第13話:計画
2025/10/21 題名変更+大幅加筆修正
2025/12/15 全改稿
「てことで、君の目的は?」
「なにが、どうなってるんだ・・・・・・」
煌夜はいまの現状に眩暈を起こしそうだった。
場所は廃校内。
廃校といっても、繋の修復魔法である程度綺麗に修復された学校。そこでは大人たちが難民の子たちの為に、教室を開いていた。
繋は毎日お昼になると、給食を運ぶために本来なら2人以上で持ち運んでいる。
それを今回は敢えて一人となり、ターゲットを誘い、案の定一人になったところを煌夜が狙ってきたので軽く投げ飛ばしたのだった。
ちなみに、魔法は使わずにだ。
煌夜もまさか、自分より背も低く、体格も違う男性に投げ飛ばされるとは思わなかっただろう。
ここで、煌夜についてだが決して弱くはない。
反乱軍のリーダーであり、人を纏めている立場である以上、ある一定の強さは持っている。
彼の異能は炎系から派生した黒炎。
通常の炎の異能より火力も高く、その黒炎で負った傷は治りも遅い。さらに、爆発させて機動力を確保する事もできる。
繋を攫おうとした時も、一瞬の間合いを詰める為に能力を使ったが、華麗にカウンターを受けた。
相手が悪いのだ。
渡繋は、多くの死線を潜り抜けた戦士なのだ。
見た目は20で、大人しそうな雰囲気に騙されそうになるが、培った経験はこの地球の誰よりも上なのだ。
場所は空き教室。
さながら二者面談のような形で机を向かい合わせ、煌夜を拘束魔法で縛った上で目の前に座らせている。
といっても、腕を軽く縛るだけで、しゃべることも他の動きをする事もできる。
「「・・・・・・」」
しかし、煌夜は何も言わない。下に俯いたままで、言葉を発する事もなければ繋の顔を見上げる事もない。
さて、どうしたものかと繋は腕を組む。
自白魔法を使う事は出来るが、目の前の人物に対してどうにも使う気にはなれなかった。
(どう見ても苦労してそうな人なんだよなあ。ずっと殺気も無かったし・・・・・それに、ずっと躊躇いがちだった気がする)
焦っている雰囲気も感じられ、話し合いに発展できる余裕などなかったのかもしれないと繋は想像した。
(余裕が無いと言う事は、やっぱり東京で何か起きてるのか)
彼は反乱軍のリーダーという事をユミルから知った。さらに、ユミルの部下が調べ、聞いた話では元は東京を管理する幹部の一人だったという。そこで、不幸が起きて、復讐の為に反乱軍を立ち上げたと。
個人の復讐の為だけに反乱軍を興す事はしない。軍を興せる程の人数が集まるという事は碌でもない事が起きてるのだろう。
繋はユミルからの依頼を思い出す。
出来れば情報を聞き出してほしいとの事だ。
再度、繋は煌夜の顔を見る。
気まずげに顔を逸らす彼が、どう見えても悪人に見えないのは相変わらず自分が甘いからなのかもしれない。
もちろん、取捨選択の判断は今までやってきた事もあるし、実際に自分で手を下した事も多くある。
それでも、繋は非情になりきれない。
(完全な悪人なら、容赦なく戦えるんだけど・・・・・・どうしても、理由がありそうに見えるんだよね)
しょんぼりとした雰囲気に、見た目、というより目元の隈が不健康そうというのも相まって捨てられた大型犬のような幻覚が見えてしまい、無理矢理問いただす事が憚られる。繋はそんな彼の姿に、もしかしてリーダーとして堂々としている姿の彼より、今の彼の方が素なのではないかと考えてしまう。
(僕と同じで責任感で理想の自分を作るタイプなのかな?)
