最終話:地球
2025/8/26 大幅改稿
2025/11/26 加筆修正
繋が眠り続けて、約一週間。
その間スヴィグルは、朝晩欠かさず彼のもとを見舞いに来て、それ以外の時間は村の魔獣討伐や漁の手伝いに精を出していた。
また、ヘルヴォールからは、狂化のときに覚醒した新たな「光魔法」の使い方まで伝授してもらっている。
正直、スヴィグル的には繋を傷つけた代償に手に入れた力なので、心の中での葛藤はあったが、それでも繋や自分を守るための力が手に入るならばと教えを受け入れた。
海辺の遺跡の前。
スヴィグルは遺跡の前に転がっている岩の上で座禅を組んでいた。
ビョーク(極光)の輝きを身に纏い、精神統一をする。
魔力を身体に馴染ませる為にと、呼吸レベルで身体強化が出来るようにする為に、スヴィグルは複式呼吸で強すぎず、弱すぎずと丁度いいバランスを探しながら魔力を調整する。
丁度良い状態を見つけ維持したまま、同じように近くの岩に座っているヘルヴォールに声をかけた。
「てか、オレたち一族って魔力適正なんてあったのか?」
「あるぞ。ただ――一度、狂化に堕ちて初めて魔力回路が開くようになっとるがな」
「うげえ・・・・・・一度、狂化しないといけねえのかよ」
ヘルヴォールのあっさりした物言いに、スヴィグルはますます自分の一族の特異性に驚くばかりで、自分達の血筋の本元を辿りたくなる。
ついでに「光魔法ってレアだよなぁ」と呟くと──
「いんや、ワシら一族にとってはそこまで珍しくもないぞい」
笑って言われるものだからスヴィグルは「どんだけ規格外なんだ、オレの一族・・・・・・」と益々唖然とするしかなかった。
本来、魔力適正とは──
所謂、魔法を使える為の器官である「魔力回路」は通常なら生まれ持った器官なのだ。後天的に魔力回路が作られる事も無いため、遺伝でしか引き継がれない。
と言う事は、「ハーキュリ族」は魔力回路を保持している一族ではあるが、制限めいた条件を満たさないと使えないとなると、何かしらの理由があるのだろう。
(呪いなのか、はたまた、マジで厄介な血筋が流れている可能性とか)
スヴィグルはため息を吐く。
取り合えず、魔力回路がある事で魔法が使える。それは、戦力の幅が広がるという事だ。今はプラスに考えようと切り替える。
そして、同時に繋がとんでもない事を自分の身にしたのだと再認識もする。
(魔力制御だけで、こんなに精神的に体力的にもキツイんだ。それをケイは魔道具で無理矢理魔力回路を作った身体で制御している)
無理矢理作った魔力回路は、身体に馴染むことは無く、魔法を使うたびに繋の身体を蝕んでいる。
(それを器用に回復魔法で帳尻を合わせてるアイツは本当にすごい奴だ)
魔法を扱えるようになったことで、初めて普通の魔法使いとは違う繋に頭が下がる思いだった。
繋への凄さに感嘆していると、こちらの方へ息を荒げながら走ってくる村人の大声が飛んできた。
「おーーい!!スヴィグル! お前の片割れが目を覚ましたぞー!」
「マジか!!」
一気に全身が弾けるように立ちあがる。
岩からヒョイと飛び降りると、ヘルヴォールも「早く行こう」と背中を押してくれて、2人は繋の元へ駆け出した。
(やっと・・・・・・やっと!!)
