第7話:雪解
2025/9/1 大幅改稿済み+タイトル名変更
2025/11/26 校正
初めて出会った日から、とうとう一年が経ち、寒い冬が到来した。
スヴィグルが来てからというもの、繋は年越しや初詣、クリスマスパーティなど、自分の世界で行っていた行事を嬉しそうに取り入れていた。
かつて地球での親友と毎年のように過ごしていた出来事を思い出すため、そしてこれからも思い出せるように――。
そんな繋の行動を、ヒョードルはもちろん、スヴィグルも喜んで受け入れていた。むしろ、繋よりも二人の方が盛り上がっていることも多い。初めての異文化交流――もとい異世界交流に感動する二人を見て、繋は色々なことを教えてやるのだった。
「いやあ、あのクリスマスケーキって名前の菓子は美味かったよな。また食べたいぐらいだわ!」
「材料さえあれば、クリスマスじゃなくてもケーキは作れるよ」
「マジ?!」
「マジのマジ。それも、この間のイチゴのやつじゃなくて、他のタイプも作ってみようか?」
「最高かよ、お前!」
そんな日常の延長線のような会話が、戦場のど真ん中で繰り広げられていた。おかしい、完全に間違ってるはずだ。
だって、今ここに並んでいるのは――魔獣の死体のコレクション in 訓練場。天にそびえる肉の壁、足元には倒れ伏す訓練生たち。
悲鳴、うめき声、それに混じる「マジ無理・・・・・・」「あの二人バケモンだろ・・・・・・」という投げやりな声達。
でも、当のスヴィグルと繋はというと、ほのぼのとした雰囲気でケーキ談義で大盛り上がり。「お前らおかしいだろ!」「人間やめてんのかよ!」と、訓練生たちから洗礼のようなヤジが飛んでくるが、二人して顔を見合わせ、思いっきり吹き出した。
スヴィグルは内心思うのだ。
(そりゃあ、他の奴らからしたらオレたちは『普通』の訓練生とはちょっと――いや、かなり違うよな)
倒した魔獣の数だけ積み上がる戦果、疲れ知らずで談笑できる体力。
気づけば、オレたち以外の人間は地面と一体化寸前。なのに、ケーキの話で盛り上がってるオレたち――
どう考えても、バランスブレイカーはオレたちだった。
そして夜になり、二人はにぎやかな大衆食堂で、今日の戦いの疲れを癒すためにご飯を食べていた。
「今日の討伐もお疲れ」
「おう、お疲れ」
ジョッキに注がれたエールが、カキーンと心地よい音を立てる。二人は軽くジョッキを合わせて乾杯した。
やがて、互いにほろ酔い気分になった頃、繋がぽつりとつぶやく。
「もう、そろそろだよね」
スヴィグルは少し首を傾げる。問いの意図が読みきれず、素直に聞き返した。
「ん? そろそろって?」
「ほら、そろそろ勇者として魔王討伐に行けるようになるんでしょ?」
そう。スヴィグルはこの一年間多くの討伐実績を残したお陰もあり、勇者として無事任命されたのだ。
「ああ、そのことか。そうだなあ、もうそろそろだもんな〜」
「そうそう。なんだかんだ、一緒にいることが多かったし、寂しくなるなあ」
「なんだ、寂しがってくれんのかよ」
「当たり前でしょ、だって・・・・・・」
「家族だもんな」
スヴィグルがそう口にすると、繋は控えめに嬉しそうな表情で微笑んだ。
(じいさんに鍛えられて早一年。まあ、そのおかげで、オレはこいつの隣に立てるくらいには強くなった。自信を持って隣にいられるから、ずっと繋が悩んでた“家族”って言葉も、今なら言える)
(けど――)
だが、スヴィグルには新たな悩みが生まれていた。王都からは魔王討伐の勇者として、いつでも国外に出る許可をもらってはいた。しかし、スヴィグルはある理由から、その一歩をまだ踏み出せずにいた。彼はふわふわとした頭で、ぼんやりと考える。
(もうそろそろ言っていいよな? じいさんからも承諾はもらったし、あとはケイの返事しだいだけど)
(魔王討伐の旅に、一緒に来て欲しい)
(繋と一緒なら、復讐心さえ霞むような色鮮やかな旅になるんじゃねえのかなって、オレは思うんだ)
だから――スヴィグルは決めていた。明日、酔いがさめた状態で繋を誘おう、と。
酒に寄った頭で、ニヤニヤと笑うのだから目の前の繋から怪訝そうな顔をされたのだった。
雪がしんしんと積もる危険区域の森の奥。
ヒョードル宅の庭先へ、冬の冷たい空気が入り込んでいた。薪を割る音が響き、台所からは香ばしいパンの匂いが漂ってくる。
その匂いの中心で、繋はいつものように手際よく朝食の準備をしていた。一方の手でフライパンを操り、もう一方の手では浮遊魔法で器やスプーンを宙に浮かせてテーブルへと並べていく。いつも通りの光景。けれど、その背に向けて、スヴィグルの心臓はなぜかやけに早く脈を打っていた。
「・・・・・・という事で一緒に来てください!!」
唐突に放たれた声は、あまりにも爆弾のようだった。
「なにが、ということ?!」
繋が慌てて振り向き、火を止める。ふわりと浮いていた食器たちもストンと落ち着き、静かな朝が少し乱れる。
スヴィグルは頭をかきながら、気恥ずかしそうに言葉を繋げた。
「その、えぇとな・・・・・・魔王討伐の旅に。相棒として来て欲しい・・・・・・」
ぽつりと漏らした願いは、どうか来てくれと懇願するようなものだった。