繋は「よし!」と決心する。
突然のやる気を出すような言葉に驚いた煌夜は繋を不思議そうに見上げる。
すると、繋が簡易空間魔法から様々なご飯を出し始めた。
温かいシチューにふっかふかのパンを出す。
もう世界は12月手前。寒さが身体に身に染みる。そして寒さは心も寒くさせる。
なら、温まってしまおう。
繋はお得意のご飯大作戦を結構したのだった。
◇
繋は煌夜の拘束を解くと、彼に寒いし、お腹も空いただろうから食べようと促す。
煌夜は戸惑いながらも、出された温かいシチューを一口と口の中に入れた。クリーミーで濃厚な味が口の中に広がる。野菜と肉の味が後からやってきて、ゆっくりと咀嚼をして飲み込んで、煌夜は数年ぶりにシチューを食べた事を思い出しのだった。
「うまい・・・・・」
「口に合ってよかった。って、まあシチューは誰が作っても美味しいんだけどね」
「いや、そんなこと、ない」
東京の拠点では軍事力と鉄で作られている鉄壁の外壁を保つ為にコストを割いている為、食事関してはディストピア飯と揶揄される、栄養効率だけを目的とした、彩りも味気もないブロック状やペースト状の食品が多かった。
煌夜は「美味しい・・・・・・」と言葉を繰り返す。
どこかホッとした、柔らかな表情。先日までの焦燥感に駆られ、張り詰めていたものが、すっと抜け落ちていく。
本人は先ほどまで拘束されていたのだが、そんなことさえ忘れて、温かいご飯を夢中で食べていた。
そんな姿を、繋は自分の分のスプーンをゆっくりと、音を立てずに皿に置き、口元に手のひらを当てて机に肘をつきながら、嬉しそうに眺めていた。
自分の行動が間違いではなかったのだと安堵したのもあるが、何より、自分の作ったご飯をがむしゃらに美味しそうに食べる姿が、何よりも嬉しかった。
「その・・・・・・じっと見つめられると、恥ずかしいな・・・・・・」
思った以上に見つめていたことに気付き、繋は「ごめんね」と眉を下げながら謝る。
煌夜は皿に残った最後のシチューを、パンでこそぐように掬い取り、かぶりついた。
そして最後に、「ごちそうさまでした」と手を合わせて、感謝の言葉を述べる。
大変気持ちのいい食べっぷりだったと、繋は思う。
こんなふうに食べてくれるなら、たくさん作ってあげたいなと思うほどだ。
そんなことを相変わらず考えていると、向こうから繋に声がかかった。
「オレがこういうのもなんだが、その・・・・・・きみは可笑しいな?」
「ストレートに暴言なんだけど?!」
突然の暴言に、繋はずるりと頬杖から崩れ落ちた。 躊躇いがちに何を言うのだろうと思っていたら、まさか可笑しいと言われるとは思わず、繋はジト目で煌夜を睨みつける。
「いや、すまない。えーと、大分感覚がズレてるよな?」
「なんで疑問形なのさ・・・・・・まあ、自覚はあるけども・・・・・・」
煌夜は少年のように拗ねる繋に思わず、くすりと笑った。けれど、直ぐに顔を引き締め、元のリーダーとしての煌夜に戻る。
「目的、言えそう?」
「まて、そんな尋問の仕方初めてだ」
繋の独特なペースに再度、煌夜は自分の作り上げたリーダーである頼りになる秋月煌夜が崩れそうになった。
まるで友人のように、ポンと軽く聞くものだから此方もポロっと話し始めそうになる。いやいや流されるなと、若干今更感はあるが再度気を引き締め直そうとする煌夜に繋の容赦ない追い打ちが来る。
「手を貸して欲しいなら貸すよ?」
「キミは馬鹿じゃないのか!?」
つい、思わず怒鳴ってしまった自分は悪くない筈だと、先々仲間となった煌夜は今日の事を笑いながら思い出すのだった。
◇
「酷いなあ」
「いやいや、キミは自分の身に起きようとしたこと、ちゃんと分かってるのか!?」
煌夜は椅子から勢いよく立ち上がり、机に手をついて身を乗り出す。ガタン、と椅子が反動で倒れる音がしたが、繋は相変わらずゆるりと自然体のままだった。
「分かってるさ。君が僕を攫おうとしていたってことでしょ? さしずめ、反乱軍の戦力強化のためかな?」
煌夜は、その言葉を聞いて項垂れる。