高まる気持ちを暴れさせながら宿の扉をバンと乱暴に開け放つ。
「ケイ!!!!」
スヴィグルの興奮した荒い声が部屋の中に響いた。
そんな声を聴きながらも、まだ眠たいのか、目をゆっくりと擦る繋がベッドに座りながら片手をふっている。
「あ、スヴィグル、おはよう~」
スヴィグルは息が詰まった。
あまりにも脱力系なその挨拶に、文句のひとつも言いたくなったが、いざ改めて繋の顔を見ると全部すっ飛んだ。
思わず、ガバッと繋を強く抱きしめる。
「ぐぇ・・・・・・」
つぶれたカエルみたいな情けない声が繋の口から押し出される。
それでも、大きく岩の様な身体は黙ったまま、しばらく震えながら繋を抱きしめ続けた。
スヴィグルは何も言わない。
ただ、確かめる様に自分の片割れのような存在が、確かに生きているのだと確認するかのように抱きしめる。
繋も、何も言わず、その逞しい背中におずおずと腕を回し、ふたりきりの静かなぬくもりに心を満たしていくのだった。
◇
それからも、繋の体調は一進一退だった。
フリッグの自動回復魔法の影響で、想像以上に肉体も精神も消耗していたらしく、しばらくはグッタリとベッドの住人生活。
その間は、スヴィグルやヘルヴォール、村で仲良くなった面々が交替で看病に通い詰めた。
「むず痒いけど・・・・・・なんか、こういうの、ちょっと嬉しいね」
大人しく看護されるなんて滅多にない繋は、そんな感想をぽつりと漏らす。その言葉にスヴィグルは呆れつつも微笑みながら、「素直に受け取っとけよ」と繋の頭をガシガシと撫でた。
(おっと、こんな事したら拗ねるよな)
繋とスヴィグルには身長差がある。頭一つ分ほど繋は低い。セプネテスでは男女関係なく体躯が大きく逞しい人間が多い。その為か、繋は必然と小さくなる為、子供と間違えられる事が多い。
そのため、子供扱いをされると拗ねる事があるのだ。
しかし、当の本人はというと気持ち良さそうにうとうとしながら、スヴィグルの大きな手を受け入れていた。
珍しい光景にスヴィグルは虚を突かれる。
(レアなもん見れたな)
滅多に人に甘える事を見せない、片割れの姿に気を良くしたスヴィグルはガサツに撫でていた手をゆっくりと優しく撫でるように切り替えるのだった。
それから数日。
日が経つごとに繋の体調も回復しある程度動けるようになっていた。
今日は二階の窓辺に座っていると、広場のほうからスヴィグルと村の子どもたちの賑やかな声が聞こえてくる。
「スヴィグル兄ちゃーん!」
「一緒に遊ぼー!」
「ちょ、肩よじ登んなって! って、まて、オイ! ヒゲ掴むなって!」
「スヴィグル兄さん! 斧の使い方教えてよ! ボクらも強くなりたい!」
「斧で魔獣の竜を真っ二つにしたんでしょ!? カッコよかった〜!!」
「うおおぉぉ・・・・・・頼む、ケイ!! 助けてくれぇ・・・・・・!」
男の子と女の子が2人づつスヴィグルを包囲しており、男の子は彼の肩をよじ登ったりしながらきゃっきゃっと楽しげにはしゃいだりしていた。
繋は困り果てたスヴィグルを見下ろしながら、優しい微笑みを浮かべる。
1年前まではつっけんどんとした性格だったのに、こうやって子供達に追われてタジタジになっているなんて、昔の君が見たらどう思うんだろうと繋は窓際で頬杖をつきながら眺める。
「あっはは、すっかり人気者だね~、スヴィ」
余りにも困っている様子のスヴィグルに繋は揶揄うように笑うと、ちょうど下の子供たちから声が飛ぶ。
「あっ!兄ちゃん、無理すんなよー!」
「ちゃんと寝てなきゃダメだぞー!」
「そうそう、また倒れちゃったら大変なんだからねー!」
繋に向かって大きく手を振りながら心配する声が大声でかけられる。
スヴィグルが狩りで外に出ている時は、繋が遊び相手になっていたり、戦い方の基本動作を教えてくれたりしていた事もあり、繋自身も村の子供からすっかりなつかれていたりする。
繋が今回倒れて、看病にも来てくれたりもした事から、ゆくゆくは未来の繋お兄ちゃん心配隊になるかもしれない。
