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第10話:孤毒

2025/10/15 大幅加筆修正

2025/12/15 全改稿

「冬吾さん! 流石に未成年と隣にいると犯罪臭がすごいっす!!」


「いやあ、流石に男の子であってもオジキと未成年の男の子の組み合わせは事件性を感じるな」


「おーい誰か警察官呼べ! って俺か!」


「よし! 手錠は無いが、ロープは持ってきたぞ!」


「ただのロープじゃ、オヤジには意味が無いぞ」


「お前ら、やかましいんじゃ!!」


冬吾がけいと再会を果たした次の日。


15年ぶりに音信不通もとい、死に別れていたと思っていた親友と再会できたのだと、浮足立つ冬吾に部下達は「どんな人ですか?」と聞かれ、

それが色んな意味で有名になっている渡繋わたりけいだと知り、部下達の間で騒ぎが起きた。


誰がどう見ても若い青少年であるけい

凄まじい異能を持ち、一人でclass3を相手取る猛者であっても、何も知らない第三者から見たら、ただの少年には変わらないのだ。


そんなけいを、あろうことか自分達のリーダーは「親友」だと言い出した。


誰もが「あ、ヤバイ」と脳を過ったのである。


この無法となった世界に、通常の法律もルールも適用されない。


皆がみんな生き残る為に、手を汚してきた。したくない事をやらねば生きていけなかった。


しかし、更なる罪を重ねる前にこのリーダーを止めなくてはと冬吾と共に奈良の拠点に来た部下達は躍起になって止めようとしたのだが──。


全部が早とちりというか、勘違いなのである。


騒ぎ立てる部下達を、冬吾は一喝し足元から氷の異能を発動させる。


瞬時に地面に氷が這うように動き、部下たちを凍結まではさせなくとも、一瞬にして真冬同様の寒さに凍えさせたのだった。


この時点ではまだ冬吾に魔法のことを話していないため、当分の間、部下たちから冷たい目を向けられるという、リーダーとしては残念な状況が続くのだが、先々、けいが元の年齢の姿を見せて誤解が解けるのは、まだ後の話である。


と言う事で場所は廃校の中。


冬吾はうきうきとしながら、けいと世間話に話しを咲かせていた。


15年の間、何があったのか、どうしていたのか。


けいもずっと魔法の事について、どう切り出して説明するか悩んでいたのだが、冬吾が話している最中に「けいの使う魔法は凄いのう」と口に漏らした事が原因でけいは話す事を決めたのである。


本人は決して、鎌をかけた訳では無く、ただ単に魔法が使えるけいはすごい!と小学生ばりにIQが下がっていただけだった。


ここで、何故、白熊冬吾がけいの魔法を知っているのか。


答えは簡単。というより、ヒカルの恐れていた事が起きたのである。


京都の拠点に交易の使者として派遣した冬吾の部下の耳にシグルと同様の異世界人がいるという話が入ってきたのだ。


当時は、戦力が増えて羨ましいなぐらいしか思っていなかったが、その人物こそ冬吾がずっと恋焦がれていた存在である渡繋けいだったのだ。


(偶々奈良の拠点にも、使いを出していたのがラッキーじゃった)


拠点間の連携のため、冬吾は奈良に使いの者を派遣していた。


そこで、偶然、その部下が体育館で演説をしていたけいに出くわした。


部下は、かつて冬吾から「自分の親友であるけいは、すごい奴なんじゃ」と何度も聞かされていた。だからなのか、その名前を耳にタコが出来るまで聞かされた事があるため、覚えていたのだ。


そこで部下は、もしかしたら冬吾の親友と同一人物なのではないかと思い、すぐに衛星電話で冬吾に連絡した。


その結果、冬吾はけいと再会することができたのだった。


けいは冬吾にずっと言い出せなかった事、疑いを持っていたことに罪悪感を感じて、丁寧に謝罪をしてきたが、冬吾はその謝罪を受け入れるも、けいへ願い出た。


相変わらず人の顔色ばかり窺う友に、せめて自分にだけは気を遣わないで欲しいと、15年も経ってお互いあの頃の自分達じゃないかもしれないが、それでもあの時の自分達の続きをしたいのだと、冬吾は真剣な表情でけいに願ったのだ。