「・・・・・・そこまで分かっているのなら・・・・・・本当は、話し合いで解決したかったんだ・・・・・・」
「え?」と繋は唖然とする。まさか、話し合いの機会を得るために、目の前の男が執拗に自分の隙を狙っていたとは思わなかったからだ。驚いている繋に、煌夜はゆるりと首を振った。
「なんでそんな馬鹿なことをしたのかって顔をしているが・・・・・・キミは自分の影響力がどれほど大きいか、自覚した方がいい」と、煌夜は繋を真剣な眼差しで見つめる。
魔法が使えるだけじゃない。四大拠点の責任者ともパイプがあり、親しいとなれば、こんなご時世であっても繋は一般人から見れば、遥かに遠い存在であり、上にいる人間だ。
ましてや、煌夜には繋の本当の性格が分からない。穏やかな人間だとは聞いていたが、それも表向きだけかもしれない。
権力を持つ人間が腹の底では何を考えているかなど、分かるわけがない。
冬吾も、ユミルも、どんな人間なのか知らない煌夜からすれば、互いに未知の存在同士で一緒に動いている繋に、正面から直接接触するのは難しかった。
だからこそ、煌夜は慎重にならざるを得なかった。繋が本当に一人になる隙をじっと窺い――今回のように無理やりではなく、できる限り正面から、ちゃんと話し合う機会を得ようとしたのだ。
しかし、結局その隙は訪れず、刻一刻と時間だけが過ぎていくのを感じた煌夜は、とうとう焦りから強硬策に出てしまったのだった。
煌夜の表情が悔しそうに、歪み始める。それが、まるで泣いているようにも見えて、繋はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ごめん・・・・・知ったといっても昨日なんだ・・・・・・だから、君のSOSに気づけなくて本当にゴメン」
「なんで、きみが謝る・・・・・・きみは被害者なんだぞ」
煌夜は理解が追いつかなかった。
瞬きをしても、目の前にいるのは再び頬杖をつく繋の姿だけだ。まるで、自分が行おうとしていた不道徳な行為など忘れてしまったかのような様子に、煌夜は思わず気味悪さを覚える。
これは、繋の悪い癖の一つだった。昔、スヴィグルを致命傷から庇った時と同じく、今も昔も、繋は自分が被害を受けたり傷ついたりする分には、どうでもいいと思っている節があるのだ。
今でこそ異世界の仲間たちのおかげで、以前ほど酷くはない。しかし昔の繋なら、返り討ちどころか一度大人しく捕まろうとすらしただろう。
今回は返り討ちした上で、相手をしっかり拘束し、様子を見ているのだから、精神状態は幾分か良くなった。
「未遂だけどね」
良くなった・・・・・・のかもしれない。
――いや、ひょっとすると逆に、悪い方向に慣れてきているのかもしれないが。
繋は、はっきり言って強い。今はさまざまな事情で本調子とはいかないものの、異世界ではトップクラス、五本指に入る実力者だった。
ちなみに、そのうちの二本はヒョードルとスヴィグルで、もう二本は残念ながら年下組ではなかったりする。
スノトラ、ベオウルフについては若さ故に発展途上。残り2人についてはまた機会があれば。
脱線をしたが、話を戻そう。一人で何とかできてしまうからこそ、繋はつい自己犠牲的な精神を捨てきれないのだろう。
まあ、今は地球にも彼を止めてくれる人間が増えてきている。だから――少しは安心だと思うのだ。
「未遂って、それでもオレはキミを攫おうとした。こちらの都合で、キミへ不道徳な行為をした、それは許されるべき事じゃない!」
許される事じゃやないと煌夜は理解している。
頭ではわかっていても、道徳と理性で制限するにはあまりにも時間がなかったのだ。
「じゃあ、教えて欲しい。 なんでここまでしないといけなくなったのかを。理性をかなぐり捨ててまで動かないといけなかった理由を、目的を。それで君の罪を僕はチャラにしたいと思う」
そう言って、繋は手を伸ばした。
ぐッと息を飲み込む音が聞こえる。
額に八の字を寄せて、何とも言えない表情でこちらを見つめる煌夜に、繋は真っすぐと見つめ返す。
今からでも仲間になれる。全然遅くなどは無いのだと、繋は示す。
そして、煌夜はためらいながらも、自分より柔い手を掴んだのだった。
