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第2話:距離

2025/8/26 大幅改稿+タイトル名変更

2025/11/26 加筆修正

拠点に戻ったのは、夕陽が地平線を染める頃だった。


討伐からの帰還にも関わらず、スヴィグルの足取りは重く、訓練場の門をくぐってもなお表情は曇ったままだった。


あれから傷を治し、追いつくように走ってきたけいの足音が耳につく。


(・・・・・・何なんだアイツ)

(・・・・・・なんなんだよ、あのひび割れた傷痕は・・・・・・)


どう考えても戦闘で出来た傷ではない、人為的な傷痕にスヴィグルは何とも言えない気持ちになる。


振り返りたくはなかった。目が合えば、きっとあの時の痛みを抱えたまま穏やかに笑っていた表情を思い出すから。


「スヴィグルくん」


呼び止める声に、スヴィグルは無意識に舌打ちをした。


(名前なんて、気安く呼ぶんじゃねぇよ)


そう吐き捨てたい気持ちを抑え、足を早めた。けいの声に応えず、まっすぐ訓練棟の裏手へ向かう。


「・・・・・・あ。・・・・・・じゃあ、またね」


気まずさを隠すようなけいの声が背後に残った。


スヴィグルは無言で角を曲がり壁の陰に入ると、ダン!!と感情のまま壁に拳を打ち付けた。


力を入れすぎて、指の皮が少し剥けた。それでも痛みを感じる事は薄く、頭の中はけいのことでいっぱいだった。あの男の心配そうな目と、その光景に反する血まみれの姿が離れない。


(クソ・・・・・・ッ。あんな事になっても、怒らねえなんて可笑しいだろ)


唇を噛んでうつむく。


(完全な八つ当たりじゃねえか・・・・・・)


彼が悪いわけではない。それは分かっている。それでも、苛立ちが消えない。


(あいつが近くにいるだけで、自分の弱さが突きつけられる・・・・・・そんな気がする)


(だから、次会う事が無いように祈りたい・・・・・・)


スヴィグルは壁に背をもたれ、橙色に染まるセプネテスの空を見上げた。しばらくの間、誰もいない空間で目を閉じ、心を落ち着かせた。





数日後、スヴィグルは魔獣を倒したことで隊長からも認められ、様々な討伐に行けるようになった。


(あの日、最初の一体目をアイツの援護で倒せたおかげで、その後も戦いで冷静に対処できる気がする。・・・・・・まあ、まだまだだけどな)


今日も討伐のため、スヴィグルは訓練場に向かった。


「あれから数日たったけど、全然アイツとは会わねぇな」


(って、いやいや、何言ってんだ俺! アイツがいない方がせいせいするだろうが!!)


庇われたのも癪だったし、あいつの優しい表情も気に食わない。何より、自分を疎かにするアイツを見ると腹が立つのだ。


訓練場に近づくと、喧騒が大きくなりスヴィグルはその中心へと向かった。掲示板の前には多くの訓練生が集まっていた。


「おーい、次の任務、また実戦組だってよ!」 「うわ、あの獣道かよ。行くのめんどくせぇな・・・・・・」 「てか、あれ誰だよ知ってるか?」 「いや、俺も知らねぇ・・・・・・」


「どうも、ヒョードル軍略最高顧問の秘蔵っ子という噂らしいぜ」


スヴィグルはこの騒ぎの原因が分かった。


(はーん、ヒョードル軍略最高顧問の秘蔵っ子か)


ヒョードル・ニコラウス。


エルフ族の先々代の王。


今は隠居しているが、数十年前に各国で起きた魔獣と魔物による大規模なスタンピードを終わらせた英雄であり、各国に影響を与えている文武両道の英傑である。


今は王都の軍略最高顧問を兼任しているのもあり、こうやって王都に来る事が多いらしい。


(なになに、なんて書いてあんだ?)


ざわつく空気の中、スヴィグルは無言で掲示板を見上げた。


──【討伐依頼:ドレキ(ワイバーン亜種)危険度A】──

《班1》スヴィグル=ハーキュリー/ワタリ ケイ


「・・・・・・は?」


掲示板に書かれた名簿を見直すが、文字は変わらない。


(なんで・・・・・・訓練生じゃねぇのに何であいつ名前があるんだ・・・・・・)


