第1話:縁々
2025/8/26 大幅改稿+タイトル名変更
2025/11/26 加筆修正
これは、アイツと出会って兄弟の盃・・・・・・いや違った、なんて名前だったか。
魂の契り?いや、それも違う。
ああ、そうだった.。共生の儀式だったな。
まあ似たようなもんだよな。
今でこそアイツは大切な義兄弟で、かけがえのないたった1人の家族だ。
スノトラやベオウルフ、じいさ・・・・・・ヒョードルが仲間に入るまでの間。
出会って1年。2人だけで旅をしていた6年の内の話だ。
・・・・・・いや、改めて思い出すと酷いもんだな・・・・・・。
初めて会った頃の、お前に対しての数々の言動を思い返すとさ、その、最悪だったよな。
いや、間違いなく酷かったし、最悪だった。
けど、お前の事だ。どうせ、覚えて無いんだろうし、説明してもお前は笑って許してくれるだろう。
・・・・・・けどな。俺はあの頃の「俺」をぶん殴ってやりたいよ。
それぐらい、あの頃の俺は荒んでいた。
◇
――なんで、俺がこんな奴と組まなきゃなんねぇんだよ。
荒れた訓練場の片隅、湿った地面を苛立ちを表すかのように足踏みをしながらスヴィグルは眉をひそめた。
スヴィグル・ハーキュリーは、現在の34歳と比べるとだいぶ尖っており、今よりも更に目付きも悪い。
彼の容姿を表すなら野性的なイケメン。
野性的な顔立ちに青色の瞳。肩にかかるほどの栗色の髪を紐で一つに束ね、後ろでまとめている。
180cmほどの高身長で、元農家という事もあり、農業で鍛えられた逞しい体つきをしている。
農家だった彼は今は勇者の候補者として、桑ではなく、その背中に、父の形見である大きな斧を携えている。
スヴィグルは舌打ちをする。
目の前に立つ青年をスヴィグルは納得いかない表情で見据える。
彼の前に立つ男こそ、未来の相棒であり、魂の片割れとなる渡繋だった。
背はスヴィグルより頭一つほど低く、筋肉も余りついてなさそうな体つきに、温和そうな目をしている。穏やかなその姿からは、戦う側の人間の匂いなんて微塵の欠片も感じられず、スヴィグルは再度舌打ちをした。
(どう見てもひ弱そうだし、コイツ本当に俺と同じ訓練生なのかよ? 魔物とか魔獣とやり合える想像がつかねえ)
スヴィグルは悪態をつきそうになる気持ちを抑え、ぎりぎりと奥歯を噛んだ。
(そろそろ討伐訓練の成果を出さねえと勇者じゃなくて、国軍として国に居ないといけなくなる)
スヴィグルは焦る。
「勇者」となれば、様々な国を行き来できるようになる。そうすれば憎い魔物も、その根本となる原因である魔王も殺しに行く事が出来る。
家族の復讐が出来るのだ。
しかし、現実はそうは上手くいかない。
対人戦ならそれなりの成果を出せているのに、実践では、上手くいかず失敗してしまう。
知能を持たない魔の獣。魔獣でさえ殺す事が出来ない状況だった。そんな状況が日に日に改善されないまま過ぎ去っていき、焦りが積もっていった。
それなのに。
(よりによって足を引っ張りそうな奴と組まされるなんてツイてねえだろ)
けれど同時に、自分も人のことを言えない事も分かっていた。
(・・・・・・でも、やるしかねえ。戦えると証明しねぇと、───俺の”復讐”が始まらねえんだ)
数百年ぶりに魔王がこの時代に姿を現した。
――それは、世界の流れを狂わせる大事件だった。魔王が現れると、"魔王の意思"とは関係なく、魔物や魔獣が活発化し始め、増え続ける。世界を滅ぼすために蹂躙が始まるのだ。
そんな状況の中スヴィグルの両親と妹は、農村ごと魔獣に襲われ、あっけなく命を奪われた。
スヴィグルはその時、偶然にも違う村へ狩った動物を売りに行っていて、魔獣の蹂躙から逃れることができた。
燃え盛る畑の匂いと、赤黒く焦げた家族の亡骸。
その光景は、今でも悪夢として彼の夢に現れる。
国が魔王討伐の勇者という役名で志願兵を募ったのはその少し後だった。
復讐のため、彼は迷わず剣を握った。
だが――スヴィグルは農民だ。戦い方なんて知らなかった。
