第4話:非凡
2025/10/9 大幅加筆修正
ユミルの口調の調整。繋の説得するときの演説の強化。各キャラの独白と情景の整理。
それは、あからさまな敵意だった。
こちらをじっと見据える二つの瞳が、此方の出方を見極める様に射抜いてくる。
菊香は突然の敵意にビクリと固まってしまい、ヒカルは彼女を庇うように前に立つ。
そして繋は一歩前に出た。
「───僕たちは」
さらにヒカルと菊香の前に出て、繋がはっきりと告げた。
「京都の拠点より使いに来たもので、奈良の拠点に協力を求めに来ました」
「あなた達が敵ではない、という証拠は?」
厳しく、隙のない口調だった。その問いかけに、繋は「そうですね・・・・・・どうしましょうか」と考えあぐねるように視線をさまよわせ、最後には時雨のほうへ向けられた。
おどけたように、でも決して相手を馬鹿にする訳でもなく、やや困ったような様子で笑う。ぴりついていた空気が嫌でも和らぐ。
「残念ですが、それを証明する為の証拠はありません」
その言葉に時雨は唖然とする。なんて馬鹿正直な回答だと。それを見た繋は乾いた笑い声を漏らしながら続けた。
「それに・・・口ではどうとでも言えますしね。口で幾ら僕たちが無害だと説明したとしても、恐らく時雨さんは信用しない。貴女ほどの立場なら常に疑う必要がある。そうでしょう?」
時雨は、繋の見た目に反して深く人の事を見ている事に驚きながら、その通りだと胸中で頷く。
「ですから、その判断はそちらに委ねます。ただ、僕たちが本気で協力を求めていること。それだけは、事実だということを知って欲しいです」
繋は真っすぐ時雨の瞳を見つめた後、ゆっくりとお辞儀を下げる。その振る舞いを見た時雨は口の端をきつく引き上げ、そして、ふうっと息を吐いた。
「すみません。試すような真似をして。貴方の誠意は受け取りました」
そして、どうか謝罪をと時雨は頭を下げる。
その行動に今度は繋が驚く番だった。彼女は頭を上げた後、ヒカルの後ろにこっそりと隠れているユミルをじとりを睨みつけながら説明してくれた。
「実は、ユミルがあなた達をここへ連れてきた時点で、私の中ではもう答えは決まっていたのです」
繋は目を見開く。
「えっと・・・・・・それは、どういう意味でしょうか?」
「すみません、私達の拠点内の問題でもあるので、詳しい説明はできませんが、そこでコソコソと隠れている彼女が直接あなた達を連れてきたという事は、あなた達の安全性を保証している。と言う事なのです」
「え?てことは、ユミルちゃんって偉い人?」
菊香がヒカルの背後で隠れているユミルをひょこっと覗く。するとユミルは人差し指でぐりぐりと眉間を抑え、申し訳ない顔をしながら答えた。
「うぅぅぅーーー本当はキミたちになら言っても良いとは思ってるんだけど、ごめんよ。もう少し色々と待ってほしいーーー」
「と、本人がそう言ってますので、色々と思う事はあると思いますが一旦追従はしないで頂けると助かります」
繋と菊香、ヒカルはそれぞれで顔を見合わせる。
取り合えず、悪いように思われてないのなら、色々と聞くことはしなくて良いだろうと3人は判断する。勿論、警戒をするに越したことはないので、引き続き気を引き締める事にした。
「分かりました。あとは、僕たちが信用に足り得るかを見せなきゃだね」
繋はのほほんとそう言って見せる。彼自身その言葉に打算は無い。それを知っているヒカルと菊香は何時もの通り繋に同意してみせる。
時雨が繋の言葉に一瞬ポカンと呆けた表情をすると、くすりと笑みを漏らした。
「ふっ。なら、話の続きですが、ここでは落ち着かないでしょう。中へどうぞ。丁度他の隊長たちも揃っていますので話をするのにはタイミグが良いです」
時雨がそう言うと、ユミルがそろりとこの場から退場しようしていたので、ガシッと時雨はすかさずユミルのジャージの襟を掴んで、「逃がしませんよ」と言うと、そのまま引きずるようにユミルを連れて先に体育館へ向かう。
