第16話:邁進
2025/10/22 加筆修正
2025/12/15 全改稿
「ば、場違いな気がする!」
「こらこら、逃げないの!」
「また繋の世話焼き癖が出とるんじゃ」
(懐かしいな・・・・・・)
「煌夜さん、大丈夫ですよ。リラックスです!」
「なにも取って食おうとしてる訳じゃないんだから安心しなよ~」
場所はいつもの会議室である体育館内。
正式に反乱軍と同盟を組むために、繋は煌夜を連れてきたのだが、先ほどまではちゃんと頼れるリーダーモードになっていたのに、今は及び腰になってしまっている。
まあ、確かにユミルの仲間達が仕事をしながらも敵意を一斉に煌夜に向けているのだから、緊張するのも仕方ない。
少しでも煌夜の緊張を解すためにも、繋は彼の隣に立つ。
「取り合えず、先日話した通りではあるんだけど、改めて煌夜くんから説明をお願い」
「あ、ああ」
煌夜は目を瞑って深く息を吸う。そして自己暗示をかけて、ゆっくりと目を開けて、デスク向こうで座っているユミルに東京の現状を説明したのだった。
「──────という事だ。どうか力を貸して欲しい」
全てを伝え終え、ユミルは気難しい表情をした後答える。緊張感が漂う。煌夜は、もしかして断られてしまうのではないかと身構えていた。
「OK~」
ズッコケそうになった。
なんの溜めだったのか、何の為の気難し気な表情だったのか分からない。
「でも、ユミルちゃん東京に向かうのはシグルさん達にも伝えた通り、一旦僕たちと煌夜君たちとで向かう予定だけど、本当に参加するの?」
「いえす。一度シグルさんの所で会談をした後、難民たちを預けて向かうよ」
「ワシも一度、広島に戻って状況を整えてから参戦するけんの」
インフラがいくら整い始めたとしても、奈良の拠点では難民たちの保護をしながら東京と戦う事は難しいと判断したのだ。
守りながら戦うよりかは、難民を京都に思いっきり預けて、ユミル達一同は戦力として動くという事だった。
シグルはそれに賛成し、守りの要として京都の拠点を強化すると共に、受け入れ態勢の準備をしておくとの事だ。
ちなみに広島の事情も似ているが、冬吾は自分の拠点の人たちを京都には預けないと決めていた。
というのも、広島で冬吾が救った人たちは、なぜか元警察官やヤクザ上がりのような、一般的に“癖の強い”人揃いだった。しかも、不思議なことに全員が冬吾を兄貴分や親父のように慕っている。
冬吾自身はどこにでもいる温厚な一般人なのだが、なぜかそういう人たちばかりが集まってしまった。
そのため、彼らをまとめるには冬吾以外いないし、彼らを京都に預けてしまえば、逆に穏やかな地域の人たちに迷惑をかけかねない。
それなら広島は広島で冬吾と共にまとまって、必要なときは冬吾ひとりが仲間として参戦する――というのが、シグルたちとも話し合った結果だった。
こうして拠点ごとにしっかり役割を分担し、それぞれが最も無理のない形で、決戦へ向けて動き出していくのだった。
「でも、東京の実態を知らない東京の難民はどうしようか」
ユミルは腕を鋭角に曲げ顔前に持ってきた指を交互に組み顎を置きながら話を続ける。
「そこだよね。重要なところは・・・・・・」
繋はふと口をつぐむ。
東京の裏の実態を知らない東京の難民は多くいるだろう事に繋は悩む。
自分たちが真実を握ったからといって、難民に伝えても素直に信じて動いてくれる訳ではない。
しかし、何もしなければ、彼らはこのまま知らずに大量の生け贄として使われてしまう。
内情を知らない年寄りや負傷した人達が、東京の奥底でゾンビ兵にされ、二度と家族や友人の元へ帰れなくなる。
無理に伝えれば混乱や反発が起きるだろうという不安が、胸にのしかかる。
「難しいね・・・・・」
菊香が顎に手を当てて呟く。
「思い切って、悪役を演じてもいいが」
「あ、確かにそれもありかも」
ヒカルの何気ない提案に乗っかる繋に、ユミルと冬吾が速攻で「却下!!」と一瞥した。
「なんでだよ。そっちの方が手っ取り早いだろ」
「そういうのは、最後の最後どうにもできなくなった時の最終手段!」
「繋も一緒に乗るんじゃなかろうで!」
1人は魔王の転生体であるがゆえの自分が世界の敵になる事への抵抗感が無いこと。もう一人は他の人達を救出できるのなら自分を犠牲にしても良いと思っているタイプ。
いつもなら、繋の無茶ぶりをヒカルが止めるのだが、珍しく同じことを考えていた為、突っ込むのがユミルと冬吾になってしまった。
また、そんな馬鹿な発言をした2人に静かに怒る菊香が背後にいた。
「──────おじさんも、繋さんも次言ったら許さない」