訓練ではそこそこやれる。対人戦では隊長に「筋がいい」とまで言われた。けど、本物の魔物や魔獣を前にすると、なぜか一人でとどめを刺すことができなかった。
手が震えるわけじゃない。ただ、どうしても魔物や魔獣を目の前にすると、冷静さが搔き消えて攻撃を当てる事すらままならなくなる。
(こんな俺が、他人を見下してる場合じゃねぇのかもしれねぇ・・・・・・)
ちらり、と隣を見るとワタリケイは此方を心配そうに伺っていた。
その姿に「ケッ」と唾を吐きたくなる。
(不安なのかわかんねえが、俺の事よりテメエの心配をしやがれってんだ)
目線が合うと、彼は困ったようなそれでいて柔らかい笑みを浮かべて言った。
「いこっか」
どこか気の抜けた声だったが、スヴィグルは思わず目を細め、肩の力が、ほんの僅かだけ抜けた気がした。
◇
討伐地点までは、徒歩で向かうことになった。
訓練生ごときに馬など支給されるはずもない。
石ころだらけの道を踏みしめながら、スヴィグルは何度も出そうになるため息を噛み殺した。
2人の会話はしばらくなかった。けれど、ふいに繋がぽつりと呟いた。
「・・・・・・ごめんね」
「あ? なんだよいきなり謝って、気色わりい」
明確な苛立ちを込めた返しにそれでもコイツ眉を下げながら笑って答える。
その笑顔に無性に腹が立つ。
「実は僕、訓練生じゃないんだ。なんか、訓練生だと間違えられたみたいで」
「はあ? おまえ、訓練生じゃねぇのかよ!?」
「あはは・・・・・・断りづらくて、そのまま流れでついてきちゃった・・・・・・」
スヴィグルは苦々しい表情を浮かべ、苛立ちを抑えるために頭をガシガシと掻いた。
「バカヤロウ・・・・・・ッ!! なら今すぐにでも戻れ!!」
(なら、さっさと言えばいいのに、なんで今更言いやがる!!)
粗雑に荒々しく言い放つと、隣から先ほどのふわふわした雰囲気と違い研ぎ澄まされた戦意を感じるような声色が返ってきた。
「ううん。せっかくだから付き合うよ。一応ぼく魔法使いだし、君の援護とかできるかもだから」
その言葉と雰囲気の変わりようにスヴィグルは目を大きく見開いた。
(こいつ・・・・・・さっきと雰囲気が変わった・・・・・・)
勝手に人付き合いなんて不得意な奴だとばかり思っていた。しかし、実際には、ストレートにこちらに意見を言い、真っ直ぐ目を見て訴える姿があった。その姿にスヴィグルは驚いてしまう。
(何だ・・・・・・この変わり様は?)
しかし、この時代のスヴィグルは素直さが一切なかったため、ぶっきらぼうな言葉しか言えなかった。
「はッ、なら勝手にしやがれ」
「ごめん、ありがとう」
なのにも関わらず、嬉しそうに微笑んでくるものだからスヴィグルの調子は崩されてしまう。
その結果、彼は「ちッ」と舌打ちをするしかできなかった。
◇
そうしてまたお互いに無言でひたすら歩き、やっと目的地に着いた。
そこは、かつて人が住んでいたであろう村の跡地だった。
瓦礫と化した家屋の間を、数匹の魔獣が蠢いていた。
イノシシに似た巨体だが、毛皮は黒く染まり、身体の周りには黒い靄が纏っていた。
牙が異様に伸びて太く、当たれば致命傷を負うものだと分かる。
魔獣たちは、廃村の残骸を引き裂き踏み荒らす。
その姿を見た瞬間――
スヴィグルの腹に、グツグツと煮えたぎる熱いものが込み上げた。
血が、逆流するような感覚。
目の前の光景と、あの日の記憶が、重なった。
(――あの夜と、同じだ)
口内が乾いていく。喉の奥が焼けるようだった。
魔獣の咆哮が響いた瞬間、スヴィグルも理性が無くなったかのように咆哮する。
「おらぁあああッ!!」
「・・・・・・えっ!!?」
怒声とともに地面を蹴る。背中越しから「待って!」と焦った声が聞こえたが、そんな事はどうでもよかった。
全身を沸騰させるような熱が、喉元から噴き上がる。
冷静さなどどこにもなく、ただ、衝動のまま、本能のまま、駆けていた。
背中から大斧を引き抜く。ずしりと重いその武器を握り直し、
一直線に魔獣へと肉薄する。
(くそっ! また身体全体がいう事を聞かねえ!!)