スヴィグルが掲示板を凝視しながら固まっていると横から、顔を出した男が楽しげに声をかけてきた。


「おっ、スヴィグル! とうとう相方ができたのか? 誰だ? んんん?ワタリケイなんていたか?」


「・・・・・・相変わらず近えな・・・・・・この間隊長が間違えて俺と一緒に討伐訓練に連れて行かせた奴だよ。てか訓練生じゃねえのに、なんでいんだ」


「あああ! この間お前がぶつくさ言ってた奴か」


男は思い出したかのようにポンと手の平を打つ。


「へえ、まあでもヒョードル様の秘蔵っ子かもしれん奴との討伐なら色々勉強になりそうだよな」


「ま、頑張れよ」と彼はスヴィグルの肩を叩き去っていく。


その少しあと、背中越しに聞き覚えのある声が聞こえた。


「あ、いたいた!! スヴィグルくん、久しぶり」


振り向くと、そこには駆け寄ってくるワタリケイがいた。


以前と変わらず、柔らかな雰囲気と優しげな声。


(なんで、お前はそんな風に寄って来れる・・・・・・。俺はお前に酷いことを言ったのに・・・・・・)


「・・・・・・おい、なんでお前がここに居るんだよ」


「それがね、ここの隊長さんが、養父に僕を是非討伐隊に入れて欲しいと推薦してくれたみたいなんだ」


スヴィグルは反射的に目を逸らした。


(はッ、やっぱコイツもいいとこの出かよって・・・・・・噂が確かならヒョードル様の秘蔵っ子なんだろうけど、コイツが? どう見てもエルフじゃねえぞ)


繋が何者か問いただしたい気持ちを抑え、胸の中にどろりとした感情が湧く。嫉妬に似た劣等感だ。


(ああ、くそ・・・・・・。なんでコイツのことになるとイライラすんだ)


スヴィグルは深く息を吸い、吐き出した。


「あの時のような事すんなよ」


「え?」


「あの時のような事すんなって言ったんだ、分かったから行くぞ」


吐き捨て、その場を離れるが、すぐ背後から足音がついてくる。


こうやって強い口調で突き放す様に言葉を放っても離れる事をせず、歩幅を合わせてくるワタリケイに、スヴィグルは妹の事を思い出してしまった。


何かある毎に、ぴょこぴょこと後ろを付いてきた最愛の妹を。


「僕、あの獣道って初めてなんだけど、スヴィグルくんは行ったことある?」


「俺も初めてだ」


ただそれだけ一言。それ以外の言葉を言わず、突き放した声にも、ケイは気にする様子を見せなかった。 「そっか」とだけ言って、困ったように笑う。その顔が腹立たしい。


(・・・・・・本当になんなんだよ、こいつ)


悔しいのだ。庇われたことも、心配されたことも。それをまるで気にしない彼の振る舞いが、余計に心を掻き乱す。


(頭がおかしくなりそうだ・・・・・・)


任務は二人でこなさなければならない。逃げられない同行の日々が、もう始まっている事にスヴィグルは胸中でため息を吐きながら諦める事にした。


獣道を抜けた先、霧の谷底のような地形に黒い影が蠢いていた。


「・・・・・・三体か。それも、ワーグの亜種だね。突進と噛みつきがメイン。視界も悪いから油断しないで」


ケイが感知魔法と鑑定魔法を同時に使い、スヴィグルに説明をする。


(やっぱり、こいつは咄嗟の動きが早い。ヒョードル様の秘蔵っ子ってのは本当なのか?)


「・・・・・・お前は後ろにいろ」


「OK。回復と補助は僕の仕事だもんね」


「だからって、また庇うなよ。あんな事──」


──あんな事が二度とあってたまるか。


そう言いかけたが、魔獣が吼えた事で、続く言葉は霧に呑まれ消えた。


「ちッ!!」


スヴィグルは斧を構え踏み出す。怒りに任せた以前とは違い、冷静に足元と軌道を見極める。


ビュン!と斧が風を裂く。 そこに、タイミングを合わせたようにけいの声が飛ぶ。


「シュラム!」


魔獣の足元がぬかるみに変わり、バランスを崩した。 その瞬間、スヴィグルの斧が肩口に叩きつけられる。


咆哮とともに、血しぶきが霧に溶けた。


「ナイス連携だね!」


「まあな」


ぶっきらぼうな返答とは裏腹に、心の奥がふっと軽くなる。 その感覚に、スヴィグルは気づかぬふりをした。


魔獣の死骸が冷たく横たわるその場で、けいは地図を見ながら感知魔法を発動し、向かうべき道を確認する。その姿に、スヴィグルは感心しそうになる。


(他の魔法使いじゃこうはいかないよな・・・・・・。戦闘慣れもしているし、何より後衛なのに前衛の動きもできる。確かに、こいつがいるとイラつく事も多いが・・・・・・って俺は何を考えてんだ!!)


