第15話:信頼
2025/10/21 加筆修正
2025/12/15 全改稿
「ヒカルっち、菊っちゃん、ごめんよ~手伝ってもらって」
「豪打さん達にゾンビ退治もして貰っているというのに、貴女と言う人はまったく・・・・・・今日は残業決定です」
「ぎゃーーーー!! なんで地球に来てまで書類仕事なんてしないといけないのよ!?」
「貴女がここの責任者なので」
「キィイイイ!! もっと優しくしろだし!」
「甘やかすと、余計仕事しないから却下」
ヒカルと菊香は呆れた様子で、ユミルと時雨のコントを眺めていた。
場所は会議室として機能している体育館内。
夕暮れの光が、体育館のガラス窓をオレンジ色に染めている。舞い散る埃が微かに黄金色に輝いている。
ひんやりとした空気が、広い体育館の中をゆっくり流れる。
その一角であるバスケットゴールの近くには、机と椅子が並べられている。その上には書類や地図、古びたノートパソコンが無造作に広げられ、まるで戦場の指令所のようだ。
「ま、私たちもこの後は暇だし手伝うよ」
「仕方ないな」
「うぅぅぅ、2人とも優しい、ありがとう、マジで友。時雨も見習いなよ」
「つべこべ言わずに手を動かす」
「鬼ーーー!!悪魔ーーー!!」
「はいはい。てことで、お二人とも本当にすみません。ゾンビ退治後で疲れているのに」
「人手不足なんだろ? しょうがねえさ」
ヒカルが腕を組みながら、ため息交じりに漏らす。それを見た時雨は「ふっ」と笑みを零した。
「なんだよ?」
「貴方は何だかんだ、面倒見がいいですね」
時雨の言葉にヒカルはバツが悪そうなをすると、「あの書類を運べば良いんだな」といってその場からそそくさと離れていった。
「あ、おじさん!・・・・・・まったく、もう!」
菊香は気恥ずかしくなって、この場から逃げるように去ったヒカルの背中を見て、もうと苦笑いをする。
「菊香さんも無理はしなくていいのですよ?」
「いえいえ、皆で頑張らなきゃ! ですから!」
そう言って菊香は時雨におじぎをして、ヒカルの後を追っていた。
それを優しく眺める時雨。
「この場にいない、繋さん含めて良いグループですね」
彼女の後ろで、責任者専用の広く大きいデスクで肘を付きながら見ていたユミルに時雨は背中越しに語る。
ユミルは「でしょ?」とどこか誇らしげに笑う。
「でも、うちのメンツも負けてないっしょ」
それは、奈良の拠点の仲間達の事を指していた。
ユミルが個人で難民を助けていた際に、ゾンビ群と死に物狂いで戦っていた時雨たち自衛隊に偶然遭遇して助けたのが、この奈良の拠点の始まりである。
その流れで、共に動く事になり、ゾンビに追われる一般人やら、元囚人やら荒くれものを助け続けて、人も多くなっていたところ、奈良に大拠点を築きあげた。
時雨に責任者となって欲しいと言われ、そして奈良の拠点の責任者となったのだ。
ユミルの言葉を拾った仲間達がニッと笑ってユミルに顔を向ける。
「おう、リーダーがそう言う事なんて珍しいじゃねえか」
「はあ? 常に思ってるけど、口にしてないだけだし~」
「姐さん、たまには口に出さないと伝わらないですぜい」
「ちょっと、あんた! ユミルさんは背中で語るタイプだからでしょ!」
「そうそう」
途端、ユミルの周りがガヤガヤと賑やかになる。
隊員である男女たちが笑い合う光景が広がる。
活気づく仲間達をみて時雨は口角を上げる。普段は厳格で余り口数の多くない彼女だが、目の前の光景を見て喜びが溢れる。
ユミルの拠点の幹部と隊員は元悪人だったり、一般人、そして自分の元自衛官がごったまぜになって形成されている。
みんながより良い明日の為に、手を取り合って、前に進んでいる。