何時もだ。今回も目の前の敵に殺意を覚えると、身体全体が沸騰したかのうように熱くなり手が震える。
だが、そんな事、今はどうでも良い。
斧の柄を強く握りしめ、そのまま――振りかぶる。
ただの斧を、ただの腕力で。
研ぎ澄まされた剣筋でも、洗練された足運びでもない。
怒りに任せた、渾身の斬撃だった。
だが魔獣は身をひねり上げ、巨大な牙でスヴィグルの振り下ろした斧を弾き返す。
「っ、くそがッッ・・・・・・!」
振り抜いた斧が弾かれ、バランスを崩し、足元がわずかに揺らぐ。
(まただ・・・・・・まただ!!)
怒りが頭を支配する。目の前の敵を潰したいのに、殺せない。
(冷静になれねぇ。わかってんのに、頭では分かってんのに!!なんでだ!!)
歯を食いしばり、もう一度斧を握り直す。心が先走るたびに動きは粗くなり、足運びは甘くなる。
そのときだった。 焦っているスヴィグルの後ろから、優しい声が沁み入った。
「グロウ」
柔らかで静かなその声が、背後から響き渡った。
突如、魔獣の足元の地面から蔦がせり上がり、四肢にまとわりつき、動きを封じた。
「いまだ!!」
鋭く響く声が、再びスヴィグルの心に火を灯す。
「うおぉおおおお!!」
斧を再び力強く握りしめる。
重力と筋力が一体となった強烈な斬撃。 叩き潰すかのような一撃が、魔獣の身体を真っ二つに裂いた。
ズシリと地面に崩れ落ちる魔獣。その手応えはスヴィグルの全身に熱として焼きつく。しばらく彼は息を整えるために動けずにいた。
(・・・倒せた、のか。俺が・・・)
否。
(違う。あいつが、俺にチャンスを作ってくれたんだ)
振り返ると、繋が控えめなピースサインを向けながら微笑んでいた。
その笑みに、スヴィグルはなんて返せば良いのか分からずコクリと頷くだけだった。
◇
その後、スヴィグルの動きは普段通りに戻っていた。訓練生同士の訓練レベルではあるが、それでも動けるようになっていた。初めて魔獣を倒せたことが大きかったのか、怒りに支配されることもなく身体を自由に動かせた。
繋の方はスヴィグルの動きを確認しながら、必要なときだけサポートし、それ以外は自分で魔獣と戦っていた。互いに言葉少なに、黙々と慣れないながらも魔獣の群れを捌いていく。
初めて誰かと手を組んでの討伐は、想像以上に順調で、スヴィグルはそのことに驚いた。
(悔しいけど、サポートしてくれる奴がいるとこんなに違うのか)
最後の魔獣を、ヴォン!と斧で薙ぎ払い、真っ二つにした。
「はあ、はあッ。やっと終わったか・・・」
スヴィグルは息をつくように斧を地面に置き、膝に手をついた。
その瞬間だった。
茂みの奥から、大型の魔獣が飛び出し、スヴィグルに向かって一直線──攻撃が目前に迫ったその刹那。
「───なッ!!」
「危ないッ!!」
咄嗟に、スヴィグルの前に飛び出したのは繋だった。
瞬間、肉が裂ける鈍い音とともに、繋の胸部に爪が食い込む。しかしその直後、繋の足元から土が隆起し、鋭い槍が魔獣の腹を貫いた。
魔獣は呻き声を上げる暇もなく崩れ落ちる。反撃の一撃は見事なものだったが、代償はあまりに大きかった。
繋の胸元から、どくどくと血が流れ落ちていた。
「おい、・・・・・おいッ、おまっ──!」
スヴィグルの声が震える。
「・・・・・ッ・・・・・大丈夫・・・・・」
繋は片手で傷を押さえながら、もう片方の手で淡く光る回復魔法を自分に向けた。淡い橙色の光が傷口に触れる。
慌てているスヴィグルは、繋に何かできないかと近づくが、彼の身体に言葉を失った。