「すまない」
「ごめんなさい」
「わははは、2人とも菊香ちゃんに叶わんのう」
「マジでな〜。キっちゃん2人が暴走したら宜しく!」
場が和やかな雰囲気に包まれるも、菊香が「でも、やっぱり色々考えても難しいよね」と眉を下げた。
「それについてだが・・・・・・一つ考えがあるんだ・・・・・・」
煌夜が静かに手を上げて言った。
ユミル、繋、ヒカル、菊香、冬吾――全員が彼の方を注視する。
「オレが元々東京の幹部だったというのもあるし、反乱軍の仲間も東京の元難民だ。───だから、オレたちが東京の裏の事実を、難民たちに直接伝える。まずはリーダーに近い連中、顔の利く人達や各施設のリーダーに。その人たちが現実を直に知れば、ショックは大きいが自分で判断できる。そこから先は、その人たちの判断に委ねたい」
「う~ん、それなら、爆発的な混乱は免れそうかもだね」
ユミルが腕を組む。
煌夜は首を横に振った。
「リーダー格たちにオレたちが持っている非道な実験の証拠や記録を直接見せて信じてくれれば、彼らがほかの難民により伝わりやすいやり方で諭していける。下手に全体へ暴露すれば暴動になるが、人間関係を利用して順番に伝えるとのはどうだろうか」
「危険な人選の部分はどうするんじゃ?」
「当然、裏側に関与してた疑いのある奴らは外す。逆に家族を失ったり、虐げられてきた人間に絞るつもりだ」
「けど、それでも伝わらない人や、信じない人も・・・・・・」と菊香が不安げに声を漏らす。
「そこは割り切りたいと思う・・・・・・。すべてを救えないと分かった上で――進むしかない・・・・・・と割り切るしかない」
ぎゅっと拳を握る煌夜の手が、ほんの少しだけ震えていたが誰もが、それに気付いていた。
煌夜の決意に、繋も同じように気持ちを示す。
「そうだね・・・・・・それは僕も同意するよ。僕たちがどれだけ全力を尽くしても受け取る側がそれを否定する限り、全員を救う事は出来ない。───それに、スタンピードの件もあるし此処で立ち止まる事は出来ない・・・・・・」
繋の言葉に誰もが静かに頷く。
この中で一番若い菊香でさえ、悲しい顔をしながらも頷いていた。それは、彼女も出来る事出来ない事の難しさ、理想と現実の違いをこの4年で多く味わってきたから。
全てを完全に救済する事はできない。
何を説明しても、どう尽くしても、動かない人は動かないし、信じない人は信じない。
だから、最後は選択するしかない。
無力さを噛みしめながら、それでも前へ進まなければならない。
繋は静かに煌夜の肩に手を置いた。
「大丈夫、一人じゃないんだ。全部を1人で背負う必要はないんだよ」
その言葉に、煌夜を除く仲間たちは「お前が言うな」という顔を一瞬するも、繋はそれに気づいてない。
そして、空気を読んで敢えて突っ込みもしなかった。
「・・・・・・ああ」
体育館の窓から差し込む西日が、書類の上に柔らかな光を落とした。
ユミルはしばし思案げに眼を伏せ、指先で机をとんとんと叩く。
「よし、話は決まったね! あとは抜け出した難民の人達だけど、最終的にはどうしようか? 京都か奈良で受け入れようと思ってるんだけど」
「なら、増える人達の事を考えて施設やインフラ関係の強化は任せて」
「ありがたい! けど、絶対に無理はしないこと!」
「ほいじゃけぇ、ワシは広島からようけ物資持って行くけぇね」
「誘導の時のゾンビ退治はオレと菊香に任せとけ」
「うん! 頑張る!」
あれやこれやとどんどん、話が進んで纏まっていく。そんな光景に煌夜は嬉しくなって、口元が緩む。
そんな煌夜に繋は隣に立って、顔を覗くと微笑みを浮かべながら他の仲間たちの熱い話し合いに邪魔にならないようにコソリと静かに言った。
「一緒に頑張ろうね!」
「あ、ああ! よろしく!」
思わず大きな声が出てしまい、繋は目を大きくする。
それに気づいた他のメンバーも何を話してたんだと、てんやわんやと活気づいていく。
みんなに問い詰められて、あたふたする煌夜に繋は手の甲を口に当てて笑うのだった。
◇
場面が変わり、菊香が寝静まった後、大人二人はツーリングに出かけていた。ヒカルはバイクに乗り、繋は杖に跨って空を飛びながら、並んで近くの展望台まで来ていた。
2人の上空に淡い光を放つ光源魔法が浮かんで、2人は展望台から星を見ながら今回の事について話す。
事情を聞き終えたヒカルは「通りで、あの時変な予感がすると思ったんだ」と呟きながら、片手で頭を抱える。
「シグルから人たらしとは聞いてたけど・・・・・・ここまでとはな」
同時にヒカルは転生前の記憶も思い出す。