繋は、まさか子供達からも心配されるとは思わず、耳を赤く染め、眉を下げながら、小さく手を振り返したのだった。
さらに数日が過ぎた。
すっかり繋の体調も回復し、次の旅に出かける為の準備をしていたところ、ヘルヴォールから「サムフェラグ(共生の儀式)」という儀式について話を聞かされた。
スヴィグルの狂化を根本的に制御するためにも「どうか?」と提案された繋は、即答で「やります!」と了承した。
魔法使いなのに、儀式を行う副反動があるかさえ聞かずに即答した繋に、ヘルヴォールが「・・・・・・やばいな、コイツ」みたいな目で指差してくる。
「ばーさん、諦めなって。そういう奴なんだよ」
「そんな、とんでもないやつがいるんだけど?みたいな目で見ないでくれますか?!」
スヴィグルが苦笑いし、繋がツッコミ半分で抗議する。「そんなにおかしな事かな・・・・・・」と拗ねる繋に、ヘルヴォールとスヴィグルは顔を合わせ笑うのだった。
――そして、その日の夜。
ふたりは正式にサムフェラグ(共生の儀式)へと臨むこととなった。
村のはずれ。ひっそりと佇む古い遺跡の奥、月光が神殿全体を淡く照らしている。
今宵は満月。
海には月が揺らめきながら浮かび上がり、天頂まで登ったその光の下で儀式が静かに執り行われる。
神殿の中央には、代々ハーキュリー族に受け継がれてきた石の祭壇。その上に、武骨な鉄の盃がふたつ並べられている。
厳かな空気のなか、ヘルヴォールも厳格な声で口上を述べる。
「互いの血を。魂をここに。星導く戦神テュールのもと、ふたつの御魂を交わさん」
スヴィグルと繋は、静かに向かい合って立つ。
スヴィグルの片手には重みのある金色の盃、もう片方には短く鋭い儀式用の短剣を持っていた。
ふとスヴィグルが繋を見下ろす。
出会ってから約1年半。共に切磋琢磨をしながら過ごしてきた。
互いに、傷を抱えながらも歩んできた。
初めに会った頃は、あれだけ嫌っていた相手だったにも関わらず、よく此処までの関係性を作れたなと自分に驚く。
「ん? どうしたの黙っちゃって」
ジッと繋を見つめていたからか、不思議そうにスヴィグルに問うと彼は気恥ずかしそうに頬を掻きながら答えた。
「・・・・・・いや、なんかさ、最初に出会った時を思い出してな・・・・・あの頃のオレはまさかお前と、こんな関係になるなんて思わなかった」
繋は一瞬だけキョトンとした顔になるも、直ぐにいたずらっぽく笑い、盃を掲げて言う。
「ほんと、人生、何があるかわかんないよね」
スヴィグルも思わず「本当にな」と笑った。
ヘルヴォールの合図で、ふたりはそれぞれ自身の掌にそっと刃をあて、浅く切る。
細い赤の軌跡が浮かび、ゆるりと鉄の盃へと滴る。
血が盃に落ちた瞬間、杯の縁を淡い光が走る。
赤く煌めいたはずの血は、徐々に透明な光へと変わり、盃自体がほのかに発光しはじめた。
ふたりは無言のまま、互いの盃を交換する。
そして、躊躇いなく盃を口に運ぶ。
血の鉄臭さは感じない。かわりに、どこか熱く、優しくて、身体の奥がじんわり温まる不思議な味だった。
互いの血が、身体の奥まで溶けこんでいく。
飲み干した直後はおかしな変化もなく、ふたりは少しばかり拍子抜けする。
――その時だった。
スヴィグルの胸から鎖骨に刻まれた赤紫色のタトゥーが、ふんわりと光を放ち、そのまま穏やかに鎮まった。
スヴィグルは、繋をじっと見つめる。
繋は酩酊しているかのようなぽわぽわとした表情で目を伏せている。
ふたりが盃を祭壇に置いた瞬間――
神殿を包んでいた神秘的な空気がふっとほどけ、現実の静けさに戻る。
なんとなしに繋を見れば、柔らかく笑う繋が居てスヴィグルが心底安堵したように満面の笑みを浮かべた。
(・・・・・・オレは――)
(家族が亡くなってから、ずっと・・・・・・ずっと空いた心臓を埋めるものを探してた。それは復讐でしか心を満たせないと思っていた)
(でも、今は違う)
親友であり、家族であり、兄弟のようで──
魂の半分のような存在が出来た。