(その時の泣いたような、嬉しいような、控えめに笑うけいの顔を忘れないじゃろう)


なぜなら、常に平気なふりをして、笑顔を作っていた友が初めて感情を露にしてくれたのだから。


それが、冬吾にとっては、とても嬉しい事で、少し拗ねた感情もあった。


誰のお陰かわからないが、けいの変わる切っ掛けを自分が作れなかった事に冬吾は少しだけ寂しく感じるのだった。


けれど、それは杞憂だ。


当時のけいにとっては冬吾の存在は生きる理由だった。


親友がいるなら、寂しくなかった。


苦しくなかった。


冬吾がいるなら苦しい、寂しい、悲しいといった感情を全て誤魔化すことが出来た


そう思えるほど、けいは救われていたのである。


歩きながら、横目でけいをちらりと見る。


今は何か良く分からない原因で若返ってしまっていると言っていた。見た目は20歳の時の姿だという。一応変化の魔法とやらで30歳のけいの姿を見せてもらった際はそんな事も出来るのかと驚愕したものだ。


(同じように歳は取れんかったけど、こうやって目の前で生きとってくれたんが何よりじゃ)


けれど、冬吾は一つだけけいに対して穏やかではない内容があった。


それは、異世界から地球に戻ってきた理由だ。


冬吾は再度、隣で穏やかに笑いながら話しを続ける友人を眺める。


けいも異世界でようけぇ苦労してきたいうのに、地球はこんな平穏どころじゃのうて程遠い世界になったし、けいがゆっくりと心穏やかに過ごせる時間がないんよのう・・・・・・)


冬吾は歯噛みする思いだった。


何とかしてあげたいのに、何も出来ない。環境が世界がそれを許してくれない。


冬吾はけいに見えないように、舌打ちをする。


けいを取り巻く人々のなかで、彼の深淵に最も近づけているのは、ヒョードルと白熊冬吾だけだった。


彼らだけが、けいの抱える暗い底を、知っているのだ。


また、人ではないが神であるフリッグは全貌を把握はしていたが、神であるが故にヒョードルのように家族として共に居る事も、通常の人間の家庭のように踏み込む事も難しく、彼女は内心歯痒い気持ちでいた。


