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第9話:感情

2025/10/16 題名変更+大幅加筆修正

今日は珍しく三人だけでのドライブだった。


いわゆる気分転換である。


本当はユミルも同行したがっていたが、時雨から「あなたには別の仕事があるでしょう! 溜まった書類を片付けてください!」ときつく咎められ、子どものようにイヤイヤと逃げようとしたところをジャージの襟を引っつかまれて連行されていった。


その一幕を見た繋は「社長業が嫌で逃げてる人みたいだな」と思い、頑張ったらスイーツでも作るよと宥めてみせたら、案外あっさり機嫌を直して仕事に戻っていったのだった。


三人は軽トラに乗って奈良を巡る。


世の中は秋日よりであり、いくらゾンビが溢れかえる終末世界であっても、少しは外の新鮮な空気を吸わなきゃやってらんないよねとけいが言ったので、ヒカルと菊香は顔を見合わせ二つ返事で繋の提案に乗ったのだった。


せっかく奈良にきたのだから、観光ついでに奈良公園に寄ったり、薬師寺を見に行ったりしてみたが案の定倒壊しており、少しウキウキしていた菊香と繋は残念がっていた。

せめて、他に壊れてない場所が無いか、他にも寄ってみるも、やはりどこもかしこも原型を留めていないぐらいに壊れていた。


もう思い切って、復元魔法でもかけようとしたが、2人から慌てるように止められ結局、葉が赤く染まる木々を見ながら帰るドライブ日和になってしまったのだった。


「うぅ~せっかくの奈良なのに~」

「せっかく歴史ある町に来れたのに~」


上から順に菊香と繋である。2人とも車の椅子に沈みこむ様に項垂れており、ヒカルがそんな2人を横目に笑う。


「まあ、久しぶりに三人でのドライブも出来たし、良しとしようじゃあねえか」


「まあ、そうなんだけど、マジでゾンビ滅ぶべし・・・・・・」


低く唸る菊香にけいは「あはは」と声を出して笑ってると、不意に声が掛けられた。


「そういや、お前の近くにベットリくっついているアイツはなんだ」


軽トラの運転席に座るヒカルが、ハンドルを握ったままぼそりと口を開く。

声は低く落ち着いていたが、どこか焦りにも似たような色があった。


「おじさん、嫉妬は良くないよ~」


後部座席の菊香が茶化すように口を挟むと、ヒカルはわずかに眉を寄せて、苦笑をこぼす。


「そんなんじゃあねえよ」と否定する言葉を言った後、「いや、やっぱり・・・・・・嫉妬、かもしれねえな」と自分の感情を素直に認めた。


「へっ・・・・・・?」


思いがけないほど素直な反応に、繋は固まってしまった。耳を赤らめ、慌てて言葉を継ぐ。


「えぇっと・・・・・・彼はね。僕が異世界に転移するまでに一緒にいた親友なんだよ」


言葉にすると、自然に笑みがこぼれる。照れくさそうに、でも心の底からうれしそうに繋はゆったり座席に背中を預けながら頬を緩ませる。


「そうそう、冬吾さんは繋さんの親友だもんね~」


後部座席から身を乗り出し、菊香が繋に笑いかける。同時に横目でちらちらとヒカルの方にも視線を向けるものだから、ヒカルは不機嫌そうに口角を下げる。


そして更に煽るように菊香はヒカルの右腕をちょんちょんと突くと、ヒカルが鬱陶しそうに「ああ、もう!」と声を上げる。


「というより、菊香、お前! お前もアイツの事知ってんのかよ!」


「え? うん、そうだよ」


──時は少し遡る。





繋は冬吾と奇跡的な再会の後、自分達3人だけの拠点に帰ろうとした際に、菊香に出会い、そこで地球での親友と再会できた事を話した。

普段なら、そんな事を自分から言わない繋だが、その時ばかりは嬉しさで気が緩んでいたのかもしれない。


「えーー!!?  地球での親友と再会できたって、 それって奇跡じゃないですか!」


それでも、菊香が自分のことのように喜んでくれたとき、繋は「ありがとう」と笑って返した。


「小学校からの親友って、なかなかできないもん。特に私は転勤族だったから、そういう関係に憧れるかも!!」


菊香がそう言うと、繋は笑いながら「でもユミルちゃんだったら、“うちら親友じゃん”って言いそうだよ」と返す。


菊香は少し視線をそらし、口角を上げて頬を緩めた。


「んへへ・・・ユミルちゃんも同じように思ってくれてると嬉しいなあ」


実際、ユミルは菊香に「親友」という言葉は使っていないが、似たようなことを話したことがある。菊香と打ち解け合ってからというもの年の近い友人となり、二人はよく一緒に行動するようになっていた。