こんな“繋がり”を、自分にも持てる日が来るなんて思わなかった。
(同時に何度も夢を見た。もしも家族が死ぬことも無く、ケイと出会えたなら、そこにこいつと妹がいて、三人で手を繋いで笑いあえれば)
――なんて幸せなんだろうなって
叶わない幻想だと分かっている。
でも。
(忘れていた大事な、気持ちを思い出させてくれた)
ずっと、復讐という闇の中で忘れていた家族の顔を思い出せた。
(全部・・・・・・お前のおかげだ)
スヴィグルは思わず繋を強く抱きしめたくなるのを、なんとかこらえる。
(ケイ・・・・・・お前は、星のようにずっとオレの道を導いてくれている)
スヴィグルは、そっと手を差し出す。
繋も、自然な動きでその手を握り返す。
「改めてよろしくな」
(今度はお前の為に出来る事をしたい)
潮風が香る古びた神殿の前。温い風がふたりの身体を包み、月が照らされる。
スヴィグルは固く握った、この手を手放さない様心に誓った。
◇
とうとう別れの日だ。
前夜。
村総出の盛大な宴会で、勇者一行の門出をみんなが祝ってくれた。
例によって繋は目立つ輪の中心ではなく、調理場で海鮮料理づくりに奔走していたが、浮遊魔法を駆使した料理ショーは本人が意図しない方向で目立っていた。結局また主役級の注目を集めていたのだ。
地球仕込みの天ぷら、特大エビフライ、海の幸の煮つけに、どれも村の面々から驚嘆と歓声が上がる。
「魔法で調理とは・・・・・・」
「魔法だけじゃなくて、手捌きも凄いぞ」
「いやあ、見惚れちまうよなあ!」
ちょっとしたお祭り騒ぎの中、繋は自分の事で盛り上がっている事など露知らず黙々と料理を振る舞っていた。
(わははは、相変わらず変な所で注目が集まってんの)
そのにぎやかさを傍目に、スヴィグルは冷えた酒をゴクリと喉へ通す。
そこへ、ヘルヴォールが酒ジョッキを片手にスヴィグルの元へやってきた。
「飲んでおるかの、スヴィグルよ」
「おう、ばあさん。ちゃんと飲んでるぜ!」
ジョッキをカチンとぶつけ合って、ふたりは気持ちよく乾杯をする。
「して・・・・・・スヴィグルよ、あやつは何ができないのじゃ?」
一人で何でもかんでもこなせる繋にヘルヴォールが首を捻る。
「人に頼ったり、甘えたりは無理だな」
「それは致命的じゃのう」
「そこ!しっかり聞こえてるから!」
苦笑とツッコミが飛び交い、夜空には花火が咲き乱れた。
「ふぃ~、疲れた~」
粗方料理の片付けが済んだころ、繋が30㎝ほどの大きなエビフライが盛り付けられた大盛海鮮ピラフを2人分持ってきて、スヴィグルの隣に座る。
「スヴィグル、どうぞ~」
「おお、めっちゃうまそう!!」
スヴィグルは、いただきます!と子供さながらに明るく言うと、ピラフに添えられたスプーンを持ってガツガツと食べ始めた。
海鮮のうま味がぎゅっと詰まった一品に頬がゆるみ、次にざくざくのエビフライをタルタルソースと共に頬張る。
黙々と食べていたと思ったらスヴィグルはピラフを掬おうとしていたスプーンを持ったまま止まる。
同じようにスプーンを口に運んでいた繋は突然動きを止めたスヴィグルに首を傾げた。
すると、スヴィグルがゆっくりと口を開く。
「この村な・・・・・・あっ、勿論じいさんの家が帰る場所なのは変わらねぇけど・・・・・・一度も住んだこともねえのに、両親がこの村で暮らしてたと思うと、不思議と心地良いんだよな。血の記憶ってやつか? なんか、不思議なもんだな」
スヴィグルはそう語り、しみじみとする。
繋もその気持ちがわかる気がした。
地球にはもう居場所はなく、帰る場所はヒョードルのいるあの家だけ。
スヴィグルの感傷にどう返せば良いのか、言葉を選びあぐねていると、「なんて顔してんだ」と優しい声で呆れた顔をされた。
「え?」
「心地よくても、オレの帰るところはお前んところだ」
迷子のような顔をしていた繋にスヴィグルはニッと笑ってみせる。
それを聞いて少し安心したのか、繋は嬉しそうに笑うのだった。
◇
