。

代わりにスノトラ、ヒョードル、ベオウルフたちが加わり、あの寄せ集めみたいな勇者パーティーは、ついに本物の勇者パーティーになったんだ。


長い長い旅をした。


色んな町、色んな種族の国を渡り歩いた。


この経験とお前と、みんなとの旅はかけがえのない俺の一生の宝物だ。


それにしてもさ、聞いてくれよ。

魔王を倒したあと、お前が地球に帰ってからは、本当に大変だったんだぜ?


魔王討伐の旅の途中もそうだったよな。

大規模なスタンピードがあちこちで発生して、その対策のため、俺たちは各国の王や族長たちに助力を求めて奔走した。


説得して、ときには戦って、手を結んで――その繰り返しで、俺もだいぶ交渉が上手くなったと思う。


お前は俺のサポートをしてくれたり、相手の心を読むのが得意だから、ときにはお前が前に出て相手を説得することも多かった。


じいさんのおかげで、王族はもちろん各種族の長たちの心の負担もよく知っているからこそ、ただ説得するだけじゃなくて、適切な距離感で相手に寄り添うことができた。だから、みんなお前には心を開いたんだよな。


――で、ここからが本題、大変だったのはこれだ。


魔王討伐のあと、各国から俺とお前への引き抜き騒動が一斉に勃発したんだ。


若いスノトラやベオウルフにもスカウトはあったけど、成人とはいえまだ二十代前半の二人を国に縛り付けるわけにはいかないってことで、じいさんが一喝して追い払った。


まあ、魔王を倒したばかりだし、しばらくはのんびりするのもいいだろう。


それに、俺たちのことについても、もちろんありがたい話なんだけど、結局は全部断った。何より、俺もお前も縛られないほうが合ってる気がするんだ。


・・・・・・それにしても、まさか引き抜きをかけてくる国の中に、あいつらまでいるとはな・・・・・・。


助力を求めた国には、“蛮王”や“覇王”と呼ばれる厄介な連中もいた。


こんなご時世で、ただでさえ他種族間・国家間のつながりが希薄で、それだけでも大変だったのに、蛮王の国は鎖国状態、覇王の国は戦争を仕掛けていた。


覇王にはこっちも武力で対抗して、なんとかなったけど・・・・・・蛮王のほうは本当に厄介だった よな。


最初は完全に敵だった連中すら、最後にはお前の味方になっていたし。あの問題児な蛮王でさえ、「あいつには敵わん」と降参して、お前の言葉なら耳を貸すようになったのは今でも覚えてる。