◇
そして煌夜は語り始めた。
東京でいま何が起こっているのか、どうして反乱軍が生まれたのかを。
「そっか・・・・・・東京では、そんなことが裏で行われているんだね・・・・・・」
表面的にはユミルの言う通り、都市として普通に機能している。しかしその裏で、年寄りや病気・怪我で動けなくなった人たちを中心に、異能兵――いや、ゾンビ兵を作るための人体実験が行われているのだという。
(異能兵って言うと、蛮王と呼ばれた彼を思い出すけど・・・・・・理由が全然違う)
かつて、魔王討伐の旅の途中で出会った蛮族の王は自国で起きた大規模なスタンピードを止めるため、自分と国の兵士たちを魔物化させようとしたことがあった。それをスヴィグルと繋は必死で思いとどまらせ、最後にはまるで物語のように皆の力を合わせて解決したのだった。
(それに比べて、こっちは非道なことに、看病という名目で被験者を集め、実験している・・・・・・反乱軍は、犠牲になった身内たちの集まりってわけか)
純粋に許せない。繋は憤るが、本当に悲しんで怒りたいのは自分ではなく煌夜の方だと、勘違いをするなと、自分を戒め、憤りを隠すために目を細めた。
繋は煌夜をちらりと見る。つまり、煌夜自身も身内を実験にされたということだ。
「・・・・・・俺には姉がいた。東京拠点の幹部まで昇りつめて、同じ炎の異能を持ちながらゾンビ退治でも活躍していた」
けれど、ある日悲劇が起きた。
煌夜をかばって姉が重傷を負い、二度目の発熱と高熱に苦しめられることになった。
解熱剤を投与されて、少しでも状態が落ち着くことを信じていた。しかし、煌夜に伝えられたのは、無残にも姉の死だった。
唯一の身内を失い、煌夜は自分のせいで姉を亡くしたと自分を責めた。だが、それで終わりではなかった。
悲しみに沈む彼を、さらなる悲劇が襲う。
回収された姉の遺体が、ゾンビとして復活してしまったのだ。
本来ウィルスを克服し、異能に目覚めた人間はもうゾンビにはならないはず――にもかかわらず、煌夜の姉はゾンビとなり、やがて倒された。
その様子を遠くから見届けるしかなかった煌夜は、膝から崩れ落ちた。
何度、上層部に問いかけても答えはもらえず、ならばと自ら東京拠点の幹部にまで上り詰め、手に入れた権限で徹底的に調べ上げた。
そこで彼が知ったのが、「人為class化計画」だった。
「人為class化計画?」
「計画書には異能の力の増幅と、ゾンビの耐久・回復力をあわせ持ったハイブリッド兵を作ろうとしているって書いてあったんだ」
「それは・・・・・・確かに、脅威になり得る存在だね・・・・・・」
「ああ。だから上層部は、class3から摘出したDNAをいろんな人に投薬して、どうなるかを試していた」
「そして、その被害者の一人が・・・・・・煌夜くんのお姉さんだったんだね・・・・・・」
胸をえぐられるような思いだったことだろう。そして、自責の念に苛まれただろうと容易に想像出来る。
つまるところ、今回の強硬手段も復讐にかられた行動なのだと理解した。
(だからといって、許していい事ではないんだろうけど・・・・・・残念ながら、助けたいと思っちゃったんだよね)
繋はふと、この場にいない仲間達を思い浮かべる。
きっと、スヴィグルも菊香も同じことを考えるだろう。
(ヒカルさんも、なんだかんだ文句を言いながら手伝ってくれる筈)
そう内心でほくそ笑み、繋は決める。
「よし! 決めた!」
「わっ、いきなりどうしたんだ?」
突然立ち上がって大きな声を出した男に、煌夜は身体を仰け反らせる。
そして、不適な笑みを携え、繋は宣言した。
個人的に力を貸す事は勿論だったが、これは世界を揺るがす問題だ。
ならば、皆で解決しないといけない。
ヒカルと菊香達が平和に暮らせるようにも。
皆で戦う必要がある。
だから、繋は宣言する。共に戦う事を。
「一緒に戦おう」
煌夜は瞬きをする。
眩さに、眩む気がした。目の前に星が落ちた気がしたのだった。
もしこの内容が良かったらブクマ・評価・リアクションしてくれますと飛び跳ねて喜んでるかも。