それだけじゃない。彼女は魔王として幼少から人生を王として民に捧げてきたのだ。挙句の果てには友人と思っていた存在から裏切りにあうこともあったが、今は本当の友として菊香が居る。ユミルは繋に「マジで人生充実してるかも〜」と満面の笑みで笑って言ったのを思い出す。


魔王だった頃には考えられないほど、ユミルの周りには「大切な存在」が増えていたのだ。


しかし同時に、ユミルは若干感情を拗らせたモンスターにもなっている。


菊香に害をなす者が現れたら、即座に魔王モードで処すつもりの、いわばモンスターペアレントのような存在になりかけている。


もっとも菊香本人はそれを「可愛いな」とすら思っていたりする。


余談は以上になるが、繋はその後に菊香に冬吾を紹介する事になり、菊香と冬吾の初対面

が済んだのだった。





──そして今、再び車内。


ヒカルは「うぐぐ」と低く唸る。自分の大事な物達が手を離れていくようでどこか、悔しい気持ちになっており、ハンドルを握る手をわずかに強くした。


(・・・・・・親友、か)


視線を道路から逸らさず、それでも隣に座る繋の横顔を盗み見る。


(俺はこいつの相棒だ。だが・・・・・・それだけじゃ足りねえと思ってる自分がいんだよなあ)


胸の奥に生まれた感情を、ヒカルは飲み込んだ。


転生前に成り損ねた関係を、ヒカルは時折考えてしまう。

菊香とは親目線のような親子関係。だが、繋には・・・・・・それ以上を望んでしまっている。


(俺はお前にとっての親友であり、よき友であり、兄弟のような関係でありたいと思ってる)


だが同時に、まだその資格がない事も理解していた。

過去に殺し合い、消えない傷を背負わせた。転生のことだって打ち明けていない。

あまりに多くの壁がある。


(まあ、相棒って枠でも十分に嬉しいんだがな)


そんな時、菊香が楽しそうに聞いてくる。


「ねねね。繋さんは、私たちのこと、どう思ってたりするの?」


唐突な菊香の問いに、車内の空気がピンと張り詰める。少しだけ気まずい沈黙が流れる。

繋は顎に手を当てて、考えるふりをしながらもどこか照れくさそうに答える。


「うーん・・・・・・そうだなあ。異世界にも似たような繋がりはあったけど・・・・・・」


一度言葉を切り、繋はちょっと恥ずかしそうに微笑む。


「二人のことも家族のように思ってるよ」


その瞬間、ヒカルの瞳孔が大きくなる。


「ほら、前に菊香ちゃんも言ってくれたでしょ?だから、ヒカルさんも菊香ちゃんも、勝手に家族って枠に入れてるんだけど・・・・・・」


繋の声は次第に頼りなくほどけていき、さっきまでの明るさは見る影もない。

自分の発した言葉の重みに気付き、ついには青ざめた顔で慌てて訂正した。


「ご、ごめん、やっぱ今のナシ! 僕が勝手に言っただけだから!」


「勝手じゃない!」


菊香が、まるで逃がさないとばかりに即座に食い気味で遮る。


「菊香の言う通りだ」


ヒカルも、どこか熱を帯びた低い声で続ける。


「勝手じゃねえよ。俺は・・・・・・お前がそう思ってくれてるのが、嬉しい」


本当はそれだけじゃ足りない。

だが無理に言葉を継ぎ足せば、この静けさを壊してしまう気がした。

繋から欲しかったたった一言だけで、心の奥に巣食っていた陰りが、ほんのわずか消えていく気がした。


(満足だ・・・・・・いや、満足だと言い聞かせてるだけかもしれねえ。

けど、今はそれでいい。お前の気持ちの方が何よりも優先だと思ってる)


たぶん、今以上の幸せを望んだらバチが当たる。けいがこれまで背負ってきた傷を思えば、自分の望みなんて贅沢なもんだと、そう自分に言い聞かせながら、ヒカルは前方の流れる街並みに視線を移した。


繋は二人の反応に、小さく目を瞬かせていた。


(・・・・・・くそ・・・・・・こんなに嬉しいのに、妙に居心地が悪くて、逃げ出したくなるなんて)


胸の奥に広がる温もり。だけど、それを素直に受け取る勇気が、なぜか足りない。


自分から投げた言葉なのに、肯定されると、

「そんな訳ないんじゃないか」ともう一人の自分が背後から自分を否定する。


(スヴィグルのおかげで、少し慣れたと思ってたのに。でもそれも彼が傍にいて、僕の背中を押してくれてたから・・・・・・そう勘違いしてただけなのかも)