浮かぶ思いを振り払うように顔を横に振る。その姿を見たケイは、どうしたんだろうと思ったが、敢えて口にしなかった。


「よし、行こっか。拠点までは、まだ距離あるし」


「ああ」


けいの声に、スヴィグルはうなずき、二人は歩き出した。


(安心する。なんて絶対に言えねぇ)


それから二人は討伐対象であるドレキと呼ばれるワイバーンの亜種を倒し、夜を迎えた。



焚き火がパチパチと小さく弾け、火の粉が空に舞い上がる。木々の間から覗く星が、けいとスヴィグルを見下ろしている。


けいは一夜を過ごすための場所に認識阻害の結界と獣除けの結界を張り、スヴィグルを驚かせた。


スヴィグルは焚き火の前で黙々と斧を研ぎ、対面に座るけいはせっせと夜ご飯を作っている。


けいはヒョードルから誕生日プレゼントでもらった魔法のトランクケースを常に持ち運んでおり、その中から食材を取り出していた。


甘酸っぱいトマトの香りが漂い、スヴィグルはその香りを吸い込む。


(ポトフか?)


スヴィグルは斧を研ぐのを止め、ちらりとけいが作る夜ご飯を盗み見ながら温かいハーブ茶をすすった。


(こんなに高度な結界を1人で簡単に張れて、料理もできるなんて・・・・・・万能すぎるだろ。・・・・・・くそ・・・・・・それと比べたら、俺は・・・・・・)


またもや劣等感が襲い掛かる。その時。


「はい、出来たよ。あったかいうちにどうぞ」


俯きかけたスヴィグルの視線の前に、具だくさんのポトフが差し出される。


「今日はお互いに頑張ったし、美味しいものでも食べて癒されましょう」


けいはニコリとはにかむ。


(あ・・・・・・)


その無邪気な笑顔に、スヴィグルは気付く。


(こっちの笑顔が本物か)


同時に苛立つ理由も分かった。


この男は、相手を安心させるために笑顔を作っていたのだと。


(でも、それが分かったからと言って、俺はコイツの何者でもねぇ)


スヴィグルは差し出された器を受け取り、「ありがとうな」と言った。


けいは驚いた表情を一瞬見せた後、嬉しそうに微笑んだ。


(これが、こいつの素なんだな)


その姿に、スヴィグルはやり場のない感情を飲み込み、ポトフをひとすくいして口に入れた。


「・・・・・・美味い」


「え、やった!口に合って良かった!」


嬉しそうに「作った甲斐があるよ、他にも沢山あるからいっぱい食べてね」と言うと、焚き火下に埋めていた銀包みを魔法で浮かすと中からローストビーフが出てきて、それをスライスしたり、魔法のトランクケースからはサンドイッチを出してきてスヴィグルに食わせようとする。


「おい、待てよ!ゆっくり食わせろ!」


慌てるスヴィグルに、けいは「あ、しまった」と申し訳なさそうな笑顔を見せる。


その姿に、スヴィグルは先ほど感じたことが確信に変わる。


(これだ。これが気持ち悪いんだ)


(自分の感情を隠し、相手の機嫌を伺う為の「作った笑顔」だ)


申し訳なさそうに俯くけいに、スヴィグルはため息をつくと、けいはびくりと肩を震わせた。


その姿に、スヴィグルは劣等感をあんなに抱いていた自分を恥じる。


(自分より年下の奴に何を嫉妬してんだ・・・・・・情けねぇ)


(・・・・・・それに、コイツのことが少し好きになりそうだ)


何でも出来て、完璧に見えた男の人間らしい脆い部分を見て、スヴィグルはけいを少し受け入れることができた。


「美味いな」


「え?」


そろりとこちらを伺う表情。

けいの人となりを理解した後だと、その姿にスヴィグルは何とも言えない感情になる。


(俺もあまり人付き合いが得意じゃねぇし、素直に謝れねぇけど、何だか分かんねえがお前のそんな姿は見たくない)


「飯を作ってくれて、この間、一緒に戦って、俺を助けてくれてありがとうな」


硬くぶっきらぼうだったが、スヴィグルはけいに伝えることができた。だが、どうしても照れもあり、目を逸らしてしまう。


(あ~はっずいわ・・・・・・でも、何も反応ねえな)


待ってもけいからの言葉がなく、ちらりと横目で彼を見ると、スヴィグルは呆れたように笑いをこぼした。


(なんだ、そういう表情もちゃんとできるんじゃねえか)


そこには、静かに泣きそうな目でくしゃりと、控えめに嬉しそうに笑うけいがいた。




もし良かったら、ブックマークかスタンプでも押して貰えると更にやる気が出ます・・・!

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