第1話:ギャル
2025/9/22 加筆修正済み
「ちょい待ちやがれーーーーーーー!!!」
野生のギャルが、ものすごいスピードで走ってきた。
それも、鬼の形相で。
「ひぇッ」
あまりの迫力に繋は息を飲み、後部座席からは菊香の悲鳴じみた声が飛ぶ。
「おじさん、早く早く!」
「分かってる! ・・・・・・けど、いくらアクセル踏んでもスピード上がんねぇんだよ!」
車が不調なのか、タイヤが地面に張りついてるのか。理由は分からない。
ただ一つ確かなのは――
後方から金髪をたなびかせた水色ジャージのギャルが、ゾンビのように、じわじわと迫ってきているという事実だけだった。
───そして、
「つ~か~ま~え~た~!!!」
「「きゃーーーーー!!」」
タッチダウン成功。
「まったくもう! か弱い女の子を一人放っとくなんてありえなくない?!」
「ね、そう思うでしょ? キっちゃん!」
強引に絡むギャルに、菊香は「お、おぅ・・・」と男前な返答をしてしまった。
キャラ崩壊である。
この金髪ギャル、名をユミル。
本名かどうかは怪しいが、少なくとも彼女はそう名乗った。
水色ジャージに日焼けした肌、腰まである金髪をなびかせる、明るくて健康的な美女。
初対面なのに、なぜか菊香に懐きまくっている。
「キっちゃん可愛いよね〜、そのボブカット超似合う〜」
ちなみに余談だが。繋たち三人は京都を出る直前、髪型をイメチェンしていた。
菊香はポニーテールから思いきって切って、真ん中分けのやや重めのボブカットにしている。菊香が言うにはシグル達女性陣に切ってもらったらしい。
繋は伸びっぱなしで量が増えた髪を、ヒカルに整えてもらいサイドに分けたウェーブがかったロングヘアになっている。相変わらず意外な器用さに繋も菊香も驚いたものである。
ヒカルは、ツーブロック風だった髪を少し伸ばし、前髪短め・襟足長めのマレットヘアに変えていた。
秋冬仕様の三人。季節の変わり目は髪型の変わり目でもある。
──そして、話をユミルに戻す。
(・・・・・・うーん・・・)
繋は、バックミラー越しにギャルをじっと観察していた。
コッソリと感知魔法を使っても“人間”としか判定されなかったのだが、繋の長年の経験が、直感で「ただの人間じゃない気がする」と黄色ランプを点滅させていた。
友好的に話をする彼女を観察する限り嘘をついている様子はない。どころか、本当に好意的なので繋はますます訝しむ。
(・・・・・・個人的にはめちゃくちゃ引っかかるんだけど、感知魔法も、鑑識魔法も、どれも人間って判断されるのに・・・・・・でも違和感を感じる。・・・・・・何者なんだろう、この人)
そんな繋の視線に気づいたのか、ユミルは笑う。
「お? ケイっち、ウチのことずっと見てる〜。気になる感じ? まあ、美少女だし? 当然だよね〜」
「どこから来るんだよ、その自信・・・・・・」
ハンドルに顎を乗せ、冷めた目で睨むヒカル。そして、ちらりと繋に横目でアイコンタクトを交わし、お互いに小さく頷く。
彼もまた、元・魔王としての勘が働いて、ユミルが普通の”人”ではないと怪しんでいた。
「んふふ、でも何だかんだ優しいよね、キミ達~」
突然そう言ったユミルに、繋は目を瞬かせる。
「・・・・・・どうして、そう思うの?」
「普通、あたしみたいなギャルというか?人間がいきなり乗り込んできたら、即追い出すっしょ───だって能力者かもしんないしさ?」
「お前の言う通りだな、俺は今でも追い出したい」
「前言撤回〜! 冷たーーい!」
親指を下に向けてブーイングするユミル。繋は苦笑いしつつ、まあまあ、と宥める。
「それで? ケイちゃんたちはどこ行く途中なん?」
「奈良の拠点へ向かってるんだ」
「へえ〜・・・・・・なるほどねぇ」
ユミルの目が、ほんの一瞬だけ細まる。その瞬間を、繋は見逃さなかった。
(何か隠してる?・・・・・・それとも誘導してる?それなら、敢えてこっちの目的を流してみるべきかな・・・・・・)
繋は一瞬迷ったが、誤魔化しても仕方ないと判断し、正直に自分たちの行動目的を語った。
「奈良の難民キャンプのリーダーに協力の取り付けと、調査ね〜。そっかあ~」
ユミルは両手を頭の後ろで組みながら、しばし天井を見上げる仕草。
「ん〜・・・・・・じゃあ、アタシと一緒に行こっか」
「へ?」
「丁度アタシも、奈良の拠点の避難民だし〜」
そう言って、ニッコリと笑った。
そこから、4人は何気ない会話を交わしながら和気あいあいと───まあ、ほとんどユミルの一方的な会話だったりだが、それでも彼女の奔放さに振り回されながらも楽しいひと時を過ごしていた。
そして、奈良の拠点に近づくとユミルが前の席に身を乗り出してお願いを言う。
「ねねね。お願いがあります! 帰る前にさ、アタシの任務を手伝ってほしいんだけど、いい?」
「どう見ても怪しいから却下だ」
「いいよ」
正反対の回答が同時に飛び出した。
後部座席の菊香は、空気を読んで気まずそうに苦笑いする。
繋は、あ、と小さく声を漏らしてから気まずそうにヒカルの方を見る。しまった、という顔。ヒカルは盛大にため息をつくと、シートに深く背を預けて手を顔に当てた。
「・・・・・・はぁ・・・・・・仕方ねぇな」