けれど、変わりたい。人の想いを、まっすぐ受け止められるようになりたい。


だから今は、せめて形だけでも――そう自分に言い聞かせて、

小さく「・・・・・・ありがとう」と吐息のような声をしぼり出す。


泣きそうになるのをごまかすため、精一杯の笑顔を作った。だがうまくいかず、表情はぎこちなく歪む。


(下手くそだな・・・・・・。なんでこういう時に限って上手く笑えないんだろう)


ヒカルさんには、きっと見透かされている。菊香ちゃんもいるのに、何とか隠さなきゃと焦る自分が、少しだけ悲しい。


(でも・・・・・・やっぱり、言わなきゃ良かったかな)


口にしてしまったのは、正直なところ浮かれていたからだ。

自分を「親友」と呼んでくれる人も、「相棒」と呼んでくれる人も、異世界では「家族」と呼んでくれる人も。ユミルと同じで、どんどん、自分が欲していた関係性が増えていく。


(ヒョードル・・・・・・)


繋にとって何より特別な人。血は繋がってなくても「本当の家族」になってくれた彼を思い出す。あの武骨な手で頭を撫でられる感覚も、強く抱きしめられる苦しさも、あの硬くて威厳のある声色、全てが懐かしい。


「家族」だなんて言葉が口をついて出たのは、きっと寂しさからだ。


誰かに本気で必要とされた経験なんて、子どもの頃からほとんどなかった。

だからこそ、菊香とヒカルが即答で「勝手じゃない」と返してくれる。家族のように同じ思いだと、その事実だけが、どうしようもなく嬉しかった。


(こんなに、欲張って良いのかな・・・・・・スヴィグルならきっと、「欲張りでいいに決まってるだろ!」って叱り飛ばしてくれるんだろうな)


想像の中の彼の声が、背中をぐっと押してくれる気がした。その力強さが自分の大きな支えになっていて、守られていたのだと思うと、情けなくも懐かしくなる。


幼い頃から両親との距離は遠く、素直になるための方法が分からなかった。

どう言えば正解なのかとか、誰かの顔色ばかり気にして、期待通りに振舞おうと必死だった。交通事故で全てが壊れるよりもずっと前から、ずっと人の感情に振り回されていた。


現に今も、二人にどう思われているのか、どこかで信じきれずにいる。


(疑っているというよりかは、分からないんだ)


こんな自分を大切に思ってくれる筈がない。

なんで、優しくしてくれるのかも分からない。

時々、そんな思いが心の隅にこびりつく。


きっと、自分が優しくするから、返してくれているだけなのではと思ってしまう。

でも、スヴィグルも、ヒカルも菊香も冬吾も、ためらいなく自分の扉をこじ開けてくれた。

そうやって真っすぐに想いをぶつけてくれる彼らが、怖いほどに、ありがたかった。


「ほんとに・・・・・・ありがとう、二人とも」


ぽつりと俯きがちに呟くと、菊香はぱっと明るい笑顔を見せた。ヒカルも、呆れたように、でも安心した顔で運転席に腰を落ち着ける。


繋は自分の表情が少しこわばっていることに気づき、そっと外を見るふりをして車窓に視線をそらす。映るのは、涙を堪えている情けない顔。同時に、安堵よりも重い影が胸の中に湧き上がる。


(家族じゃなくて、やっぱり相棒って呼んだ方がヒカルさんには嬉しかったんじゃ・・・・・・)


相変わらず、人の感情を深読みしてしまう自分がいる。


そんな自分が嫌だった。

大切に思い、思われているのに、どこかで「本当に?」と怯えている。


(本当に、こんな自分が嫌になる。

あの日、弱さを打ち明けてから、変わろうと思ってるけど・・・・・・なかなか難しい)


異世界でも、「自分のため」に一歩踏み出すのが苦手だった。

誰かのためなら、すぐに決心できるのに。


それでも今、「ありのままのお前でいい」と言ってくれたヒカルの声が、

心のざわめきが静かに落ち着いていく。


(こんな自分を、ちゃんと受け止めてくれるんだ)

「・・・・・・少しずつ、ちょっとずつでも、こんな自分でも良いと思えるようになれたらいいな」


吐息に混じるような声で、そっと呟く。それを誰も聞いていないことを祈りながら、繋は胸の奥で自分に言い聞かせた。


(大切に思われることを、素直に受け取ることを恐れるな、渡繋)


そう、自分に静かに言い聞かせて、心の中でそう繰り返しながら、繋はそっと目を閉じる。


そんなけいを優しく何も言わず見守るように、ヒカルがやれやといった表情で笑いながら、菊香がニッと微笑みながらバックミラー越しでアイコンタクトを交わすのだった。




もしこの内容が良かったらブクマ・評価・リアクションしてくれますと飛び跳ねて喜んでるかも。

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