──マジで、あいつは手強かった・・・・・・。


もしケイがいなければ、間違いなく殺し合いにまで発展していただろう――と内心で思う。


お前は人の心の、一番触れられたくないところに、そっと入り込んで寄り添う。

その優しさと、芯の強さに、誰も勝てなかった。

だから気づけば、どこへ行ってもお前を引き止める奴がいた。


スノトラとベオウルフと三人で、そんな連中からお前を無理やり引き剥がしてたっけな。


スノトラがとうとうキレて大魔法を発動しかけたりとか、今思えば、あれも懐かしい光景だ。


───・・・・・・そういえば、あいつは元気にしているだろうか。


旅の途中、ハーキュリー族が住む漁村出身ではないハーキュリー族に出会ったことがあった。

あいつは、一言で言えば「ケイに出会わなかった世界線の俺」みたいなやつだった。


あいつの場合は、家族を「人」に殺されて、その復讐のためだけに生きていた。

別に俺もケイも、復讐が悪いことだとは思っていないが、「復讐だけ」に支配された人生は辛いだろうと俺は思う。


復讐を果たすまでの間。

そして、終わった後のこと。


そのまま燃え尽きるのなら、それも仕方ねえと思う。


だが、それができるやつなんて、そうそういないと知っている。


俺もケイも心配して、しばらくの間はそいつに付き添ってやった。

案の定、ケイがあいつの心や感情に親身に寄り添うもんだから、いざ別れの時が来たら、あいつは随分と惜しんでいたよな。


───少しでも、生きたいと思ってくれてりゃいいんだが。


にしても思い返せば、旅の仲間も、道中で出会った奴らも、みんなお前に救われた連中ばかりだ。


それでも、この旅は決して楽しいだけのものじゃなかった。救いも喜びもあったが、その裏では、失った命も、消えない傷も多かった。


皆が傷ついていれば、自分が傷つく暇はないんだと、お前は一人で耐えながら笑顔で隠していた。しかもそれを、周囲に悟らせないのが異様に上手かった。


けど、俺は知ってる。

お前が俺たち全員に気づかれない様に、一人で泣き腫らしていた事も。


───二人旅の頃みたいに頼ってほしかったんだがな・・・・・・。


だけどお前は、自分を頼る人がいるほど“完璧”を演じようとして、そのぶん余計に自分を追い込んでしまう。


それも分かっていたのに・・・・・・俺も歳を重ねて、大人になって、いろいろ考えすぎるようになった。昔みたいに、何も考えずまっすぐ動くことができなかったんだ。


あの時、「地球に帰る」って言い出したお前を、もっと強く引き止めてやれたらって、いまでも何度もそう思う。


「両親のために墓を建てたい」って、お前は言っていたな。

正直、納得したふりをしながらも、心のどこかで「それは違う」と分かっていた。

あの時すでに、お前自身の中で何かがおかしくなっていたんじゃないか?


心がすり減ってきた矢先に、魔王との最終決戦でお前の心は折れたんじゃないかって思う。


それが切っ掛けで、今まで忘れてかけていた、昔の苦しいだけの記憶が溢れ出したんじゃないかって。


だから、俺は後悔してる。

俺たちとの日常をもっと、お前の全部を包み込むものにできればよかったって。


お前の心が壊れかけたきっかけは、きっと――「あの日」だ。


お前と魔王との間で何があったのかは詳しくは知らない。

パーティ内で修行が必要になった時期があった。各々が力を付けるために一度バラバラになった事があった。その時にお前と未だ覚醒前の魔王と一緒に旅をしていたのだとお前から聞かされた事があった。


お前のことだ。きっとあいつにも手を伸ばしたかったんだろう。

でも、俺の復讐の理由も知っていたお前は、心の中で揺れ動いたに違いない。

もしくは、お前は意外と強情だから、世界の敵になってでもあいつを守ろうとしたかもしれない。


・・・・・・ほんと、一度決めたらとことん頑固だもんな、お前は。

でも、お前は俺を舐めてる。

俺だって、魔王が魔物や魔獣を操ってない事を知っていれば、復讐心なんていくらでも手放せたんだ。


それでもお前は、世界と俺と魔王、その天秤に自分の心を殺して───そして、たった一人で魔王に止めを刺した。


そのあとに残った絶望も悲しみも、俺はどうしても消してやれなかった。


───なあ、ケイ。本音をぶつけてほしかった。


魔王に出会う前の旅路で、お前の心が摩耗する前に「きつい」って、「苦しい」って、言ってほしかった。

少しでも、零してほしかった。あの頃のように、遠慮しないで。


ヒョードルはもちろん、スノトラもベオウルフも、みんなきっと分かってくれたはずだ。


もしも、みんなが分からなくても、


俺だけは、絶対にお前の味方だった。


世界中が敵だとしても、お前が「魔王を救いたい」と言うなら、その隣で一緒に戦う。


俺は、お前の勇者だから。


───あいつは、無事なんだろうか・・・・・・。


共生の儀式サムフェラグで得た、魂のリンクじゃお前の命の危機は分かったとしても、安否が分かるわけじゃないし、そういうのはベオウルフの第六感の方が得意だから、余計に何もできない自分が、本当に歯がゆい。