別れの昼下がり。広場は大勢の見送りであふれていた。
子どもたちの元気な声、大人たちの惜しみない餞別、様々な手土産や手紙に繋もスヴィグルも胸がいっぱいになる。
「2人とも絶対また来てよ!」
「スヴィグル兄ちゃん、また来たらもっと斧の技教えて!」
「ケイ兄も、無理しちゃ駄目だからね!」
スヴィグルと繋は互いに顔を見合わせて照れ恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに笑う。
見送りの言葉で賑わう中、繋はそうだと思い出したように、魔法のトランクケースからゴソゴソと何かを探し出すと、一つの小箱を取り出した。それを、「ヘルヴォールさんにこれを」と小箱を差し出す。
「これは・・・・・・?」
「転移魔法の鍵です。王都から頼まれて。訪れた村で魔物に襲われた時に、各地の村民を救える転移門を作ってほしいと命を受けまして」
「ほう・・・・・・王都も変わるもんじゃのう・・・・・・では、ありがたく受け取ろう」
ヘルヴォールが目を細め感謝の言葉を述べ、繋の手を握った。
「そういや、そんな命あったな」
「ちょっと~、勇者として任命されてるんだから忘れないでよね」
「すまんすまん」
スヴィグルはわざとガハハハと豪快に笑って話題を逸らそうとするのを、繋はジト目で見つめる。
ヘルヴォールは、繋とスヴィグルのやり取りに柔らかく微笑む。
風に揺れる白髪が、朝日を受けて金色にきらめいていた。
彼女は両手で鍵をしっかりと抱え、厳かでありながらも優しい声音で言葉を紡ぐ。
「いつでも帰ってきなされ。我らは、どこまでもお主たちを待ち続けておるよ」
その瞬間、ヘルヴォールが右手を高々と掲げると——
村の広場を満たす澄み切った朝の空気が揺れる。
村人たち全員が一斉に片膝をつく。老人も、若き戦士も、幼子たちまでもが二人の旅立ちに神聖な礼を捧げた。
淡い霧越しの光に包まれ、整然と並ぶ姿はまるで古の騎士団の儀式そのものだった。
「我ら古き魔の王の血なれど、邪悪を討ち砕く誓いをここに! 汝らの力になると、ここに誓う!」
空気が震え、唱和の声が大地を伝う。
「え、えっ、ちょ、ちょっと待って!?」
繋は突然の展開に狼狽し、両手をぶんぶんと振る。
「うげッ! なんだよ、いきなり畏まって!!?」
スヴィグルも状況についていけず、背中を仰け反りながら思わず目を丸くする。
「古き王の血を持つ者が、魔王討伐に向かうんじゃ。これくらいのはなむけはさせておくれ」
ヘルヴォールはまるで悪戯が成功した子供のようにからからと笑う。しかし、彼女の眼差しは温かく、そしてどこか誇らしげだった。
「ふはは。驚いたじゃろう?──して、スヴィグルよ」
駆らう声が、途端に切り替わる。彼女は鋭い眼光を携え厳めしい声でスヴィグルの名前を呼んだ。敵意は無いと言う事は分かる。しかし、殺意にも似た重圧に繋は条件反射で、スヴィグルより先に身体を動かし、スヴィグルを庇うように立ち、遅れてスヴィグルも隣に立つ。
互いを庇い合うように立つその姿に、ヘルヴォールは今は亡き自分の最愛の片割れを思い出して、ゆっくりと圧を解いた。
「ふっ。スヴィグルよまだまだじゃなあ。魔力の練習を怠らないように。そして、ケイよ、大丈夫じゃ、戦闘態勢を解いて大丈夫じゃよ」
「ひ、ひとまず安心した・・・・・・」
「いきなりなんだよ!」
「ふふふ。少し「古い魔の力」を試したくなっただけじゃよ」
「いや、全然少しじゃねえだろ・・・・・・」
2人の笑いに、繋は「あれ?」と訝しむ。
そういえば、「古い魔の力」と言っていたがスヴィグルの血に流れている「古き魔王の血」と何が違うんだろうと思っていると、繋の思考をかき消すかのようにスヴィグルが繋の肩を叩いた。
「よし、そろそろ行くか」
「では、気を付けていくのじゃぞ」
ヘルヴォールの言葉に続いて、村人たちの声が次々と響く。
「気を付けていけよ!!」
「二人とも、絶対に無事で帰ってこいよ!」
「困ったときはいつでも、この村に逃げてこい!」