時雨を含む、幹部と隊員たちはユミルが異世界人である事、元魔王という事を知っている。
圧倒的な強さを持つ彼女。
たまに陰りを見せる彼女。元魔王という事は討たれる側の存在だった事。
何があったかを、ユミルは時雨だけに詳しく話してくれた事がある。
しかし、時雨は同情する事しか出来ず、本当の意味で彼女に寄り添う事が出来なかった。
それを、他所から来た渡繋達が彼女の影を照らしてくれた。
時雨は少しだけ嫉妬にも似た感情が湧いたが、それは同じ異世界を知っている繋にしか出来ない事だという事も分かっていた。
しかし、共に繋達と一緒に時間を過ごしていく内に、嫉妬していた気持ちは消えた。
(恐らく一番危ういのは繋さんだ)
最初は拠点の為に、親身になって動いてくれる繋に時雨たちは非常に感謝した。
インフラ関係も、医療施設も、子供達の教育環境も全部改善してくれた。
(その間、満足に寝る事も、休むこともせずにだ)
そこまでして動く繋を時雨は理解ができない気持ちで観察していると、気付いたユミルが時雨に説明してくれた事があった。
「繋ちゃんはね、ずっと傷を放ったらかしにて生きてきたんだ」
ユミルの言う通り、繋は心に傷を負っている事を知らないまま、生きてきた。
一度、ヒョードルと女神フリッグ、スヴィグル達のお陰で瘡蓋までには治る事が出来たが、治る直前でバロルを自分の手で殺した事で瘡蓋を剝がしてしまった。
元々自分の痛みに関心が薄い繋は、気付いてはいるが見ないふりをしている。
「たぶん、繋ちゃんは精神障害を起こしている」
「PTSDという事ですか?」
「あ、そっか、地球にはそう言う言葉があるんだったね。そうそう、PTSD。その言葉が正しい」
「さながら、戦場帰りの戦士という所でしょうか」
「それもあるんだけど・・・・・・他にも色々複雑みたいなんだよねえ)」
ユミルが知るのは弟のように思っていた魔王を己の手で手をかけないといけなかった事。
それ以外の情報は知らないが、冬吾が繋に対する心配を観察する限り、幼少期に何かあったのだと容易に想像できた。
(・・・・・・通りで、過剰な奉仕活動をするわけです。身を削ってまでやる事じゃないと思ってましたが、納得です・・・・・)
時雨はこの場に居ない、繋を思い浮かべる。
あの人の良い青年のお陰で、色んな事が進んだ。そして多くを助けられた。
物理的にも精神的にも。
全てが落ち着いたあと、我々は彼に恩義を返すべきだと思う。
例え彼が、いらないと断っても、受け取ってもらおう。
それは、時雨だけじゃない、他の仲間達も同じ考えだった。
時雨は我らが責任者の所に集まって騒がしくしてる仲間達にパンパンと手を叩く。
「ほらほら、お前たち手を動かしなさい! まだまだ仕事は残ってるでしょう」
はーい。と元気よく声が返ってきて、仲間達は各々の持ち場に戻る。
そして、時雨はユミルに顔を向けるとニッと笑う。
「はいはーい。あたしの副責任者様に叱られる前に頑張るとしますかねえ~」
何だかんだ文句を言いながら、やる事はやるユミルに時雨は困ったように、やれやれといつものように呆れながら笑うのだった。
◇
ヒカルは体育館内の端で、大量の書類を抱えながら、不満たらたらの顔で歩いていた。
ユミルの所が何やら盛り上がってるみたいで何事かと気にしていると不注意で、机の角に身体が当たってしまった。
手に持っていた大量の書類が「バサッ、バサッ」と不規則な音を立てて落ちていく。
「あーーくそッ」
「ありゃ、おじさん大丈夫?」
「問題ねえよ」
床にまばらに落ちた書類を一枚一枚拾っていく。やがて、全部を拾い上げ、テーブル上に置こうとしたその瞬間だった。
「───ん?」
ヒカルはふいに足を止め、首の後ろがちりちりした事で違和感を感じる。