まるで言う事を聞かないワンちゃんを無理やりリードで引っ張る、その光景に繋達は苦笑いを漏らすのだった。
◇
やがて一行は時雨に続いて体育館に足を踏み入れた。
体育館内部は、想像以上にきちんと整えられていた。大きな損傷もなく、床は丁寧に雑巾がけされ、つやつやと光っている。
折りたたみの会議テーブルがロの字型に並び、その中央に時雨が、そして左右には五人ほどの男女が席についていた。
いずれも精悍な、現役で実戦をくぐり抜けてきたであろう、経験豊富そうな顔ぶれだ。
「ここにいるのは拠点の運営を担うメンバーです。私が不在の際は、彼らが意思決定を執ります」
「なるほど、仮運営会議体ってやつかな」
小さく囁いた繋に、時雨はまたもや小さく驚く。むしろ、先ほどから見た目に反した言動が目立っており、時雨は繋に驚く事ばかりだった。
「あなたは・・・、もしかして軍やその手のご経験があるのでしょうか?」
「――まあ・・・・・・似たようなことは」
ヒョードルに鍛えられた日々が脳裏をよぎり、懐かしさに一瞬浸るも、場違いだと直ぐに曖昧に微笑み返すのだった。
「ともかく、今はそうした前提で動いています。それでは――」
時雨が手を軽く動かし、促す。
「詳しい話を聞かせて貰っても良いですか? なぜ、貴方方は協力を求めるのか。その内容によってはこちらの対応も変わります」
繋はゆっくりと頷き、慎重にトランクケースからA4資料を取り出した。
「まず、僕たちは――」
――その時。
壁際に立っていた一人の男がピクリと眉を動かした。
長い睫毛が影を落とす深い眼差し。不健康そうな、どこか翳りのある顔立ちに、濃い隈と無精ひげ。しかし身体つきは鍛え抜かれたしなやかな筋肉が見て取れる。ただ者ではない雰囲気が、そこはかとなく漂っていた。
彼の視線は、会議よりも“ワタリ ケイ”と呼ばれる青年に注がれていた。
(・・・・・・あれが、例の能力者? 普通の青年にしか見えないが・・・・・・)
その男は、偽名・偽経歴で別拠点から流れてきたという設定で、時雨の部下として潜入しているスパイだった。
本当の所属は【東京拠点分断派】。国家崩壊後、東京で作り上げられた世界を救うための組織のクーデター側として所属している。
彼らの本来の標的は繋本人だ。
ゾンビを軽々と一掃する程の力を持つ異能力者。
そんな救世主の噂は、ヒカルの予想通り良い意味でも悪い意味でも各拠点の間で徐々に広まっていたのだ。
そして、スパイの男に与えられた任務は「繋を確保せよ」。
それが本部から下った任務だった。そして男自身は、さらに組織を欺く二重スパイである。 繋を誘拐し、ある目的の為にクーデター派の戦力にする。それがクーデター派閥の責任者である彼に与えられた役目。
(本当に、あの青年が噂どおりの力を持っているのか? どう見ても普通の一般人だが・・・・・・いや、隠しているだけかもしれない)
彼の耳に入っている情報では、温和で心優しい性格の青年。もし話し合いで説得できれば手間は省ける。だが、万一抵抗すれば、その時は・・・・・・
(・・・・・・やるしかない)
すでに拠点内にはいくつかの“罠”が仕掛けてある。計画は静かに、しかし着実に進行している。
「・・・・・・すまない。お前の命と力は、俺たちのものになる」
男は心の中で、そう呟いた。
◇
繋が軽く咳払いし、視線を上げ周りの隊長達を見渡したあと、ゆっくりと語りかける。
静まり返った体育館に、繋の温かみを感じる声が静かに響いた。
「ストレートにお伝えします。僕たちが望むのは、来るべきスタンピード、つまりゾンビの大進軍に備えて、一緒に手を取り合いたいということです」
その言葉に、空気が明らかに変わる。数人の隊長たちの視線が、一斉に繋へ集まった。
「スタンピード・・・・・・?その、ゾンビの大進軍というのは、単なる大量発生とは違うのか?」
年配の男性が低く尋ねる。繋は静かに首を横に振った。
「・・・・・・はい、違うんです。意思を持った群れというべきか・・・・・・。ゾンビたちが統率し、目的地を定め、戦術を使い、蹂躙する為にだけに襲撃してくる。来年――時期ははっきりしませんが、必ず起こると予想されています」