賑やかな歓声と、ひときわ大きな拍手が二人を包み、子どもたちの澄んだ声が重なった。
春の風が村中の花々をふわりと揺らし、花びらがひとつ、ふたりの頬をかすめていく。
スヴィグルと繋は顔を見合わせ、どちらからともなく、照れくさそうに、しかし嬉しそうに口角を上げて笑った。
やがて、拍手と声援に見送られながら、二人は村を後にする。 その背には、たくさんの祈りと約束がそっと積み重なっていた。
村の外れに差しかかり、スヴィグルが名残惜しそうに振り返る。 朝日が背を押し、ふたりの影を長く、道の先へと伸ばしていた。
「・・・・・・ほんと、旅の始まりからこれだけ盛り上がっちまって。これから先、どんな困難が待ち受けることやら」
そう苦笑したスヴィグルに、繋は明るく笑い返す。
「2人なら乗り越えられるでしょ」
その何気ない言葉に、スヴィグルは胸が熱くなった。
――どんなに辛いことがあっても、命を懸けさせてしまっても、繋はこうして笑ってくれる。
(やっぱり、お前はすごいよ。オレも負けてらんねえ。いつかこの隣に、堂々と立てるように――)
強くなる理由を胸に、それぞれの歩幅で歩き出す。
春風がそっと二人の背中を押すのだった。
◇
それから10数年経った。
(長い旅が終わった。やっとお前とゆっくり余生を楽しめるんだと思ってた)
(でも、お前は此処には居ない)
10年ぶりに戻ったヒョードルの家。
そこにはスノトラやベオウルフといった一緒に来た仲間だけでなく、思いがけない訪問者の姿もあった。
重苦しい空気の中で女神フリッグが語ってくれた内容は、オレたちが気にかけていた繋に関するものだった。
その内容にオレの胸の奥がざわめく。
聞いた内容を咀嚼すればするほど、怒りと呆れがないまぜになり、堰を切ったようにあふれ出してくる。
――やっぱりお前は、いつだって誰かを心配させまいと、大事なことを黙るんだ。
「・・・・・・ったく、バカヤロウが」
思わず口を突いて出た声は、苦笑とも嗚咽ともつかない。お前の故郷である地球の人間が屍人化していたと知りながら帰っただと?
無謀すぎる。どう考えても正常な判断じゃやない。いくらお前が強くたっても限度があるし、お前の身体の事もある。
どう考えても、それはお前の希死念慮が爆発していた証拠だろう。
(ほんっとうに、お前はバカヤロウだ・・・・・・。10年以上も付き合って、未だに心配かけないようにだと・・・・・・)
胸裏に蘇るのは、あの日の約束。
旅立つ前、二人で笑い交わした誓い。
『オレの傷をお前に預ける。んで、お前の傷はオレが抱える。そうすりゃ、オレたちは釣り合いが取れるだろ?』
そう言ったのは、オレだ。
なのに――「じゃあ、僕も。君が暗闇に飲まれそうになったら、引っ張り上げてあげる」
その言葉の通り、お前はオレの傷や心の闇を掬い上げ、救ってくれた。
(オレはなんて情けねえんだ・・・・・・)
自分が情けないとそんな事を言えば、お前はそんな事無いと言うだろう。
そして、支えにしてるし、頼ってると言ってくれるだろう。
確かにお前はオレを頼ってくれていた、支えにしてくれていた。
けれど、きっと全部じゃない。10あるとしたら、お前は4割ほどしかオレに頼ってなかった。
(オレは結局、世界を救うことに手一杯で・・・・・・一番大事なお前を見てやれなかった)
勇者なのだから、一人だけを大切にすることは出来ないと誰かが言った。
(傍で、一番大切な人を大事に出来なくて何が勇者だ)
歯噛みするほどの後悔が滲む。けれど、それでも思考を切り替える。
世界は救った。
なら、次は――。
「次は、お前を守る番だ」
強く、心に刻みこむ。
待っていろ、オレの半身。
ずっと脳内にあったスヴィグルとヒョードル、繋の異世界での日常を書けて大満足です!
特にスヴィグルと繋の2人は「最強の2人」というイメージしてたので。
あと、もしこの内容が良かったらブクマ・評価・リアクションしてくれますと飛び跳ねて喜んでるかも。