あの時は2人だけの逃避行で大変だったから繋の対人能力が発揮することが無かったが、時間さえあれば、魔王である自分が居ても相手を懐柔する事が出来たのではと、心の中で空笑いする。
繋は木の柵に両肘を乗せて照れ笑いを浮かべながら、ヒカルの顔を見返した。
「えへへ」
「褒めてないからな」
「はい、ごめんなさい」
ヒカルからの鋭いお叱りに、しゅん、と肩を落とす繋にヒカルはため息を付きながら「ったく、まあ今更か」と言った。
1人で抱え込んだり、無理をしないでくれたら良いとヒカルは思うが、ここぞという時は隠す奴だと知っている。
ヒカルは目を細め、じとりと星空を見ている繋を見据える。
相変わらず、色んな人達の心を突き動かすものだと感心する。
今回は繋一人で動いている訳じゃないので、繋自身で責任を負い込むような状態にならずに済んだ事をヒカルは安堵した。
繋は、1人でやらなければならないとなった時、全力を尽くしてしまう。
それも過剰にだ。
この奈良の拠点だってそうだとヒカルは思い返す。
初めの数日は寝もせず、数十分の休憩だけで様々な事を改善していった。
炊事場で自主的に調理を手伝い、農園区画を率先して作り、医療、兵備、外壁など様々施設を、繋が手を伸ばした所は無いほど、あらゆる場所に顔を出しては、改善させていた。
自分を削る行為にヒカルは何度も咎めていたが、こういう時の繋は人の話を聞かなかった。
(そういや、俺がバロルだった時もそうだったな。いや、まだあの時の方が酷かったか。あの頃のコイツはどちらかというと自傷行為の面が強かった気がする)
何度も、咎め、怒り、止めた記憶を思い出す。
しかし、最後の最後まで頑固だった。そして今もだ。
ここまで変わらない相手だと、さすがに根負けしそうになる。
「いざとなったら、無理矢理にでも引っ張ってどこか遠くに逃げるか」
その時は本気で菊香と共に誰も自分達を邪魔しない場所に連れて行けば良いとさえ思っている。
木で出来た柵に肘をかけながら、夜空を見上げ、ほうっと息を吐くと白い息がゆっくりと昇って消えていった。
ヒカルがボソリと低い声で、繋には聞こえないように胸中を漏らす。
相変わらず、繋の事に対してはとことん重くなる男だ。
「そう言えば、菊香ちゃん異能が発現しかけているみたいだね」
ぼんやりと空を見上げていたヒカルに繋が声をかけた。
「まさか、オレと似た力だとはな」
それは共にclass3を退治をしに行ったときだった。
繋が難民を庇ったときに、菊香が怒り放ったマジックアローは、矢に本来付与されていた効果とは違う「赤橙色の雷」を纏っていた。
「赤橙色の雷」の矢はclass3の身体をいともたやすく貫通し、貫通した個所から破裂した。
中々にえげつない能力である。
しかし、その時以外、赤橙色の雷の力は発現しなかった。
ユミル曰く。
───異能は
「強い感情から発現し、意思、心、それらが定まった時に初めて常時使えるようになる」
と言っていた。
という事は、怒りによって異能は発現したが、まだ自分の中で本当に「使いたい」っていう意思が、はっきりしていないのだろう。
顔に出してはいないが、恐らく焦ってはいる菊香に何か出来ないかと繋が思っていると、ヒカルが放っておけと告げた。
「心配じゃないの?」
「まさか」
ヒカルが鼻で笑って肩を竦める。そして、どこか誇らしげに口の端を上げる。
「アイツは強い。勝手に答えを見つけるさ」
そう言って、最後にこう続けた。
「この4年間一緒に行動してきたオレが言うんだから間違いねえさ」
「そっか」
繋は「ふっ」と微笑む。それは、普段は中々言う事の無い菊香に対するヒカルの信頼を感じてだった。
生暖かい視線を感じて「なんだよ」とヒカルが繋を睨みつける。
「ん~?いや~、なんにも?」
「どう見ても何かいらんこと考えてんだろ」
「さあ~どうだろうね~」
「ったく・・・・・・」
あははと楽し気に笑う繋を横に、ヒカルはため息を吐きながらも最初出会った頃と比べて大分気安い関係になったものだと感慨深くなる。
もっと、こういう時間が続けばいいと願うが、世界がそれを許してくれない。
あの夏を思い出し、ヒカルはあの時間が恋しくなる。
「そろそろ帰るか。充分気分転換も出来たし、遅くなって、菊香にバレて不貞腐れるのも面倒だ」
「うわ~、それ菊香ちゃんが聞いたら怒るぞ~」
そんな軽口を交わしながら、二人は笑い合い、やがて夜の街へと溶けていった。
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