一方のヒョードルは、女神であるフリッグより――けいの過去の家庭環境について、

あらかじめ何もかも教えられていた。


だが、けい自身が自らの過去を語ることは、一度として無かった。


それが「思い出したくない」のか、自身を守るために、記憶を曖昧に――いや、都合よく塗り替えているのか。


ある日、フリッグはヒョードルに不快感を露わにしながら、こんな事を言った事がある。


「中途半端な愛情ほど、毒が強いものだ」


間違いない。


いっそ嫌えたらどれだけ楽なのだろうと思う。


思いっきり憎む事が出来たらどれだけ、心が楽か。


1か0ならどれほど簡単だったか。


けど、けいの両親は中途半端なまま、不十分な愛情でけいを育てた。


だから、中学最後の夏休みに家族旅行なんて事をしたのだ。


両親の仲がどれだけ溝があって、崩壊して、修復なんて出来ない状態でも自分の息子には情があったから。


しかし、それはけいが「良い子」であり続けたからでもある。


自分達のいう事を聞く、素直で従順な子。何でもできる完璧な子。


プライドが高い両者は誇らしい思いで、我が子をトロフィーのように扱った。


賢いけいはそれらを全部知っていた。賢いが故に鈍感なふりをした。

心に蓋をした。悲しい、苦しい、寂しい、感情を全て知らないふりをした。


自分が全て我慢すれば、問題ないと生きてきた。

最終的に自分を犠牲にすれば、両親は幸せだと信じていた。


そう思っていた。心の底からそう思わないといけなかった。


だって、そうしないと子供であるけいは生きていく事が出来ないのだから。


子供だけではどうすることも出来ない現実を知っている。親の庇護下にいないと生きていけない事も知っているから、その地獄をなんとか生きていくしかなかった。


それ故に、渡繋けいは「笑顔を作るのが得意」なのである。

「自分が我慢して傷つけば全て上手くいく」と本気で信じている。

「自分の幸福より、大切な人の幸福の方が安心する」と心の底から願っているのだ。


結論、けいが地球に帰りたいという理由に両親の供養をしたいというのも、彼の希死念慮が爆発したにすぎない。


ヒョードルに拾われた事で幾分かマシになったが、異世界での多くの出来事による過剰なストレスで彼の心が発作を起こしているのだ。


けど、けいはそれに気づけない。


気付くことが出来ない。


そして、地球に戻ってきても同じことが起きている。


けいが何とかしないといけない場面が多くある限り───


ヒョードルが、スヴィグルが、ヒカルが、冬吾が、けいの心を完全に救う事は難しいのだ。

しかし、それでも、寄り添う事は出来る。

けいが抱える暗い物を一つでも抱える事が出来るのならと、彼らはそう信じている。


他愛もない話しを続け、辿り着いた場所は古びた学校の教室内だった。


互いに古い机に腰掛け会話を続ける。

秋風が窓から静かに吹き込み、懐かしい静けさを教室に運ぶ。

窓の外から子どもたちの笑い声が聞こえ、夕陽が静かに教室を染める。


冬吾は夕焼けに照らされる親友の顔を見つめる。


(生きてくれてて嬉しい。生きていて良かった)


改めて、大切な家族のような友人が生きてくれた事に冬吾は想いが溢れそうになる。


冬吾の家庭は母子家庭だった。元々広島出身だったが、福岡に家族で引っ越しした後に冬吾の父が病気で亡くなり、女手一つで母が冬吾を育ててくれた。


父親が亡くなった事でよく泣くようになり、更に不慣れな環境、方言訛り、内気な性格も相まって。冬吾はよくイジメの対象になっていた。


母に心配をかけないように独り苦しみに耐えていた冬吾に手を伸ばしたのがけいだった。


(お前は凄いやつじゃ。自分の方が苦しく辛い筈なのに手を伸ばしてくれた。ワシはお前に救われたように、同じように色んな人達を助けてきた)


冬吾はけいが自分をいじめの環境から抜け出す様に一緒に逃げてくれた過去を思い出す。

そこから、一緒に話すようになって、行動するようになって、遊ぶようになった。


中学になっても2人で1人みたいな感じでずっと朝昼晩一緒に居た。冬吾の母も、「二人はまるで本当の兄弟みたいね」と言ってくれるくらいには共に過ごしていた。


これからも、こんな日常がずっと続くのだろうと思っていた。


そう信じていた。


でも、突然その日常を奪われた。


その時の絶望は計り知れない。


片翼をもがれたようだったと冬吾は今でも思い出す。


「なあ、けい・・・・・・」


「ん? どうしたんだい冬吾」


けいが微笑みながら首を傾げる。

その、笑みを見て冬吾は息を飲む。そして心の中で、ああ、どうかこれ以上傷つかないで欲しいと願う。


「ひとつ聞かせてくれ。本当に、両親の為に墓をたてたいんか?」


地球へ帰ってきた理由を再度問いただす。


けいの一番脆い所に踏み入る。


両親の為に墓を建てたい。即ちそれは自傷行為と変わらない事に冬吾は気付いている。


(自分のせいで、両親を死なせてしもうたんじゃけえ、自分が墓を建てるべきじゃとけいは思うとるんじゃろうが、ワシはそれが本当は嫌なんじゃ)