繋はしばらく呆然とし、それから深く息を吐いた。
「君ねえ・・・・・・僕の性格、分かってるでしょ?」
繋はスヴィグルに自分の悪癖がスヴィグルの旅に邪魔する事を恐れ断りを入れようとする。
だがスヴィグルはそれぐらい同意の上だった。
(お前が、傍にいる人間が傷つくのが見たくなくて自分が代わりに傷つこうとする事も、人の傷にばかり気にかけて自分を差し置いて手を差し伸べようとするのも、全部全部わかってる。その上でお前に来てほしいんだ)
だから、スヴィグルは言葉を紡ぐ。
「ああ、分かってるさ。お人好しで、自分を疎かにして、人のことばかり気にする面倒な奴って」
「そこまで言っていいなんて言ってないんだけど?!」
ジト目を向ける繋に、スヴィグルは思わず笑ってしまう。けれど、その笑みは誤魔化しではなかった。本心から、彼の欠点すら愛おしいと感じていたからだ。
繋は椅子に腰を下ろし、静かに問いかける。
「・・・・・・どうして僕なのさ?」
珍しく真正面から向けられる視線に、スヴィグルは一瞬言葉を詰まらせる。だが次の瞬間、強い声で返した。
「お前と一緒なら、復讐心さえ霞むんだよ」
胸の奥に燃え続ける黒い炎。その正体を、スヴィグルは知っている。家族を奪った魔王への憎悪。それを理由に、彼は勇者の剣を握っている。けれど、その憎悪はいつだって彼の足を縛りつけ、時に狂わせようとする。
「オレは、復讐のために剣を取った。でも、それだけじゃ・・・・・・絶対に途中で折れると分かった」
「・・・・・・・・・・・・」
「それにな。お前といると、なんか世界が違って見えるんだ。オレの地獄に春を連れて来て変えてくれたようにさ」
繋は目を瞬かせる。スヴィグルの口がいつもより回っている事と、素直な発言に思考が追いつかない。
スヴィグルはさらに言葉を重ねる。
「お前だってそうだろ? 戦うことが嫌いなくせに、杖を握るときは迷いがない。自分の過去を背負いながら、前を向けなくても、それでも生きようとしている・・・・・・だから、お前もオレと同じで、傷を抱えてんだ」
言いながら、スヴィグルは拳を強く握る。
「だったら、イーブンだろ? オレの傷もお前に預ける。お前の傷もオレが抱える。そうすりゃ、オレたちは釣り合いが取れる」
「だから、一緒にこの広い世界を見に行こうぜ」
沈黙が流れる。
その沈黙の間に、台所に立ち込めるパンの匂いがやけに鮮やかに広がる。薪の爆ぜる音が、二人の呼吸の静けさを際立たせるように、大きく響いた。
繋は、ふっと笑う。だがその笑みは、どこか泣き出しそうにほんの少しだけ歪んでいた。
「君って、いざという時は本当に饒舌になるよね。そんなふうに言われたら断れないじゃない」
「こうでもしないと、お前は来てくれないと思ったのさ」
「うわ、ズルくなっちゃって。猪突猛進でひねくれている君は何処に行ったやら」
「どこかの二人のおかげでな。っつーか、オレ、もともと猪突猛進でもなかったかわ!!」
いつもの軽口を言い合い、2人のあいだの空気がいつものに戻る。
「ったく、オレは・・・・・・お前に助けられっぱなしだったんだ。今度はオレも、お前に何かしてやれればって思ったんだ」
「助けてたのは、僕だけじゃないでしょ。ヒョードルだって・・・・・・それに、それはスヴィグル自身の力だ」
「じいさんの訓練で強くなったのは確かだ。でも、オレが心まで折れずに済んだのは、お前がいたからだ」
「・・・・・・」
繋は俯き、ふと息をついた。胸の奥に、ずっと押し込めていた孤独や痛み。そのすべてを、今、この瞬間に誰かと分かち合えるのだと気付いた時、心を締めつけていた見えない鎖が少しずつほどけていく気がした。
そして、静かに顔を上げると——
「・・・・・・分かった。一緒に行くよ」
その返答に、スヴィグルの目が見開かれる。
「マジか!?」
「うん。ただし条件つき」
「条件?」
「僕のことも、ちゃんと守ってよね。僕だって、完璧じゃないんだから」
おちゃらけた口調で肩をすくめながら言って見せる繋に、スヴィグルはゆっくりと拳を差し出した。
「当たり前だ。お前が倒れそうになったら、オレが背負うさ!」
繋も苦笑しながら拳を重ねる。
「じゃあ、僕も。君が闇に飲まれそうになったら、引っ張り上げてあげる」
二人の拳が静かに重なった瞬間、顔を見合わせて、互いに「ニッ」と笑い合った。
(ああ、これでいい。オレはもう一人じゃない。こいつとなら、ただの復讐の旅じゃなく、きっと新しい未来が待っているはずだ)
窓の外では白い雪がひらりと舞い落ちる。新しい一年、それと共に始まる新たな旅を祝福するかのように。
・・・・・・その静寂を破るように、台所の扉が開き、ヒョードルがひょこりと顔を覗かせる。
「おお、青春じゃのう。飯を前に一芝居打つとは、いい眺めだわい」
「ヒョードル!?」
「じいさん!?」
スヴィグルが顔を真っ赤にし、繋は慌てて椅子から立ち上がる。
「ほれ、青春ごっこはそのくらいにして、温かい朝ごはんでも食べるぞい!」
豪快なヒョードルの笑い声が、雪景色の家に暖かく響き渡った。
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