「それは、貴方たちの拠点のリーダーが能力か何かで予知したのか?」
「はい」
「確実に?」
「彼女が言うなら100%です」
場に息を呑む気配が走る。
「それは・・・・・・ただの大災害じゃないか・・・・・・」
繋は頷き、その通りですと続ける。
「・・・・・・ええ。そうです。だからこそ、各拠点単独対応では限界があります。僕たちは、その橋渡しになるべく来ました」
時雨が腕を組みながら繋を試す様に問いかける。
「・・・・・・ですが、肝心の京都リーダー本人は来ていないみたいですね?」
「はい。代理として僕たちが派遣されました」
ガヤガヤと周りがざわめき出す。先ほどの年配の男性が渋い顔で、納得してない声で問い詰める。
「リーダーが直々に来ないで、代理を出すなんて・・・・・・ずいぶん誠意が感じられないな」
繋はその言葉を受け、視線を右斜め上にずらし少し思考する。彼の一理ある言葉に苦笑いを浮かべる。
「ふふ・・・・・・確かに、ですね」
この素直すぎる答えに、何人かが面食らった表情になる。
繋は敢えて微笑む。
言葉を選び、そして放つ。
「貴方の言う通り誠意を感じられないと思います。でも、多くの人命を背負ったリーダーなら、代理を立てる判断をするのも当然です。それは、きっとそちらも同じだと思います」
繋は冗談めかしつつも、真剣な目で周囲を、その場に居る一人ひとりの顔を見つめる。
彼ら。彼女ら。渡繋はしっかり見る。
しっかりと、自分という存在を目に入れさせる。
「皆、それぞれが。自分に与えられた役割を果たすしかないんです。彼女も、僕も」
「僕の役目は、必ず訪れると分かっている不幸に立ち向かえる仲間を増やす事。そして厄災に立ち向かえる為に皆の力を合わせたい」
一拍置いて、繋は真正面を見据えた。
「皆の力を合わせて。なんて綺麗ごとかもしれません。でも、その綺麗ごとをしないといけない時が来たんだと思うんです」
「・・・・・・ですが、貴方の“綺麗ごと”の為に、私たちが手を貸す理由はあるのでしょうか?」
「時雨さん。手を貸す以外に選択は無いんです」
時雨が鋭く問い返す。繋はゆっくりと。
しかし、強い言葉で否定した。
今まで穏やかな雰囲気の青年が、まさか強い言葉を使うとは思わず、周りは驚く。
しかし、繋は直ぐに柔らかい微笑みを浮かべた。
その温和な表情と先ほどの真剣さの落差に、周囲の空気から警戒心がわずかに抜けていく。
「時雨さん、みなさん。もう一度言います。手を貸す以外に選択は無いんです」
一斉に視線が集まる。
スパイの男も何故だか繋から目を離せなかった。
「それは、僕たちの拠点も同じ事です。お互いが手を貸す以外に、明日を迎える事は出来ないんです」
それは、つまり、手を取り合わなければ人類は全滅してしまうという事だった。
脅しでもない、淡々とした事実を繋は突きつける。
「もし・・・・・・手を取り合っても意味が無かったなんて、全てが終わってからじゃないと分かりません」
繋は願う。願いを口にする。
これは、僕個人の願いだと。直ぐに受け入れてほしいとまでは言わないと皆を見ながら話す。
「最後に皆忘れているかもしれませんが、敵は人間じゃありませんよ?」
揶揄うような声で繋は言葉を乗せる。
「敵はゾンビです」
さらに一呼吸置いてから、繋は静かに続ける。
「それぞれ国のような拠点が出来た事で、各々の思想が出来ているかもしれない。譲れないものが出来て、それを守らないといけなくなっているかもしれない。でも、全部それは後にしましょ?」
「生き残って、あとでみんなで言い合って、ぶつかり合えばいい。そして、そこから始めましょう。色んなものを。ね? せっかく、こうしてお互いに話し合う事が出来るんですから」
柔らかくも芯のある言葉が、体育館に響き渡る。
ヒカルも菊香も繋を見つめる。その姿を2人は誇らしげに見つめる。ユミルと時雨は互いに顔を見合わせて、頷く。他の隊長達も各々と答えを出そうとしていた。