服の裂け目から覗く身体には、古傷や新しい傷跡が無数に刻まれていた。それだけなら、戦いによるものだと考えられるが、問題はそこではなかった。
胸元から鎖骨にかけて、「刻まれた」ような、あるいは「皮膚がひび割れた」ような傷痕が目に入った。
(これは・・・・・なんだ・・・・・?こいつは、自分の身体に何を・・・・・)
その異常な光景にスヴィグルの背筋がぞわりと粟立った。
「おまえ・・・・・その傷は何だ・・・・・・?」
繋は震える声に、「ああ、これね、昔ちょっとしたお痛をしただけだよ」と平坦な声でへらりと笑って答えた。
その瞬間、スヴィグルは自分が異様なものを見たような感覚に陥る。
さらに追い打ちをかけるように、その瞳で、その笑顔で問いかけてきた。
「・・・・・・君は、大丈夫?」
「・・・・・・は?」
スヴィグルは固まった。
なぜ自分をかばって傷ついた相手に、心配されているのか。その疑問に脳が追いつかなかった。普通なら自分が叱責されるはずなのに、相手はただ心配そうに見上げている。
(本来なら俺が怒鳴られるべきなのに)
「・・・・・なんでだ、お前のほうが・・・・・・」
戸惑うスヴィグルに、繋は苦笑いを浮かべた。
「ん、僕のこと? ははは、大丈夫、大丈夫、これくらいじゃ死なないから」
スヴィグルは初めて理解できないものを見た気がした。重傷を負っているのに、穏やかに「大丈夫」と笑う彼を見て――
その瞬間、スヴィグルは激しく感情を揺さぶられた。思わず口から出たのは、自分でも予想しなかった罵声だった。
「なんで笑ってられんだよ、お前! 気持ちわりぃっ!」
自分でも、どうしてそんな言葉が出たのか分からない。しかし、もう引き返せなかった。
繋は驚いたように瞬きをし、少し首をかしげた。
「・・・・・・え?」
その反応すら、癪に障る。何も分かっていない顔だった。
作り笑いなのか、本当に心配しているのか。まるで──
(まるで、お前・・・・・・自分のことなんてどうでもいいみたいじゃねぇか)
傷ついたのは繋の方だ。魔獣の爪は、確かに彼の胸を裂いた。血が滴り、痛いはずなのに、苦しいはずなのに。
それだけじゃない。
スヴィグルは拳を握りしめた。怒りでも苛立ちでもない。胸の奥から湧き上がる、ぐしゃぐしゃに掻き乱される感覚があった。
(俺が、庇われた? 俺・・・・・・助けられた? こいつに?)
自分は、剣を握って生きてきた。憎しみを糧に、復讐のために。その手を汚す覚悟もしてきた。それなのに、見下していた相手が実は精神面でも戦闘面でも自分を超えていると知り、スヴィグルのプライドは砕ける。
「ここは戦場だ・・・・・・自分の不手際は自分でつけるべきなのに、なんで、お前が俺を心配するんだよ・・・・・・」
言葉は徐々に小さくなり、地面に吐き捨てられた。
繋は何も言わなかった。ただ、眉を下げ困ったような顔で微笑みながら、血で濡れた手で傷口を押さえている。
その表情と沈黙が、スヴィグルにはたまらなかった。
(慰められてるわけじゃねぇのに、だから本気で心配されていることに腹が立つ。・・・・・・分からねぇ。何なんだ、こいつは・・・・・・一体、何なんだよ)
スヴィグルは目を逸らし、舌打ちした。
「・・・・・・先に行く」
吐き捨て、スヴィグルは大斧を握り直す。震える手を、相手に見せないように、背中を向けて、治療を施す繋をその場に残し去った。
背中に残るあの言葉と笑み。「君は大丈夫?」という声が、耳の奥で何度も反響していた。
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