魔王を討った後も世界には魔獣や魔物の残党が多く残っていた。

それを毎日の日課でスノトラとベオウルフ、3人とで狩っていく。

お前の居ない世界で、寂しくも、忙しい毎日を送っていた。


そんな折だった。

ベオウルフの第六感が、ケイの危機を察した。


二人には余裕ぶって、いつものように揶揄ってみせたが正直、気が気じゃなかった。

内心焦る気持ちを隠して、急いで俺たちは、ヒョードルの家へ向かった。


───そして、冒頭に戻る。


スノトラとベオウルフはまだヒョードルの家を知らない。だから、俺が先陣を切って危険区域の森を駆け抜ける。


相変わらず森の中には、旅で出会ったどんな魔獣よりも強い個体がわんさかと溢れていた。

それらをハーキュリー族だけが使える光魔法、「極光ビョーク」で身体強化もせず、素の身体能力のまま、ばっさばっさと薙ぎ倒していく。


森の中に入り初めた時と比べて、大分進んだ事で魔獣の強さも上がっていく。

先ほどは、助けてやろうかと揶揄っていたが、そろそろ2人も疲弊してるのではないかと思っていると、後ろから賑やかな声が飛んできた。


「あ~!! もう! しつこい! ベオ! まとめてぶっ飛ばすから先頭の守りお願いしてもいい!!?」


「OKだぜ!!」


スノトラとベオウルフが騒ぎながら、魔法と巨大な盾で森の魔獣を薙ぎ倒してついてくる。


そんな年下組に、俺はまた嬉しくなって笑うのだ。


「わはは! 置いてかれないように、しっかり付いてこいよ二人とも!」


俺は振り返りざまに発破をかける。

苦戦はするだろうが、それだけだ。

今の二人の実力なら、すぐに適応する。そう思っての言葉だった。


後ろから「やってやろうじゃない!」「望むところだ!!」と熱い声が返ってくる。


───若いねえ。


二人の我武者羅な声を背に受けながら、ほくそ笑む。

そういえば俺たちにも、あんな時代があったな・・・・・・と思うと、少しばかり顔に熱が集まるのを感じた。


その瞬間だった。

俺のすぐ横を、温かい風が吹き抜けた。


前を走りながら、ふと――雑木林の向こうに、ケイが先に駆ける幻のような影を見た気がした。


「ああ・・・・・・ったく、こんな時に昔のことばっか思い出しちまう・・・・・・!」


懐かしさが込み上げ、目頭が熱くなる。それに堪えるように、俺は一層スピードを上げた。


走りに走って、ようやく目的地が見えてくる。


「着いたぞ!!」


視界に飛び込んできたのは、昔と変わらないレンガ造りの家。

ケイが概念抽出魔法オルタナティブマジックに使うために植えた数多くの花が咲き誇る中庭も、訓練場も、何も変わっていない。


もう一度ここに。お前と二人で帰りたかったという本音が、胸の奥で静かに疼いた。


荒い息で膝に手をつきながら、スノトラとベオウルフも追いついてくる。


「きっつい・・・・・・」


「ベオウルフの言う通りよ・・・・・・でも、納得したわ。道理であんた達三人が異様に強いわけね・・・・・・」


スノトラの苦笑いに、俺は小さく笑って返し、玄関の結界をそっと解除した。


「中に入るぞ」


パチン、と指を鳴らし、扉の結界を解く。

スノトラが「なんちゅうレベルの結界よ・・・・・・さすがヒョードルね・・・・・・」と感嘆し、ベオウルフは興味深げに周囲を見渡している。


「じいさん! 帰ったぞ! ケイのことで話がある! って――あれ?」


バンッ、と重たい扉を勢いよく開けた瞬間、視界に飛び込んできた光景に、俺は固まった。


テーブルに肘をつき、項垂れているヒョードル。

そしてその向かいには頬杖をつきながら、神々しい存在が座っていた。


俺の背後から、年下組の二人が顔を覗かせる。


「玄関で固まってどうしたのよ?」


「なんだなんだ?」


そして、二人も目を見開く。


「えっ!? 女神さま!?」


「女神さまじゃないか!」


セプネテスの創世神にして、至高の女神。


――創世神・女神フリッグ。


フリッグは腕を組み、俺たちを見渡すと、静かに頷いた。


「ちょうどいい。お前たちにも、ケイのことを話しておきたかった」


女神の口から語られたのは――


ケイの、生まれ故郷である地球が屍人化している事とケイ自身の身に「何か良くない事が起きる」という事だった。


聞き終わると否や、気づけば、俺は無意識のまま一歩前に出ていた。


「地球に行く方法を教えてくれ」


冷静に言えただろうか。今でも早く、お前の元に行きたい熱を抑えられているだろうか。


ヒョードルも、女神も、スノトラもみんな目を見張って俺を見ている。


いや、ダメだったみたいだ。


俺はニッと不敵に笑う。


「あいつを助けに行く」


今度こそ、お前の為に動きたい。

お前が俺を助けたくれたように、だいぶ遅くなったけど今度はお前を助けるんだ。


『当たり前だ。お前が倒れそうになったら、俺が背負うさ!』


十年前のあの誓いを俺は忘れた事はない。

幾ら時が経とうと、場所が変わろうと、あの誓いは今も俺の胸に刻まれたままだ。


だって、俺はお前の「半身」だからな!




もしこの内容が良かったらブクマ・評価・リアクションしてくれますと飛び跳ねて喜んでるかも。

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