けいはしばし黙り、「・・・・・・うん」と曖昧な笑みを浮かべながらぽつりと零す。


自分だけ生き残ってしまった事への懺悔のような気持ちで墓をたてたいのだと再度話してくれた。


その瞬間、ギリリ!と冬吾は、自分から歯が軋む音が聞こえた。

そんな事は、しなくて良い!と。する必要なんて無いと叫びたかった。


まして、懺悔などする必要もないのだ。


しかし、それらを全て飲み込み、冬吾は正面からけいの気持ちを受け取る。


「・・・・・・わかった、でも───」


重めの前髪の隙間から熱い眼差しが、親友へと注がれる。


「少しでも躊躇うそぶりをみせたら、ワシはけいを広島の拠点に連れて帰るからの」


冬吾の言葉に、けいは思わず目を見開く。


窓の外から差し込む陽の光が、古びた教室の埃を金色に染め、机の上に二人の長く伸びた影を落とす。


その穏やかな光の中で、けいはしばらく何も言えずに俯き、やっとの事で言葉を出す。


「ちょ、物騒なんだけど」


「本気じゃ、お前だけじゃやない。全員迎えいれちゃる」


どうせ、けいの事だ。

自分の事を差し置いて菊香やヒカルを守るために動いているに違いないと冬吾はそこまで考えた上でけい達一行を迎え入れると表明する。


「まってまって、なんでそうなるのさ」


「両親のこたぁ、あの人らがけいに何をしたか、ワシはわかっとるよ。じゃけん、少しでも安心出来るところにけいを居させたい」


ギクリと、一瞬、けいの怯えたような表情になるのを冬吾は見逃さなかった。

けいは、直ぐに隠す様に俯いて目を伏せ、何とか言葉を絞りだそうとする。


「・・・・・・・・・・・・そっかあ」


けいは冬吾の言葉に喉の奥がきゅっと苦しくなって、涙がじわりと滲みそうになる。

けいの中で防衛本能が働き始める。両親というワードに、幼少の記憶に靄がかかる。

でも、心のどこかで「冬吾なら知ってても可笑しくないよな」と納得している自分もいた。


だって、2人は幼少期から共に過ごした兄弟のような存在なのだから。


どこか遠くで、風が窓を鳴らしている。


けいは肩まで伸びた髪をそっとかき上げてゆっくりと手を降ろす。そして、こみあげる涙を我慢しながら、なんとか取り繕うように微笑んだ。


大人の理性とプライドが総動員する。嬉しいのに、それを素直に受け取れない。だから、けいは強がりを言う。


「バカだなあ、冬吾。君は広島の拠点の責任者だろ? 僕の様な面倒な存在は切り捨てるべきだ」


「却下じゃ」


けいの突き放そうとする言葉を、冬吾は一瞬で切り捨てる。


余りの速さにけいは口をポカンと開けてしまう。


そんなけいの姿に冬吾はニッと人懐っこい笑みで笑うと椅子の代わりにしていた机から降りて、けいの手を取る。


「こんな世界だけぇ、もう後悔だけはしたくないんじゃ」


冬吾は肩をすくめて、茶化すように笑う。


けいは何でここまで優しくしてくれるのか分からず狼狽える。


スヴィグルにもヒカルにも其々違う形で、自分を助けてくれる。

その事が不可思議でたまらなかった。


「な、なんで、そこまで・・・・・・」


「ワシはお前の親友じゃからな」


冬吾は空いた片方の手でどんっと自分の胸を強く叩いた。


救われた。たくさん助けられた。小さな幸せを沢山教えてくれた。


そんなけいの為に、冬吾はただ動きたいのだ。


その「親友」に込められた万感の想いと願いを、けいは知らない。


けれども、確かにけいの心には届いたようで、けいはゆっくりと間をおいて、俯いていた顔を緩やかに上げて、諦めたようにくしゃりと笑った。


「ふふ・・・・・・そっかあ、親友かあ・・・・・・」


得難いものに、けいは心が締め付けられる。感謝という言葉じゃ足りない。


けれど、今の自分にこの気持ちを伝えられそうな方法は、言葉以外無かった。


「本当に、ありがとう」


心を込める。


目に見えない、この気持ちをどこまでこの言葉に乗せられるか分からないが、それでも気持ちを込めて伝えるのだった。





そうして、2人は教室から出る。夕焼けが2人分の影を差す。


まるで、学生だった頃のように陽気にはしゃぎながら帰る2人を映し出していた。


2人がいなくなった教室の隣の教室から、ぬるりと人影が現れる。


その人影は、けいを尾行し、監視していた反乱軍のスパイだった。


「まさか、広島の責任者と一緒に行動する仲とはな・・・・・・」


けいの存在の特別さに改めて気づかされ、男は「ふう」と深くため息を吐く。


(彼は色んな人脈を持っているんだな・・・・・)


(それだけじゃない。急速に奈良の拠点のインフラが改善しているのも渡繋けいが中心に働きかけ物事が動いている。彼が一人の時を狙っているが、中々隙を見せてくれない・・・・・・。強硬突破するしかないのか・・・・・・?)


その年齢に反した手腕と、それを可能にする魔法という力。

やはり、どうにかして、けいをこちらに引き込まねばと煌夜は決意を改めて、

闇に溶けるように、男は消えていった。




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