虫の知らせだろうか。
本日は、繋が反乱軍のリーダーと会ってみると言った日だ。
誘い込むために、敢えて一人になり、子供達の給食を用意して廃校に向かってる筈。
隣では、同じように紙の束を抱えて運んでいた菊香が立ち止まり、不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの、おじさん?」
「いや、なんか、またアイツが新しい仲間を誑しこんだ気がしてな・・・・・・」
繋が強い事は知っている。何かあったのではないかという心配より、またイレギュラーな事をしでかしたんじゃないかという、心配の方が強かった。
正解である。
ヒカルは書類を机の端に置くと、顎に手を当てて深々と眉をひそめた。
「た、誑しこんだって・・・・・・」
菊香は苦笑しつつ、書類の束を机に置く。
窓の外から差し込んだ夕日が斜めに射しこみ、机や椅子の形を長く床へと落とす。
僅かな沈黙の後、彼女は冗談めかして口を開いた。
「流石にまだ知り合って間もない他人と仲間になるなんて・・・・・・あったね」
ブーメランである。
菊香は自分達が、そう言えば出会ったその次の日に仲間になった挙句、一緒に一か月暮らした事を思い出す。
二人は思わず顔を見合わせる。
そして、二人同時に、乾いた笑い声を漏らす。
「繋さんならあり得るかも・・・・・・」
「いやあ、いくらアイツでも良く分からない奴までは懐柔しないだろ……むしろ敵の可能性だって捨てきれねえし」
「でも、転生前のおじさんも、懐柔されたんでしょ?」
菊香が何気なく続ける。
一拍遅れて、ヒカルはぎくりと肩をすくめ、その言葉の意味を思い出す。
「う・・・・・・確かに」
過去の自分を思い出して、ヒカルは恥ずかしくなる。
ここではない遠い世界で、自分もまた「世界の敵」として戦っていた頃。
あの時差し伸べられた、繋の手を思い出す。
そのことを考えると、自分たちの予感が的中しそうで、またも乾いた笑い声が零れる。
「まあ、でもアイツなら・・・・・・」
ヒカルはポツリと呟く。視線の先で、時雨が部下達にはっぱをかけている様子が見えた。
シグルからの依頼で始まった、各拠点との同盟を組むための旅が始まった。
一言で言えば、想像以上だった。
繋相手の心をつかむ術というか、手腕で奈良の拠点からの信頼と信用を勝ち取った。さらに広島の拠点のおまけ付きだ。
「本当に、誰でも助けたり、受け入れたりするんだよな・・・・・・」
菊香は少し髪を払って小さく笑う。
その目に浮かぶのは少しの呆れと、深い信頼が混ざったまなざしだ。
「中々出来ることじゃないよね。色んな人もいるのに」
「本人は、たぶんそこまで考えてないんだろうがな。まあ、人の痛みには人一倍敏感だからこそ、寄り添えるんだろうが」
繋と居ると、人の善性を信じたくなる。
むしろ、繋と関わった人達は眠っていた善性を呼び起こすのかもしれない。
窓の外には、うっすらと校庭の木々が夕闇に沈みかけている。
遠くでは小さな炎がともり、寒さで手をこすりながら夜の準備が始まっている。
本格的な冬がやってくる。
菊香とヒカルは繋の事を寒さを温めてくれる毛布のようだと例えた事がある。
どんな風に誑し込んでいるのかは知らない。だが、どこにいても、そのひたむきな誠意だけは、決して変わらないのだろうと思う。
二人はまた少しだけ笑い合い、目の前の仕事へと手を戻す。
(また、アイツは、新しい仲間を増やすんだろうな)
そう心の奥でつぶやきながら、ヒカルと菊香はユミルから頼まれた仕事に再び取り掛かるのだった。
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