その一部始終を観察していたユミルは、目を丸くしていたが、すぐにクスクスと面白そうに笑い出した。
「なるほどなるほどねぇ。そっかそっか、理解したかも。このパーティ上手い具合にバランス取れてるね~」
その言葉に、繋も菊香も思わず笑った。けれどヒカルだけは、どこか渋い顔をしていた。
「それで、ユミルさん。任務って具体的に何を?」
菊香が問いかけると、ユミルは笑顔のまま指を立てる。
「この近くの市街地で、無線ラジオから救助要請があったんよ。あたしはその現場に向かうよう言われてたんだけど・・・・・・一人じゃちょっと怖いし?」
「一人で行くように言われたの?」
繋の声に、わずかに怒気が滲んでいた。
「そうそう。アタシ、こう見えても能力者なんだよ? だからってさ〜、この世界で単独行動はキツイってば」
ユミルは笑いながらも、口元に寂しげな色を滲ませていた。
繋は深く眉間に皺を刻む。
「・・・・・・そんな命令、誰が出したの」
「んー、まあ・・・・・・ちょっとエラい人?」
軽く言うユミルの言葉に、繋は眉をひそめる。
ユミルが何者かはまだ分からない。もしかしたら、彼女は自分達を誘い込む罠の囮かもしれない。
だが、繋は、どんな理由であれゾンビが蔓延る荒野に一人。たった一人で行動させた組織、または仲間に怒りを覚える。
「ねえ、ヒカルっち。ケイちゃんって、いつもこういう感じなん?」
「そのあだ名やめろっつってんだろ・・・・・・」
ぼやくヒカルだったが、その目は柔らかく、どこか優し気でもあった。
「・・・・・・ああ。こんな奴なんだよ」
「こんな奴って何さ〜」
不満げに声を上げる繋に、ヒカルはふっと笑いながら言った。
「だからこそ、救われる奴がたくさんいる」
その言葉に、繋はぴたりと黙る。
運転席に前のめりになっていたユミルがふと助手席を見ると、そこには両手で顔を覆い、真っ赤になってうつむく繋の姿があった。
(あーあ、照れてんじゃん・・・・・・)とユミルは内心思いながらくすぐったそうに笑って、後部座席へ戻ると、菊香に耳打ちした。
「ねえねえ、キっちゃん。繋ちゃんって可愛いね」
「私たちの癒しなので」
真顔で返す菊香に、今度はユミルが爆笑した。
◇
――その後も、車内は和やかな空気に包まれた。けれど、繋の胸の奥では、ユミルという存在がずっと引っかかっていた。
(あの笑顔の裏で、何を隠してるんだろう)
軽くて明るくて奔放で――でも時折、その奥に、深い何かを感じる。
それが何なのか分からない。
自分の作る笑顔とは違うけど、”何かを隠している時の笑顔”だと繋の直感が訴えていた。
だからこそ、彼女の任務の手伝いを受け入れた。
助けたいという気持ちに嘘はない。
助けて欲しいと手を伸ばしている人がいるのなら、なるべく手を伸ばしたい。
───勿論仲間には迷惑と心配をかけないように。
ヒカルとの夜の対話を過ごしてから繋の心情に変化が起きる。
(なるべく・・・なるべく、一人で抱え込まないように気をつけなきゃ)
車はやがて、灰色に染まった市街地の入り口へと差し掛かっていた。
ヒカルは静かに息を吸い込み、運転席から見える光景に目を細めた。
古びたビル。打ち捨てられた車。窓を割られた店舗。そこかしこに荒廃の爪痕が残る景色。
「・・・・・・ここか」
ユミルが頷く。
「この辺りかな、ラジオの信号が最後に受信された場所」
車を停め、全員が外に出る。ユミルが先頭を歩くが、その背中をヒカルは注意深く見ていた。
(適当に歩いているように見えるが、動きは無駄がねぇんだよなあ。・・・・・・やっぱ、ただの能力者じゃねぇだろう)
そう感じるのはきっと、ヒカルは今まで、幾度となく人間と化け物の境界線を見てきたからだろう。
見た目では分からない。だが、普段の動き方、殺気の有無、人との間合いの取り方、そういった細部にどういった人間なのかが分かると思っている。
ユミルは敵意を見せていない。しかし、彼女の動きを見るに自然に戦い慣れた者の動きをしていた。
(ちッ・・・・・・何者なんだ、あいつ)
ふと、その背後を歩く繋の横顔が目に入る。
どこか考えるような表情ではるが、先ほどの怒った繋の姿を思い出してヒカルの胸がじんわりと熱くなる。
(・・・・・・こいつは、孤独な人間や困っている人間に優しすぎる)
その優しさは、時に刃にもなる。
守らなきゃいけない。そう思うと、自然と足が速まった。
「おい、繋」
「ん?」
「何かあったら、すぐ言えよ」
「・・・・・・うん。ありがとう」
ふっと微笑む繋に、ヒカルは視線を逸らしながら頭をかいた。
「菊香も気を付けろよ。んで、こいつが変な動きをしたら直ぐに言え」
「もちろん!」
「僕をゾンビか何かだと思ってんの?!」
即答する菊香にショックを受ける繋。そんな姿に菊香は楽しそうに笑い、繋は困ったように苦く笑う。
変な動きなんてしないのに。と呟く声が聞こえるが困った事に、繋は目の前で誰かが傷ついている姿を見たら脊髄反射で動くような困ったやつだって事をヒカルは知っている。
(ったく・・・ほんと、困った奴だ)
その“困った奴”が、今も昔もヒカルの心を明るく照らしてくれるのだ。
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