会議卓が少しづつざわめきだしたが、それは反発ではなく、驚きや感嘆が入り混じった声だった。
責任者である時雨は目を伏せ、腕を組んで黙っていたが、やがて、カツンと繋の目の前まで歩いた。
「前向きに検討する」
「ええ、よろしくお願いします」
◇
会議が終わり、皆が三々五々その場を後にしていく。
空気が一気に緩んだのを感じながら、繋は思わず深く息をついた。大役を終えた安堵と、まだ少し残る緊張の余韻が胸の奥に渦を巻いていた。
そんな繋のもとに、ヒカルと菊香が駆け寄ってくる。
「お疲れ様です、繋さん!」
「菊香ちゃん、ありがとう」
並んでヒカルも「お疲れさん」と片手を上げて気楽に声をかけてきた。
いつも通りのふたりの笑顔を見ていると、繋の張り詰めていた心がふっと緩んでいくのがわかった。
そのタイミングで、唐突に自分のお腹がグゥと鳴る――
繋は、思わず恥ずかしさに頬を染めて笑った。
「よしっ、大事な話も済んだし・・・・・・アタシもお腹空いた! ご飯行こっか!!」
遅れてやってきたユミルが繋の腹の音を聞いたのか、明るい声で菊香の手をガシッと掴む。
突然のことに菊香が「えっ?」と驚きの声を上げるが――
「いっくぞ〜! キッちゃん!」
「え、え? えぇぇ!?」
菊香の制止もむなしく、ユミルはまるで大型犬のような勢いで菊香を引っ張っていく。
小柄な彼女は抵抗もできず、飼い主に連れられる子犬のようにあたふたと連行されていった。
その様子に、ヒカルは呆れたように笑いながら繋の隣に立つ。
「おーおー、菊香がユミルに連れ去られていっちまったなあ・・・・・・元気なのはいいことだが・・・・・・」
「本当だね・・・・・・」
繋も思わず吹き出す。
「ともかく、お疲れ。今日のお前は割と様になってたぜ?」
「えへへ、ありがと。・・・・・・でもこれからだよね。行動で信頼を積んでいくしかないなって」
片手で小さくガッツポーズをする繋。その頼もしさに、ヒカルは心のどこかで難儀なやつだなと苦笑してしまう。
(ホント、他人のために全力を尽くすことに躊躇ねぇよな、こいつは・・・・・・)
「みんな、お前に夢中だったぞ」
ヒカルの茶化すような一言に、繋は照れくさそうに困った笑みを浮かべる。
「やめてよ・・・・・・でも、まあ、思いきって気持ちを言葉にしてよかったかも」
「そうやって自分の気持ちにも素直になりゃ、もっと楽になるのによ」
「うっ・・・・・・努力します」
気まずそうにそっと視線を逸らした繋。その横顔に、ヒカルはやれやれとため息をつきながらも、優しい気持ちで微笑むのだった。
◇
一方そのころ、会議場の陰――
スパイらしき男は、体育館の壁際の暗がりに身を潜めていた。手にしたインカムの端を指先でトントンと叩き、短く報告を入れる。
「・・・・・・対象が動いた。後日、俺自身で直接接触を図る」
男の目の奥には、ほの暗い光と同時に何か抗いがたいものが浮かんでいた。繋への奇妙な引力のようなものが浮かんでいた。
そして、同時刻――遥か西方、広島拠点。
「おい、なんて言うた!?・・・・・・ワタリ、ケイじゃと?」
事務所の机を叩きながら叫ぶのは、いかつく筋骨隆々な長身の男。乱雑な黒髪がその目元に影を落とし、ガタイのよさと広島弁の響きに、部下たちが息を呑む。
その男は、衛星電話の向こうから伝えられた名前に、しばし絶句した。
「・・・・・・ありえん・・・・・・」
両手で口元を覆い、目を閉じる。その脳裏に、ぼんやりと蘇るのは、中学時代――死別した幼馴染の面影だ。
親友は死んだものと思っていた。でも、遺体が見つかっていないというわずかな希望を、男は十年以上も心の奥で手放せずにいた。
やがて男は低い声で、電話口の部下に言い聞かせる。
「ワシが、直接接触する」
静かな決意が込められたその言葉は、過去への未練なのか、それとも――
それぞれの想いと策略が、いま、静かに交錯し始めていた。
もしこの内容が良かったらブクマ・評価・リアクションしてくれますと飛び跳ねて喜んでるかも。




